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第47話 『呪いの腕時計』
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霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?
著者:ピラフドリア
第47話
『呪いの腕時計』
夕陽の差し込むホーム。仕事帰りのサラリーマンや学生が並ぶ中、改札を抜けて一人の青年が階段を駆け降りる。
ホームに降り立つと、周囲を見渡してキョロキョロと何かを探す。そして彼はある人物を見つけると、服の裾で汗を拭って駆け寄った。
「まもなく一番線ホームに電車が参ります。黄色い線の内側でお待ちください」
アナウンスが流れる中、手を伸ばす。後少し後少しで手が届く。しかし、青年の手が届く前に、
「おい、誰が落ちたぞ!!」
「救急車だ!! 救急車を呼べ!!」
駅のホームにサイレンが響き渡り、赤い物体が散乱した。
「レイさんレイさん!! 今日の夜ご飯なんですか!! さっき買ってたやつですか!!」
服の裾を引っ張り、買い物袋を覗いてくる幽霊。スーパーで買い物を終えた私達は、買い物袋を持ち事務所へ帰宅していた。
「今日は昨日の残りよ。まだカレーが残ってるじゃない。今日買ったのは明日の分よ」
「あー、そういえば残ってましたね……。まいっかカレーも好きですし!!」
晩御飯のメニューを聞き、幽霊は腕を大きく振りながら先頭を歩く。
さっき、スーパーに行く前に駅前で昼ごはんを食べたというのに、もう夜のことか……。幽霊なのにかなりの食いしん坊だ。
事務所のあるビルが見えてきた頃。リエが道中の公園を見て
「あ、レイさん。あそこの人、何してるんでしょう?」
公園の中を見ると、ベンチに座り込む青髪の青年。下を向き、深刻な顔をしている。
「テストで悪い点でも取ったんじゃない? それで帰れないとか」
青年は学ランを着ており、学校を抜け出してきた学生という感じだ。
私は面倒ごとに関わらないようにさっさと帰りたかったが、ジッと見ていたリエがあることに気づく。
「あの方がしている腕時計。呪われてますね」
「え!?」
青年は虚な目で地面を見つめながらも、腕時計を撫でるように触っていた。
依頼人というわけでもないし、放っておいてもよかったが、逆に面倒ごとが増える可能性もある。ならばと、
「ねぇ、そこの青年!!」
私から接触してみることにした。話しかけると、青年は肩を上下させる。
「な、なんですかァ!?」
言葉の尻が上がってしまい、緊張しているのが伝わってくる。
「いやいや、そうビビらないで。少し気になることがあったから、話しかけただけだから」
「そう、ですか……」
少し落ち着いてきたのか、呼吸が整いだす。そんな青年の背後をフワフワとリエが飛び、腕時計を凝視する。
リエの存在に気づいていないということは、この青年は霊感がないのだろう。
「それで気になることってなんですか?」
「その腕時計。見せてもらえる?」
私はリエが呪われていると言っていた、腕時計を指差して見せて欲しいと懇願する。しかし、青年は腕時計を守るように隠すと、
「なんで、ですか!?」
大切な物なのか、腕時計を完全に隠してしまう。
本当に呪われているのなら、放置しておくわけにもいかない。
「あー、私この辺で霊能力者として活動しててね。その腕時計、呪われてるかもしれないの」
「この腕時計が呪われてる……!?」
呪われていることを伝えると、青年は腕時計を取り出して確認するように見つめる。私やリエも腕時計を覗き込むが、私達が覗いていることに気づくと、青年は腕時計をまた隠してしまった。
「なんで、そんなことがわかるんですか……」
青年の質問に私は答えがなく、リエに目線を向ける。
「霊力ですよ。霊力で見えるんです」
「霊力よ。それで呪われているのが分かったの」
私はリエの言葉を聞いてから、その回答を青年に伝える。すると、青年は少し下を向き考えた後
