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二人きりの時間
45 長兄 ファーレーン
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朝食が終わり、皆がテントへ仕度の為戻り始めた頃、居留地取り巻く岩陰から姿を現す人影に、皆が足を止めて振り向く。
レオが直ぐ、駆け寄る。
「…アラン…怪我を負ったのか?
シーリーンは…?!」
アランは肩から血を滴らせ、それでも微笑む。
「大した事無い。
ちょっと相手の数が多かっただけだ。
シーリーンは…」
そう言って振り向く。
シーリーンの肩を担ぎ現れた人物を皆が注視する。
ファオンは目を、見開いた。
シーリーンの肩を担いでいるのは、長兄、ファーレーン………。
キースはじっ…と旧友を見つめる。
アリオンはその人物を斜に見つめる。
白っぽい金髪。
ファオンと良く似た、そこいらではお目にかかれないような、整いきった美麗な顔立ち。
湖水のような青い瞳。
けれどファオンとは違い、氷のような雰囲気を纏い、長身で引き締まった体付をし、肩幅も広かった。
彼は寄ってくるレオに素早く言う。
「…すまない。
ウチの新人が馬鹿やらかして、シーリーンがとばっちりを喰らった」
レオはシーリーンを見つめ、助っ人に行った二人共が怪我を負った事実に眉間を寄せる。
「…どうした…?」
ファーレーンは手を差し出し寄るレオに、シーリーンの肩を預けながら言う。
「…挫いた。
暫くは冷やして動かすな」
シーリーンはレオに肩を担がれ、俯いて呟く。
「…大した事無い」
だがファーレーンの背後からバツが悪そうに顔を出したのは、東の尾根に上がったばかりの新しい《勇敢なる者》、デュケス。
シーリーンはデュケスの姿を見ると、ジロリ。と冷たい視線を送る。
二人の様子を見て、レオはファーレーンに尋ねる。
「戦闘で怪我したんじゃないのか?」
ファーレーンは背後のデュケスに視線を送る。
デュケスは新入りなのにとても背が高く、あちこち筋肉の盛り上がった大きな体格。
明るい栗毛の巻き毛。
薄茶色の瞳。
けれど美男の多い《勇敢なる者》の中、どちらかと言うと猿のように見えるその顔立ち。
がデュケスは、その大きな体を縮込(ちぢこ)めて囁く。
「…俺が…戦闘後崖を上がってる時、振り向いた拍子にシーリーンをその…」
そして、でっかい図体の割に蚊の泣くような声で呟く。
「…思い切り突き飛ばしちまい…それでシーリーンはふっ飛んで…」
シーリーンは低い声で怒鳴る。
「ふざけて振り向いた時!
だろう!
しかも飛び跳ねて!
自分の図体のデカさを忘れてないか?!」
シーリーンにぴしゃり。と言われ、デュケスは項垂れて先輩、ファーレーンの横に並ぶ。
デュケスはファーレーンより頭一つ分も背が高かった。
「デュケスの不注意は私の責任だ」
レオはその端麗な美青年に頷く。
「こっちはキースが負傷し、デュランは新人だ。
その上アリオンも怪我を負ってる。
アラン、シーリーンまで動けないと正直、困る」
ファーレーンは溜息を吐いて口を開きかけたが、その前にファルコンが低い声で怒鳴る。
「…代わりにデュケスを貸し出すとか、絶対言わないな?!」
皆無言ながらもデュケスでは無くて腕が立ち、この場にいるファーレーンこそが、助っ人に一時(いっとき)入るのが順当だと思った。
…しかしファーレーンは《皆を繋ぐ者》ファオンの兄。
ファーレーンは釘を刺され、自分がここに滞在することに躊躇い、ファオンに振り向く。
ファオンは立派な長兄、ファーレーンに《皆を繋ぐ者》の衣服を着けた姿を見られ、羞恥に震えて深く俯く。
ファーレーンが顔を上げ、皆の顔を見回す。
「私のいる場で弟を汚せるのか?!」
ファルコンが怒鳴り付ける。
「なら別の《勇敢なる者》を貸し出せ!」
レオが手を横に差し出してファルコンを制し、ファーレーンに言い渡す。
「…そちらの怪我人は?」
ファーレーンは俯く。
「いや。
だがこちらは今、一挙に多くの群れが狙って来てる。
手隙は…デュケスくらいだ」
ファルコンはかんかんに怒った。
「シーリーンの引き替えになる男を寄越せ!
