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二人きりの時間
38 セスが廃された理由
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テントに戻ると、シーリーンはファオンを自分の着ていた上着を羽織らせる。
「暫くそうしていろ。
疼き始めたら…」
シーリーンはそう言うと、ファオンを見つめる。
「…いつでもそう言え」
ファオンは安心しきって頷く。
リチャードが入り口の布を払って入って来る。
ファオンはリチャードを見た途端、さっきの会話を思い返す。
“愛してくれない親父に、媚びてどうする…?!”
そしてそっと、顔を下げて俯く。
“ただでさえ嫌われてる。
なのにあの時…。
アリオンとのことを知られた時、父様は激怒した。
『女のように抱かれる男など我が家には要らない!
家名を汚す汚れた者に成り果てたか!』
美しく強く…猛々しい父様…。
いつも振り向いて欲しくて…でも振り向いてくれない父様…。
父様のお気に入りは、長兄ファーレーン兄様…”
けれどその時、ファオンの脳裏に振り向いてくれない父とアリオンが重なる。
“アリオンにも…嫌われてると思ってた。
必要以上は接しない。
どちらかと言うといつも素っ気無くて、避けられてると思ってた。
なのにあの雷の鳴った豪雨の…木の洞の中で二人きりだった時…。
抱きしめ密着しそして口付けてくれた。
距離が…一気に縮まる。
それは嫌ってないと。
本当はとても好きだと言ってるみたいで、アリオンのして来る行為を阻めなかった”
けれどリチャードはシーリーンの横の毛皮の上に座ると、言った。
「お前は馬鹿だ」
シーリーンはリチャードに言い返す。
「お前より素直なだけだ。
お前だって《勇敢なる者》になったのは、親父の関心が引きたかったからだろう?」
リチャードはシーリーンに怒り顔で振り向く。
「…俺を見下したあいつを!
今度は俺が見下したかっただけだ!
俺は絶対あいつに償いをさせる!
ファオンのように玉無しじゃない!
這いつくばらせ、俺の前で、死んだ母様に詫びを言わせてやる!」
シーリーンはリチャードを見つめ、囁く。
「お前の親父は母親に言った言葉を後悔してないのか…?」
リチャードは俯く。
「…そりゃ…。
“あんな言葉で自殺まですると思わなかった”
…とは、言った。
だがその後俺を徹底的に避けやがった!」
「お前がどれだけ我が儘放題してもか?
お前、始めの頃金持ちの我が儘坊ちゃんに見えたぞ?」
リチャードはシーリーンに振り向き、怒鳴る。
「あんただっていいとこのボンボンに見えたぞ!」
だがシーリーンは悪びれずに言う。
「…俺はいいとこのボンボンだ。
が、我が儘じゃない」
リチャードはシーリーンより顔を背ける。
「俺…あんたのそういう所が苦手だ」
「どういうところだ」
リチャードは困惑してシーリーンに振り向く。
「皮肉屋かと思えば…突然素直に認める」
シーリーンは俯く。
「俺はお前より一年長く《勇敢なる者》をやってる。
なれば…自分を飾り偽る余裕も消える。
削いで削いで…余分な物を全部削り、自分を磨き上げるしか…《勇敢なる者》でい続ける方法は無い」
そして、リチャードを見た。
「で、無ければ《化け物》に喰われ、死ぬ」
ファオンが顔を上げる。
リチャードは顔を下げ…たった一人の敵と思い込んでいた父親が消えて、現実の敵が姿を現して来るのを脳裏に思い描く。
“人を喰らう《化け物》!”
ファオンはどうしても聞きたかった。
だからシーリーンに縋る瞳で尋ねる。
「どうして…セスは《皆を繋ぐ者》を廃されたの?!
そこまでキースの事が好きになったの?!