「もしかしたら、そうじゃないかと……思ってたんです」
青年は覚悟を決めたのか、勢いよく立ち上がる。そして私に向かって頭を下げた。
「霊能力さん、助けてください!!」
「その腕時計がタイムマシン? なにそれ?」
助けを求めてきた青年の話を聞くため、私は青年の隣に座り、話を聞いていた。
「はい、正確には過去にしか行くことができない。それも36時間という制限がありますが」
この青年の名前は川島 天馬(かわしま てんま)。川島君は数週間前に呪いの腕時計を拾い、その能力に気付いたという。
その腕時計の能力。それはタイムリープ能力だ。たった36時間という時間制限はあるが、過去の自分に今の自分の意識を移すことができる。
「凄いじゃない!! そんなことができるなら、なんでもできるよ!!」
時間は一日半だが、それでも十分色々できる。やり方次第では億万長者にだってなることが可能だ。
「僕も最初はそう思って楽しんでました……。友達が遅刻しないようにしたり、クジの順番を譲って欲しいものを手に入れたり」
思っていたよりしょぼいことに使っている
……。
「本当ですか~、呪われているのは確かですけど、過去に戻れるなんてどれだけの霊力が必要なのか……」
リエが私の後ろで腕を組んで疑いの目線を向ける。しかし、リエのことが川島君には見えてはいない。仕方がないので私が代弁する。
「本当に戻れるの?」
「なら、試してみますか?」
川島君は立ち上がると、公園の手洗い場へ移動する。そして上を向いている蛇口のパイプを捻り、勢いよく水を出した。
「何してるのよ?」
辺りはびしょびしょで泥だらけだ。
「僕は今、地面を濡らしました。それでこの腕時計を使います。僕に触れてください、腕時計の所有者に接触している物もタイムリープの対象になりますから」
川島君が手を伸ばし、私はその手を掴む。リエも私の背中に張り付いたところで、川島君は腕時計の針をほんの少しだけ動かした。
「ううっ!?」
唐突に目眩がして私は倒れそうになる。しかし、倒れない。いや、倒れるわけがない。なぜなら今、ベンチに座っているから……。
さっき、ベンチから移動して手洗い場へ移動したはず。なのに、気がついたら元いたベンチに座っていた。
そして私と同じように顔色を悪くした川島君が、隣で座っている。
「これがタイムリープで……す」
「本当に、戻ったのね……。でも、なんでこんなに気持ち悪いの……」
「時間移動の酔いです。車酔いみたいなものですね」
ほんの数分戻っただけでここまで辛い物なのか。
「リエ、大丈夫?」
私はベンチの後ろで、液体を吐き出しているリエを心配する。
「だ、大丈夫……じゃないで…………オロロロロ!!」
「車酔いみたいなもの……ね。個人差があるのかもね」
リエは船酔いもしていたし、時間移動で酔いやすい人なのかもしれない。
「誰と話してるんですか?」
リエと話していることに疑問を持った川島君が首を傾げる。
「幽霊よ」
「幽霊!?」
幽霊と聞き、両手で身体を抑える。まぁ、幽霊がいると言われれば、こんな反応か。
「大丈夫、私の相棒だから。腕時計が呪われてるのにいち早く気づいたのも、この子なのよ」
「そうなんですか。良い幽霊なんですね」
良い幽霊が悪い幽霊かで言えば、今は公共の場で体液を吐き出すヤバいやつだが。
リエも少し落ち着いてきたようなので、本題について尋ねる。
「それで助けてってどういうことなの?」
私が聞くと、川島君の顔は一気に暗くなり、真剣な表情になる。
「助けたい人がいるんです……。でも、何度も何度も失敗して…………」
「どういうこと?」
「明日、僕の友達は必ず…………」
川島君の親友。彼女は明日のどこかで必ず不幸が訪れる。それは命すら簡単に奪ってしまう事件。
事故や犯罪など原因は様々だ。しかし、その親友は絶対に次の日を迎えることができないという。
「最初にあいつが事件に巻き込まれた時、僕がこの腕時計を拾ったのは、あいつを助けるため。そう確信しました。でも、どんなことをしても、あいつを救えない……助けてください!!」
