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キーナンの森
115 桃の奇跡
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テントの奥には、アリオンとキース。そしてファーレーンがいて、真ん中にシーリーンが、背を起こし毛皮の上に座り、横にレドナンドがいた。
手前のアントランが頷きながら、ファオンに皿を差し出す。
アントランの背後に、デュケス。
そして反対側の入り口近くに、ずらり…!と、東尾根の体格いい美男らが並んでいた。
「…物々しいな」
ロレンツが横に立って言う。
ファオンは頷いたけど、皿の中の桃の欠片を口に運ぶ。
瑞々しくて甘く…そしてちょっぴり苦い…。
シーリーンに振り向く。
毛皮の上に座るシーリーンは、少し辛そうに見えた。
レオが背後からテントの中に入り、布を落としファオンに囁く。
「…治せるか?」
ファオンは顔を上げる。
「…やってみる」
レオは頷く。
ファオンは皆が見つめる中、シーリーンへと近寄る。
毛皮の上に屈むと、シーリーンが顔を上げる。
かなり出血した後のように、顔色が青い。
けれどプラチナの髪を垂らす美麗な顔とブルー・グレーの瞳は煌めいて、ファオンは少し、ほっとする。
ファオンはゆっくり…シーリーンの傷付いた、背に抱きつく。
良く…知ってる体…。
幾度も縋り付いた…逞しく愛おしい背。
少し、意識したけれど…でも必死に願う。
“お願い!
痛みと傷を消して…治して!”
皆、仄青い光がファオンとシーリーンの背の間に浮かび上がるのを、驚きに目を見開いて見る。
「!」
アリオンの目に、シーリーンの眉が寄るのが見えた。
けれど次第に…シーリーンの表情が和らぐ。
ファオンは体から、何かの“力”が、シーリーンへと流れ込むのを感じた。
《化け物》いる谷では…何か暗いものに覆われ、邪魔されて出て来なかった“力”が。
ファオンはゆっくり…シーリーンの背から、身を起こす。
横でレドナンドが、シーリーンの背に張り付いた、薬草を染みこませた布を取り退ける。
「おお!」
東尾根の《勇敢なる者》の一人が叫ぶ。
傷は…すっかり塞がり、治りかけのように盛り上がった傷跡が残るだけ………。
「さっきは…もっと広く傷が…」
「真っ赤で、広がっていたよな?」
皆、ひそひそと話す。
レオが言う。
「ファオンは一番、シーリーンの怪我を心配してる。
だから願いが強く作用する。
この“力”を使えば、怪我も早く治癒出来る。
今の所、確実なのは“桃”を食べること。
定期的にここに、幾つか運ばせるから、怪我人に優先的に、使って欲しい」
「…つまり、誰でも願えば…」
ファーレーンの言葉に、アリオンは頷く。
けれどレオが顔を上げて言った。
「だが心の中で別の強い“願い”があると…そっちの方が叶いかねない。
だから真剣に相手の治癒を願う者でないと…。
多分、作用しない」
レドナンドが頷く。
が東尾根の男達も北尾根の男達同様。
『そういえば…』
と言いかけ、次々尾根で起こる不思議体験を話し始めた。
シーリーンが、足を毛皮に付いて、立ち上がろうとして…ふら付く。
ファオンが支えようと手を差し伸べたけど、アリオンが先に腕を掴み支える。
「…まだ無理するな。
血をかなり失った後だ」
「…くらっ。とした」
そして、心配そうに見上げる、ファオンに微笑んで振り向く。
「…ありがとう」
ファオンは感激したように瞳を潤ませ、大きく、頷いた。
キースは“奇跡”を目の辺りにする、ファーレーンの横顔を並んで見つめる。
“願いが叶うというのなら…!
頼む。
ファーレーンが本心を俺に…!
俺に明かしてくれ!
