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第四章 魔族大陸編

第154話 ひとときの安らぎ

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「あら? 若様お久しぶりですわね」

 クロはボン爺から衝撃の事実を聞いた後、娼館へとやって来ていた。

「そう言うなレイア、俺も忙しいんだよ」

 ここはカジノの建設に伴い、クロの肝煎りで造られた最高級娼館である。

 アースハイドのみならず他国にある娼館からも引き抜き、その中から選抜された美女達が所属している。その中でもレイアはトップに君臨する夜の蝶で、彼女と一晩共するだけでとんでもない金額がかかる。

「私に飽きて別の娼婦に入れ込んでいるのかと」

「なんだ拗ねているのか? そんな訳ないだろう、ほら」

 クロは亜空間から薔薇の花を取り出しレイアに渡す。

「綺麗な薔薇」

「お前のために摘んできた」

「うふふ、拗ねてなんていませんわ。所詮は夜の蝶……若様の一番にはなれないのはわかってますし……この時間を共に出来るだけで幸せですわ」

 クロは週に一度はレイアに会いに行く。性欲の処理というより、心を休ませる場として使っており、ここでは懺蛇のボスとしてではなく一人の男クロとして過ごしている。

 情事も終え、クロはレイアの胸に顔を埋め至福の時を過ごす。

 レイアはクロの頭を愛しく撫で、裏社会のトップに君臨する男が、自分にだけ見せる油断した表情を独り占めしている喜びに酔いしれる。

 聖女を手に入れ、相思相愛と言われているのに自分のところへとやって来る理由を聞いた事があった。

「私ではなく、エリーナ様にお相手してもらえば良いのに……」

「俺とエリーナはそういう関係ではない」

「え?」

 聞いた時は意味がわからなかった。懺蛇のボスと神罰の聖女は相思相愛で仲睦まじく、お互いを大切に想い合っている事は有名な事だったが、次のクロの言葉で納得できた。

「聖女を抱く事なんて出来ないだろ」

 一瞬神罰を恐れているかと思ったが、切なそうなクロの顔を見て察した。

(この人はエリーナ様に大切に想っているんだ……)

「では、ここでは懺蛇のボスではなく、大店の若旦那という事で若様とお呼びしますね」

「ははっ! それは面白いな。じゃあ今日から俺はレイアに恋する若旦那だ!」

「うふふ」

 この日を境に二人きりの時間ではクロの刺々しい雰囲気が無くなり、甘い時間を過ごすようになった。

 レイアの役目は現実を忘れさせ安らぎを与える事。求められればそれに応え、余計な詮索はしなくなった。

「また暫くの間、国を離れる事になった」

「はい」

「だから今日はこのまま寝かせてくれ」

「良いのですか?」

「何だ、嫌か?」

「いいえ、嬉しいですわ」

 クロがアースハイドを離れ、メランコリ国へ旅立った後、レイアに来客があった。

「!? エ、エリーナ様でございますか?」

「はい、貴女がレイア様ですか?」

 来客はエリーナだった。

「聖女様がこんなところへ来ては……」

「娼館はそんなに穢らわしい所ですか? 私はそうはおもってませんよ?」

 屈託のない笑顔で答えるエリーナに驚きはしたが、ここへやって来た意味を考える。

(若様の事でしょうが……もう会うなとでも言われるのでしょうね。もし、私がエリーナ様の立場であればそうしたかもしれない)

「それで今日の御用件を伺っても?」

「クロ様が週に一度貴女の所へ行っている事は存じています」

(来た! やはり、もう会うなと……でもそれは若様次第であって私に言っても……)

「えぇ……」

「暫くの間、クロ様はこの国を離れます」

「え?」

「なので、お戻りになった時は心も身体も疲れていると思います」

「は、はあ……」

「その時は……精一杯甘やかしてあげてください」

「はい?」

 何を言っているのか理解が及ばなかった。混乱しあたふたしていると、エリーナに両手をギュッと握りしめられる。

「私は嫌な女です」

「そんな事は……」

「だって私に出来ない事を貴女に託しているのですよ? だからお願いに参りました」

(神罰の聖女? どこが? 慈愛に満ちた優しい方……これは勝てない)

 レイアはエリーナの手を強く握り返す。

「わかりました。私に出来る事ならば喜んで」

「そうですか!? 良かったです! それと……一つだけお聞きしたい事が……」



 クロは安心したかのように再び胸に顔を埋め、深い眠りに付く。

(エリーナ様、お約束守りましたわ)

 レイアはそんなクロを抱きしめ、おでこにキスをする。



「一つだけ?」

「その……」

 エリーナはもじもじとして中々言い出さない。

「レイア様はお胸が……とても膨よかじゃないですか?」

「え、えぇ……」

「どうしたらそのように大きくなるのかな……と」

 エリーナの胸は小さいわけではないが特別大きいわけでもない。レイアは細身でありながら豊満な胸を備え付けている。

「クロ様はどうやら、その……豊満な胸がお好きなようで……はふっ!」

 レイアはエリーナを抱きしめる。

「エリーナ様? 女性の魅力は胸の大きさで決まるものではございません。それ以上の魅力をエリーナ様はお持ちなのですから……痛たたたた! エリーナ様! 痛いです! や、やめっれ」

 エリーナはレイアの胸を両手でがっちりホールドし、握り潰すかの如く力を入れる。

「持たざる者の気持ち……わかりますか?」

「わ、わかりました! わかりましたから潰すのはやめてください! コツ! コツを教えますから!」

「本当ですか!? 良かった……私、何だかレイア様とお友達になれそうです」

 レイアは思った。

(神罰の聖女の恨み恐ろしや)


 朝になり目を覚ますとクロの姿はなかった。

「全く……見送りくらいさせて欲しいわ」

 レイアがふとテーブルに目をやると、メモが置かれていた。

『また来る』

「不器用な人」


 朝日が道を照らし、爽やかな風が吹く。

「やっぱり、おっぱいは最強だな」

 クロは裏で繰り広げられている女の戦いを知らない。
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