アグナータの命運

あーす。

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キーナンの森

112 負傷者

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 ファーレーンが木の上から道へ、ざっっ!と飛び降りる。

直ぐレオが背後に飛び来ると、剣を抜いて真横に並び、飛び出す《化け物》キーナンに身構える。

だが《化け物》キーナンは襲って来ず、道の真ん中でレドナンドらが斬った《化け物》キーナンを喰ってる、《化け物》キーナンらへと襲いかかって行く。

ファーレーンが走りながら振り向く。
「…あんたより大きい“肉”だからかな」

レオが頷こうとする。
が走る腕を後ろに引いた時。
背後に気配。

「斬れ!」

アリオンの声と、ほぼ同時。
レオは咄嗟、剣を後ろに振る。

背後から襲う《化け物》キーナンの牙が腕を掠るが、レオは背の間近に飛びかかる《化け物》キーナンを、剣で斬りつけ吹っ飛ばした。

背後、木立より素早い一体が飛び来て、レオに斬られ吹き飛んだ《化け物》キーナンに、宙を飛んで喰らい付く。

がぶっ!
「ぎぃえぇぇぇぇっ!」

セルティスが木の上からファーレーンに手を差し出し、ファルコンはレオに差し出す。

二人は同時に飛び上がり、がしっ!と音立てて差し出された腕を掴んだ。


デュランが、ファーレーンの腕を横から掴み、引き上げて木に登るのを手伝う。

ファーレーンが枝の上に足を付く。
屈む姿勢から、睫を上げて横のデュランに振り向き、礼を言う。

「ありがとう」

湖水の青の、長い睫けぶる瞳。
整いきった、色白の面(おもて)。
顔を縁取る、白っぽい金の髪が、はらりと頬へ落ちる。

デュランはその美麗なファーレーンの微笑に、一気に頬染めた。


リチャードも、横からレオの胸に腕を回し、脇に肩を入れて、上へと抱え上げる。
レオはリチャードに抱きつく格好で、足を枝に着き、伸び上がって掴まる。

が、リチャードが抱き寄せたレオの重みで後ろに倒れそうになるのを、ファルコンが腕を伸ばしリチャードの背を支え、木から落下するのを防いだ。

レオが足を枝の横にずらし、片腕ファルコンに掴まれリチャードから横にずれて行き、リチャードは落ちずに済んで、ほっ。と吐息吐く。

レオと一瞬、抱き合ったその時…。
リチャードは体に、レオの気合い満ちる“闘牙”が触れて残った気がして、身が震った。

「(凄い奴…って“気合い”がこんなにも違うのか…)」

振り向くが、レオはもう枝を伝って、レドナンドの元へと進み行く。


アランとアリオンが突っ込んで来る。

両横の広い道に《化け物》キーナンらは屈み込んで、斬られた《化け物》キーナンの肉を食いちぎって食べていた。
アランもアリオンも横目でチラと見ながら、セルティスの腕とファルコンの腕を、二人同時に飛び上がって掴む。

ファルコンはアリオンを引き上げ、セルティスはアランを引き上げる。

直ぐ、二人の背後からシーリーンとファオンが駆けて来る。

「ファオン!」
リチャードが緊迫感に満ちて叫ぶ。

ファオンは背後の気配に、振り向き様剣を抜こうとして鞘に手を掛ける。
が、シーリーンが横にすっ飛んで肩を思い切りぶつけ、ファオンの背に飛びかかる《化け物》キーナンを横へと吹っ飛ばす。

「行け!」

シーリーンに言われ、ファオンは頷き前を見る。
枝から身を乗り出し、低く手を差し出す、ファルコンの手に飛び込んで、掴む。

が登った筈の、アリオンが一気に木から飛び降りる。

デュランの、眉が寄る。
ファーレーンも枝の上で背後に振り向き、セルティスは枝を掴んだまま、悲しげな表情をした。

シーリーンが、振り向く。
背後、《化け物》キーナン振り下ろすかぎ爪が、背に届く。

アリオンがかぎ爪を振り回した《化け物》キーナンの真横に飛び込み、一気に剣を突き刺す。

ざしっっっ!