涙目ですがりたいてくる川島君。そんな川島君の頭を撫でて落ち着かせながら、私はリエに目線を送る。
すると、リエは額に指を当てて少し考えた後、
「もしかしたら死期ではないでしょうか」
リエがそんなことを言い出した。さらに続ける。
「人間には死期があって、死後の世界で鬼がそれを管理しているって話があります。その方はもしかしたら、死期が明日と決まっているのかもしれません」
リエの考察を聞いた私は、そのままのことを川島君に伝える。しかし、死期が来たからと言われて、信じろという方が無理だ。
「じゃあ、運命で決められてるってことですか!!」
「さぁね。そういう可能性もあるって話よ。それに私は信じないよ、だって」
私は近くにいるリエのことを捕まえると、頬っぺたを引っ張って遊ぶ。
川島君から見たら、何もないところで手を動かしているだけに見えるはずだ。
「幽霊はどうなるのよ。死んでも未練を理由に天国に行かないのよ。そんなことができるんなら、死期なんておかしいじゃない」
「幽霊、ですか」
川島君は困りながらも、落ち着きを取り戻した。死期が来たという話をされれば、怒るのも当然だ。こんなことを喋らせたリエにはまた後でお仕置きをするとして、
「でもそうね。未来が決まってるっていうことよね。どうにかしてそこを変えないといけないのね」
川島君は何度もチャレンジして失敗している。だから、簡単には助けられないということ。
私も死期があるとは信じたくはないが、未来を変えられないというのが、死期のようなものの可能性を感じさせる。
「どうしたら……」
私と川島君が頭を抱える中、リエはそのためにさっきの話をしたかのように、
「死期を変える手段があります」
そんなことを口にした。
「死期を変える!? どうするのよ!!」
「死後の世界で死者の名簿があるのなら、その名簿を書き換えれば良い。死後の世界から迎えに来た使者に、別人を差し出して逃げ切ったというもの話があります」
「じゃあ、別の誰かを差し出せば良いってこと?」
なんと残酷な。しかし、助かる手段としてはあり? なのかもしれない。
だが、当然、その提案に乗るわけがない。
「僕は嫌です。他人を犠牲にするなんて!!」
「そうよね、何か他にないの?」
「んー、そうですね~」
しかし、リエは腕を組んで、首を左右に揺らしながら考えるが、新しい案は出てこない。
「このまま悩んでてもしょうがない。まずは行動よ!!」
結局新しい案も出ず、まずはその例の親友の元へ向かってみることにした。
しかし、
「いませんね」
川島君の案内で親友の自宅へ向かったのだが、親友は留守でいなかった。
しばらく家の前で待って、帰宅を待ったのだが1時間以上経っても現れる気配はなく。私達は川島君を連れて、事務所に戻ることにした。
「おう、お前ら帰ってきたか」
家に着くと、黒猫が出迎えてくれる。
「買い物に行ってたのに長かったな。ん、誰だそいつは?」
黒猫にも事情を伝えると、
「運命を変える……か。難しいな。話を聞いた感じだと、死因も決まってないし、正確な場所や時間もない。確定してるのは明日ってことだけだ」
「そうなのよね。どうしたら……」
「だが、確定してるのは明日ってだけだ。つまり明日を乗り越えれば、死期を越えられる」
「それができないから困ってるのよ」
すると、黒猫はソファーに座っていたリエの元へ向かう。そしてリエの膝に飛び乗ると、
「死因は現世に残るものが引き起こす。なら、この世のものじゃなければ、それを変えられるんじゃないか?」
「え、もしかして私がですか?」
リエが猫を膝に乗せながら、自分のことを指差す。
「幽霊のお前だからできることだ」
「……私、だから…………任せてください!!」
翌日、私達は川島君と共に親友の家に行き、自宅の前で張り込む。今日は休日ということもあり、家にいれば安全なのかもしれない。
しかし、親友は今日起こることを知らない。しばらくして自宅から出てくると、駅に向かって歩き出す。
「出てきましたよ。追いましょう」
