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近衛の現状

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 その翌日、ソルジェニーは宮中をファントレイユと歩き、恒例の光景を眺めていた。

…つまり、ご婦人達が、彼が通る度。
自分の用事も、話している相手すら置き去りにし。
ファントレイユを見ようと駆けつけて来て、遠巻きで彼の姿にうっとりと見惚れる、それは壮観な光景だ。

ファントレイユは相変わらず、それは優雅な様子で見つめ来る視線に対し、微笑を返していた。
自室に戻るとファントレイユに
『ありがとう』
と礼を言う王子に、ファントレイユは軽く頭を下げて下がろうとし、王子の少し俯き加減の視線に気づく。

そして王子が言い淀むような様子を見せたので、ファントレイユは直ぐ部屋を出ず、王子の横で言葉を待った。

だが王子のそれを口に出来なくて、俯いているので…。
ファントレイユは少女のような可愛らしい王子に優しく屈むと、告げた。
「…まだ私に、言いたい事がおありなんでしょう?」

ソルジェニーはそっと顔を上げ、躊躇ためらいながら口を開いた。
「…あの…鴨のパイ包みをとてもお好きだと、この間おっしゃっていらしたでしょう?
今夜は、それなんです。
それで…もし、ご用が無ければ……。
あの、もう一人分のご用意は、すぐ出来ますから…。
でもあの、ご用があるんなら……」
「ご一緒させて頂きます」

ファントレイユにそう言われ、王子の表情が、目に見えるほど輝いた。

大人ですら、一人きりで食事を取らない為に、誰か相手を探すものだから。
こんな年若い少年なら、尚更だ。



 真っ白なテーブルクロスには金糸の刺繍が入り。
ピンクの小花模様の華やかな飾りのついた白い皿には、湯気の立つご馳走が並べられていた。

すっかり夕食の用意が出来た所で、ギデオンが顔を出す。
彼の姿に王子の表情はそれは輝いた。
が、ギデオンはテーブルに付いてるファントレイユが、フォークを取り上げる様子を目に止める。
「…今日は一人じゃないようだ。
私は出直すとしよう」

瞬間、背を向けるギデオンに、王子が俯く。
ファントレイユは王子のがっかりした様子に目を止め、ギデオンに聞こえるように声を張り上げた。

「…王子は本当に、おいとこ殿のお姿が見えると、嬉しそうなんですね!」

ギデオンが、ファントレイユの言葉に気づき、ピタリ!と歩を止め振り向く。

ファントレイユはソルジェニーの、俯き、それはがっかりした表情に視線をくべ、ギデオンに目くばせして促した。

ギデオンは美貌のその男の、流し目のような合図に微かに頷き、途端、声を張り上げる。

「…ああ…忘れていた!
今日は自室に食事の用意が、無いんだった…」

ファントレイユが俯くソルジェニーに、そっと屈んで頷く。
王子は直ぐに顔を上げ、叫んだ。
「…ギデオン!直ぐに用意出来るけれど……」
ギデオンはにっこり笑うと、返答した。
「…なら、ここで頂こう」

王子の表情が、一瞬でぱっと明るく輝いた。

ギデオンはソルジェニーの横に掛けると、ファントレイユにチラリと素早く視線を向け、礼に代える。
ファントレイユはギデオンの素早い一瞥いちべつを受け取ると、軽く頷き、その礼を受けた。

王子が、それははしゃいで食の進む様子に。
ギデオンは幾度も微笑みを送る。

そうしていると、ギデオンの元来の美しさが光り輝き。
ファントレイユはもう少しで軍での猛獣ぶりを忘れかけ、必死に自重した。

「…言っていたでしょう?ギデオン。
どうしてファントレイユは全うに評価されるのを、嫌がるのかって…」

ファントレイユはソルジェニーのその言葉にふ…と視線を上げ、向かいのギデオンを見つめる。
そして異論を唱えた。

「王子。
全うな評価を嫌がる人間なんて、いやしませんよ」

ファントレイユが言うなり、ギデオンが口開く。
「…私が、君は腕が立つと誉めても、君は受け容れないじゃないか」

ファントレイユは気づいて顔を上げる。
「…そりゃ、確かに君にそう言われるのは嬉しいが…。
君の腕は、群を抜いているだろう?だって」

ギデオンはその美貌の男に、素で問う。
「じゃあお前は。
自分は何番目位の位置にいると思ってる?」

聞かれるなり。
ファントレイユは途端、肩をすくめる。
「…そうだな。
アドルフェスも、レフィールも…。
シャッセルも、それは大した剣士だし…。
(三人は大貴族でギデオンの取り巻き)
実際君のすぐ下なんかはいなくて。
そのだいぶ下に、数人が五十歩百歩なんじゃないのか?」

