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宿屋での取り決め
素のエルデリオンに見入るレジィリアンス
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「…おっしゃる事が、おありですか?」
ロットバルトに尋ねられ、エルデリオンははにかむようにうつむくと、色白な端正な顔をいっそう蒼白にし、少し緑がかった明るい栗毛をさらりと額に垂らし、小声で囁く。
「心配させてすまない。
けれどどうしても…二ヶ月間思い描いてたあの人が。
現実に腕の中にいる事を、確かめたくて…」
「二ヶ月間…貴方の食欲は落ち、ろくすっぽ寝てもおられない。
そんな状態で、正常な判断が、出来ますか?」
エルデリオンは自分の足元が、ふわふわとどこか現実感が無い事に思い当たる。
ロットバルトはまた、ため息を吐きながらも告げる。
「無理ない事だ。
あなたのその思い詰めた恋心のため。
古くから友好を保ってきた国に、攻め入った…。
我々ですらその不条理に、納得出来ず士気も上がらない。
当事者の貴方が、寝られないのも当然。
…だが、どうしてもお聞きしたい。
そんな思いまでして手に入れた花嫁に、心から愛されたいとは、お思いにならないのですか?
…あんな無体な真似をしたら、嫌われて一生心を開いて貰えないと…。
お分かりに、ならないのですか?
レジィリアンス殿の、母王妃に約束した言葉は一体何だったんです?
…あれが、力を尽くすという事なのか?」
エルデリオンは耳が痛むように咄嗟、首を激しく横に振った。
「何も…言い返す言葉など、無い…?
貴方は『私達の王子を信じてくれ』とエウロペ殿を諫めた、私の顔を潰した。
私の顔なんか潰れようが、どうだっていい事だと、貴方はお思いでしょう。
私は、後悔している。
貴方がどれ程お怒りになり、私を従者から外すよう国王に提言しようが…。
止める、べきだったと。
覗って来たラステルに即座に馬車を止めるよう命じ、デルデロッテにエリューン殿を行かせろと命じ…そして私こそが。
馬車に乗り込み、レジィリアンス殿を救い出すべきだったと…。
後悔している」
その時、ようやくエルデリオンは、ずっと自分を信じ、従ってくれた頼りになる味方が…。
自分の前に立ち塞がる悲しみに、泣きそうに眉を寄せた。
ロットバルトは最後の言葉を、エルデリオンに告げる。
「…あれは花嫁にする仕打ちではない。
断じて。
ただの捕虜を、貴方は手込めにしたに過ぎない」
「…ロットバルト!
けど私は…!!!
それは、違う!!!
信じてくれ!
私はそんな…違う…違うんだ!」
けれどロットバルトは顔を下げ、もう言うべき事は全て言い切ったとばかり、エルデリオンに背を向ける。
レジィリアンスは思わず…大切な肉親のような従者に縋るような瞳を向け、目前から去って行くロットバルトの背を見つめ続ける、エルデリオンを見た。
さっきとはまるで違い、身近な…。
まだ自分を制すことのできない、未熟な若者に感じられた。
その時初めて。
レジィリアンスの瞳に、エルデリオンがとても好ましい、気品ある大国の王子として映った。
ロットバルトの去りゆく背を見つめるルデリオンは、一途で純粋で…。
どこかはにかみ、自分の感情を現す事に控えめな恥ずかしがり屋…。
そしてとても、優しげな感じがした。
かつて交わした剣は素晴らしく、物腰、仕草はどれをとっても優雅でしなやか。
さっきの…馬車の中の彼とは、全くの別人に思えて、レジィリアンスは思わず見入った。
エルデリオンは去って行くかのようなロットバルトに、心から叫んだ。
「大切にすると言ったのは、嘘じゃない!!!
……ただどうしても……」
ロットバルトは歩を止め、振り向く。
エルデリオンは躊躇ったが、叫んだ。
「どうしても…あの人が、あんまり愛しくて……。
私のものにしたかったんだ!!!
止められ…なかった、信じてくれ!!!
