アグナータの命運

あーす。

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二人きりの時間

51 レグウルナス《勇敢なる者》の回復力 そして猥談

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 多数の足音を耳に、ファオンはふと目を覚ます。
いつの間に眠っていたのか。
シーリーンの腕枕で眠りについていて、見上げると横でシーリーンが微笑んでいた。

「…よく寝てたな」

ふっ…と昔、こんな風にシーリーンの腕の中で目覚めた時と重なる。
あの時も…安らかな気持ちで眠り、目が覚めて…。

横にシーリーンがいる事が嬉しかった。

とても…安心だった。

ファオンは師との旅の間、いつでも身を跳ね上げて起きていたことを思い返す。
安らかに微睡んだことなど…数えるくらいしか無かった…。

大抵は直ぐ手が届く“サーシャ”を握り、寝床を起き上がり剣を抜いていた…。

見ると治療士とレオが入って来ていて、ファオンは慌ててシーリーンの腕から起き上がる。

横にどくと直ぐ治療士はシーリーンの足に屈む。

シーリーンは裸だったが、治療士とレオの姿を目にしても恥じる様子も無い。
治療士は足の布を外す。

ファオンは目を見開く。
明らかに…腫れていたのに、すっかり戻っていた。

「…腫れは引いたな。
だがこの後一日はあまり動かすな」

シーリーンが頷く。

ファオンは思い出す。
師が《勇敢なる者》レグウルナスでいると快復力が常人を超えると言ったことを。

『尾根にいるせいか、《勇敢なる者》レグウルナスの重責か…。
体が必死で早く治そうとする。無意識に』

レオも頷く。
「…夕食に姿を見せろ。
ファオン、支えてやれ」

ファオンはレオに頷き、シーリーンに視線を落とす。

レオは治療士に囁く。
「キースの傷も塞がったな」

けれど治療士は再び手早く薬草を貼った布をシーリーンの足首に当て、布を巻きながら言う。
「…だが無理をすれば開く。
後一日はじっとしていて貰わないと」

ファオンはそれを聞いて目を見開く。
…あんなに深く抉れた傷なのに………。

治療士は布を巻き終わり、立ち上がる。
レオは治療士と並ぶと言った。

「直ぐ、夕食だ」

ファオンはレオを見上げ、横に脱いだシーリーンの衣服に被さって掻き集めた。

シーリーンに手渡す。
シーリーンは薄衣のシャツを羽織り、腰布を巻き付け、前後に垂れる前掛けの上着を着る。

毛皮の外に置かれたサンダルを、ファオンが揃えると、手を付いて起き上がる。
布でくるまれた足に殆ど力を入れないで、片足で。

サンダルを履く時だけファオンの肩に掴まり、その後ファオンは支えながら歩いたけれど、殆どシーリーンはファオンに寄りかからなかった。


外はもう暗くなっていて、たき火を囲み皆が石の椅子にかけて皿を手にしてる。

シーリーンが姿を見せると、皆が振り向き…それぞれがほっとした顔をする。

…ファルコンやアリオンですら。

“みんな…シーリーンを頼りに思ってる…”

ファオンはシーリーンが横の椅子にかける間、肩を支え、隣に座り、手渡された皿をシーリーンに渡す。

アントランがシーリーンの様子にじっと目を向けていた。

「流石に今日は大人しいな」

アントランの言葉に、シーリーンは上目使いでアントランを見る。

「…嫌味か皮肉を言わせたいのか?」

アントランは視線を外すとぼやく。

「ファーレーンもそうだが、綺麗な奴って口がきついぜ」

ファルコンがそれを聞いて言った。

「お前は絶対《皆を繋ぐ者》アグナータで選ばれると思ってた」

アランも笑う。
「俺もだ!」

ファオンは驚いて、アントランに振り返る。

「俺、選ばれる程綺麗か?」

レオが低い声で言い返す。

「お前らの今の《皆を繋ぐ者》アグナータに比べれば綺麗だな」

アントランは肩を竦めて、自分の尾根の《皆を繋ぐ者》アグナータを庇う。

「あれでグレイはテク有りなんだぜ?
あいつの口は天下一品。天国に行った気分だ」

セルティスが囁く。
「容姿よりそっちか」

アントランが俯く。
「確かにグレイよりファーレーンの方が、余程綺麗だ。
だがあの氷の男が男を咥えるなんて、想像ですらありえない」

ファオンは長兄の話題に顔を上げる。

デュランがぼそり。と呟く。
「だが俺もありえないと思ってたシーリーンが、ファオンを咥えたのを見た」

デュランは言った途端、そこにいる男全員の視線を浴びて、慌てた。
何かまずい事を言ったのか。と横のリチャードとアリオンを、救いを求めるように見る。

「…シーリーンはファオンだから、咥えたんだろう?」
そう言うアリオンの声は掠れていた。

アントランがシーリーンを凝視する。
「奉仕する男に見えなかったな」

シーリーンは肩を竦める。
「女にだってする」

けれどその後、全員が、女にする。しない。
で口々に論争を始めて、ファオンは目を見開く。

ファルコンは女にだって絶対しない。
と言いアランはすると言い出し、いや、相手によるだろう?とレオが言いながら、男達は一斉に喋ってる。

シーリーンがぼそり。とファオンに言った。
「猥談だと盛り上がる」

ファオンは横のシーリーンを見上げたが、シーリーンはすまして皿の食事を口に運んでた。

ファオンは視線を東の尾根のアントランに向ける。

皆に比べれば背は低い。
顔も女顔。

けれど皆が、彼を同じ《勇敢なる者》レグウルナスとして扱っていた。

ファオンがじっと…アントランを羨ましげに見つめる様子に気づいて、シーリーンが囁く。

「アントランは大抵の強い男に平気で突っかかる。
どんな相手でも物怖じしない。
だからここの男達といても平気だ。
東尾根の他の男なら、もっと入りづらくて静かにしてる」

ファオンに向けた言葉なのに、アントランが振り向く。

「だから俺の事を“じゃじゃ馬”と女みたいに形容したのか?!」

けれどアランがアントランをからかう。
「お前、シーリーンだとムキになって突っかかるよな」

アントランが腹立たしげに言う。
「年下の癖に、スカしてて口が達者で生意気で、腹が立つ!」

シーリーンは視線を皿に落とし、ぼそり。と呟く。
「年上の男にある分別、あんた無いだろう?」

「…違いない」
アリオンまでもが同意を示し、アントランはもっと腹を立てた。

「この二人はほんと、腹立つ。
お前はそう思わないのか?
スカしてて女にモテまくって!」

聞かれたアランは肩を竦めた。
「見慣れてるから今更」

アリオンがぼそり。と言う。
「だが俺よりシーリーンに好んでつっかかる。
あんたが女だったら“シーリーンに気があるのか?”と勘ぐるところだ」

ファルコンが言ったアリオンに目を向ける。
「女で無くとも勘ぐってる。
アントラン。
お前、シーリーンに気があるだろう?」

レオも笑った。
「そういう所があるから、《皆を繋ぐ者》アグナータに選ばれたんじゃ無いか。
と皆が思ってる」

ファオンが驚いてアントランを見つめる。
アントランはぷんぷん怒って言った。

「俺が女なら、年下のスカした坊やをとっくに誘惑して手玉に取ってやったぜ!」

男達は皆爆笑し、ファオンはぽかん。
と男達を見回した。
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