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第三章 復讐編

第122話 左腕に封印されしモノ

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「ん? ファルマルが来てる?」

「はっ! 急ぎ報告があるとの事」

「書面じゃダメな事なのか」

「おそらくは……」

 日課である精神統一、魔法制作中に陰からの報告により、ファルマルから緊急の要件が舞い込んできた。

「あの件で何か問題が発生したのか……まあ聞いてみないと分からないな。わかったすぐに行く」

「御意」

 会議室へ向かうとファルマルが直立不動で待っていた。

「そう畏まるなファルマル、お前はもうファミリーだ。緊張感は大切だが、張り詰めすぎると身体に毒だぞ?」

「突然の訪問に対し温かいお言葉、ありがたき幸せに存じます」

 ファルマルは一礼するとソファへと腰掛ける。

(たった数日で間違える程に従順になったな…… 一体どんな教育を施したんだうちの陰共は)

 男子三日会わざれば刮目して見よ。

「日が浅いとは言え、お前という存在の重要性は懺蛇にとって大きいからな? そんなお前からの緊急の面会だ気にするな」

 ファルマルは感動に打ちひしがれる。

「先日の非礼、私としては忘れることのできない失態でございます」

「だからもう気にするな」

 クロは笑って許す。敵対する者に対しては非情だが、身内に対しては異常に寛容だ。

「はっ!」

「それで、どうした?」

「私の父、アースハイド帝国皇帝が内々に主に会いたいと申してまして」

「は?」

「私にも真意を測りかねておりまして……ただ、父はかなりの変わり者でして、一風変わった人物や先進的な考えを持つ者など身分に関係なく取り立てるような柔軟な面と、気に入らないモノに関しては苛烈に攻撃する面を持つ人なのです。そんな父が主に興味を持ったのでしょうが……表向きの理由は相互不可侵の密約を望んでいるようです」

「相互不可侵ねえ……俺としてはスラム街に対して余計な横槍を入れなければ率先して関わるつもりはないんだがな」

 国家運営には興味がない。やりたいようにやって、自由に過ごす事が裏の社会で生きる意味でもある。別に無差別殺人をするつもりも、国家転覆を目論んでるわけでもない。

「御前会議でもスラム街には不可侵・不干渉を決めたばかりなので、おそらくは悪い虫が騒いだのだろうと」

 ファルマルは申し訳なさそうな顔でクロを見る。

「お前の立場もあるだろうから、その密会受けても良いが……」

「私はあなたに忠誠を誓った身、父が不興を買い身罷ったとしてもその忠誠は変わりません」

 ファルマルのクロに対する忠誠心は宗教に近い。これはファルマルだけに非ず、懺蛇に属している大半の組員達はクロを神に等しい存在として崇めている。

「そうか、まあ俺も一国と反目になるのは望んでないし、相互不可侵に関しては願ってもない事だ」

「それでは!?」

「受けよう」

「ありがとうございます!」

「密約って事は秘密裏に城へ行くって事だな」

 闇夜に紛れ参上する悪役、痺れる展開ではある。

「ご足労をおかけしますが、私の自室にある転移の魔法陣にてお越しください」

「ふっ、裏社会の帝王と皇帝の邂逅か……血の雨が降らない事を祈るとするか」

 相容れない存在になるか、それとも……。

「お時間の都合をお聞きしても?」

「そうだな……一週間後にでもするか」

 ダークヒーローにもドレスコードを選ぶ時間が必要なのだ。

「承りました」

 ファルマルは早々に退室し、クロは皇帝との邂逅で着ていく服をデート前のように考えふける。
 裏社会のボスとしての威厳、大物感の演出、立ち振る舞いを練習する時間は一週間。

「とりあえず、今あるアイテムの確認が必要だな」

 クロは自室に戻るとクローゼットを開け、悪役グッズを確認する。

「あれ……? 棘のやつがない……というかありとあらゆる棘のついたアイテムが軒並み無くなってるぞ……風になびいているマフラーも、あっ! 溢れ出る魔力を封印せし眼帯も、領域を展開しそうな目隠しも、袖が肩口から無くなっているベストも! 嘘だろ……暴れる龍を封印している左手の包帯セットもない! さては……エリーナ!!」

