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二人きりの時間
40 二人だけの時間 セルティス
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ファオンが目を開けた時、周囲は暗く感じた。
身を起こそうとしたけれど…体がだるくて辛い…。
横の人物が振り向く。
セルティス…。
「目が覚めたか?
シーリーンがお前は疲れ切ってると」
ファオンは手渡されるコップを受け取る。
アルコール濃度の低い果実酒…。
口に含むと、好んで飲んでいた無花果酒の味がした。
セルティスはファオンを優しい瞳で見つめた。
青味が勝った、シーリーンよりは青の濃いグレーの瞳。
けれどとても疲れている様子に見えて、ファオンは腕を付いて身体を起こす。
「いいから休んでろ。
もう直夕食だ」
ファオンはセルティスを見つめる。
シュティッセンの言葉が蘇る。
“セルティスはいつも自分に“大丈夫と言い聞かせ…過信して無理をしないか心配…”
「酷い…戦いだった?」
尋ねると、セルティスは振り向く。
「俺には聞いて良い。
だが他の男には…あまり聞くな。
皆、悲惨な戦いを一時忘れたくてお前を抱く」
「………………………」
ファオンはその時知った。
《勇敢なる者》の、唯一の愛…。
厳しく過酷な戦いの中の…《勇敢なる者》らにとって《皆を繋ぐ者》は、慰めであり暖かさであり…愛しい者…。
どれだけ体が傷付き、どれだけ心がボロボロでも…。
一時《皆を繋ぐ者》に慰めを求めた後、《勇敢なる者》らは再び立ち向かわなくてはならない…。
ファオンはふいに、シュティッセンの気持ちが解った。
どれだけ乱暴な…恥ずかしい事をされても…それでも愛するのだと言った彼。
愛しい戦士らが、自分を抱いた後戦いに戻って行く…。
彼に出来たのは無事を祈る事と愛でその身を包み護る事だけ。
彼らがその過酷な戦いに勝って、再び自分を求める時まで…。
でも…!
その後また戦士らは戦いに戻って行く!
どれだけその身を心配しても…ただ祈り願うだけ…。
再び無事で戻り、その腕(かいな)に抱かれ愛し合う時が訪れる事を。
だから…シュティッセンはどれだけ恥ずかしい事を要求されても…。
戦いで死なれる事に比べれば…きっと、何でも無い。
彼にとって一番酷い事。
それは…愛を交わした戦士が命を落とすこと………。
ファオンはセルティスを見た。
シュティッセンに比べ、何て自分の愛は小さい…。
頼りなくて彼らの不安を…辛さを…心の傷を…。
包み込む事なんて出来やしない………。
聞かなくても解った。
セルティスだって本当は《化け物》が怖い…。
戦いなんてしたくない。
でも大切な人達を護る為、必死なんだ…。
ファオンは顔を俯けて泣いた。
《勇敢なる者》になる事。
それはすなわち、父の誇りになり長兄ファーレーンのように…父に愛される事…。
でもそれは違った。
ちっぽけな自分の…望みを叶える為だけに…なれるものでは無かったんだ………。
もっと大きな…。
丘陵地で暮らす大切な人々を護る為…。
その為に自分の我欲を削って削って…。
そんな彼らに与えられた贅沢が、《皆を繋ぐ者》…。
ファオンは俯き、涙を頬に滴らせ続けた。
自分には資格が無い…。
彼らの贅沢品になれるとどうしても…思えなかった。
セルティスがそっ…と隣に来る。
温かい腕で包み、抱きしめてくれる。
ファオンはその人に抱きつく。
互いに…埋めることの出来ない自分の欠陥を抱えながら…。
「…お前は変わったな…」
ファオンが顔を上げる。
セルティスは腕に抱くファオンを見つめて囁く。
「俺を見る目が違う」
「シュティッセンは貴方を心配で…本当は彼が護りたいけど出来ないと…。
だから…僕に頼むと。
でも僕にはシュティッセンのような…見えない愛の翼が無い…!
彼のように…見えない愛で貴方を護れない…!」
セルティスは微笑う。
「なんだ。
俺と同じだな。
…戦いに出ていつも思う。
俺はレオになれない。
ファルコンにもキースにも。
彼らのように…どんな時も躊躇わず戦えない…。
必ず…《化け物》を見ると一瞬、竦む。
自分は《勇敢なる者》だと思い出すのが、一瞬遅れる。
だがその一瞬の遅れで、雑兵らが死ぬ。
一人二人ならまだマシ…」
ファオンは語るセルティスを見つめ続ける。
栗色の艶やかな巻き毛。
通った鼻筋。
彫りの深い、整った顔立ちだったけれど、優しい印象が勝る…。
「お前はシュティッセンになれないと嘆く。
俺も…レオになれなくて辛い。
来年はレオが抜ける。
正直…レオを無くすと思うと辛過ぎて…。
やっていける自信が無い………」
セルティスの寂しげな微笑み…。
彼の心は過酷な戦いで本当は…疲れ切っているんじゃないだろうか…。
ファオンはそっと囁く。
「それでも…自分を奮いたたせるの…?
