アグナータの命運

あーす。

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二人きりの時間

52 邪魔者

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 ファオンがシーリーンに肩を貸してテントに戻ると、テスが湯桶と布を用意していた。

テスがそっと寄って囁く。
「…体を、拭いてやってくれるか?
その後…」

ファオンはテスの視線で気づく。
湯に浸かり、清める。

男に抱かれる前の《皆を繋ぐ者》アグナータの儀式…。

ファオンは頷く。

シーリーンは自分の身分を思い出した途端、気を沈めるファオンに気遣うような視線を送る。

毛皮の上に座ると
「拭いてくれるか?」
そう、優しく声をかけた。

ファオンは《皆を繋ぐ者》アグナータに対して、当然のように命じないシーリーンに、ほっと視線を向ける。

彼といる時は…昔に戻れた。
確かにシーリーンが主導権を握ってはいたけれど…奴隷では無く恋人のように迎えて貰える昔に。

ファオンは湯に浸った布を絞り、シーリーンの顔や首筋。
肩に布を滑らせる。

シーリーンの腕が腰を抱き寄せ、ファオンは赤くなって言った。
「シーリーン!
拭けない!
それに…まだこれから湯に…う…んっ…」

もうシーリーンの唇に唇を塞がれて、ファオンは甘い声を上げる。

けれどシーリーンが動かず、顔を上げるから振り向くと、アントランが入り口からこちらに歩いてきていて、二人を凝視していた。

「…蜜月の邪魔か?」
アントランは無遠慮に、ファオンを抱くシーリーンの横にどさっ!と腰を下ろす。
「アリオンだけで無く、お前もファーレーンの末弟に参ってたのか?」

シーリーンはむっとして言った。
「俺が頂くとアリオンに布告してたのに、あいつが横取りした。
何の用だ?!」

アントランは肩を竦める。
「アリオンが相手じゃ、幾ら釘を刺したって止められないな。
お前の足の具合を確かめに。
東だって、皆遊んでる訳じゃない。
俺は結構あっちで頼りにされている」

ファオンはシーリーンの腕の中で頬を真っ赤に染めていたけれど、やっぱり羨ましげな視線をアントラン向けた。

その途端にアントランと目が合う。

アントランはファオンを見つめたまま、ぼそり、と感想をもらす。

「そこらの少女より、余程初々しいな…。
それで《皆を繋ぐ者》アグナータって悲壮だ」

その言葉に、気落ちするように俯くシーリーンを覗き込んで、アントランが尋ねる。

「デュケスは本当は何をしたんだ?」

シーリーンはファオンに顔を傾ける。
「…いいから湯に浸かって来い」

ファオンはそう言われてシーリーンを見つめ返す。
「でもまだ…」

シーリーンはファオンの手から、布をやんわり取り上げ、言った。
「自分で拭ける」

アントランがしゃあしゃあと言う。
「ああ…。拭いて貰いながらいちゃついてたところか。
邪魔して悪かったな」

シーリーンが睨む。
「悪いと思ってないだろう?!
デュケスと言い、東の男は皆、確信犯だ!」

「デュケスがわざと…お前をふっ飛ばしたと言う気か?!」

「…天然だから余計腹が立つ!」

アントランは顔を落とし、くすくすと笑い出す。

ファオンはシーリーンの腕の中にいたまま、視線を落としてつい突然笑い出すアントランを見つめた。

「…つまりあいつ、はしゃいじゃいけない場所で、はしゃいだんだな?」
「岩場でごつごつして足場が不安定な場所でな!
いきなり目前で、避ける間もなく腕を振って飛び跳ねやがった!」

シーリーンが怒ってるので、アントランは愉快そうだった。
「帰ったらあいつを褒めてやろう。
で?どの位で直りそうだ?」

シーリーンがファオンを抱く腕を解き、顎をしゃくるので、ファオンはそっと、テントを出た。

テスが待っていて、ファオンの腕を《皆を繋ぐ者》アグナータ専用の温泉へと引いて行った。



シーリーンがいつまでも、ファオンの消えたテントの入り口を見るので、アントランは肩を竦めた。
「余程のご執心だな」

シーリーンは視線をテントの入り口に向けたまま言った。
「…八人…キースを入れると九人の男らと分け合う中での、貴重な二人きりの時間だからな…」

アントランはその時ようやく
「悪かった」
と言った。

その言葉に気持ちがこもっていて、シーリーンはアントランに振り向く。
「心からの“悪かった”なんて言葉、あんたでも言えるんだな」

アントランは気を悪くして立ち上がる。
シーリーンが素早く言った。
「明日には治る。と言いたいところだが、完全に動けるのは明後日になる」

アントランは頷きながらテントの布を威勢良く払い、出て行った。
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