アグナータの命運

あーす。

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キーナンの森

114 東尾根居留地の湯殿

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 東尾根のテント並ぶ地に来ると、ファーレーンがキリアンを導く。

岩に囲まれたその奥へと、ファーレーンは三人を案内する。

ファオンが顔を上げる。

湯気が立っていて…。
向こうに岩に囲まれた湯船。

手前に洗い場。
北尾根と同じ、血を洗い流す場所…。

「あーあ」
キリアンがそう言って、ファオンの顔にかかる、髪を指で払う。

「…お前、顔血だらけ」
ファオンは頷く。
「…臭くなってきた」

ロレンツが横でさっさと衣服を脱ぎながら言う。
「乾きかけが一番臭い」

ファーレーンが横に来る。
「…シーリーンはちゃんと、手当てする」

ファオンは頷く。

ファーレーンは背を向け、けれど振り向く。

「言ったように…あれだけの数の《化け物》キーナンの中にいて、あれだけしか怪我が無いのは、奇跡だ」

ファオンが顔を上げる。
「…でも僕が…いつも後の事なんか考えて無くて…突っ走るから!

アリオンとシーリーンがいつも…助けてくれて、僕より危険になる!」

「…それで泣いてたの?」

ファオンが振り向くと、もうロレンツは裸で、身体にお湯をかけていた。

「…俺なんかいっつもキリアンの巻き添え喰って、酷い目に合ってるぜ?」
キリアンが笑う。
「だな!」

「だな、じゃねぇ!
…けど今だこうしてぴんぴんしてる。
そういうのは…長に『二度とやるな!』
と叱られてから、泣くもんじゃないの?」

ファーレーンが頷く。
「レオに聞いてみろ」

「…………………」

ファオンは、ファーレーン、そして頷きながら髪にお湯かけてるキリアン。
そしてひたすら血をお湯で流してるロレンツを見た。

「…うん」

ファーレーンはそっ…と、ファオンの肩に触れて元気づけると、背を向けて湯殿から出て行った。

ファオンが洗い場に立つ。
横でキリアンが、取って付きの桶から湯をファオンにかけて、言った。

「さっさと洗い流さないと、体に染みこむぞ!」

ざばっっ!

「…………………」
ファオンは顔にお湯を流され、髪が顔に張り付き、頬をお湯が伝って行って、無言。
けどお湯の溜まる場の縁に、取っ手付きの桶があるのを手に取り、湯を掬うと、キリアンに向かって投げた。

ばしゃ!

キリアンは顔にお湯がかかり、片目瞑って言う。

「やったな!」

笑いながら桶から湯を汲んで、ファオンにかけ返す。

ざばっ!


ロレンツは横で、兄弟がはしゃいで互いに湯をかけあってる、その飛沫がばしゃばしゃかかって、とうとう怒鳴った。

「こら!俺を巻き込むんじゃねぇ!」

二人は手桶にたっぷり汲んだ湯を、揃ってロレンツにぶっかけた。

ざっっっ!

ロレンツは、顔に身体にかけられ目を瞑り…。

「こら!もう怒ったぞ!」

そう怒鳴って、湯を汲んでは大急ぎでキリアンとファオンに交互にかけた。

キリアンもファオンも、手で顔を庇い避けたけど、直ぐ二人共湯を汲むと、ロレンツ目がけてぶっかける。

ざばっっ!


…ついにその場は、湯飛沫が飛び交った。



 三人は岩の上に置かれた着替えを着込み、皆のいるテントへ向かう。

ロレンツが項垂れて、はしゃぐキリアンとファオンと並び歩く。

「なんで、こんな事で体力使うかな…」

「お前も喜んでたろ?!
…あ」

キリアンが突然、湯の方へと引き返す。

「剣、置きっ放しだった!」

ロレンツもファオンも、手に持つ剣を見、湯殿に戻っていくキリアンに振り向く。

「先、行ってろ!」

キリアンの声に、ロレンツとファオンが揃って頷く。


ファオンは金髪のロレンツが、ふ…と岩場に振り向くのに気づく。

「…どうかした?」
「いや…あっちの…岩の後ろに…三馬鹿がいた…」

そして、ファオンに振り向く。

「あいつら、どスケベだろ?
どうせ風呂上がりのあんた見て、ヨダレ垂らしてたんだぜ」

ファオンは少し赤く成って俯く。
「…やらしい事言われた」

ロレンツは頷く。

ファオンはつい、じっ。と話しかけるロレンツを見た。
アランも北尾根の男らの中では細身の方だけど、ロレンツと比べると格段に男っぽく感じる。

ロレンツはもっと…ゴツくなくて、背は高いけどすんなりしていて…。
顔も、女の子っぽい綺麗な顔立ちをしていて、なんか…馴染む。

毛先に少し癖のある金髪を肩に垂らして、時々明るい金色に見える瞳も綺麗だけど…。
凄く、話しやすいし親しみやすかった。

「…と違って…艶っぽくて可愛いし」

「え…え?」

ロレンツは尋ねるファオンに言い返す。
「ウチの《皆を繋ぐ者》アグナータも…した後、そんなだ。
輝きっていうのか、潤いっていうのか…。
年上の奴らは“色っぽい”って言ってるけどさ…」

「それ、僕のこと?」

ファオンが聞くと、ロレンツは頷く。

「キリアンと比べると。
顔立ち、あんたとキリアン似てるから。
余計、違ってる所が際立つって言うか」

「…僕…そんな風に見えるの?」

ロレンツが頷きかけた時、レオがレドナンドのテントの前で、くい!と顎を引き招き寄せるから、ロレンツとファオンは顔見合わせて、レオが入り口を開けてくれるテントへと向かった。



「何だよてめぇら!」

目の前のドロイドとザスナッチに、キリアンが怒鳴った。

剣は奴らの後ろの岩に、立てかけてあった。

「どけよ!」

二人を掻き分け真ん中を通ろうとした時…。

背後から口に布を当てられ、くら…と目眩。
そして次第に、意識が遠くなった。

「…ファオンをやるんだろう?」
「…こいつでも、仕方無いか。
顔は似てる」
「ファーレーンと?」

霞み行く意識の中、キリアンは…畜生…と毒づいた後、完全に意識を失った。
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