デュケスじゃシーリーンの足元にも及ばない!
俺達に、ウドの大木の面倒見させる気か?!」
けれどレオは俯く。
「だが引き替えにお前だと、ファオンが萎縮する」
ファオンはレオを見た。
レオは真っ直ぐ顔を上げ、美麗な《勇敢なる者》、ファーレーンに突き付けるように言う。
「…ファオンは我々の大切な《皆を繋ぐ者》だ」
ファオンはレオのその言葉に、胸が熱くなった。
だがファーレーンはとうとう、冷静さを失って怒鳴り返す。
「大切な弟を男の慰み者にされて私が冷静でいられるか!」
ファオンは兄の言葉に、一辺に気持ちを萎ませ、悲しげに顔を下げる。
背後にセルティスとアリオンが、力づけ、慰めるようにそっと立った。
キースが離れた場所から声をかける。
「俺が怪我なんぞ負っていなかったら言ってやれた。
ウドの大木を連れて、とっとと東の尾根に戻れと」
ファーレーンは昔なじみのキースを見る。
怪我を負っていても、彼の黄金の巻き毛は王者のようにキースを飾っていた。
ファーレーンは昔の好敵手に視線を投げて言う。
「いつもの君なら言ったろうな。
私の監督責任だからここに残ってお前がシーリーンに代わり戦えと。
だが大怪我を負い、いつもの軽口が叩けないか?!」
キースは顔を下げて俯く。
「…ファオンがいなかったら、大怪我しててもそう言う。
が、既に俺はファオンを抱いた。
…お前と違って可愛くて可憐だ」
ファーレーンは目を剥いた。
凍(こご)え冷え切った冷たい視線。
鋭利なつららのような。
「お前のような男に弟を汚されたと聞かされると、胸を大きく抉られたように感じる!」
ファオンはいっそう身の置き所の無いように身を縮こまらせて顔を伏せる。
キースは気の毒そうにファオンを見つめ、ファーレーンに囁きかける。
「…いいから他を寄越し、お前がそいつの分まで東で戦え」
キースに視線を振られて、ファーレーンは弟を見る。
男として恥でしかない…恥ずかしい衣服を身に纏い、深く深く俯く一番下の弟。
ファーレーンは俯き、掠れた声で囁く。
「…アントランを寄越す。
シーリーンの挫いた足が治ったら、東の尾根に返せ」
レオが頷き、ファルコンもやっと首を縦に振った。
ファーレーンはファオンへ、寄ろうとした。
けれどファオンは顔を上げない…。
ファーレーンは躊躇(ためら)ったが背を向け、が、再び振り向く。
「ファオン」
ファオンは泣き出しそうな表情で顔を上げる。
ファーレーンは胸が痛むような表情を見せて囁く。
「辛いなら…いつでも力に成る。
私に使者を送れ」
それは…秘密裏にファオンをここから逃がす。
そういう意味だと、その場にいたほぼ全員に解った。
逃げる算段で送る使者だとしても、親族への使者はどんな場合でも許可されていたから、レオはファオンに“ファーレーンに使者を送りたい”と言い出されたら拒めない。
けれどレオがとうとう、ファーレーンを睨み付けた。
「…こっちの事情が、解ってないようだな。
ファオンが選出されたのは、既に決まったセスが廃されたからだ!
これ以上!
《皆を繋ぐ者》を廃されては“和”は乱れきる!