他のみんなも…?」
セルティスはファオンを見つめる。
「そうだな…。
リチャードはいつも、恐怖に覆われかけると自分に腹を立て、ムキになって振り払い《化け物》に突っ込んで行く。
シーリーンは…竦みかけると問い正してるように見える。
“アリオンなら…?”
“アリオンなら顔色も変えず突っ込んで行く”
そして負けまいとシーリーンも突っ込んで行くんだ。
アリオンも同様。
“シーリーンなら…”
…奴らの敵は互い。
だから…《化け物》は奴らの視界から、恐怖と共に消え失せる。
一番勝ちたい相手は互いなのだから」
「…アランは…?」
「…竦んでた。
いつも。
必死で自分を叱咤して…。
けれどある日とうとう…当時の長に尾根を下ろしてくれと言った。
竦む自分は仲間の足を引っ張るからと」
ファオンは目を見開く。
「…けれど長は彼に言った。
背後で周囲の状況を見る者も必要だ。
竦むのではなく、それをしろ。
直ぐ突っ込まなくて良い。
と。
ファルコンは不満だった。
が、幾度もアランに背後を護られて以来…今ではアランを信頼してる」
ファオンは切なげにセルティスを見上げる。
セルティスは俯いた。
「幾度も《化け物》に怒鳴りたくなる。
喰われた無残な死体を見て…。
“どうしてこんな酷い事が出来る…!”
…だが奴らにそんな言葉は通じない。
飢えている。だから喰らうだけだ」
ファオンはずっとセルティスを見続ける。
セルティスは参ったように顔を下げた。
「…妻に赤子が産まれたと。
可愛い女の子で、戦いが終われば…思う様その子といられると…。
言った雑兵が目の前で喰われ、絶望の叫びを上げた時は本当に…こたえたな…」
その時ファオンは必死で…セルティスに腕を回し抱きしめた。
支えるように。
セルティスは抱き返す。
そしてファオンの肩に顔を埋める。
「…結婚してないが…俺にも産まれる。
婚約した…娘との間に、直」
セルティスはその時、震えていた。
「…もし………」
呟き、いっそうファオンを抱きしめ…そして掠れた、詰まったような声で言葉を絞り出す。
「…子供の顔すら見られず……………」
抱きしめる腕はぶるぶる震えていた。
その後を彼は、考えまいとした。
最悪のことを。
身を起こそうとしたけれど…体がだるくて辛い…。
横の人物が振り向く。
セルティス…。
「目が覚めたか?
シーリーンがお前は疲れ切ってると」
ファオンは手渡されるコップを受け取る。
アルコール濃度の低い果実酒…。
口に含むと、好んで飲んでいた無花果酒の味がした。
セルティスはファオンを優しい瞳で見つめた。
青味が勝った、シーリーンよりは青の濃いグレーの瞳。
けれどとても疲れている様子に見えて、ファオンは腕を付いて身体を起こす。
「いいから休んでろ。
もう直夕食だ」
ファオンはセルティスを見つめる。
シュティッセンの言葉が蘇る。
“セルティスはいつも自分に“大丈夫と言い聞かせ…過信して無理をしないか心配…”
「酷い…戦いだった?」
尋ねると、セルティスは振り向く。
「俺には聞いて良い。
だが他の男には…あまり聞くな。
皆、悲惨な戦いを一時忘れたくてお前を抱く」
「………………………」
ファオンはその時知った。
《勇敢なる者》の、唯一の愛…。
厳しく過酷な戦いの中の…《勇敢なる者》らにとって《皆を繋ぐ者》は、慰めであり暖かさであり…愛しい者…。
どれだけ体が傷付き、どれだけ心がボロボロでも…。
一時《皆を繋ぐ者》に慰めを求めた後、《勇敢なる者》らは再び立ち向かわなくてはならない…。
ファオンはふいに、シュティッセンの気持ちが解った。
どれだけ乱暴な…恥ずかしい事をされても…それでも愛するのだと言った彼。
愛しい戦士らが、自分を抱いた後戦いに戻って行く…。
彼に出来たのは無事を祈る事と愛でその身を包み護る事だけ。
彼らがその過酷な戦いに勝って、再び自分を求める時まで…。
でも…!
その後また戦士らは戦いに戻って行く!
