アグナータの命運

あーす。

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二人きりの時間

44 朝食の軽口

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 ファオンはセルティスと朝食の席に着く。
昨夜同様、皆の和む顔を見られると…ファオンは思った。

けれどアランとシーリーンの姿が見えない。

リチャードが俯いている。
何があったのだろう…?
そう顔を向けると、横のセルティスが尋ねる。

「朝、急襲があったのか?」

レオが顔を上げる。
「東の尾根との境目で。
丁度アランとシーリーンがそれを聞いて、出て行った」

ファルコンがリチャードに顔を向ける。
けれどリチャードは、俯いたまま。

レオが気づいてファルコンに呟く。

「出られる心の準備が出来てない者が出ても、喰われて雑兵アルナらも同様の運命を辿るだけだ」

セルティスが説明を求めるようにファルコンを見つめる。
ファルコンはセルティスに振り向く。

「テントの中で…最初伝令は、リチャードに出撃を依頼してた。
俺は出たくても眠くて手も動かせなかったが、耳だけは聞こえていた。
リチャードがぐずり、代わりにキースが出ようとしてアランとシーリーンが押し止め、結果二人が出撃した」

レオはチラ…とキースを見る。

「俺は絶対お前に出撃許可は出さないぞ」

キースはレオに振り向く。
「あの可愛い顔した気の強い坊やを俺はなんでか…ほっとけない」

ファルコンは憮然。と呟く。
「お前の従姉妹が、リチャードの親父の後妻だからか?
全然お前に責任は無いだろう?!」

キースは自分を庇うファルコンを見て、くすり…と笑う。

「お前くらい何も怖い物が無い剣士に庇われると、俺の価値が上がって嬉しいな」

ファオンはキースのその言葉を聞いた途端、リチャードがキースの事を
“垂らし!”
と怒っていた事を思い浮かべた。

確かに“何も怖い物が無い剣士”なんてキースに持ち上げられたら、ファルコンだって嬉しいだろう。

だがファルコンは真剣に腹を立てた。

「俺が幾ら強くても敵の数は多い!
お前を失えば俺達はどれだけ打撃を受けるか!
ちっとは真剣に考えろ!!」

レオは、ファルコンの言う通りだ。
とジロリとキースを睨んだ。
が、リチャードにも視線を向ける。

「お前は気にするな。
無理に出てお前が喰われたら困る。
大事な、戦力だ」

そうレオに言われた時、リチャードは動揺して顔を激しく揺らし、そして瞳が潤みかけ、慌てて顔を下げて俯く。

ファルコンがキースを睨んで言う。

「…あんまり自尊心の強いリチャードを庇うな!
お嬢さん扱いされて腹を立て、逆に恨まれるだけだぞ!」

ファオンの横で、セルティスは笑う。
「キースにそれを言うか?
キースは“他人なんかどうでもいい”
って顔をしながら、いつも誰かを庇わずにいられないのに?」

ファルコンは憮然。と呟く。
「だからそれを続けたら命が亡くなる!
今だって大怪我負ってるのに!」

アリオンも笑う。
「ファルコンはキースが、大好きだからな!」

ファルコンが、真剣にアリオンを睨む。
が、アリオンは怯む様子を見せず、年上の男に言う。

「…違うなら否定してみろ」

ファルコンは歯噛みして、銀の真っ直ぐな髪を振り顔を背ける。

「…やっぱり、大好きなんだな」

セルティスに言われて、ファルコンはとうとう顔を下げた。

リチャードはレオに言われた“大事な戦力”に感激し、泣きかけた感情を立て直して、キースにつっかかる。

「あんた、ゴツい剣士まで垂らし込む、本当に天然の“垂らし”だな!」

キースは肩竦める。
「お前みたいな手強い坊やはオチてないから、それ程大した“垂らし”じゃない」

リチャードは頬を真っ赤にしてキースを睨んだ。

アリオンがぼそり。とリチャードに呟く。
「キースの方が、一枚も二枚も上手だ」

セルティスも肩を竦めた。
「言葉で突っかかるなんて。
くるめてゴミ箱に捨ててくれ。と言わんばかりの無謀な行いだ」

とうとうレオが笑い出し、デュランが《勇敢なる者》レグウルナスの長の体を揺らして笑う様子を、目を見開いて見つめた。

ファオンは…俯いた。
シュティッセンがいた時きっとみんなは…こんな風に互いに軽口を言い合ってたんだろう…。

けれど…。
皆自分に気遣って…食事の時口も…開かなかったんだ…。

俯くファオンに、アリオンがそっと言った。
「気にするな…。
セスの時も最初は誰も口をきかなかった」

キースが笑う。
「リチャードだけは、やたら突っかかってたよな!」

レオも口を開く。
「リチャードはシュティッセンに懐きまくってたからな!」

セルティスも言い出す。
「セスは悪くないのに、リチャードに気を遣いまくってた。
可哀想に」

リチャードがむくれて首を振る。
「だから…!
その後は優しくした!」

レオとセルティスは首を横に振る。

キースが言った。
「お前、優しさをどっかで学んだ方がいいぞ?
あれで優しい?」

そう言って、首を横に振りまくる。

リチャードはレオを見る。
レオはリチャードの言う“優しさ”を否定するように首を横に振り、次にリチャードはセルティスに視線を移すが、セルティスも横に振る。
アリオンも見るが、アリオンも横に振った。

ファルコンだけが、首を動かさず呟く。
「俺と扱いは変わらなかったぞ?」

リチャードはファルコンが怖いのか…一目置いているのか…。
言い返さず思い切りがっくりと、首を垂れた。

その後、皆の笑い声が響く。

温かく、リチャードを包むような笑い声が。
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