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10話 戦場③
しおりを挟む「私は(魔術協会)Aegisに所属したから、お母さんの延命処置費用はタダ!?」
「はは、そういうこと」とザイラは乾いた笑いで私に返す。横では呆れた顔をした負洛がいる。
そうやって話ながら私達が建物の出口までやって来るとザイラが運転して来た車を警察官が1人、中を物色するように周囲をウロウロと歩いている。
その警察官は私達に気が付くと深く被った警官帽を持ち上げてザイラに話し掛けてきた。
「どうもこんばんわ、この車…ッ」
警察官が話終える前に負洛は私を担ぎ上げると全力疾走で階段へと駆け抜け、それと同時にザイラが警察官を殴り飛ばそうと拳を打ち込んでいた。
「おい…冗談だろ、。」
走りながら後ろを振り返った負洛の目に映ったのは、ザイラの拳を片手で受け止めた警察官の姿。
驚いたのはザイラも一緒だった。
「私の拳を受け止めた敵なんて、お前で2人目じゃないか?」
しかしザイラに焦りの表情は無く、寧ろ念願の好敵手を見付けて喜んでいるかのようにも見える。
「警官を殴れば厳しい処罰が待っていると、君達魔術師は教養が足りないのでしょうか?」
警察官はザイラの拳を掴んだまま呆れたように言葉を放ち、ザイラが正しく返答をする。
「日本で警官を殴れば刑法に基づいて、刑法第95条 公務執行妨害及び職務強要に該当し5年以下の懲役」
「又は300万円以下の罰金…更に傷害罪や暴行罪も適用されるみたいだけど、警察官の皮を被った"悪魔"が私を罰することはできないさ」
「おっと…気が付いていたのでしょうか。子供を連れて逃げた男も、最強と呼ばれた魔術師である貴女も」
「彼は君が悪魔だと気が付いたけど、私の目には君が人間の警察官に見えていたよ」
「凄い技術だ…靴の中に入った小石くらい気になる」
「はははっ、全然気にしてないじゃないですか」
「それで貴女は何故私の変装を見破れたのですか?見破ったから殴り掛かったのでしょう?」
「こんな暗い中で街灯の下に車が置いてある訳でも無いのに、懐中電灯も携帯のライトも点けずに他人の車を物色している変質者が居たら誰だって殴るだろ?」
「確かに自分の巣の周りを不審者が歩いていれば、声は掛けますね」
「で、君の目的は何かな……って」
「いつまでも人妻の手、握り続けてんじゃねえよ変態ッ!」
ザイラはそう言って掴まれた拳を払い除け、即座に警察官の胸倉を掴むとそのまま勢い良く振りかぶり警察官をアスファルトに叩き付ける。
これ完全に此奴死んだ、と思った……
けれど、警察官の紛い者は地面に到達する直前、なんと体を翻し回避してみせたのだ。
「危ないじゃないですか、男前なこの美顔で地面にキスするところでしたよ」
「フンッ、私の息子の方が美男子だよボケ」
等くん達がどれくらい離れたのか分からないが、本気出して殴っても、、いやなんか嫌な予感がするね……
次に動いたのもザイラ。
「ついて来るんじゃねぇぞ警察官擬き!!」
胸ポケットから取り出した煙玉を地面に叩きつけ、煙幕を一面に張ってザイラは負洛達の元へ全力で走る。
煙が消えた後の駐車場には警察官のフリをした悪魔が1人立っていた。
「いやぁ逃げられてしまいました。」
「それにしてもザイラ・トリアイナ…魔術も使わずに、この威力とは本当に人間か?」
そう呟いて悪魔はザイラの拳を掴んでいた震える手の甲を見つめると、掌側から肉と骨が此方側に向かって突き出し風穴が空いている。
ザイラから殴られた衝撃は貫通力が非常に高く、仮にも人間の腕では容易く受け止められるものでは無かったのだ。
驚いた表情に嘘は無いが張り付けただけの人間の皮の下では別の何かが蠢いている。
警察官擬きの悪魔は独り言のように言葉を並べる。誰かに聞いて貰う為とは思っておらず、自身に信頼されたいと思う者達が勝手に聴くだろうと話を始める。
「恐らく、彼と契約してるのは先に逃げた男の方でしょうね」
「あのアスモ君がザイラ・トリアイナと契約している可能性は低いでしょう…」
「私1人ではザイラ・トリアイナを抑えた上で彼の契約者を消すことは不可能に近い。」
「どうでしょう、私の為に君達は最強と呼ばれた魔術師を殺せますかね」
『『追います』』
警察官擬き悪魔の背後から聴こえるのは2匹の悪魔の声、2匹がそう言うと警察官擬きは「行ってらっしゃい」と送り出した。
「しかし。フルカスは無能過ぎたのでしょう、時間稼ぎにもならなかった」
「ですが、天秤は私の方へと傾きかけている…」
「2人の配下がザイラ・トリアイナを抑えられるとは考えていないが、時間稼ぎくらいは出来るでしょう」
警察官擬きは壊れた手をその場で修復すると、背伸びをしてから準備満タンといったように追っ手となった2匹の悪魔に堂々と歩いて着いて行く。
「君を1人にしてあげますよ」
………………………
一方その頃、逃げ出した負洛と抱えられた私。
何か嫌な雰囲気を感じたのか一切話さなくなったアンドラスと、一時的狂気になり思考停止した私をよそに負洛は焦りながら話し続けている。
「ヤバイ、ヤバイ…ヤバババイ!」
「警察官コスプレ悪魔怖ッ!!」
「ザイラさんの拳止めた奴、浅倉さん以外で初めて見たわ」
