森と花の国の王子

あーす。

文字の大きさ
上 下
42 / 418
宿屋での取り決め

素のエルデリオンに見入るレジィリアンス

しおりを挟む
「…おっしゃる事が、おありですか?」

ロットバルトに尋ねられ、エルデリオンははにかむようにうつむくと、色白な端正な顔をいっそう蒼白にし、少し緑がかった明るい栗毛をさらりと額に垂らし、小声で囁く。

「心配させてすまない。
けれどどうしても…二ヶ月間思い描いてたあの人が。
現実に腕の中にいる事を、確かめたくて…」

「二ヶ月間…貴方の食欲は落ち、ろくすっぽ寝てもおられない。
そんな状態で、正常な判断が、出来ますか?」

エルデリオンは自分の足元が、ふわふわとどこか現実感が無い事に思い当たる。

ロットバルトはまた、ため息を吐きながらも告げる。
「無理ない事だ。
あなたのその思い詰めた恋心のため。
古くから友好を保ってきた国に、攻め入った…。
我々ですらその不条理に、納得出来ず士気も上がらない。
当事者の貴方が、寝られないのも当然。
…だが、どうしてもお聞きしたい。
そんな思いまでして手に入れた花嫁に、心から愛されたいとは、お思いにならないのですか?
…あんな無体な真似をしたら、嫌われて一生心を開いて貰えないと…。
お分かりに、ならないのですか?
レジィリアンス殿の、母王妃に約束した言葉は一体何だったんです?
…あれが、力を尽くすという事なのか?」

エルデリオンは耳が痛むように咄嗟、首を激しく横に振った。

「何も…言い返す言葉など、無い…?
貴方は『私達の王子を信じてくれ』とエウロペ殿を諫めた、私の顔を潰した。
私の顔なんか潰れようが、どうだっていい事だと、貴方はお思いでしょう。
私は、後悔している。
貴方がどれ程お怒りになり、私を従者から外すよう国王に提言しようが…。
止める、べきだったと。
覗って来たラステルに即座に馬車を止めるよう命じ、デルデロッテにエリューン殿を行かせろと命じ…そして私こそが。
馬車に乗り込み、レジィリアンス殿を救い出すべきだったと…。
後悔している」

その時、ようやくエルデリオンは、ずっと自分を信じ、従ってくれた頼りになる味方が…。
自分の前に立ち塞がる悲しみに、泣きそうに眉を寄せた。

ロットバルトは最後の言葉を、エルデリオンに告げる。

「…あれは花嫁にする仕打ちではない。
断じて。
ただの捕虜を、貴方は手込めにしたに過ぎない」

「…ロットバルト!
けど私は…!!!
それは、違う!!!
信じてくれ!
私はそんな…違う…違うんだ!」

けれどロットバルトは顔を下げ、もう言うべき事は全て言い切ったとばかり、エルデリオンに背を向ける。

レジィリアンスは思わず…大切な肉親のような従者に縋るような瞳を向け、目前から去って行くロットバルトの背を見つめ続ける、エルデリオンを見た。

さっきとはまるで違い、身近な…。
まだ自分を制すことのできない、未熟な若者に感じられた。

その時初めて。
レジィリアンスの瞳に、エルデリオンがとても好ましい、気品ある大国の王子として映った。

ロットバルトの去りゆく背を見つめるルデリオンは、一途で純粋で…。
どこかはにかみ、自分の感情を現す事に控えめな恥ずかしがり屋…。
そしてとても、優しげな感じがした。

かつて交わした剣は素晴らしく、物腰、仕草はどれをとっても優雅でしなやか。

さっきの…馬車の中の彼とは、全くの別人に思えて、レジィリアンスは思わず見入った。

エルデリオンは去って行くかのようなロットバルトに、心から叫んだ。
「大切にすると言ったのは、嘘じゃない!!!
……ただどうしても……」

ロットバルトは歩を止め、振り向く。

エルデリオンは躊躇ったが、叫んだ。
「どうしても…あの人が、あんまり愛しくて……。
私のものにしたかったんだ!!!
止められ…なかった、信じてくれ!!!
傷つける気なんて…ましてや捕虜だなんて…一度だって思ってない!!!」

エルデリオンの言葉に、ロットバルトは顔を下げ、大きなため息を吐き出した。

「…それは恋だ、エルデリオン。
恋に、止め置くべきだった。
花嫁を迎えるなら、恋に浮かれ狂う自分を制御しなくてはならない。
自分の思いをただ相手にぶつけ、思いやりも配慮も欠くようでは、結婚は無理な話だ。
それでなくとも相手は男性。
さらに我が国の風習など、まるで知らないお方。

…どれ程恥ずかしく悲しい思いをなさったか。
そのお気持ちが、貴方におわかりだろうか?」

エルデリオンは言葉が返せなかった。
一言も。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

少年達は淫らな機械の上で許しを請う

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

雄牛は淫らなミルクの放出をおねだりする

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

処理中です...