アグナータの命運

あーす。

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キーナンの来襲

73 その時のデュラン。そしてリチャード

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 その時デュランは眠りこけていた。
けれど慌ただしく駆け回る足音。

その後(ご)、テントの入り口をめくる音の後(あと)
「いいからほっとけ!」
と怒鳴るファルコンの声。
そして、駆け去る足音。

暫くしてから。
「お前らは来るな!
とっとと怪我直せ!」

ファルコンの声が遠くで響き、足音は遠のき…。

突然、がばっ!と身を起こす。

剣を携え慌ててテントを出ると、キースと、軽くびっこを引くシーリーンの背が…。

「襲撃…?!」

聞くと、キースとシーリーンが振り向く。

「見回りに出た先で襲われてる…!」

シーリーンの厳しい表情。

『ファオンが心配か…』

スカした優男…。
そう見える(今では勇者に見える)シーリーンの、いてもたってもいられない表情を見て、デュランは進むとシーリーンの痛めた足側の肩を担ぐ。

シーリーンは振り向く。
デュランは彼を見ず、肩を担ぎ歩くのを助けながら、一緒に出入り口の岩を通り過ぎる。

岩の間を歩き、両側岩が聳え立つ細い通路を抜け…。

暫くして、戦う皆の姿を見つけ、愕然とする。

キースが剣を抜く。
シーリーンが自分の肩を外し、すらり…と剣を抜くのを、デュランは見守った。

どんどん坂の下方から、沸いて出る黒い化け物の群れ。

ごくり…と唾を飲む。

気持ちを奮い立たせて剣を抜く。

雑兵アルナらが横で《化け物》キーナン相手に素早くかぎ爪を振り回されて苦戦してる。

だからデュランは、《化け物》キーナンの横に詰め寄って剣を振り切る。

すばっ!

血飛沫を、背を傾け避けた時、背後で剣を振る気配。
ざっっっっ!
振り向くと目を剥いた《化け物》キーナンのどあっぷに、ぎょっ!とする。

咄嗟キースに腕を引かれ、どっっ!と《化け物》キーナンは自分の立ってた場所に倒れる。

倒れた《化け物》キーナンの向こう。
剣を振りきったままのシーリーンの姿。

横を見るとキースは背の引き吊る傷に痛そうに背を屈め、眉を寄せてた。

デュランは、はっ!と気づく。

『怪我人に庇われてる…!
こっちはどこも痛めてないのに…!』

…それ以来デュランはキースを背に回し、びっこひくシーリーンにも目を配り、二人に襲いかかる《化け物》キーナンに剣を振りまくった。

キースとシーリーンの間を、行って戻ってしながら《化け物》キーナンを斬ってたから、酸欠でぶっ倒れそうになって…。
がその時ようやく、群れは引いて行く。

はっ…はっ…はっはっ………。

「お前…大丈夫?」

シーリーンの声に振り向くと、キースとシーリーンが並んで立って、顔を見合わせてた。

デュランは返事がしたかったけど息が切れすぎて、無理だった。




 リチャードは呆然…と引いて行く、《化け物》キーナンの群れを見つめる。

最初はアランの岩に上がる姿に習って、自分も岩に駆け上がった。

しかし下から来る《化け物》キーナンに怖気、まず一匹を。
次に必死になって喰われたくなくて二匹目。

しかしもうその後、次から次にやって来るからもう、ひたすら剣を振り回した。
間に合わない時は足で蹴り飛ばし、ともかく夢中で、斬って殴って蹴って。

自分でもどうやったか、記憶も無かった。

そう…最後は恐怖も消えて、ひたすら『この野郎!』と心の中で連発して怒鳴りながら剣を振り回し叩き斬っていた。

…そのせいか、気持ちは何だかすっきりしてる………。

転がる死体をむさぼり食ってた《化け物》キーナンも、群れが全て撤退したと気づくと、慌てて逃げ出す。

後に黒い化け物の死体が、点々と転がり、アランやキリアンが登った岩の周辺には束になって転がってる。

リチャードは岩を降り始めたが、こちらもやはり足の踏み場も無いほど積み重なって死体が転がり、最初岩の上に足を付いて降りていたが、最後は開き直って死体の背を踏みつけ降りきった。

レオ、ファルコン、セルティスらはキースとシーリーンと合流し、レオが二人に
「休んでろと言ったのに!」
と怒鳴り付けてるのを見た。

キリアンが岩を降りて下方を見つめてる姿を見つける。

正直ファオンと似てたし、美人だったから、たまに子供達の集会でファオンを迎えに来てた時、見とれた。

が、やたら可愛いファオンは初めの時愚図で弱虫で嫌われ者の癖に『綺麗だ』と人を侮辱し、頭に来て虐めまくってたからもう…側に寄るだけで怖がられていた…。

とにかく目につき気になりまくったけど、近づくとつい習慣で虐めてしまう。

それで…リチャードはちょっと気に入ってた、ファオンと顔の似てるキリアンに、寄ってみた。

話しかけようとした途端、あの美麗な顔で
「何見てんだよ!」
と凄まれ………。

以来、近づくのを止めた。

坂の下方を見る。
アリオンがファオンの肩を抱いて、二人して坂を上がって来てる。

アリオンは相変わらず腹が立つほどの、いい男ぶりだ。
二人を見てると、温室からこっそり出て来るのを見て以来後を付け覗いた時の衝撃が蘇る。

口づけ程度だと思ってた。
なのにまだ幼い裸のファオンをアリオンはまるで恋人のように抱き…突っ込んでた。

ファオンの切なげに寄った眉。
愛らしい赤い唇からもれる喘ぎ…。

暫く衝撃で固まってその場から、動けなかった。

以来…もっとファオンから目が離せなくなった…。

アリオンと二人きりで過ごした後のファオンは、唇は更に赤く、愛らしさは増し…。

次第に腹が立っていた。
アリオンと…してる事にムカムカし、自分でもどうしようも無い程腹が立って、気づくともっと、ファオンを虐めてた。

ファオンを監禁したその前日。
とうとう父親と正面切って喧嘩をした。

母親を自殺に追いやった非情者!
と罵った。

けど返って来た言葉は…。

『お前は俺の本当の息子じゃ無い』

冗談だと思った。

だが親父だと思ってた男は言った。

アメリアリチャードの母は結婚前、愛し合ってる男がいてお前はその男の息子だ』

祖母の元へ駆け込み、本当の父親を問い正した。

が、旅に出て行方知らず…。

今まで父が血の繋がりの無い息子をそれでも…自分の息子として扱ってたのは、母を愛していたから…
自殺されてしまったから…。

“だからせめて…”

お情けだった。
父親としての愛情は、一欠片(ひとかけら)も無かった。

それが解った途端心が凍り付いて、気づいたらシーリーンとまで裸を晒し、あいつの腕に抱かれてるファオンを拉致していた…。

捕らえ、自分以外の誰も…頼れる者のいない状況のファオンにどれだけでも…残酷な事をした。

だが綺麗で可愛いあいつを壊したくなかったから、殴る蹴るはしていない…。

リチャードは溜息を吐いた。

そして、皆引いて行く中、一人だけ坂を下り…。

ファオンが殺し、群れの引く原因となった、杖付きの死体を、臭さに耐えながら肩に、担ぎ…。

草生える坂道を登り始めた。
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