だって《皆を繋ぐ者》になって、ほんの数ヶ月のことだったのに!」
ファオンの声に、リチャードもシーリーンも振り向く。
リチャードは深く顔を下げる。
シーリーンが呟く。
「キースの傷を見たか?」
ファオンは動揺する自分を自覚した。
深く…深く抉られた背中を切り裂く長い傷。
「…セスは辛くて…逃げ出そうとした。
セスの世話役は連れ戻そうとした。
けれどそこで、《化け物》の群れに出くわしたんだ」
ファオンは目を見開く。
リチャードが掠れた声で言う。
「…世話役はセスを庇って喰われ、セスも襲いかかられた。
けどキースが…。
俺もその時一緒にいた。
キースが突然駆け出すから、後を付いて行った。
群れがいた。
30はいた。
俺は…助っ人を呼びに走ろうとした。
たった二人で群れの相手は無理だ。
けどキースが…突っ込んで行くから、俺は必死で呼び笛を吹いた。
…みるみる間にキースは化け物の覆われ、真っ黒な中に沈んだ。
でも叫んでた。
“今の内に逃げろ!セス”
って…」
ファオンは愕然とした。
「俺はセスの腕を引いて群れから放すのが精一杯…。
キースは群れの化け物に喰われる前に喉を掻き切れれば、まだ良い方だと思った。
それだけ数が…多かった。
…ファルコンが飛んで来た」
そう言うと、リチャードは横のシーリーンを見る。
「シーリーンも。
アリオンも来た。
皆、群れに突っ込んで行った。
…俺は…覚悟した。
皆が群れを殺した後、キースの死体が転がってるって」
ファオンは拳を握った。
震い始めていたから。
「…けどキースは金の髪を振って振り向く。
きつい目をして剣を振り切って。
最後まで背に張り付く《化け物》を、手で掴み振り払って…斬り殺した。
あちこち傷だらけだった。
噛み傷だ。
俺はセスの手を握ってた。
キースは背からどくどく血を流しながら俺に振り向き…微笑った。
“良くセスを護ったな”」
リチャードは暫く、口が聞けないほど俯く。
けれど顔を上げる。
「俺より、セスが参った。
その後キースに付きっきりで。
そしてとうとうレオに言った。
キース以外の男に触れられたくないと」
シーリーンが後を繋いだ。
「普段ならそんな事言っても、レオは取り合わない。
だが目の前でキースが群れに覆われた恐怖が凄まじく…。
仲の良かった世話役の子が目の前で…自分のせいで喰われて、セスは動揺して普通じゃ無かった。
だから…。
無理だと。
これ以上は。
そう判断を下し、セスを尾根から下ろすと。
…レオは皆の前で言った」
「それで…廃…され…た?」
シーリーンはファオンに振り向く。
「お前にとってはテスがそうだ」
リチャードも顔を上げる。
「テスが目の前で喰われたら…お前もショックだろう?」
ファオンは顔を下げる。
「…剣があれば…」
そして二人を見る。
「僕に剣を持たせてくれたら!
テスが喰われる前に必ず斬り殺す!」
けれどシーリーンは悲しげに囁いた。
「《皆を繋ぐ者》は唯一尾根で、剣を持たぬ者。
《皆を繋ぐ者》を護りきる事で、《勇敢なる者》の結束が保たれる」
それを聞いた途端ファオンは顔を下げ…悔しさで唇を強く噛みしめた。
「暫くそうしていろ。
疼き始めたら…」
シーリーンはそう言うと、ファオンを見つめる。
「…いつでもそう言え」
ファオンは安心しきって頷く。
リチャードが入り口の布を払って入って来る。
ファオンはリチャードを見た途端、さっきの会話を思い返す。
“愛してくれない親父に、媚びてどうする…?!”
そしてそっと、顔を下げて俯く。
“ただでさえ嫌われてる。
なのにあの時…。
アリオンとのことを知られた時、父様は激怒した。
『女のように抱かれる男など我が家には要らない!
家名を汚す汚れた者に成り果てたか!』
美しく強く…猛々しい父様…。
いつも振り向いて欲しくて…でも振り向いてくれない父様…。
父様のお気に入りは、長兄ファーレーン兄様…”
けれどその時、ファオンの脳裏に振り向いてくれない父とアリオンが重なる。
“アリオンにも…嫌われてると思ってた。
必要以上は接しない。
どちらかと言うといつも素っ気無くて、避けられてると思ってた。
なのにあの雷の鳴った豪雨の…木の洞の中で二人きりだった時…。
抱きしめ密着しそして口付けてくれた。
距離が…一気に縮まる。
それは嫌ってないと。
本当はとても好きだと言ってるみたいで、アリオンのして来る行為を阻めなかった”
けれどリチャードはシーリーンの横の毛皮の上に座ると、言った。
「お前は馬鹿だ」
シーリーンはリチャードに言い返す。
「お前より素直なだけだ。
お前だって《勇敢なる者》になったのは、親父の関心が引きたかったからだろう?」
リチャードはシーリーンに怒り顔で振り向く。
「…俺を見下したあいつを!
今度は俺が見下したかっただけだ!
俺は絶対あいつに償いをさせる!
ファオンのように玉無しじゃない!
這いつくばらせ、俺の前で、死んだ母様に詫びを言わせてやる!」
シーリーンはリチャードを見つめ、囁く。
「お前の親父は母親に言った言葉を後悔してないのか…?」
リチャードは俯く。
「…そりゃ…。
“あんな言葉で自殺まですると思わなかった”
…とは、言った。
だがその後俺を徹底的に避けやがった!」
「お前がどれだけ我が儘放題してもか?