黒猫はお留守番で、私とリエ、川島君で親友の後を追うことになった。度々気配を感じるのか、親友は振り返ってこちらを見るが、電柱の影に隠れてやり過ごす。
工事現場の近くに差し掛かったところで、
「ここは前にも……」
そんなことを川島君は呟いた。ということはここで事故が起こる可能性がある。私はリエの背中を押し、守るように指示を出す。
リエは親友のそばに近づいた時。
「危ない!!」
工事現場から声がして、上から鉄骨が降ってきた。親友は逃げることができず、頭を両手で覆うが、そんなものでガードできるはずがない。
「バリアです!!」
リエは霊力を使い、半透明のバリアを作り出す。そしてそれで鉄骨を防いだ。
リエのバリアにより、無事に鉄骨からは防げたようだ。
またしばらく進み、駅に着くと今度はバスが親友に向かって突っ込んでくる。またしてもリエのバリアでどうにか防ぎ、守り抜くことに成功した。
そうしてこのように何度も襲いくる、運命から守り抜き、ついに……。
「やった、やりました!! 日付が変わりましたよ!!」
守り通すことに成功した。
それでも一応、一時間ほど見守ったが、問題はなく。リエを戻した。
「霊宮寺さん……そして幽霊さん。ありがとうございます」
「良かったよ。無事に終われて」
川島君も安心したようでホッとした表情だ。
「じゃあ、僕はこれで!!」
川島君と別れ、私達も帰る。
「本当にこれで死期を逃れたんでしょうか?」
「できたのよ。だって無事だったじゃない」
「そうですけど……」
次の日。川島はやっと助けることができて、浮かれていた。
「もう、これは要らないよな」
もう過去に戻る必要はないだろうと、腕時計を外してその辺に投げ捨てる。そして工事現場の前を通っていると……。
著者:ピラフドリア
第47話
『呪いの腕時計』
夕陽の差し込むホーム。仕事帰りのサラリーマンや学生が並ぶ中、改札を抜けて一人の青年が階段を駆け降りる。
ホームに降り立つと、周囲を見渡してキョロキョロと何かを探す。そして彼はある人物を見つけると、服の裾で汗を拭って駆け寄った。
「まもなく一番線ホームに電車が参ります。黄色い線の内側でお待ちください」
アナウンスが流れる中、手を伸ばす。後少し後少しで手が届く。しかし、青年の手が届く前に、
「おい、誰が落ちたぞ!!」
「救急車だ!! 救急車を呼べ!!」
駅のホームにサイレンが響き渡り、赤い物体が散乱した。
「レイさんレイさん!! 今日の夜ご飯なんですか!! さっき買ってたやつですか!!」
服の裾を引っ張り、買い物袋を覗いてくる幽霊。スーパーで買い物を終えた私達は、買い物袋を持ち事務所へ帰宅していた。
「今日は昨日の残りよ。まだカレーが残ってるじゃない。今日買ったのは明日の分よ」
「あー、そういえば残ってましたね……。まいっかカレーも好きですし!!」
晩御飯のメニューを聞き、幽霊は腕を大きく振りながら先頭を歩く。
さっき、スーパーに行く前に駅前で昼ごはんを食べたというのに、もう夜のことか……。幽霊なのにかなりの食いしん坊だ。
事務所のあるビルが見えてきた頃。リエが道中の公園を見て
「あ、レイさん。あそこの人、何してるんでしょう?」
公園の中を見ると、ベンチに座り込む青髪の青年。下を向き、深刻な顔をしている。
「テストで悪い点でも取ったんじゃない? それで帰れないとか」
青年は学ランを着ており、学校を抜け出してきた学生という感じだ。
私は面倒ごとに関わらないようにさっさと帰りたかったが、ジッと見ていたリエがあることに気づく。
「あの方がしている腕時計。呪われてますね」
「え!?」
青年は虚な目で地面を見つめながらも、腕時計を撫でるように触っていた。
依頼人というわけでもないし、放っておいてもよかったが、逆に面倒ごとが増える可能性もある。ならばと、
「ねぇ、そこの青年!!」
私から接触してみることにした。話しかけると、青年は肩を上下させる。
「な、なんですかァ!?」
言葉の尻が上がってしまい、緊張しているのが伝わってくる。
