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5話 授業③

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私はアンドラスの血を一滴残らず飲み干し、手に持っていた小瓶を壁に投げ捨てる。
次の瞬間、突然アンドラスは悲鳴にも似た唸り声を上げて己の胸を掻き毟り始めた。組み付いていた負洛は不敵な笑みを浮かべてアンドラスから離脱し、私の横に来ると次の指示を出す。

「取り敢えず本契約は結ばれたから、次にするのは躾」
「夢川ちゃんが心の中でルールを決めたのは俺がワニワニパニックに触れてる時、感じ取ったからOK…契約して24時間以内に気を失った方が従者、起きている者が主人……となるが」
「初回限定サービスに含まれる特典として今回だけ俺が"痛み"無くワニワニパニックを気絶させてやる」

「ど、どんな感じで?」
先程からの言い回しで、本契約前の状態でザイラがアンドラスを殴り付けた際のダメージは私に反射しないみたいな話をしていたが、現在本契約を交わしている状態でアンドラスが攻撃を受けると私にも何かしらの痛みが来るということなのだろうか。
それはそれとして眠気が凄い。

「夢川ちゃんが眠そうだから一瞬で終わらせる」
「俺が悪魔と契約をする際に、睡眠薬を混入した缶コーヒーで主従関係が決定されたことから今眠るのは良くない」

そう言うと負洛は地べたを苦しみながら悶え転がり回っているアンドラスに「【Hypnos】」と唱えながら触れ、それと同時にアンドラスは一瞬にして動かなくなった。
遠くから見て分かるが仰向けになった鰐は胸がゆっくりと上下しスヤスヤと寝息を立てている。

「これで君の契約は本契約となり、君がこのワニワニパニックの主人だ」
「ここで1つ大切な話をする…これを聞いたら眠ってもらっても構わない」

「はい、」
「すみません眠くて」

「大丈夫、その方が俺も仕事に行けていい」
「話の続きだが悪魔との契約内容について主人側は、従者側が眠っている間に一方的に変更することが出来る。」
「やり方は簡単、眠っている従者に触れながら目を瞑る……」

負洛は目を擦る私を話しながら深い眠りに落ちたアンドラスの元に連れて行くと、硬くザラザラとした腹部に手を触れさせて目を瞑るように言う。

「君が目を瞑ると脳内にA4サイズの汚い紙切れが出て来るだろ」

「はい、出てきました…」
確かに瞼を閉じた先では、茶色の血に汚れた紙切れが暗闇の中で浮いている。
・汝、契約者【夢川 陽麗】を殺害するべからず
・汝、契約者【夢川 陽麗】から離れるべからず

「そうしたら君がワニワニパニックに対して、簡単に言えばルール…それを口に出して言うんだ」
「今1番上に箇条書きで君が契約時に決めたルールが書かれている筈だ。」
「口にすることで同じことを言えば取り消し、新しいことを言えば追加される」

「何をルールにしたら大丈夫?」
どんなことを言えば身の安全が確保されるか分からなかった私は負洛に問う。

「例えば………」

負洛が私に言わせた言葉は難しかったが言われるままに復唱し、汚い紙切れには大量の文章が下まで書かれることとなった。
立ち上がって「これで良し」と言って私を車椅子の元に連れて歩いた負洛に、部屋の隅で授業参観張りに子供と先生の頑張りを応援する母親のように立っていたザイラが拍手を送る。
私は今までの疲れがどっときて、突然の強い眠気に襲われ車椅子から落ちそうになった私をザイラが抱き上げた所までは記憶がある。
そのまま視界が真っ暗になった。


«契約内容»

・汝、契約者【夢川 陽麗】を殺害するべからず
・汝、契約者【夢川 陽麗】を中心として半径3m以外での行動を禁ずる
・汝、自身への攻撃を契約者【夢川 陽麗】へ反射するべからず
・汝、契約者【夢川 陽麗】が自身の行動範囲外から攻撃を受ける場合のみ契約者以外への攻撃を可能とする
・汝、契約者【夢川 陽麗】が傷を負った状態でそれが致命傷である場合、契約者を戦線離脱させなくてはならない
・汝、契約者【夢川 陽麗】に知識或いは助力を求められた場合は全ての情報を開示すること
・汝、契約者【夢川 陽麗】に対し自身の能力を使用することを禁ずる
・汝、契約者【夢川 陽麗】と得た魔力を貯蔵し契約者が必要とする場合には与えること
・汝、契約者【夢川 陽麗】から契約武器の要請があった場合には応じること
・汝、契約者【夢川 陽麗】に対し常時の身体強化系統魔法を使用すること
・汝、禁止事項を遵守しなかった場合には【異星アントルム】への帰還不可状態と地球上で存在出来ない身体変貌魔術を付与する
・契約期間は契約者【夢川 陽麗】が寿命で死ぬ場合と殺された場合に限る
・汝、契約者【夢川 陽麗】が死ぬ場合には、これを禁止事項違反とし上記にあるペナルティーを付与する
・汝が命を落とした場合、契約者【夢川 陽麗】との契約解除し【異星アントルム】へ帰還する