もし…俺が思ったように、ファーレーンが俺を思い返してくれないなら、きっぱりと諦める。
…だから………”
ファーレーンはふ…と横の、キースに振り向く。
キースはずっと胸焦がしてきた、隙無い美麗な顔を、ごくり…と唾飲み込み、見つめる。
「…腹が、減らないか?」
キースは暫く固まった後、やっと普段の自分が気づく事柄に、思い当たった。
「ほっとすると、減ってくるよな」
ファーレーンは心が通じた。と、微笑んで頷く。
キースはファーレーンの背に手を当て、皆が夕食の為に、周囲をテント囲むその中心。
焚き火の焚かれた、石の椅子が円形に並ぶ食事場所へ歩いて行くその後を、ファーレーンの髪の香りを嗅ぎながら、甘酸っぱい…長く続く初恋の、決着の時が近づくのを感じ、歩き出した。
ファーレーンは真横に並ぶキースにふと…振り向く。
少し背の低い自分に、顔を傾け背に手を当て…。
ただ、それだけなのに、キースの雰囲気はいつも、相手を包み込むように、甘い。
そのくせ、頼れ、安心出来る…。
ファーレーンは、顔を下げた。
胸元も肩も…キースは時折、甘い…雰囲気を醸し出す。
それに誘われるように…キースに抱(いだ)かれた時、胸に手を当てた後、突然口付けられた。
どれ程…恥ずかしかったか。
その時自分が女になったような気がして。
しかもそれ…キースの胸に抱かれ口づけされたことに…うっとりしてしまい…。
女のように、自然に受け入れていた。
キースも、その口づけも。
ほんの、一瞬だったけど。
だがずっとその一瞬を、厳しく否定し続けた。
だがまた…横で、こんな風に…誘うような甘い胸元や肩。
傾け、覗き込むような深い碧緑色の瞳で見つめられ、黄金の縮れ毛が、肩の上で軽やかに跳ねる様を見たりすると………。
拒めない。
認めてしまいそうになる。
抱かれてもいいと。
キース。
お前なら…。
こちらを見つめるレドナンドと、目が合う。
ファーレーンは咄嗟、剣士の自分を取り戻すと、キースの背に置く手を振り払い、レドナンドの元へと歩み寄った。
振り向くまい。と思いながら。
背後、切なげに見つめるキースの視線を、例え痛い程に感じても。
手前のアントランが頷きながら、ファオンに皿を差し出す。
アントランの背後に、デュケス。
そして反対側の入り口近くに、ずらり…!と、東尾根の体格いい美男らが並んでいた。
「…物々しいな」
ロレンツが横に立って言う。
ファオンは頷いたけど、皿の中の桃の欠片を口に運ぶ。
瑞々しくて甘く…そしてちょっぴり苦い…。
シーリーンに振り向く。
毛皮の上に座るシーリーンは、少し辛そうに見えた。
レオが背後からテントの中に入り、布を落としファオンに囁く。
「…治せるか?」
ファオンは顔を上げる。
「…やってみる」
レオは頷く。
ファオンは皆が見つめる中、シーリーンへと近寄る。
毛皮の上に屈むと、シーリーンが顔を上げる。
かなり出血した後のように、顔色が青い。
けれどプラチナの髪を垂らす美麗な顔とブルー・グレーの瞳は煌めいて、ファオンは少し、ほっとする。
ファオンはゆっくり…シーリーンの傷付いた、背に抱きつく。
良く…知ってる体…。
幾度も縋り付いた…逞しく愛おしい背。
少し、意識したけれど…でも必死に願う。
“お願い!
痛みと傷を消して…治して!”
