アグナータの命運

あーす。

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聖なる名の下の性奴

15 負傷者

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 はぁはぁ…。

デュランは身を起こし、犯したファオンから顔を背けていた。

ファオンは壊れたように泣き続け、放心したように横たわっていた。
蕾からはデュランの放った液が、どろり…と滴り、ファオンの内股を汚す。

デュランはファオンに、声をかけようかとも思った。
だがかける言葉が思い浮かばず、俯いたまま欲望を解き放った後の疲労に、身を浸し続けた。

ふいに外で、ざわめく気配。

ざっ!

テントの外にいたであろうシーリーンの、駆け出す足音。

デュランは億劫そうに、テントの向こうに目を向ける。
布で薄く透けて見える外は、暮れ始めていた。

さっ。
デュランは気になって立ち上がり、入り口の布を払って外を見る。

アリオンが、腕を押さえ血を滴らせ、アランに支えられて見回りより帰還していた。

次々に駆け寄る男達。

「…どうした?」
銀のまっすぐの、背を覆う長い髪。
誰より長身のファルコンが、アリオンの肩を担ぐアランの横に、素早く滑り込んで尋ねていた。

頬に血を、べったり付けたアランが振り向く。
「…旅人を庇い、《化け物》キーナン五体に囲まれた」

シーリーンも駆け寄る。
「深い傷か?」

アリオンの顔は酷く青い。

「傷付いたまま、戦った。
出血は酷い。
俺は離れてて、駆けつけるのが遅れた」

レオが二人に寄り、冷静に囁く。

「…旅人は?」

アリオンは真っ青な顔色で、それでもしっかりした声で囁き返す。

「…助けた」


デュランは傷付くアリオンを呆然と見る。

とても強い…強い男だ。
自分が知るアリオンは。
なのに怪我を負うのか…。

腕の傷は深く抉れ、肉を噛み千切ったような跡。
背にも噛み傷を負い、胸元にも。

ファオンはやっとその時、デュランのテントの入り口から顔を覗かせ、呆けてアランに片腕担がれるアリオンの姿を見つめる。

レオが振り向く。
「手当てだ!」

獅子の咆吼のようなその雄叫びに、下働きの男らが駆け回る。

振り向く赤い髪のレオはファオンに怒鳴る。

「今夜はアリオンのテントだ!
一晩ついていてやれ!」

デュランは顔を、背後自分のテントの入り口にいるファオンに振り向ける。

助かった。
気まずいだけだ。
こんな状態で一晩だなんて。

が、ふとデュランは思い出す。

負傷者を慰めるのも《皆を繋ぐ者》アグナータの役目。

アリオンはアランに担がれながら、彼のテントに運ばれて行く。

屈強な体格の治療士が、後ろからアリオンのテントに駆け込む。

レオはデュランの前に来る。
「抱いたか?」

デュランは誰よりも年上のレオの迫力に、圧されながら反射的に言葉を返す。
「さっき」

レオは顔を上げて再び咆吼を上げる。
「テス!
ファオンを清めてやれ!」

テスが飛んで来る。
ファオンはテスが腕を掴み、慌てて引くのに従った。

レオは温泉へと歩き出すファオンに振り向く。
「食事を運び、世話してやれ」

ファオンは頷く。


湯に浸かると、疲労が押し寄せる。
湯面を見つめ、ファオンは噛みしめる。

自分のテントは無い。
皆の物。
だからその夜自分を望む、男のテントが自分のテント…。
涙が滲む。

が、ぼんやりした脳裏に浮かぶ。
抉られた腕の傷口から、血を伝わせるアリオンの姿。