走りながら独り言を呟く負洛の後ろから猛スピードで追いすがる影が1つ。
「敵か!?追い付かれるってことはザイラさんピンチか?」
「契約魔獣が来るまで夢川ちゃん守りながら逃げるのは無理ゲーに近くね(笑)」
私にも分かる…後ろから迫る追跡者は既に私達の背後に近付いている。
その追跡者の手が負洛の肩を掴むと負洛の表情筋が硬くなり、一瞬で緊張が走る。
敵の姿を確認する為に振り向くと同時、肩を掴んだ手で負洛を押し退けて追跡者が前に出る。
「ははっ、お先に失礼!」
高らかに笑いながら飛び出したのはザイラ・トリアイナ。私を抱えた負洛の前方をニコニコしながら走ってスピードを少し落とすと、並走し始めて私達へ息切れも無く普通に話し掛ける。
「なんかヤバそうだったから逃げてきたんだ」
「ところで等くんタバコ1本貰えない?」
「ザ、ザイラさん!?」
「走りながら煙草って吸えるもんじゃないっすよ……てか、敵はどうしたんすか」
「敵?」
「嗚呼、私の拳止めた奴じゃないのが後ろから2匹着いてきてる」
「冗談は顔だけにしてください」
「俺は夢川ちゃんと2人で逃げるんで2匹片付けてくださいよ」
「あ、来た」と言ってザイラが後ろ走りになりながら指を差す先には、人間に限りなく近いが私にでも分かるくらい人間じゃない雰囲気を醸し出している2匹の生命体が人間のように走って追いかけて来る。
「もう1匹は何処において来ました?」
「あのクソ強そうな警察官ッ!!」
「後から着いて来るんじゃないか?」
「なんとなくだが、嫌な予感がしたから搦手タイプかもしれない」
「ところでどうする等くん!、2体相手にするのと1匹のクソ強悪魔にタイマン張るのと」
「私的にはクソ強悪魔が良いけど君が闘いたいって言うならば、仕方無い譲ってあげ」
「無くてもいいんで俺が2匹引き取りますよ」
「ザイラさんも強い敵とタイマン張りたいと思ってるんでしょ、相性的にも対複数は俺の方が良いんでよろしくッ!!」
そう言って負洛は私を空中に放り投げると私が落ちる前に、契約武器【Carpe Diem】を何処からともなく取り出し後方に向けて空間を横薙ぎに切り裂く。
すると周囲にあったビルや電柱、ガードレールに花壇が細かく微塵切りになって消えていく。
振り終えた契約武器を右肩に乗せ、降って来た私を負洛は逆の手で掴むと脇腹に抱える。
一旦私達一行はその場で足を止め、周辺状況を確認した。ほぼ更地となった後ろに私は目を凝らして見るが、奥には暗闇が広がるばかりで特に何も見えない。
「今出せる最高範囲、最大火力で後方一帯消し飛ばしてやりましたけど…人はいないっすね」
「手応えゼロ。斬撃が飛ぶ直前に避けたとするなら、追っ手の悪魔階級は中級レベルって感じか」
「此処に来る前に一般市民を移動させといて良かったね…危なく等くんが大量殺人鬼になるところだったよ」
「ん?」
ザイラが何かに気付く。
それは遠く暗い先から車両進入禁止の道路標識を片手で持ち、此方へ突進して警察官の格好をした悪魔。
凄まじい速度で突っ込んで来た悪魔に対してザイラの判断は早く、子供一人を抱えた負洛を横方向に軽く蹴り飛ばして次の瞬間にはザイラと警察官が衝突していた。
そこからは一瞬の出来事だった。
土煙が舞い上がる中でザイラが敵から道路標識を無理矢理奪った上で、体勢を崩された敵の腹部に右拳を3発入れ、更に当たれば致命傷は免れない道路標識による強烈なフルスイングを敵の脳天目掛け振り下ろす。
道路標識の円盤が敵の首を刎ねる直前、首の皮一枚で飛び退いた警察の悪魔は振り下ろした後の硬直する隙を狙いザイラの懐へと踏み込む。
しかし逆にそれを読んでいたザイラは警察の悪魔が自身を殴りに来る瞬間、近付いて来た所に爆発したかのような音を響かせる凄まじいアッパーで悪魔を空高くカチ上げた。
「私と警察コスプレニキ、試合決定で」
ザイラは横目で私と負洛を見て微笑むと、体操選手が勢いをつけて垂直跳びをするようにザイラも足を曲げてしゃがみ込むと地面を蹴って空高く飛び上がり暗い空へと消えて行った。
ザイラが居なくなると急に剣状態のままアンドラスが話し始める。どうやら恐怖の対象である2人が居なくなり安心したらしい。
『やっぱりあの女が1番の悪魔ラス』
『本当に人間ラス?』
「あぁ、悪魔より悪魔みたいな性格をした人間の悪魔だ」
「さて俺達の相手は骨のありそうな2匹だけど、一向に来る気配無いのはどういうこと?」
「あの、下ろしてもらっても」
私がそう言うと負洛は「ごめんごめん」と言って地面に下ろし、私の前に立って携帯を弄り始める。開いたのはLINE。
送った返信には既読マークが付いていない。
「負洛さんの彼女さんですか?」
「まぁそんな感じ」
聞いた私に負洛は何でもなさそうにする。
この人にも大切な人が居るのだろうか、その為に金へ執着しているのかも…等と考えていれば、敵は暗闇から異様な雰囲気を醸し出しながら私達へと近付いてくる。
新たな敵の襲来と私や負洛は思ったが、それは間違いだった。なぜなら敵の姿は新しい見た事の無い姿では無く、ザイラに殴り飛ばされ空中へ上がって行った警察官の格好をした悪魔だったから。
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