「いやいや、そうビビらないで。少し気になることがあったから、話しかけただけだから」
「そう、ですか……」
少し落ち着いてきたのか、呼吸が整いだす。そんな青年の背後をフワフワとリエが飛び、腕時計を凝視する。
リエの存在に気づいていないということは、この青年は霊感がないのだろう。
「それで気になることってなんですか?」
「その腕時計。見せてもらえる?」
私はリエが呪われていると言っていた、腕時計を指差して見せて欲しいと懇願する。しかし、青年は腕時計を守るように隠すと、
「なんで、ですか!?」
大切な物なのか、腕時計を完全に隠してしまう。
本当に呪われているのなら、放置しておくわけにもいかない。
「あー、私この辺で霊能力者として活動しててね。その腕時計、呪われてるかもしれないの」
「この腕時計が呪われてる……!?」
呪われていることを伝えると、青年は腕時計を取り出して確認するように見つめる。私やリエも腕時計を覗き込むが、私達が覗いていることに気づくと、青年は腕時計をまた隠してしまった。
「なんで、そんなことがわかるんですか……」
青年の質問に私は答えがなく、リエに目線を向ける。
「霊力ですよ。霊力で見えるんです」
「霊力よ。それで呪われているのが分かったの」
私はリエの言葉を聞いてから、その回答を青年に伝える。すると、青年は少し下を向き考えた後
「もしかしたら、そうじゃないかと……思ってたんです」
青年は覚悟を決めたのか、勢いよく立ち上がる。そして私に向かって頭を下げた。
「霊能力さん、助けてください!!」
「その腕時計がタイムマシン? なにそれ?」
助けを求めてきた青年の話を聞くため、私は青年の隣に座り、話を聞いていた。
「はい、正確には過去にしか行くことができない。それも36時間という制限がありますが」
この青年の名前は川島 天馬(かわしま てんま)。川島君は数週間前に呪いの腕時計を拾い、その能力に気付いたという。
その腕時計の能力。それはタイムリープ能力だ。たった36時間という時間制限はあるが、過去の自分に今の自分の意識を移すことができる。
「凄いじゃない!! そんなことができるなら、なんでもできるよ!!」
時間は一日半だが、それでも十分色々できる。やり方次第では億万長者にだってなることが可能だ。
「僕も最初はそう思って楽しんでました……。友達が遅刻しないようにしたり、クジの順番を譲って欲しいものを手に入れたり」
思っていたよりしょぼいことに使っている
……。
「本当ですか~、呪われているのは確かですけど、過去に戻れるなんてどれだけの霊力が必要なのか……」
リエが私の後ろで腕を組んで疑いの目線を向ける。しかし、リエのことが川島君には見えてはいない。仕方がないので私が代弁する。
「本当に戻れるの?」
「なら、試してみますか?」
川島君は立ち上がると、公園の手洗い場へ移動する。そして上を向いている蛇口のパイプを捻り、勢いよく水を出した。
「何してるのよ?」
辺りはびしょびしょで泥だらけだ。
「僕は今、地面を濡らしました。それでこの腕時計を使います。僕に触れてください、腕時計の所有者に接触している物もタイムリープの対象になりますから」
川島君が手を伸ばし、私はその手を掴む。リエも私の背中に張り付いたところで、川島君は腕時計の針をほんの少しだけ動かした。
「ううっ!?」
唐突に目眩がして私は倒れそうになる。しかし、倒れない。いや、倒れるわけがない。なぜなら今、ベンチに座っているから……。
さっき、ベンチから移動して手洗い場へ移動したはず。なのに、気がついたら元いたベンチに座っていた。
そして私と同じように顔色を悪くした川島君が、隣で座っている。
「これがタイムリープで……す」
「本当に、戻ったのね……。でも、なんでこんなに気持ち悪いの……」
「時間移動の酔いです。車酔いみたいなものですね」
ほんの数分戻っただけでここまで辛い物なのか。
「リエ、大丈夫?」
私はベンチの後ろで、液体を吐き出しているリエを心配する。
「だ、大丈夫……じゃないで…………オロロロロ!!」
