アグナータの命運

あーす。

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二人きりの時間

26 朝食の時

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 湯に浸かり、皆が集うたき火を囲む、野外の朝食の場で、ファオンは一斉に注がれる視線に顔を俯ける。

アリオンの向ける視線に振り向きたかったけれど、昨夜の娼婦のような自分の振るまいを思い返すと、出来なかった。

シーリーンの心配げな視線にも同様に。

けれどリチャードの突き刺さるような視線に、ついファオンは振り返ってしまった。

身体の隅々を、レオの付けた痕跡を探るように見つめる、きつい蒼(あお)の瞳。

ファオンはいたたまれなくなって、顔を下げた。

男とは…男達は毎朝こうやって…自分を見るのか。

《皆を繋ぐ者》アグナータが順に、一度に一人だけを相手にしないのは…このせい…。

男達は無言で競い合う。

誰が男として上か。

誰が、性具を一人占め出来るか。

弾かれた者は《皆を繋ぐ者》アグナータを直呼ぼうとせず、抱かなくなる…。

そしてそんな《勇敢なる者》レグウルナスは、戦場でも孤立する…。

その時ファオンはレオの言葉を思い返す。

“熟れてない”

…どの男もが欲情するくらい…色気が無くては《皆を繋ぐ者》アグナータは務まらない。

どんな男も欲するような。

レオに振り向く。

がレオは目をファオンと、合わせようとはしなかった。

セルティスは弟を心配する兄のような優しげな瞳を向けていた。

ファルコンはそれでもまだ、“未熟な色香”とファオンから顔を背けている。

アランは…俯いていた。

弟のようなファオンを抱かねばならぬと、解っているように…。

デュランだけが、呆けたようにレオに抱かれ、初々しい色香を纏うファオンを、驚きと感嘆の瞳で見つめ、ファオンと目が合うと、頬を染めて顔を背けた。

ファオンは幾度も、アリオンとシーリーンを見ようと試みた。

けれど…どうしても見られない。

皆、押し黙って差し出される焼けた肉や魚。

盛られた野菜を黙々と食してる。

ファオンも皿を差し出され、それを指で掬って口に運ぶ。

口の中はまだ、咥えたレオの苦い味が残り、食べ物の味が分からない。

振り向かないファオンに、シーリーンが短い吐息を吐く。

やっと、ファオンはシーリーンに視線を向けた。

シーリーンは俯いたまま、食べ物を口に運んでいた。

次に…アリオンに振り向く。

手にした皿を見ていたアリオンは、ファオンに見つめられ、ゆっくりと視線を上げる。

強い、強い青い瞳が真っ直ぐ射貫くように、ファオンの全身を貫く。

“ただ一人の男(ひと)"

身が震え、ファオンはそれを思い知る。

男らしいレオを相手に、男として引く事をしないアリオン。

昔から彼に備わったもの。

どんな事でも、アリオンは怯んだ様子を一度も見せなかった。

どちらかと言うと鷲鼻に近いレオの、ごついけれどハンサムな顔と比べ、アリオンは整いきった綺麗な鼻筋をしていて、横顔は本当に綺麗だった。

けれど彼がどれ程美少年だろうが、誰も“女のよう”には決して見ない。

アリオンの態度はいつも男らしく、それを鼻にかけ、ひけらかす様も無く、どんな時も素っ気無く、いざと言う時は誰よりも勇敢だったから…。

皆こぞってアリオンを、英雄として扱った。

ファオンはシーリーンに、そっと視線を向ける。

“英雄”と言う意味では、シーリーンはアリオンに似ていた。

やはり勇敢さをひけらかす事が無い。

剣を使い始めると、誰も勝てなかったアリオンと対等。

引く事をしない。

美麗な顔立ちで軟弱に見えても、シーリーンの強さが、人に彼を“軟弱”とは決して言わせなかった。

ただどちらも…気軽に声がかけられるタイプじゃない。

シーリーンの方がアリオンよりもどちらかというと対応が柔軟で、一見声をかけづらそうに見えて、以外に気安く話を聞いてくれる。

二人をそっと盗み見ていると、リチャードの視線が再びファオンに、突き刺さる。

リチャードとの初対面の時、顔はどちらかというと、目が大きく、とても綺麗な女の子のお人形のように見えた。

青年に成長した彼は、どこから見ても美青年。

《皆を繋ぐ者》アグナータの候補に上ってもいい筈なのに…。

彼は名すら、上がらなかった。

我が儘で傲慢で高飛車。

馬鹿にする相手には容赦無い言葉か、暴力を加え、冷酷に見下す。

誰もがそんな彼を、思い知っていた。

ファオンは皿を持つ手が震えた。

正直、リチャードと二人きりになるのが怖かった。

幼い頃リチャードに拉致された時、思い知った。

監禁され、衣服を着ける事を許されず、獣のように繋がれ…。

好きな時に好きなように、体を嬲られた。

虐められ、辱められて侮辱を受け…とことん相手を奈落に落とすやり方…。

鏡の前で、縛り上げられ背後からリチャードに挿入されて繋がった部分を見せつけられ、耳元で囁かれた言葉が蘇る。

“お前のココは淫乱だな。
アリオンとシーリーンを咥え込んで、今俺に挿入(い)れられて、ヒクついて悦んでる”

ファオンは項垂れた。

あの後、アリオンとシーリーンに助け出され、忘れたはずだった。

記憶から消そうと幾度も努力した。

修行の間は思い返す度、剣を振った。

なのに…。

瞳から涙が零れそうだった。

ファオンは皆の視線が集まるのを感じ、慌てて涙を堪(こら)えた。



 朝食が終わると、皆見回りで散って行く。

昨日《化け物》キーナンらがここ迄登ってきたから、見回りを強化すると、レオが皆に配置を告げ、各自去って行く。

ファオンはがらん…。と人気の消えた広場のような食事の場を、空虚に見回す。

テスがそっと腕を引く。

「レオのテントでゆっくり休め。

軽い食べ物と飲み物を運んであるから。

誰にも邪魔されないぜ」

ファオンはその気遣いが嬉しくて、とうとう俯いて、きつく握る拳の上に、涙を零した。
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