シーリーンは咄嗟屈む。
が、かぎ爪は背を抉る。

アリオンが、突き刺した剣を引き抜き、背に傷を負って前に屈むシーリーンの、腕に腕を絡ませ強引に引いて、走り出す。

セルティスとファーレーンが、咄嗟、腕を差し出す。

デュランが叫ぶ。

「たった今後ろから来た《化け物》キーナンは、斬られた奴に齧り付いたぞ!」
アランが、言葉の終わり際に怒鳴る。

「背は大丈夫!」

アリオンは頷き、シーリーンの腕を引き上げる。

シーリーンは顔を上げ、上に振り向き、差し出すセルティスの腕を掴む。


ファーレーンは飛び上がり上に差し出すアリオンの腕を、宙で掴み、引き上げる。

デュランはアリオンが上に高く放る、たった今斬った《化け物》キーナンの血の付いた剣の柄を、必死で空中で握り込み、受け取った。

アリオンは剣を手放した手で枝を掴み、ファーレーンに腕を引かれて足を枝に着き、枝の上に登り着く。
直ぐ、横のシーリーンを見る。

シーリーンは片腕回してセルティスの肩に抱き付き、セルティスはシーリーンの腰に腕を回し、力尽くで引き上げていた。


ファオンはファルコンに軽々と引き上げられ、枝の上に着地して叫ぶ。

「シーリーン!」


セルティスが、木の幹に背を倒し、抱き上げたシーリーンの腰を掴んだまま胸に抱き寄せ、荒い吐息を吐く。

ファオンは幾ら太い枝とはいえ、たくさん乗ってるのにその間をすり抜け、傷ついた背を晒しセルティスにぐったりと屈み抱きつく、シーリーンの元へ走る。

シーリーンの、傷付いた背に、屈んで抱きつく。

「!」

皆がそれを見て、目を見開く。

「…お願い“力”を…!
“力”を…!」

ファオンは必死に願うが、力が抜けたように…白の魔法使いの“力”は満ちて来ない。

アランが、怒鳴る。

「ここでは無理だ!尾根じゃないと!」

ファオンが顔を、上げる。

涙が頬を、ぽろぽろと伝い、その場の男らは黙り込む。

が、シーリーンが微かに顔を上げて囁く。

「…掠った…だけだ。
深くない」

ファオンは身を離す。
胸の衣服に血が移る。

斜めに切り裂かれた傷は…抉られ血が伝い流れ、ファオンは俯いて、泣く。

「僕…僕の…せい………」

ファーレーンが背後から、ファオンの背に拳を押しつける。

ファオンが気づいて振り向くと、ファーレーンの手には、薬草を染みこませた布。

「…泣いてないで、止血してやれ」

ファオンは長兄を見上げ、頷く。

ファーレーンから受け取った布を、傷付いたシーリーンの背に当てる。

「!」

シーリーンは眉を寄せ、一瞬襲った痛みに耐えた。

ファオンは布を張り…そしてまたファーレーンから受け取った、布を巻く。

セルティスが端を受け取りシーリーンの胸に回し、端をファオンに返すと、ファオンは脇で布を縛った。

アリオンが後ろから、掠れた声をかける。
「…歩けるか?」

シーリーンは後ろに振り向く。
泣き濡れた青い瞳の、可愛らしく綺麗なファオンの、その向こう。

枝の上に立つ、黒髪、青い瞳のアリオン。

「…頼りになるな…。
お前がいなかったら…」

シーリーンは俯く。

「背骨まで、やられていた。
お陰で動ける」

皆がアリオンを見るが、アリオンは表情を変えず、頷いた。
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