結束出来ず万一北の尾根が破られ、我々が全滅したら、負担は全て東に行くことを忘れるな!」
ファーレーンは俯く。
「例えそうだとしても…私は弟が可愛い…」
そして顔を上げて、ファルコンを見る。
頭を深々と下げて言う。
「頼むから…容赦してやってくれ。
優しく…君の出来うる限り優しく…してやってくれ」
腕組みして睨んでたファルコンはびっくりして、目を見開く。
「…人にお前は頭なんか下げない」
だがキースが言った。
「今、その瞳で見てるだろう?」
ファルコンはキースに怒鳴る。
「スカしてて一度も今まで、下げたことが無いだろうと言う意味だ!」
セルティスが困惑して囁く。
「俺達はあんたの解りにくい会話に慣れてるが…」
アランも傷口を押さえながら、笑った。
「始めからそう言わないと余所(よそ)の奴には通じない」
デュケスが途端、笑い出す。
「はーっははっは!はっは!は……………」
年上の《勇敢なる者》全員の冷たい視線を受け、デュケスの声はだんだん小さくなり、そして頭を下げて行く。
アリオンが抑揚の無い声で言う。
「…そんな馬鹿で、務まるのか?」
リチャードがアリオンを凝視した。
自分が言いたくて、けれど年上の《勇敢なる者》らの中、言えなかった言葉をたった一つ年上のアリオンに言われて。
ファーレーンはアリオンを見つめる。
だがアリオンはファーレーンを強い瞳で見つめ返す。
幼いファオンと関係したと、ファオンの父親と共に糾弾したファーレーンを。
アリオンが早々に婚約させられたのもその為。
一刻も早く女性と結婚させ、汚名を返上させようと目論む家の者の知恵。
それも全て…ファオンの父とファーレーンがアリオンを責めたから。
『男で更に幼い弟を汚した背徳者!』と。
ファーレーンはアリオンの強い青の瞳に少し、顔を下げる。
「…デュケスは戦い始めると、圧倒的に強い。
だが、馬鹿は確かだ。教育する」
アランが振り向き、怒鳴る。
「頼むぞ!
じゃなきゃ今度東尾根との中間地には、こっちから援軍を出さないからな!」
ファーレーンはレオを見る。
レオは頷いて言った。
「アランの言う通りだ」
ファーレーンは一つ、吐息を吐くとデュケスに顎をしゃくって促し、皆に背を向け、顔だけ振り向いて言った。
「後でアントランを寄越す」
レオの頷きを目にしたファーレーンは背を向け、デュケスを引き連れ岩陰へと姿を消して行った。
皆が黙して見送る中、呟く声がした。
「美女と野獣だな…」
皆が一斉に、そう呟くデュランへと、振り向いた。
レオが直ぐ、駆け寄る。
「…アラン…怪我を負ったのか?
シーリーンは…?!」
アランは肩から血を滴らせ、それでも微笑む。
「大した事無い。
ちょっと相手の数が多かっただけだ。
シーリーンは…」
そう言って振り向く。
シーリーンの肩を担ぎ現れた人物を皆が注視する。
ファオンは目を、見開いた。
シーリーンの肩を担いでいるのは、長兄、ファーレーン………。
キースはじっ…と旧友を見つめる。
アリオンはその人物を斜に見つめる。
白っぽい金髪。
ファオンと良く似た、そこいらではお目にかかれないような、整いきった美麗な顔立ち。
湖水のような青い瞳。
けれどファオンとは違い、氷のような雰囲気を纏い、長身で引き締まった体付をし、肩幅も広かった。
彼は寄ってくるレオに素早く言う。
「…すまない。
ウチの新人が馬鹿やらかして、シーリーンがとばっちりを喰らった」
レオはシーリーンを見つめ、助っ人に行った二人共が怪我を負った事実に眉間を寄せる。
「…どうした…?」
ファーレーンは手を差し出し寄るレオに、シーリーンの肩を預けながら言う。
「…挫いた。
暫くは冷やして動かすな」
シーリーンはレオに肩を担がれ、俯いて呟く。
「…大した事無い」
だがファーレーンの背後からバツが悪そうに顔を出したのは、東の尾根に上がったばかりの新しい《勇敢なる者》、デュケス。
シーリーンはデュケスの姿を見ると、ジロリ。と冷たい視線を送る。
二人の様子を見て、レオはファーレーンに尋ねる。
「戦闘で怪我したんじゃないのか?」
ファーレーンは背後のデュケスに視線を送る。
デュケスは新入りなのにとても背が高く、あちこち筋肉の盛り上がった大きな体格。
明るい栗毛の巻き毛。
薄茶色の瞳。
けれど美男の多い《勇敢なる者》の中、どちらかと言うと猿のように見えるその顔立ち。
がデュケスは、その大きな体を縮込(ちぢこ)めて囁く。
「…俺が…戦闘後崖を上がってる時、振り向いた拍子にシーリーンをその…」
そして、でっかい図体の割に蚊の泣くような声で呟く。
「…思い切り突き飛ばしちまい…それでシーリーンはふっ飛んで…」
シーリーンは低い声で怒鳴る。
「ふざけて振り向いた時!