傷つける気なんて…ましてや捕虜だなんて…一度だって思ってない!!!」
エルデリオンの言葉に、ロットバルトは顔を下げ、大きなため息を吐き出した。
「…それは恋だ、エルデリオン。
恋に、止め置くべきだった。
花嫁を迎えるなら、恋に浮かれ狂う自分を制御しなくてはならない。
自分の思いをただ相手にぶつけ、思いやりも配慮も欠くようでは、結婚は無理な話だ。
それでなくとも相手は男性。
さらに我が国の風習など、まるで知らないお方。
…どれ程恥ずかしく悲しい思いをなさったか。
そのお気持ちが、貴方におわかりだろうか?」
エルデリオンは言葉が返せなかった。
一言も。
ロットバルトに尋ねられ、エルデリオンははにかむようにうつむくと、色白な端正な顔をいっそう蒼白にし、少し緑がかった明るい栗毛をさらりと額に垂らし、小声で囁く。
「心配させてすまない。
けれどどうしても…二ヶ月間思い描いてたあの人が。
現実に腕の中にいる事を、確かめたくて…」
「二ヶ月間…貴方の食欲は落ち、ろくすっぽ寝てもおられない。
そんな状態で、正常な判断が、出来ますか?」
エルデリオンは自分の足元が、ふわふわとどこか現実感が無い事に思い当たる。
ロットバルトはまた、ため息を吐きながらも告げる。
「無理ない事だ。
あなたのその思い詰めた恋心のため。
古くから友好を保ってきた国に、攻め入った…。
我々ですらその不条理に、納得出来ず士気も上がらない。
当事者の貴方が、寝られないのも当然。
…だが、どうしてもお聞きしたい。
そんな思いまでして手に入れた花嫁に、心から愛されたいとは、お思いにならないのですか?
…あんな無体な真似をしたら、嫌われて一生心を開いて貰えないと…。
お分かりに、ならないのですか?
レジィリアンス殿の、母王妃に約束した言葉は一体何だったんです?
…あれが、力を尽くすという事なのか?」
エルデリオンは耳が痛むように咄嗟、首を激しく横に振った。
「何も…言い返す言葉など、無い…?
貴方は『私達の王子を信じてくれ』とエウロペ殿を諫めた、私の顔を潰した。
私の顔なんか潰れようが、どうだっていい事だと、貴方はお思いでしょう。
私は、後悔している。
貴方がどれ程お怒りになり、私を従者から外すよう国王に提言しようが…。
止める、べきだったと。
覗って来たラステルに即座に馬車を止めるよう命じ、デルデロッテにエリューン殿を行かせろと命じ…そして私こそが。
馬車に乗り込み、レジィリアンス殿を救い出すべきだったと…。
後悔している」
その時、ようやくエルデリオンは、ずっと自分を信じ、従ってくれた頼りになる味方が…。
自分の前に立ち塞がる悲しみに、泣きそうに眉を寄せた。
ロットバルトは最後の言葉を、エルデリオンに告げる。
「…あれは花嫁にする仕打ちではない。
断じて。
ただの捕虜を、貴方は手込めにしたに過ぎない」
「…ロットバルト!
けど私は…!!!
それは、違う!!!
信じてくれ!
私はそんな…違う…違うんだ!」
けれどロットバルトは顔を下げ、もう言うべき事は全て言い切ったとばかり、エルデリオンに背を向ける。
レジィリアンスは思わず…大切な肉親のような従者に縋るような瞳を向け、目前から去って行くロットバルトの背を見つめ続ける、エルデリオンを見た。
さっきとはまるで違い、身近な…。
まだ自分を制すことのできない、未熟な若者に感じられた。
その時初めて。
レジィリアンスの瞳に、エルデリオンがとても好ましい、気品ある大国の王子として映った。
ロットバルトの去りゆく背を見つめるルデリオンは、一途で純粋で…。
どこかはにかみ、自分の感情を現す事に控えめな恥ずかしがり屋…。
そしてとても、優しげな感じがした。
かつて交わした剣は素晴らしく、物腰、仕草はどれをとっても優雅でしなやか。
さっきの…馬車の中の彼とは、全くの別人に思えて、レジィリアンスは思わず見入った。
エルデリオンは去って行くかのようなロットバルトに、心から叫んだ。
「大切にすると言ったのは、嘘じゃない!!!
……ただどうしても……」
ロットバルトは歩を止め、振り向く。
エルデリオンは躊躇ったが、叫んだ。
「どうしても…あの人が、あんまり愛しくて……。
私のものにしたかったんだ!!!
止められ…なかった、信じてくれ!!!
傷つける気なんて…ましてや捕虜だなんて…一度だって思ってない!!!」
エルデリオンの言葉に、ロットバルトは顔を下げ、大きなため息を吐き出した。
「…それは恋だ、エルデリオン。
恋に、止め置くべきだった。
花嫁を迎えるなら、恋に浮かれ狂う自分を制御しなくてはならない。
自分の思いをただ相手にぶつけ、思いやりも配慮も欠くようでは、結婚は無理な話だ。
それでなくとも相手は男性。
さらに我が国の風習など、まるで知らないお方。
…どれ程恥ずかしく悲しい思いをなさったか。
そのお気持ちが、貴方におわかりだろうか?」
エルデリオンは言葉が返せなかった。
一言も。
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