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第三章 復讐編

第145話 運命の輪

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「なぜ私が炎帝だと?」

「ほっほっほっ、魔王オルト様は息災か?」

「お父様を? 暫く会っていないからわからないけれど、多分……いや、絶対に元気よ」

 父をオルトと呼ぶこの老人は一体何者なのだとスフィアは動揺する。

「スラム街に住む裏社会の人族が、魔族の王と面識があるのが不思議といった顔じゃのう」

「そうね、お父様とはどんな関係?」

「初めてうたのは……二十年ほど前かのう? 二度目は約十五年前、スフィア・エル・ガルガランド様。そう、お嬢さんが産まれた時じゃな」

「!?」

「あの時の稚児が成長したもんじゃのう! ほっほっほ」

(はっ!? 認識阻害の魔道具が無効化されてる?)

 懺蛇の拠点にあるこの部屋は、状況に応じて魔道具の効果を無効化させるギミックが仕掛けられている。
 スフィアの正体がバレたのは、ボン爺がスフィアの存在を知っていたからでもあるが、そもそも炎の剣を創り出すほどの魔力量と魔力操作が出来る者は限られるので、聡い人間にはバレバレな事にスフィア本人は気付いていない。

「まあ、古い話は良いじゃろう。儂が聞きたいのは炎帝、スフィア様の目的じゃ、あそこで暴れていた理由を教えては貰えんかのう?」

「クー……私の友達、クロウがここに囚われたと噂で聞いたの。だから救出に!」

「ふむ、クロウとな? う~む残念じゃが……」

 残念という言葉にスフィアの魔力が反応し、右手に炎が宿る。

「これっ! 話を最後まで聞きなされ!」

「いいわ、聞いてあげる」

 右手の炎が消え、ボン爺は安堵する。

「おてんば娘に成長しておるのう……ごほんっ、そのクロウという男は儂らの都合で作り上げた偽物でのう」

「偽物?」

 ボン爺はクロウという男の存在を作り上げた経緯をスフィアに説明する。

「じゃあ、偶々クロウという名前を使っただけで無関係な人物なのね……」

「そういう事になるのう」

「ねえ、あなた達のボスに会いたいのだけれど?」

「若に?」

「勘違いで一人……」

 なるほどと察したボン爺は首を横に振る。

「若は今ここにはおらん、うちの者に手を出した事に関しては留守を預かる儂の判断で不問として問題ないじゃろう。ただ……そうじゃな、その者に一言だけ謝罪の言葉でも貰えたら助かる」

「えぇ、分かったわ」

 ボン爺は治療が終わっているだろうデルタを呼び出した。

「え!? 魔族!」

「……さっきは、その……ごめんなさい」

「い、いや~別に謝らなくてもいいんだけど……」

 自分がやられた相手が魔族であり、その魔族が謝罪してきた事に驚きを隠せなかった。

 デルタはどう反応して良いか分からずに頭をポリポリと掻きながら苦笑いをしてしまう。

「怪我はポーションで治ったし、やられたのは俺が弱かったって事だしな。じゃあそういう事で、現場に戻っても?」

「ふむ」

 居心地の悪い状況からいち早く脱出したいデルタは、用が済んだのだからいいよね?と言わんばかりに去って行った。

「ボスに会えないのは残念だったけれど、あなたとお父様の事聞かせてもらっても?」

「儂としては、スフィア様が探しておられる男の方が気になるがの」

「クーの? 彼は私の弟子? 友達? ん~何て言ったら良いんだろう?」

「炎帝の弟子……それは本当に人族なので?」

 魔族の、それも魔王一族は規格外の強さを持つ。その鍛錬について行ける精神力と能力を持つ人族となると、その人物も規格外である。

 ボン爺が知る限り、それに当てはまる人物は一人しか思い浮かばない。

(まさかのう……)