皆、仄青い光がファオンとシーリーンの背の間に浮かび上がるのを、驚きに目を見開いて見る。
「!」
アリオンの目に、シーリーンの眉が寄るのが見えた。
けれど次第に…シーリーンの表情が和らぐ。
ファオンは体から、何かの“力”が、シーリーンへと流れ込むのを感じた。
《化け物》いる谷では…何か暗いものに覆われ、邪魔されて出て来なかった“力”が。
ファオンはゆっくり…シーリーンの背から、身を起こす。
横でレドナンドが、シーリーンの背に張り付いた、薬草を染みこませた布を取り退ける。
「おお!」
東尾根の《勇敢なる者》の一人が叫ぶ。
傷は…すっかり塞がり、治りかけのように盛り上がった傷跡が残るだけ………。
「さっきは…もっと広く傷が…」
「真っ赤で、広がっていたよな?」
皆、ひそひそと話す。
レオが言う。
「ファオンは一番、シーリーンの怪我を心配してる。
だから願いが強く作用する。
この“力”を使えば、怪我も早く治癒出来る。
今の所、確実なのは“桃”を食べること。
定期的にここに、幾つか運ばせるから、怪我人に優先的に、使って欲しい」
「…つまり、誰でも願えば…」
ファーレーンの言葉に、アリオンは頷く。
けれどレオが顔を上げて言った。
「だが心の中で別の強い“願い”があると…そっちの方が叶いかねない。
だから真剣に相手の治癒を願う者でないと…。
多分、作用しない」
レドナンドが頷く。
が東尾根の男達も北尾根の男達同様。
『そういえば…』
と言いかけ、次々尾根で起こる不思議体験を話し始めた。
シーリーンが、足を毛皮に付いて、立ち上がろうとして…ふら付く。
ファオンが支えようと手を差し伸べたけど、アリオンが先に腕を掴み支える。
「…まだ無理するな。
血をかなり失った後だ」
「…くらっ。とした」
そして、心配そうに見上げる、ファオンに微笑んで振り向く。
「…ありがとう」
ファオンは感激したように瞳を潤ませ、大きく、頷いた。
キースは“奇跡”を目の辺りにする、ファーレーンの横顔を並んで見つめる。
“願いが叶うというのなら…!
頼む。
ファーレーンが本心を俺に…!
俺に明かしてくれ!
もし…俺が思ったように、ファーレーンが俺を思い返してくれないなら、きっぱりと諦める。
…だから………”
ファーレーンはふ…と横の、キースに振り向く。
キースはずっと胸焦がしてきた、隙無い美麗な顔を、ごくり…と唾飲み込み、見つめる。
「…腹が、減らないか?」
キースは暫く固まった後、やっと普段の自分が気づく事柄に、思い当たった。
「ほっとすると、減ってくるよな」
ファーレーンは心が通じた。と、微笑んで頷く。
キースはファーレーンの背に手を当て、皆が夕食の為に、周囲をテント囲むその中心。
焚き火の焚かれた、石の椅子が円形に並ぶ食事場所へ歩いて行くその後を、ファーレーンの髪の香りを嗅ぎながら、甘酸っぱい…長く続く初恋の、決着の時が近づくのを感じ、歩き出した。
ファーレーンは真横に並ぶキースにふと…振り向く。
少し背の低い自分に、顔を傾け背に手を当て…。
ただ、それだけなのに、キースの雰囲気はいつも、相手を包み込むように、甘い。
そのくせ、頼れ、安心出来る…。
ファーレーンは、顔を下げた。
胸元も肩も…キースは時折、甘い…雰囲気を醸し出す。
それに誘われるように…キースに抱(いだ)かれた時、胸に手を当てた後、突然口付けられた。
どれ程…恥ずかしかったか。
その時自分が女になったような気がして。
しかもそれ…キースの胸に抱かれ口づけされたことに…うっとりしてしまい…。
女のように、自然に受け入れていた。
キースも、その口づけも。
ほんの、一瞬だったけど。
だがずっとその一瞬を、厳しく否定し続けた。
だがまた…横で、こんな風に…誘うような甘い胸元や肩。
傾け、覗き込むような深い碧緑色の瞳で見つめられ、黄金の縮れ毛が、肩の上で軽やかに跳ねる様を見たりすると………。
拒めない。
認めてしまいそうになる。
抱かれてもいいと。
キース。
お前なら…。
こちらを見つめるレドナンドと、目が合う。
ファーレーンは咄嗟、剣士の自分を取り戻すと、キースの背に置く手を振り払い、レドナンドの元へと歩み寄った。
振り向くまい。と思いながら。
背後、切なげに見つめるキースの視線を、例え痛い程に感じても。
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