一人で五体…。

《化け物》キーナンの事は剣術の師と旅をしながら、教えられた。
冬の間。
殆どの《化け物》キーナンが冬眠に着いた時、奴らのねぐら近くを歩いたこともある…。

大猿のような姿。
俊敏な動き。

ぼやぼやしてると襲われて喰い付かれ、恐怖に怯え叫ぶと、次々と現れ多数に喰らいつかれ…。
そして結果、倒れ食われる。

人間の、変じた者とも、化け物と猿が交わった者とも、言われてる。

剣を幾ら素早く振っても追い付かない程に早い…。

それにあの姿。
黒い剛毛で覆われ、真っ赤に光る吊り上がった目。
耳まで裂けた口から覗く大きな牙。

生臭い匂いとぞっとするようなおぞましさ。

ボロ布を身に纏い、いつも数匹で群れ、飢えていない時は女を犯す。
だから《勇敢なる者》レグウルナスには男しか選ばれない…。

この《勇敢なる者》レグウルナスらの拠点で働く、どの男もが剣を使える。
治療士ですら、剣士。

《皆を繋ぐ者》アグナータですら男なのは、《化け物》キーナンに犯された女が必ず孕み、その子は母の子宮を食い破って化け物の子として生まれてくるから…。

五体なら一つの群れ。
怪我は負ってもアリオンは食われず、旅人を助けそして…戻って来た。

テスが新しい衣服を両手の上に、湯の外で見つめ、待つ。

ファオンはその頼りない、衣服とは呼べない布を身に付け、テスに導かれ、アリオンのテントへ向かった。







 アリオンは朝、見回りに出る前に、新たな《勇敢なる者》レグウルナスが決定し、尾根に上がって来ると聞いて、胸が塞いだ。

半年前だったろうか…。
風の噂に、ファオンがこの地北領地に戻ったと。

闘技場で誰よりも上回る戦い振りと剣捌きを見せ…多分次の《勇敢なる者》レグウルナスとして尾根に上がることになりそうだと。

聞いたことを思い出す。

次代の《勇敢なる者》レグウルナス候補に昇り栄光に包まれていたファオンが、《皆を繋ぐ者》アグナータに選ばれ屈辱に塗(まみ)れ、次点の男にその座を奪われて、アグナータ性奴隷として抱かれる…。

「大丈夫か?」

共に見回るアランの言葉に、アリオンは顔を上げる。

アリオンは何とか頷き、背を向け先を歩くアランに続いて、また思いはファオンへと戻って行く。

“…次のレグウルナス(勇敢なる者)として、ファオンが上がってくれた方がどれだけ…良かったか”

子供の集いの時、ファオンがやって来て初めて会った時、アリオンは内心誓った。

『この娘を妻に娶る』と。

が、ファオンは男の子だった。

自分を恥じた。
その羞恥が、ファオンを避けさせた。

が、リーダー格の自分の態度に他の子も習い…皆あまりファオンに親切に接しない…。

『彼は悪くない。誤解したのは俺だ』

そう思い直し、ファオンに出来るだけ親切に接しようとするが…。

あまりの美しさ。そして愛らしさ。可憐さ。

集うどの女の子より綺麗で目を引く。

…愛おしかった。

正直、苦しかった。

男の子に惹かれる自分を呪い…彼が男である事に腹を立てた。

だから…。

ファオンには出来るだけ、接するのを控えた。

けれどシーリーンが、北の領地に住居の拠点を移した両親と共にこの地に移り住み、子供達の集いに顔を出すようになって以来…。

シーリーンも同様、ファオンに惹かれてる様子を見せた。

だがシーリーンは自分と違い、ファオンが男でも構わないと言い…。

“いつかあいつがもう少し大きくなったら、別の誰かにさらわれる前に自分の物にする”

目の前で、そう言い切った。

“だが…俺は自分の気持ちに背を向け続けた”