だろう!
しかも飛び跳ねて!
自分の図体のデカさを忘れてないか?!」
シーリーンにぴしゃり。と言われ、デュケスは項垂れて先輩、ファーレーンの横に並ぶ。
デュケスはファーレーンより頭一つ分も背が高かった。
「デュケスの不注意は私の責任だ」
レオはその端麗な美青年に頷く。
「こっちはキースが負傷し、デュランは新人だ。
その上アリオンも怪我を負ってる。
アラン、シーリーンまで動けないと正直、困る」
ファーレーンは溜息を吐いて口を開きかけたが、その前にファルコンが低い声で怒鳴る。
「…代わりにデュケスを貸し出すとか、絶対言わないな?!」
皆無言ながらもデュケスでは無くて腕が立ち、この場にいるファーレーンこそが、助っ人に一時(いっとき)入るのが順当だと思った。
…しかしファーレーンは《皆を繋ぐ者》ファオンの兄。
ファーレーンは釘を刺され、自分がここに滞在することに躊躇い、ファオンに振り向く。
ファオンは立派な長兄、ファーレーンに《皆を繋ぐ者》の衣服を着けた姿を見られ、羞恥に震えて深く俯く。
ファーレーンが顔を上げ、皆の顔を見回す。
「私のいる場で弟を汚せるのか?!」
ファルコンが怒鳴り付ける。
「なら別の《勇敢なる者》を貸し出せ!」
レオが手を横に差し出してファルコンを制し、ファーレーンに言い渡す。
「…そちらの怪我人は?」
ファーレーンは俯く。
「いや。
だがこちらは今、一挙に多くの群れが狙って来てる。
手隙は…デュケスくらいだ」
ファルコンはかんかんに怒った。
「シーリーンの引き替えになる男を寄越せ!
デュケスじゃシーリーンの足元にも及ばない!
俺達に、ウドの大木の面倒見させる気か?!」
けれどレオは俯く。
「だが引き替えにお前だと、ファオンが萎縮する」
ファオンはレオを見た。
レオは真っ直ぐ顔を上げ、美麗な《勇敢なる者》、ファーレーンに突き付けるように言う。
「…ファオンは我々の大切な《皆を繋ぐ者》だ」
ファオンはレオのその言葉に、胸が熱くなった。
だがファーレーンはとうとう、冷静さを失って怒鳴り返す。
「大切な弟を男の慰み者にされて私が冷静でいられるか!」
ファオンは兄の言葉に、一辺に気持ちを萎ませ、悲しげに顔を下げる。
背後にセルティスとアリオンが、力づけ、慰めるようにそっと立った。
キースが離れた場所から声をかける。
「俺が怪我なんぞ負っていなかったら言ってやれた。
ウドの大木を連れて、とっとと東の尾根に戻れと」
ファーレーンは昔なじみのキースを見る。
怪我を負っていても、彼の黄金の巻き毛は王者のようにキースを飾っていた。
ファーレーンは昔の好敵手に視線を投げて言う。
「いつもの君なら言ったろうな。
私の監督責任だからここに残ってお前がシーリーンに代わり戦えと。
だが大怪我を負い、いつもの軽口が叩けないか?!」
キースは顔を下げて俯く。
「…ファオンがいなかったら、大怪我しててもそう言う。
が、既に俺はファオンを抱いた。
…お前と違って可愛くて可憐だ」
ファーレーンは目を剥いた。
凍(こご)え冷え切った冷たい視線。
鋭利なつららのような。
「お前のような男に弟を汚されたと聞かされると、胸を大きく抉られたように感じる!」
ファオンはいっそう身の置き所の無いように身を縮こまらせて顔を伏せる。
キースは気の毒そうにファオンを見つめ、ファーレーンに囁きかける。
「…いいから他を寄越し、お前がそいつの分まで東で戦え」
キースに視線を振られて、ファーレーンは弟を見る。
男として恥でしかない…恥ずかしい衣服を身に纏い、深く深く俯く一番下の弟。
ファーレーンは俯き、掠れた声で囁く。
「…アントランを寄越す。