「それでお父様とあなたの事聞かせて」

「ふむ、儂はある冒険者と依頼で魔族領の調査に赴いてのう、そこでその冒険者が恋に落ちた」

「恋? 人族と魔族が? 何それ気になる!」

「ふむ、魔王城から少し離れた所にある御殿での、冒険者の名はロベル、そしてその相手は魔王オルト様の実の妹であるリリア様じゃ」

「リリア? お父様の妹? 聞いた事ないわ」

「リリア様は人族と魔族の混血。穢れていると疎まれ隔離されていたらしいからのう、知らんのも無理はない。唯一オルト様だけは優しく接しておった」

「お父様が……」

「二人とも一目惚れだったようでのう、ロベルはリリア様と生涯を共にする覚悟で連れ去ろうとしたが、運悪くオルト様に見つかり儂等は死を覚悟した」

 スフィアの喉がゴクリとなる。

「じゃが、オルト様は儂等を殺すどころか、リリア様の幸せを考え、連れ去る手助けをしてくれたのじゃ……その際に当面の生活費と食料の入った魔法袋と一族の証となる……」

 ボン爺はスフィアの首元を指差す。

「ネックレスをリリア様に渡し、全てをロベルに託した」

「そう言えば、お父様はネックレスをしてないわ……」

「何かの助けになればと、ご自身の物を外して渡していたからのう」

「……そんな理由があったのね」

「儂はリリア様とオルト様の連絡係りのような役割を与えられたが、ここ十年位は訳あって会いに行く事は出来なくなった」

「なぜ?」

「リリア様が亡くなられたからじゃよ」

「!?」

「ロベルは筆不精な男でのう、住んでる場所も近況報告もしない。第一子が産まれた時も[子が産まれた]としか手紙を送って来なかったしのう。二度目の報告は[リリアが死んだ]と……儂の役目はリリア様とオルト様の連絡係、リリア様の訃報を聞いた時のオルト様の顔は忘れられんよ」

「じゃあそのロベルという人と、その子供がどうなったかは……」

「わからん」

「そう……生きていれば」

「スフィア様と同じ年頃じゃのう」

 スフィアはネックレスを握りしめ想いにふける。

(クーは私が鍛えた弟子、簡単に死ぬ事はないよね! それよりも今は……お父様に会いたい)

「スフィア様?」

 スフィアは顔をあげる。

「ありがとう、あなたのお名前を聞いても?」

「ボンじゃ、今はボン爺などと呼ばれおるがのう! ほっほっほ」

「ボンさんね、お父様に何か伝言はあるかしら?」

 ボン爺は顎髭を触りながら思案する。

「……いや、良いじゃろう」

「そう? じゃあ私は行くわ」

「魔族領にお戻りに?」

「えぇ」

「スフィア、そのクーという少年、クロウという名前の他に何か特徴のようなものは?」

「会ったのが五歳の時だから、どう成長しているか分からないけれど……そうねぇ、髪は赤黒で魔力の質は禍々しかったわね」

「赤黒……」

「あっ! 今頃は魔闘術も使いこなせていると思うわよ?」

「人族が魔族特有の技術である魔闘術を!?」

「そう、優秀な弟子でしょ?」

「……ですな」

 髪が赤黒く、禍々しい魔力の質を持ち、魔闘術を使いこなす人族。ボン爺の心臓が高鳴る。

「もし、クーを見つけたら……魔王城まで会いに来てくれる?」

「もちろんじゃ」

「ありがとう、また会いましょう」

 スフィアは一礼すると部屋を出て行った。

 ボン爺はスフィアの後ろ姿を見送ると、両目から涙が溢れる。

「あら? お客様はもう帰られたのですか?」

 お茶を二人分持ったエリーナが部屋へと入ってきた。

「うむ、今しがたお帰りになられた」

「あら? 何か嬉しい事でもありましたか?」

「ほっほっほ、この歳になると涙腺が弱くなるようじゃな」

 ボン爺は流れた涙を拭いながら笑う。

「まあ! それは素敵な事ですよ?」

「いやはや、恥ずかしい所を見られてしもうたわい」

 ボン爺はエリーナの頭を撫でると、持ってきたお茶を一飲みする。

「若に会いたいのう」

「私もです」

 二人は目を合わせて笑う。
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