アリオンは男のファオンに恋した馬鹿な自分を、責め続けた…。

けれどあのピクニックに出かけた時。
池をボートで渡り、着いた不慣れな場所で、ファオンは独りぼっちで不安そうだった…。

だから…一人遅れるファオンの手を引き…やがて雨。
直ぐに豪雨となり、木の洞にファオンと二人雨宿りしたが、隣の木に落雷…。

ファオンは震えてしがみつき…自分もその時思った。

もし今…雷がこの木に落ちて焼け死んだ時…今までの生に悔いは無かったのか?と。

その時運命を感じた。

一番心から欲しかった物は、腕の中にいた。

胸に突っ伏す顔を上げさせ…頬を挟み込み、口付けた。
雷が直ぐ近くで鳴り響いても…もう怖く無かった。

一番欲しかった物を最後に与えられ…死ぬ運命なら、それもいい…。

ファオンのあどけない息使い。
しがみつく小さな愛しい手…。

綺麗で愛らしい顔。
赤い…可愛いらしい唇。

もう…自分を抑えるのは無理だった。

まだ幼いファオンを抱き…自分の物にした。

結局雷は落ちず、生還した。

だが一度解放した心は元に、戻れなかった。

シーリーンは直ぐ察し…怒ってた。

祖母の急病で北領地を離れた隙に…シーリーンがファオンを抱くことは予想できた。

だが…何も出来なかった。

一人の男として堂々と…ファオンに選ばれるしか…方法は無かった。

その後は隙を突いて奪うシーリーンと、ファオンの時間の取り合い。

けれどある日ファオンの自宅へ忍んで行き、ファオンの寝台で愛し合った時、とうとう家の者にバレた。

ファオンの父。そして長兄ファーレーンに厳しく糾弾され、二度と会うなと…。

ファオンは遠い地に旅に出され…それから二度と…会うことが出来なかった。

あれから六年。

気持ちも変わると思っていた。

が、成長したファオンを見た時…時は一気に、彼を抱きしめた甘い時間へと戻る。


…そのファオンは、今夜また新たな屈辱を受ける。

自分が剣で下した相手に…性奴隷として抱(いだ)かれる。


「…!」

アリオンは振り向く。

ざざっ!枝を払い、駆けつける。

旅人だった。

五体の《化け物》キーナンに既に襲いかかられ、恐怖に目を見開き。

剣を抜いてる間も無く飛び込む。

だが脳裏の隅にあった。

もし怪我を負えばファオンは今夜、俺の物…。

手で旅人の腕を掴む《化け物》キーナンの肩を掴み弾き飛ばし、旅人に牙突き立て耳まで裂けた口を、喰おうと開く《化け物》キーナンを蹴りつける。

瞬間横から腕に喰らい付かれ、アリオンは旅人を突き飛ばし、叫ぶ。

「逃げろ!」

腕に《化け物》キーナン一体を喰らい付かせたまま…アリオンは次に歯を剥き襲いかかる《化け物》キーナンの腹を蹴る。

背に喰らい付く牙を振り切り、やっと剣の柄を握り、振り払う。

アランが駆けて来る。

その背後に、恐怖に震えた旅人の姿。

アランが剣を抜く。
腕に喰い付き離れない《化け物》キーナンを斬ってくれた。

自身の鮮血滴らせながら、剣を振り切る。

襲いかかる《化け物》キーナンを切り倒し、背に再び襲いかかる《化け物》キーナンに、剣の刃を返し、脇から背後に突き刺す。

腕から血が滴り続けたが、アリオンは剣を振り切り、残る《化け物》キーナンを斬り捨てた。

はぁ…はぁ…はぁ…。

アランの、見開かれた目。

「…深いぞ?」

アリオンは自分の傷付いた腕を見る。

血は手首まで、伝っていた。

アランが斬って捨てた際、肉を僅かだが食いちぎられた…。

痛みは熱い闘牙に遠のいている。

熱が引けば、痛み出す…。

アランが囁く。

「旅人を安全な場所迄送っていく。
お前は先に戻ってろ」

だがアリオンは言った。
「単独行動は危険だ」

アランは頷く。

《化け物》キーナンのウロつかぬ、安全な道へ旅人を案内する。

彼に幾度も、感謝を受けた。

が、止血した布はもう、真っ赤…。

尾根に帰る道、気を失いかけ…アランに肩を担がれる。

「…大丈夫か?」

「少しくらっとしただけだ」

だがアランは心配し、担いだ腕を解こうとはしなかった………。
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