ギデオンはそれを聞き、手にしたフォークを揺らして口開く。
「…なるほど。じゃ、その五十歩百歩の中に。
君はいるんだな?」

ファントレイユはまた、肩をすくめる。
「…どうかな。
君の取り巻き達は手を抜かないが。
私は自分が頑張る必要の無い時には、手抜きだからな…」

この“手抜き”という言葉に、ソルジェニーは思い切り呆れた。
けどギデオンは、理解出来た。と、笑う。

「…つまり自分の腕を周囲に見せつけたい、レンフィールとかが頑張ると。
彼と手柄を争う事無く、君は引っ込んで、レンフィールに任せる訳だ」

ファントレイユはそれのどこが悪いのか解らない。とすまし顔をする。
「…別に彼一人で用が足りるなら、それでいいだろう?
私がでしゃばる必要も無い。
彼は人前で自分の強さを見せつけるのが、大好きなんだし。
私は体力を温存出来た分、ご婦人と優雅に楽しめる。
互いにとって、いい事だろう?」

それを聞いて、王子は『なるほど』と納得した。
が、ギデオンは思い切り呆れた。

「…君は手柄より、ご婦人との時間を選ぶのか?」
呆れられてファントレイユは、ギデオンを見つめ返し言い諭す様に告げる。

「ギデオン。人の価値観はそれぞれだ。
私は侮られて侮辱されない限り、ムキになって手柄を立てようとは思わない。
戦になればいつ命が無くなるかしれないから、その間自分の楽しみに時間を取るのは、当たり前だろう?」

「……………………………………」

「君だって余暇は、自分の楽しみに使うんじゃないのか?
それで、君には理解されないとは思うが。
君の思う楽しみと、私のそれが違うだけで。
余暇を楽しみに使うのは、私も君と同じだ。
…ただ、まあ私の使い方は確かに普通の範囲より、ちょっと超えてるとは思う。
が、ごく一般的な男の使い方だとは思っている。
…君よりはずいぶんとね」

ギデオンは途端、大きなため息を付いた。
「…お前も人の事が言えるか…!
何が、ちょっとだ!
あれは全然ちょっとじゃないぞ!
あんなにご婦人の視線を自分に集めて置いて、だなんて感覚は、絶対におかしい!」

ギデオンのこの発言に、王子も同感だと、ファントレイユを見守った。
が、ファントレイユは困惑したように首を揺らす。

「…だって……。
君の取り巻き達も、それは大人しいから君は知らないだろうが。
この前騒ぎを起こしたスターグだって、そりゃ遊んでるぞ?
あの程度の見目の良さと、近衛連隊の名で。
あれだけ女性が釣れるんだから、隊長の私がもう少し多く釣れても、当たり前だろう?
君がその気になったりしたら、それこそもっと、釣れるんじゃないか?」

ソルジェニーが思わずびっくりして、横のギデオンに振り向く。
王子の視線を感じ、ギデオンは、解った。と頷く。

「…もう、いい!」

ファントレイユが首を傾げ、尋ねる。
「いいのか?」

その問いに、ギデオンは大いに頷く。
「…お前も、自覚が無いという事だ!
あれほどご婦人の視線と関心を集める男は、宮中で私は、初めて目にした!」

ファントレイユはギデオンの本音に、肩をすくめた。
「…解った。それは、心に留め置くとしよう…」

ギデオンは顔を下げると
「そうしてくれ…」
とつぶやき、スープ皿に視線を戻した。
が、顔を上げる。

「…私も自覚が、無いようだな…。
私が知らぬ場所で何やら君に、心配をかけている様子だが……」

ファントレイユはスプーンを口へと運びながら、その言葉と真っ直ぐ見つめて来るギデオンの碧緑の瞳を受け。
手が、止まった。

ファントレイユが、それは慎重に、言葉を口にした。
「……………。
そんな心配は。
だが君は、うっとおしいと、思ってやしないか?」

ギデオンは途端に不満げに、眉を寄せる。
「……確かに、うっとおしいとは思うが…」
「…だろう?」
「…だが君が私を心配する理由も解る。
…つまり今の近衛には、問題があるという事だ。
父が死んで、叔父が右将軍を継いでから………」

ファントレイユは顔を上げると、ギデオンを見る。
ギデオンはその視線に気づき、ファントレイユのブルー・グレーの瞳を真正面から受け止めた。

「…君は知っているかどうかは解らないが、叔父が右将軍になる前。
不正が、まかり通ったりはしなかった」

ファントレイユは視線を落とす。
「…それは、聞いてる」
「…何とか出来るならしたいが…」
ギデオンの言葉に、ファントレイユもつぶやく。
「……そうだな……」

ソルジェニーは二人の様子に気遣わしげに、そっと口を挟む。
「何とか、出来そう…?」

年若い彼に心配げに見つめられ、ギデオンは笑う。
「…きっと、何とかするさ!」
ギデオンの笑顔に、王子も笑い…。
だがファントレイユは俯いた。

「…君は本当に、そう思っているのか?」

言われて、ギデオンはソルジェニーの不安げな様子に視線を向け、ファントレイユをたしなめようとした。
が、ファントレイユは聞く気が無いようにむすっとし、食事を口に運ぶ。