どれだけその身を心配しても…ただ祈り願うだけ…。
再び無事で戻り、その腕(かいな)に抱かれ愛し合う時が訪れる事を。
だから…シュティッセンはどれだけ恥ずかしい事を要求されても…。
戦いで死なれる事に比べれば…きっと、何でも無い。
彼にとって一番酷い事。
それは…愛を交わした戦士が命を落とすこと………。
ファオンはセルティスを見た。
シュティッセンに比べ、何て自分の愛は小さい…。
頼りなくて彼らの不安を…辛さを…心の傷を…。
包み込む事なんて出来やしない………。
聞かなくても解った。
セルティスだって本当は《化け物》が怖い…。
戦いなんてしたくない。
でも大切な人達を護る為、必死なんだ…。
ファオンは顔を俯けて泣いた。
《勇敢なる者》になる事。
それはすなわち、父の誇りになり長兄ファーレーンのように…父に愛される事…。
でもそれは違った。
ちっぽけな自分の…望みを叶える為だけに…なれるものでは無かったんだ………。
もっと大きな…。
丘陵地で暮らす大切な人々を護る為…。
その為に自分の我欲を削って削って…。
そんな彼らに与えられた贅沢が、《皆を繋ぐ者》…。
ファオンは俯き、涙を頬に滴らせ続けた。
自分には資格が無い…。
彼らの贅沢品になれるとどうしても…思えなかった。
セルティスがそっ…と隣に来る。
温かい腕で包み、抱きしめてくれる。
ファオンはその人に抱きつく。
互いに…埋めることの出来ない自分の欠陥を抱えながら…。
「…お前は変わったな…」
ファオンが顔を上げる。
セルティスは腕に抱くファオンを見つめて囁く。
「俺を見る目が違う」
「シュティッセンは貴方を心配で…本当は彼が護りたいけど出来ないと…。
だから…僕に頼むと。
でも僕にはシュティッセンのような…見えない愛の翼が無い…!
彼のように…見えない愛で貴方を護れない…!」
セルティスは微笑う。
「なんだ。
俺と同じだな。
…戦いに出ていつも思う。
俺はレオになれない。
ファルコンにもキースにも。
彼らのように…どんな時も躊躇わず戦えない…。
必ず…《化け物》を見ると一瞬、竦む。
自分は《勇敢なる者》だと思い出すのが、一瞬遅れる。
だがその一瞬の遅れで、雑兵らが死ぬ。
一人二人ならまだマシ…」
ファオンは語るセルティスを見つめ続ける。
栗色の艶やかな巻き毛。
通った鼻筋。
彫りの深い、整った顔立ちだったけれど、優しい印象が勝る…。
「お前はシュティッセンになれないと嘆く。
俺も…レオになれなくて辛い。
来年はレオが抜ける。
正直…レオを無くすと思うと辛過ぎて…。
やっていける自信が無い………」
セルティスの寂しげな微笑み…。
彼の心は過酷な戦いで本当は…疲れ切っているんじゃないだろうか…。
ファオンはそっと囁く。
「それでも…自分を奮いたたせるの…?
他のみんなも…?」
セルティスはファオンを見つめる。
「そうだな…。
リチャードはいつも、恐怖に覆われかけると自分に腹を立て、ムキになって振り払い《化け物》に突っ込んで行く。
シーリーンは…竦みかけると問い正してるように見える。
“アリオンなら…?”
“アリオンなら顔色も変えず突っ込んで行く”
そして負けまいとシーリーンも突っ込んで行くんだ。
アリオンも同様。
“シーリーンなら…”
…奴らの敵は互い。
だから…《化け物》は奴らの視界から、恐怖と共に消え失せる。
一番勝ちたい相手は互いなのだから」
「…アランは…?」
「…竦んでた。
いつも。
必死で自分を叱咤して…。
けれどある日とうとう…当時の長に尾根を下ろしてくれと言った。
竦む自分は仲間の足を引っ張るからと」
ファオンは目を見開く。
「…けれど長は彼に言った。
背後で周囲の状況を見る者も必要だ。
竦むのではなく、それをしろ。
直ぐ突っ込まなくて良い。
と。
ファルコンは不満だった。
が、幾度もアランに背後を護られて以来…今ではアランを信頼してる」
ファオンは切なげにセルティスを見上げる。
セルティスは俯いた。
「幾度も《化け物》に怒鳴りたくなる。
喰われた無残な死体を見て…。
“どうしてこんな酷い事が出来る…!”
…だが奴らにそんな言葉は通じない。
飢えている。だから喰らうだけだ」
ファオンはずっとセルティスを見続ける。
セルティスは参ったように顔を下げた。
「…妻に赤子が産まれたと。
可愛い女の子で、戦いが終われば…思う様その子といられると…。
言った雑兵が目の前で喰われ、絶望の叫びを上げた時は本当に…こたえたな…」
その時ファオンは必死で…セルティスに腕を回し抱きしめた。
支えるように。
セルティスは抱き返す。
そしてファオンの肩に顔を埋める。
「…結婚してないが…俺にも産まれる。
婚約した…娘との間に、直」
セルティスはその時、震えていた。
「…もし………」
呟き、いっそうファオンを抱きしめ…そして掠れた、詰まったような声で言葉を絞り出す。
「…子供の顔すら見られず……………」
抱きしめる腕はぶるぶる震えていた。
その後を彼は、考えまいとした。
最悪のことを。
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