……………………

病院の一室で魔術師2人が喫煙所でもないのに患者の眠るの病床横で煙草を吸っている。

「等くんが人間相手にあんな世話を焼ける人物だとは思ってもいなかったよ」

ザイラは面白そうに煙草の煙を輪っかにして遊び、それをヨレた煙草を吸い横目で見ている負洛。

「フン、昨日俺の契約魔獣が『今日の星占いで水瓶座の俺は1位、牡羊座のお前は11位。お前のラッキーアイテムは"心遣い"だってよ…難題だなw』って煽られたもんで」
「ムカついて他人に優しくしてしまいましたよ」

「ははっ、星占い信じてる悪魔ってなんだよ」

「それな過ぎて言われた時腹抱えて笑ましたよ」
「あ、ザイラさん例の報酬の件…頼みますよ?」

「分かってるさ…けど、もう1つ頼まれてくれない?」

ザイラの質問に対して少々嫌そうな顔をして負洛が視線を逸らす。

「悪魔についてもっと詳しくとか辞めてくださいね…貰える金以上のことは話したつもりっすよ」
「それに話し過ぎて口の中が乾き切ってる」

「それ煙草の吸いすぎじゃない?」
「ならこうしよう……、君が死んだ後の契約満了した魔獣及び悪魔を私が殺さないという保証をしよう」
「これでは良い条件にならないのであれば、上層部に"監視員を付けるので保護をしろ"とでも言おうか?」

「どちらも俺にとって何のメリットも無いっすね」
「第一、俺が悪魔1匹の為にその条件を飲んでやる必要性が無い。金にもならない事を俺がすると思います?」

ザイラは吸っていた煙草を灰皿にしている救急箱に擦り付けて火種を消すと意味深な顔つきで負洛に近付き、何処からか取り出した分厚い封筒を負洛へ渡す。
封を開いて中を確認すると"調査報告書"や"経歴について"等の書類、他に数枚の写真が入っていた。

「私は君達が単純な契約者と契約魔獣の関係には到底思えないんだが…」
「君の居なくなった後、"私が君の契約した悪魔を嬲り殺しても良いかな??"」

そこにあったのは全て負洛と契約魔獣が2人で写った写真。
いつもに増して笑顔の強調が凄く表情だけはニコニコしているのだが、ザイラの目は笑っておらず狂気的なドス黒い圧が負洛へと伸し掛る。
これを見た負洛は青ざめた表情で乾いた笑いが出てしまう。

「はは、汚ねえやり方…ザイラさんアンタ、ロクな死に方しねぇよ」
「俺が最初金に目が眩むクズ男で良かったわ、じゃないと金も貰えずに子供の世話して終わりだった」
「これは頼み事じゃなく人質をとった上での交渉ってコトね…良いよ、何をすればいい?(笑)」

「交渉妥結、上層部には君達の関係性を隠した上で保護させるよ」
「でなんだけど、君の次の任務に夢川 陽麗を連れて行って貰えるかな?」

「質問系必要無いでしょ(笑)」
「仰せの通りにしますよ、けど明日はアイツが居ないんで弱い奴を殺しに行きますよ」

「いいよ。私も着いて行くし」
「悪魔狩りがどんなもんなのか見せてやりたいだけだからさ」

「んじゃ」と部屋を出て行くザイラの背中を見詰めて頭を抱える負洛。
吸っていた煙草はいつの間にかフィルターまで燃えていた。
誰も居ない部屋で充満したタバコ臭を嗅ぎながら契約魔獣がパチンコを楽しそうにしているのを想像して心を落ち着かせようとするが、負洛は脳裏に焼き付いたザイラの笑顔を思い出して「怖ッ」と呟き部屋を出た。

…………………

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