アグナータの命運

あーす。

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戦うレグウルナス

92 火花散る

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 ファオンは夢中で、ファーレーンに今朝、杖付きを仕留めた時の話しをしていた。
けれどいつの間にか 南尾根の全員が来ていて、その場の男達がみんな、ある方向を揃って見ているのに気づく。

ファーレーンまでもが、眉間を寄せてそちらを見ていて、ファオンはつい視線を向ける。

キリアンと…アントランが二人で向かい合って、立っていた。


「よぉ」

アントランが言うと、キリアンはその美麗な顔の細く引き締まりきった体で右肩を後ろに引き、両手を腰のベルトに付け、斜に見つめる。

「…東尾根の《勇敢なる者》レグウルナスって人数、多いよな?
あんたこの際北に来て、ファオンに代わって《皆を繋ぐ者》アグナータしたらどうだ?」

アントランが肩竦める。
「そんなん、出来りゃ俺だってするが………。
北の奴ら、俺だと逃げ出す奴が多い」

アントランが、レオに振り向くが、レオは背を向け、キースもセルティスも顔を下げて上げない。

アリオンとシーリーンは互いに目を逸らしたまま向き合い、シーリーンだけが視線をアントランに向け、ぎっ!と目を剥いた。

アントランは肩竦める。

「…あの、反応だ。
お前、ファオンの兄貴だし顔そっくりだし。
お前が代われば?
南尾根だって気が強くて口達者でじゃじゃ馬なお前がいなくなったら、宴会して喜ぶぜ!」

シェナンもロレンツも、背後に立つ南尾根の全員もが、それを漏れ聞いて笑いかけ、キリアンに振り向いて睨まれ、慌てて緩む口元を引き締める。

キリアンは、アントランを睨む。
「俺、ちゃんと男としてのプライドあるから。
あんたみたいに喜んで男の男根なんて、尻振って咥えないぜ」

アントランは頭掻く。
「…味しめると、結構美味いんだがな。あれ。
俺がお前の顔なら、どの男も垂らし込めるんだが。
なんでしない?」

キリアンがとうとう、歯を剥いた。
「俺にはあんたと違ってちゃんと男のプライドがあると、言ったろう?!」

「そんな糞みたいなもんが、あるのが自慢か?」

とうとうキリアンが、頭に来て剣を抜く。

ひゅっ!
アントランは咄嗟、頭下げて避ける。


「…始まった!」

東尾根の男が怒鳴り、シェナンも怒鳴る。

「ロレンツ!抑え込め!」

ロレンツは駆けながら、ぼやく。
「また、俺かよ!」

キリアンは三度、剣をアントランに軽く首振って避けられ、とうとう怒鳴る。

「抜け!」


ファオンは、アントランがキリアンより一つ年上だと聞いていたので、年上の男の貫禄で、キリアンの申し出なんて一蹴(いっしゅう)すると思ってた。

けどアントランは素直に、腰に下げていた剣を抜く。

レドナンドが怒鳴る。

「アントラン!」

アントランは長に怒鳴る。
「このじゃじゃ馬沈めたら、 南尾根の皆に感謝される!」

そしてお返しとばかり、剣をキリアン目がけ、振り始める。

ロレンツは足を止めて、戦闘態勢に入る二人の女顔で気の強い男らが、剣を振りながら目の前を素早く動き回る姿を溜息と共に見、背後に振り向いてシェナンに言った。

「…遅かった………」

しゅっ!
ざざざっ!
ざしっ!