「車酔いみたいなもの……ね。個人差があるのかもね」
リエは船酔いもしていたし、時間移動で酔いやすい人なのかもしれない。
「誰と話してるんですか?」
リエと話していることに疑問を持った川島君が首を傾げる。
「幽霊よ」
「幽霊!?」
幽霊と聞き、両手で身体を抑える。まぁ、幽霊がいると言われれば、こんな反応か。
「大丈夫、私の相棒だから。腕時計が呪われてるのにいち早く気づいたのも、この子なのよ」
「そうなんですか。良い幽霊なんですね」
良い幽霊が悪い幽霊かで言えば、今は公共の場で体液を吐き出すヤバいやつだが。
リエも少し落ち着いてきたようなので、本題について尋ねる。
「それで助けてってどういうことなの?」
私が聞くと、川島君の顔は一気に暗くなり、真剣な表情になる。
「助けたい人がいるんです……。でも、何度も何度も失敗して…………」
「どういうこと?」
「明日、僕の友達は必ず…………」
川島君の親友。彼女は明日のどこかで必ず不幸が訪れる。それは命すら簡単に奪ってしまう事件。
事故や犯罪など原因は様々だ。しかし、その親友は絶対に次の日を迎えることができないという。
「最初にあいつが事件に巻き込まれた時、僕がこの腕時計を拾ったのは、あいつを助けるため。そう確信しました。でも、どんなことをしても、あいつを救えない……助けてください!!」
涙目ですがりたいてくる川島君。そんな川島君の頭を撫でて落ち着かせながら、私はリエに目線を送る。
すると、リエは額に指を当てて少し考えた後、
「もしかしたら死期ではないでしょうか」
リエがそんなことを言い出した。さらに続ける。
「人間には死期があって、死後の世界で鬼がそれを管理しているって話があります。その方はもしかしたら、死期が明日と決まっているのかもしれません」
リエの考察を聞いた私は、そのままのことを川島君に伝える。しかし、死期が来たからと言われて、信じろという方が無理だ。
「じゃあ、運命で決められてるってことですか!!」
「さぁね。そういう可能性もあるって話よ。それに私は信じないよ、だって」
私は近くにいるリエのことを捕まえると、頬っぺたを引っ張って遊ぶ。
川島君から見たら、何もないところで手を動かしているだけに見えるはずだ。
「幽霊はどうなるのよ。死んでも未練を理由に天国に行かないのよ。そんなことができるんなら、死期なんておかしいじゃない」
「幽霊、ですか」
川島君は困りながらも、落ち着きを取り戻した。死期が来たという話をされれば、怒るのも当然だ。こんなことを喋らせたリエにはまた後でお仕置きをするとして、
「でもそうね。未来が決まってるっていうことよね。どうにかしてそこを変えないといけないのね」
川島君は何度もチャレンジして失敗している。だから、簡単には助けられないということ。
私も死期があるとは信じたくはないが、未来を変えられないというのが、死期のようなものの可能性を感じさせる。
「どうしたら……」
私と川島君が頭を抱える中、リエはそのためにさっきの話をしたかのように、
「死期を変える手段があります」
そんなことを口にした。
「死期を変える!? どうするのよ!!」
「死後の世界で死者の名簿があるのなら、その名簿を書き換えれば良い。死後の世界から迎えに来た使者に、別人を差し出して逃げ切ったというもの話があります」
「じゃあ、別の誰かを差し出せば良いってこと?」
なんと残酷な。しかし、助かる手段としてはあり? なのかもしれない。
だが、当然、その提案に乗るわけがない。
「僕は嫌です。他人を犠牲にするなんて!!」
「そうよね、何か他にないの?」
「んー、そうですね~」
しかし、リエは腕を組んで、首を左右に揺らしながら考えるが、新しい案は出てこない。
「このまま悩んでてもしょうがない。まずは行動よ!!」
結局新しい案も出ず、まずはその例の親友の元へ向かってみることにした。
しかし、
「いませんね」
川島君の案内で親友の自宅へ向かったのだが、親友は留守でいなかった。