ソルジェニーはそんなファントレイユの様子を見て、不安げに問い正した。
「…望み、無さそう……?」

ファントレイユは王子の言葉に気づくと顔を上げ、その美貌に微笑を浮かべ、ささやいた。
「…いいえ…。
貴方の護衛どころか、隊長にすらなれない身分の私が。
今こうしているんですからね…。
多分何とかなる日が、きっと来ますよ…」

ギデオンは何か言いたげに俯いた。
が、唇を噛んだ。

思い直すように口を開く。
「…以前の近衛なら、当然の昇級だ。
君にはちゃんと、その実力がある」

だがファントレイユは顔を上げ、軽やかにギデオンに笑った。
「…でも今は、以前とは違う。
いくら頑張った所で君がいなければ私は。
一兵卒として、いつ前線に送られるか解らない身の上だったからな…!」

ギデオンは不満げに唸った。
「…君には、大貴族の後ろ盾がいるじゃないか…!」
ファントレイユが、視線を落とす。
「…だが、友が身分が低いというだけで前線に送られるんなら。
自分一人だけ、後ろ盾があるからと安全地帯にいられないだろう…?
前線で友と死を分かつ方が、よほど心安らかだ……」

ギデオンが彼のその言葉に俯き。
王子は逆にそう言う、血生臭い事なんかよりいかにも優雅な宮廷が似合い、命のやりとり等およそ不似合いなその人の覚悟を聞いて。

切なげに眉を、寄せた。

が、ファントレイユは言葉を続ける。
「…だいたい、それは君だって同様じゃないか。
君の身分ならいつも後ろで、のほほんとしていられるはずなのに。
好んで志願しては、前線の危険地帯に真っ先に。
体を張って出向く癖に………!」

この言葉にギデオンが顔を上げてファントレイユを見つめ、ソルジェニーはギデオンを、驚きに目を見開き、見入る。
だがギデオンは、ファントレイユの言葉に答えず、尋ねた。

「………私の事はさて置いて。
君はそれが理由で。
あそこまでご婦人に、愛想を振る舞ってるんじゃあるまいな?
思い残す事が無いように」

ファントレイユはその問いに、肩をすくめる。
「…あれは条件反射だ。
軍でむさい男達に
『お前、何様だ』
と言わんばかりに突き飛ばされたり。
いつ殴りかかられるか解らない、緊迫した状況の中にいたりすると。
あんなに華やかで煌びやかなご婦人達に微笑みかけられたりしたら。
それは愛想が良くなっても、仕方ないだろう…?」

ギデオンはこの返答に、スプーンを皿の底に当てて鳴らし、呆けて口を開く。

「……条件反射だったのか……」

ファントレイユはも呆けるギデオンをそっと伺い、尋ねる。
「…それが、知りたかったのか?」
ギデオンがぼそりとつぶやく。
「…まあな」

そして顔を揺らし、口を開く。
「…お前ときたら、やらせれば何でも見事にこなす癖に、軽口しか叩かない。
そういう男だと、馬鹿にしようとすれば。
ちゃんと、心ある様子を見せる。
…もし、いつ死んでもいいようにご婦人の視線を集めているんなら…。
ずいぶん、悲愴感があるものだが…。
………そうでも無いようだし」

ファントレイユがこの言葉にとうとう、目を剥いた。
ソルジェニーが目にした、ギデオンを心配していた時に見せた。
それは真剣な、ブルー・グレーの眼差しだった。

「…悲愴感があるはずなのは、君の方だろう…?
どれだけ誰も行きたがらない、危険な場所へ!
まるで自殺願望でもあるかのように、志願し続けてたと思ってる…!
…私同様、君が居なければそれは悲惨な目に合うはずだった男達が、山程いて!
彼ら全員、君の命を惜しんでいると言うのに、当の本人と来たら…!
君を心から慕ってる奴らが、君が志願し、危険に身を晒す度。
泣きそうに表情を歪めても、気づきもしない!
あんな、ごつくてむさい男達が、みんなだ!!!」

ギデオンはそれを聞いて、ゆっくりと俯き…。
スプーンを置き、タメ息を吐いた。

「…やっぱり…。
今の状況を、出来れば早急に、何とかすべきかな…」

ファントレイユの言葉に、不安に震えるソルジェニーを、そっと見やった。

ソルジェニーは少し震えながらも。
ギデオンを労るように見上げ、掠れた声でつぶやく。

「…出来るんなら、そうした方がいい……!
ギデオン!私も貴方がいなくなるのは、絶対に嫌だ……!」

可愛いソルジェニーに潤んだ青い瞳で見つめられ。
ギデオンは一つ、それは深いため息を吐いた。

けれど。
ファントレイユの、それはすっきりとた顔で食事を続ける姿を目にし。
思わずギデオンはつぶやく。

「……君は何だか、晴れやかだな……」

ファントレイユはとびきり優雅な微笑を、ギデオンに披露した。

「この先あんな。
ごつくて少しも可愛げの無い男達の、泣きそうな悲しげな顔を目にしなくて済むかと思うと。
思わず、食も進むさ…!」

ギデオンはその言葉に、思い切り肩をすくめて見せた。

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