ファオンが、ファーレーンを見上げる。

「仲間同士なのに…。
止めないの?」

ファーレーンは目を瞑り、眉間を寄せて低い声で言葉を返す。

「…デカい男らなら、ウチの奴らでも体当たりで止められる。
が、あの二人は二人共、軽さと素早さが信条。

…体当たり出来ず、素早く逃げられて捕まらない」

ファオンはじっ…。
と、夕食の宴に剣を振り合い素早く場を移す、二人の戦いを見た。

アントランの方が少し背が高く、余裕。
が、キリアンは平気でがんがん剣を振って、突っ込んで行く。

レオが、二人の長に気遣って呟く。

「宴の余興の始まりだな」


が、戦う二人は食べてる男らに雪崩れ込み、皆食べ物を持って、二人を避けて逃げ出す。

レドナンドがとうとう、仲間に怒鳴る。

「誰も止められないのか!」


シェナンはロレンツの横に並んで、二人腕組んで見つめてる。

「…無理なのにな」
シェナンが言うと、ロレンツも頷く。

「アントラン、東尾根のヤツなのにウチの者ら並みに、癖者だ」

ロレンツの言葉に、シェナンも頷く。


東尾根の二人の体格いい男が、アントランを掴まえようと飛び込むが、くるりと背に回られ、キリアンとの盾に使われ、慌てる。

キリアンは男の後ろに隠れるアントランを、男の右、左から覗き込んでは、怒鳴る。

「卑怯だぞ?!」

が、仲間の背後からアントランは笑う。

「卑怯?!
てめぇがそれを言うか?!
お前だっていっつも、やってる事だろう?!」


「…違いない」
シェナンが頷き、ロレンツも言う。
「この際、キリアンとアントランをトレードしたら?」

「…建前上は、あっちにあいつの兄貴がいるから無理。
けれどそれをとっ払っても…あっちがキリアンを、絶対引き取らない」

「きっついもんな」

シェナンが、頷く。

「それに長のレドナンドが、言うこと聞かないキリアンに腹立てまくり、血圧上がりすぎてぶっ倒れる」


ファーレーンがとうとう、次弟に怒鳴る。
「キリアン!」

だがキリアンは止まらない。

二人交互に、目にも止まらない素早さで剣を振り切り、走り回る。

キースがぼやく。
「…どうして昼間、《化け物》キーナンなんて相手にして戦ってるのに、夜まだ剣抜きたいかな?」

アランが、シーリーンの腕引っ張りキースの横へ突き飛ばして怒鳴る。

「二人まとめて今夜、お前の好きにして良いからもう、止めろ!」

「聞いてないぞ」
キースがぶすっ垂れて言い、シーリーンが歯を剥く。
「本人の了承を取れ!」

が、アランは手近にいたアリオンの腕も強引に引くと、シーリーンの横に立たせて怒鳴る。

「出血大サービスで、アリオンも付ける!」


アントランはキリアンの素早い剣を、首を後ろに引いて避け、直ぐ剣を、キリアンに振り返して怒鳴る。

「凄くそそる申し出だが、先に剣抜いたコイツを何とかしてくれないと、話に乗れない!」

キリアンが、かっか来て怒鳴る。

「俺が剣を鞘に収めた途端、お前は収めないで俺に剣振る気だろう?!」

しゅっ!と振ったキリアンの剣を避けながら、アントランはにやり。と笑う。


皆、戦う二人を避けまくって周囲に逃げ出す。

その時、デュランがぼそり。と言った。

「普通、宴の余興って、美女が裸に近い格好で踊ったりしますよね………?」

皆がそう言ったデュランを一斉に見、東尾根の男達は
「俺らの新人デュケスも馬鹿だが…」
「北の新人は、阿呆だな…」
と噂し合った。

レドナンドが、とうとう怒鳴る。

「いい加減にしろ!
アントラン!」

が、アントランはキリアンの素早い剣を、がちっ!と受けながら怒鳴り返す。

「こいつ!普段兄貴に突っかかっても、全然相手して貰えない寂しがり屋だから!
俺くらいは相手してやらないと!」

アントランの返答にレドナンドが歯噛みし、東尾根の全員が、ファーレーンを見た。
ファーレーンは明らかに、むっとしていた。

レドナンドがとうとう、南尾根の長シェナンにも怒鳴る。
「止められないのか?!」

シェナンは大袈裟に肩を竦める。

レドナンドが悔しげに、眉間を寄せきる。

ファオンが、キリアンを睨みまくってるファーレーンに囁く。
「…止めれば…いいの?」

「出来ないから全員、困ってる!」

ファオンがふわ…。
と白っぽい金髪を靡かせ、走る。

「!」
「!」

「てめぇ!」
アントランも怒鳴ったし、キリアンも毛を逆立てて、目を剥いた。

「危ないだろう!
剣振りきってるど・真ん中になんて立ったら!」

ファオンは二人が剣を向ける真ん中に、可憐に立って二人を見る。

「…だって…桃食べに、来たんだよね?」

アントランは剣を下げ、顔も下げて溜息を吐く。

キリアンは暫く、剣を止めたまま目を剥き、肩を上下させて息を吐きながら、暫くその姿勢で固まっていた。
が、すっ!と剣を鞘に戻すと、戦う二人のど真ん中に立つ、背の低い末弟の背を押して、顔を傾ける。

「お前、無茶過ぎ」


周囲の男達は一斉に、レオの言う“余興”が終わったことに安堵しまくり、そこら中が溜息で洩れた。

キースはアランをジロリ。と見る。
「俺らを売ったな」

シーリーンもアランに言う。
「人を、景品みたいに…!」
アリオンも同意する。
「全くだ」

アランは三人の男らに冷たく背を向けられて、肩竦めた。

「だって非常時だったし」

レオが、アランに寄って、こっそり囁く。
「ファルコンはリチャードを連れて、もう出かけたぞ?」

「もう?
(さてはリチャードがキリアンと鉢合わせるのを避けたな…)」

アランは背を向けるレオを見た後、振り向いてデュランに叫ぶ。
「付いて来い!」

デュランは慌てて、背を向けるアランに続いた。
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