お前、始めの頃金持ちの我が儘坊ちゃんに見えたぞ?」
リチャードはシーリーンに振り向き、怒鳴る。
「あんただっていいとこのボンボンに見えたぞ!」
だがシーリーンは悪びれずに言う。
「…俺はいいとこのボンボンだ。
が、我が儘じゃない」
リチャードはシーリーンより顔を背ける。
「俺…あんたのそういう所が苦手だ」
「どういうところだ」
リチャードは困惑してシーリーンに振り向く。
「皮肉屋かと思えば…突然素直に認める」
シーリーンは俯く。
「俺はお前より一年長く《勇敢なる者》をやってる。
なれば…自分を飾り偽る余裕も消える。
削いで削いで…余分な物を全部削り、自分を磨き上げるしか…《勇敢なる者》でい続ける方法は無い」
そして、リチャードを見た。
「で、無ければ《化け物》に喰われ、死ぬ」
ファオンが顔を上げる。
リチャードは顔を下げ…たった一人の敵と思い込んでいた父親が消えて、現実の敵が姿を現して来るのを脳裏に思い描く。
“人を喰らう《化け物》!”
ファオンはどうしても聞きたかった。
だからシーリーンに縋る瞳で尋ねる。
「どうして…セスは《皆を繋ぐ者》を廃されたの?!
そこまでキースの事が好きになったの?!
だって《皆を繋ぐ者》になって、ほんの数ヶ月のことだったのに!」
ファオンの声に、リチャードもシーリーンも振り向く。
リチャードは深く顔を下げる。
シーリーンが呟く。
「キースの傷を見たか?」
ファオンは動揺する自分を自覚した。
深く…深く抉られた背中を切り裂く長い傷。
「…セスは辛くて…逃げ出そうとした。
セスの世話役は連れ戻そうとした。
けれどそこで、《化け物》の群れに出くわしたんだ」
ファオンは目を見開く。
リチャードが掠れた声で言う。
「…世話役はセスを庇って喰われ、セスも襲いかかられた。
けどキースが…。
俺もその時一緒にいた。
キースが突然駆け出すから、後を付いて行った。
群れがいた。
30はいた。
俺は…助っ人を呼びに走ろうとした。
たった二人で群れの相手は無理だ。
けどキースが…突っ込んで行くから、俺は必死で呼び笛を吹いた。
…みるみる間にキースは化け物の覆われ、真っ黒な中に沈んだ。
でも叫んでた。
“今の内に逃げろ!セス”
って…」
ファオンは愕然とした。
「俺はセスの腕を引いて群れから放すのが精一杯…。
キースは群れの化け物に喰われる前に喉を掻き切れれば、まだ良い方だと思った。
それだけ数が…多かった。
…ファルコンが飛んで来た」
そう言うと、リチャードは横のシーリーンを見る。
「シーリーンも。
アリオンも来た。
皆、群れに突っ込んで行った。
…俺は…覚悟した。
皆が群れを殺した後、キースの死体が転がってるって」
ファオンは拳を握った。
震い始めていたから。
「…けどキースは金の髪を振って振り向く。
きつい目をして剣を振り切って。
最後まで背に張り付く《化け物》を、手で掴み振り払って…斬り殺した。
あちこち傷だらけだった。
噛み傷だ。
俺はセスの手を握ってた。
キースは背からどくどく血を流しながら俺に振り向き…微笑った。
“良くセスを護ったな”」
リチャードは暫く、口が聞けないほど俯く。
けれど顔を上げる。
「俺より、セスが参った。
その後キースに付きっきりで。
そしてとうとうレオに言った。
キース以外の男に触れられたくないと」
シーリーンが後を繋いだ。
「普段ならそんな事言っても、レオは取り合わない。
だが目の前でキースが群れに覆われた恐怖が凄まじく…。
仲の良かった世話役の子が目の前で…自分のせいで喰われて、セスは動揺して普通じゃ無かった。
だから…。
無理だと。
これ以上は。
そう判断を下し、セスを尾根から下ろすと。
…レオは皆の前で言った」
「それで…廃…され…た?」
シーリーンはファオンに振り向く。
「お前にとってはテスがそうだ」
リチャードも顔を上げる。
「テスが目の前で喰われたら…お前もショックだろう?」
ファオンは顔を下げる。
「…剣があれば…」
そして二人を見る。
「僕に剣を持たせてくれたら!
テスが喰われる前に必ず斬り殺す!」
けれどシーリーンは悲しげに囁いた。
「《皆を繋ぐ者》は唯一尾根で、剣を持たぬ者。
《皆を繋ぐ者》を護りきる事で、《勇敢なる者》の結束が保たれる」
それを聞いた途端ファオンは顔を下げ…悔しさで唇を強く噛みしめた。
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