しばらく家の前で待って、帰宅を待ったのだが1時間以上経っても現れる気配はなく。私達は川島君を連れて、事務所に戻ることにした。
「おう、お前ら帰ってきたか」
家に着くと、黒猫が出迎えてくれる。
「買い物に行ってたのに長かったな。ん、誰だそいつは?」
黒猫にも事情を伝えると、
「運命を変える……か。難しいな。話を聞いた感じだと、死因も決まってないし、正確な場所や時間もない。確定してるのは明日ってことだけだ」
「そうなのよね。どうしたら……」
「だが、確定してるのは明日ってだけだ。つまり明日を乗り越えれば、死期を越えられる」
「それができないから困ってるのよ」
すると、黒猫はソファーに座っていたリエの元へ向かう。そしてリエの膝に飛び乗ると、
「死因は現世に残るものが引き起こす。なら、この世のものじゃなければ、それを変えられるんじゃないか?」
「え、もしかして私がですか?」
リエが猫を膝に乗せながら、自分のことを指差す。
「幽霊のお前だからできることだ」
「……私、だから…………任せてください!!」
翌日、私達は川島君と共に親友の家に行き、自宅の前で張り込む。今日は休日ということもあり、家にいれば安全なのかもしれない。
しかし、親友は今日起こることを知らない。しばらくして自宅から出てくると、駅に向かって歩き出す。
「出てきましたよ。追いましょう」
黒猫はお留守番で、私とリエ、川島君で親友の後を追うことになった。度々気配を感じるのか、親友は振り返ってこちらを見るが、電柱の影に隠れてやり過ごす。
工事現場の近くに差し掛かったところで、
「ここは前にも……」
そんなことを川島君は呟いた。ということはここで事故が起こる可能性がある。私はリエの背中を押し、守るように指示を出す。
リエは親友のそばに近づいた時。
「危ない!!」
工事現場から声がして、上から鉄骨が降ってきた。親友は逃げることができず、頭を両手で覆うが、そんなものでガードできるはずがない。
「バリアです!!」
リエは霊力を使い、半透明のバリアを作り出す。そしてそれで鉄骨を防いだ。
リエのバリアにより、無事に鉄骨からは防げたようだ。
またしばらく進み、駅に着くと今度はバスが親友に向かって突っ込んでくる。またしてもリエのバリアでどうにか防ぎ、守り抜くことに成功した。
そうしてこのように何度も襲いくる、運命から守り抜き、ついに……。
「やった、やりました!! 日付が変わりましたよ!!」
守り通すことに成功した。
それでも一応、一時間ほど見守ったが、問題はなく。リエを戻した。
「霊宮寺さん……そして幽霊さん。ありがとうございます」
「良かったよ。無事に終われて」
川島君も安心したようでホッとした表情だ。
「じゃあ、僕はこれで!!」
川島君と別れ、私達も帰る。
「本当にこれで死期を逃れたんでしょうか?」
「できたのよ。だって無事だったじゃない」
「そうですけど……」
次の日。川島はやっと助けることができて、浮かれていた。
「もう、これは要らないよな」
もう過去に戻る必要はないだろうと、腕時計を外してその辺に投げ捨てる。そして工事現場の前を通っていると……。
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第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい
三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです
無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す!
無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい
凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。
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