シーリーンの挫いた足が治ったら、東の尾根に返せ」
レオが頷き、ファルコンもやっと首を縦に振った。
ファーレーンはファオンへ、寄ろうとした。
けれどファオンは顔を上げない…。
ファーレーンは躊躇(ためら)ったが背を向け、が、再び振り向く。
「ファオン」
ファオンは泣き出しそうな表情で顔を上げる。
ファーレーンは胸が痛むような表情を見せて囁く。
「辛いなら…いつでも力に成る。
私に使者を送れ」
それは…秘密裏にファオンをここから逃がす。
そういう意味だと、その場にいたほぼ全員に解った。
逃げる算段で送る使者だとしても、親族への使者はどんな場合でも許可されていたから、レオはファオンに“ファーレーンに使者を送りたい”と言い出されたら拒めない。
けれどレオがとうとう、ファーレーンを睨み付けた。
「…こっちの事情が、解ってないようだな。
ファオンが選出されたのは、既に決まったセスが廃されたからだ!
これ以上!
《皆を繋ぐ者》を廃されては“和”は乱れきる!
結束出来ず万一北の尾根が破られ、我々が全滅したら、負担は全て東に行くことを忘れるな!」
ファーレーンは俯く。
「例えそうだとしても…私は弟が可愛い…」
そして顔を上げて、ファルコンを見る。
頭を深々と下げて言う。
「頼むから…容赦してやってくれ。
優しく…君の出来うる限り優しく…してやってくれ」
腕組みして睨んでたファルコンはびっくりして、目を見開く。
「…人にお前は頭なんか下げない」
だがキースが言った。
「今、その瞳で見てるだろう?」
ファルコンはキースに怒鳴る。
「スカしてて一度も今まで、下げたことが無いだろうと言う意味だ!」
セルティスが困惑して囁く。
「俺達はあんたの解りにくい会話に慣れてるが…」
アランも傷口を押さえながら、笑った。
「始めからそう言わないと余所(よそ)の奴には通じない」
デュケスが途端、笑い出す。
「はーっははっは!はっは!は……………」
年上の《勇敢なる者》全員の冷たい視線を受け、デュケスの声はだんだん小さくなり、そして頭を下げて行く。
アリオンが抑揚の無い声で言う。
「…そんな馬鹿で、務まるのか?」
リチャードがアリオンを凝視した。
自分が言いたくて、けれど年上の《勇敢なる者》らの中、言えなかった言葉をたった一つ年上のアリオンに言われて。
ファーレーンはアリオンを見つめる。
だがアリオンはファーレーンを強い瞳で見つめ返す。
幼いファオンと関係したと、ファオンの父親と共に糾弾したファーレーンを。
アリオンが早々に婚約させられたのもその為。
一刻も早く女性と結婚させ、汚名を返上させようと目論む家の者の知恵。
それも全て…ファオンの父とファーレーンがアリオンを責めたから。
『男で更に幼い弟を汚した背徳者!』と。
ファーレーンはアリオンの強い青の瞳に少し、顔を下げる。
「…デュケスは戦い始めると、圧倒的に強い。
だが、馬鹿は確かだ。教育する」
アランが振り向き、怒鳴る。
「頼むぞ!
じゃなきゃ今度東尾根との中間地には、こっちから援軍を出さないからな!」
ファーレーンはレオを見る。
レオは頷いて言った。
「アランの言う通りだ」
ファーレーンは一つ、吐息を吐くとデュケスに顎をしゃくって促し、皆に背を向け、顔だけ振り向いて言った。
「後でアントランを寄越す」
レオの頷きを目にしたファーレーンは背を向け、デュケスを引き連れ岩陰へと姿を消して行った。
皆が黙して見送る中、呟く声がした。
「美女と野獣だな…」
皆が一斉に、そう呟くデュランへと、振り向いた。
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