「どうかされましたクロ様? あっ……」

「ここに入ってた素敵アイテム達はどうした?」

 エリーナの目が泳ぐ。

「もう一度問う、ここに入ってた素敵アイテム達はどうした?」

「さ、さあ? 私には何の事か……」

 クロが素敵アイテムと称しているモノはエリーナに発見され次第、破棄されている。

「まあ良い、あと一週間の猶予があって良かった、もう一度制作させるとしよう」

「制作……」

「何か言ったか?」

「い、いえ何も!」

 この後、エリーナは方々に対し監視の目を行き届かせ、クロの威厳を守るべく暗躍していく。


 数日後

「宰相、懺蛇の首領に確認が取れた」

「ほう、それで返答はいかに?」

「受けるそうだ」


 ベンゲルとしては断られても受けられても困る案件だったが、すんなりと了承するとは思っていなかった。

「裏社会の首領と雖も皇帝の呼びかけには逆らえぬか」

「ベンゲルそれは間違った認識だ」

「間違い?」

 スラム街を統べる者とは言え、皇族と平民とでは格が違う。テレサでは御しきれなかったかもしれないが、皇帝ともなると重みが違う。国と一組織ではそもそも規模も格式も雲泥の差である。その認識が違うと言われても意味がわからない。

「会えばわかるだろう」

「まるで会ったかのように語ってるね?」

「忠告はしておく……余計な事はするな」

「ふふ、スラム街の一組織、陛下の前では無力だよ」

「俺は忠告をしたからな? あ~それとこれを渡しておく」

「これは?」

「今回のテレサの処遇だ」

 ベンゲルは渡された紙に目を通す。

「うん、これで問題ない」

 テレサ・アースハイド
 城下を混乱、建物の被害、有望な冒険者の死亡、単独でのスラム街への威圧は度の超えた越権行為ではあるが、帝国内に蔓延るスパイ一味でその重要参考人である人物の捕縛の成功は、前述の失態を相殺するほどの功績と認め、咎めなしとする。

「沙汰は追って陛下から下されるけど、それで良いかい?」

「それを望んでいるのは父とお前だろ」

「感謝する」

「それと、会談は四日後だ」

「それも併せて伝えよう」

 これでファルマルは完全に失脚する事になるが、元よりファルマル派の貴族達の殆どは既に別の皇子に鞍替えしており、しがらみが無くなったことで逆に動きやすくなる。
 ベンゲルとしては捨て駒として利用したつもりだが、爆弾の綱を外してしまった事に気づく事はなかった。


 ~~~~~~~

「届いてないだと?」

「ええ、クロ様へのお荷物は届いてないですよ?」

「マジかよ……間に合わなかったのか」

 皇帝との会談用に紛失した格好いいアイテム達を製作するように通達していたクロは、今か今かと楽しみにしていたのだが、エリーナ曰く届いていないらしい。

「色々と注文し過ぎたか~、困ったな」

 お気づきかもしれないが、届いた格好良いアイテム達はエリーナによって破棄されている。

「しょうがない……今日の夜には会談があるし、今ある物で選ぶしかないか」

 エリーナはほっと胸を撫で下ろす。

「しょうがない……これで行くか」

 クロが選んだのは、黒のスーツに白のシャツという転生前の世界ではごく普通の格好だった。

「あ、あのう……クロ様? その腕の紋様は?」

 シャツに着替えるため裸になると、クロの左腕に紋様が浮かんでいるのを見つける。

「あーこれ? 格好良いだろ?」

「その……なんというか……動いてませんか?」

「ふふっ! これは新たに作った魔法だ」

「魔法! ど、どういう効果が!?」

「見てろ! 暗黒龍飛翔天河閃!」

 クロよ左腕から日本神話に出てくる様な漆黒の龍が飛び出した。

 飛び出した。

 消えていった。

「……こ、これ……は?」

暗黒龍飛翔天河閃 アルティメットドラゴンスパークだ」

「飛んで行って、き、消えましたけど?」

「格好良いだろ? 放つ前までこの左腕に封印されてんだよ」

 クロは再び左腕に暗黒龍飛翔天河閃を棲みつかせて見せる。

「飛ぶだけのモノに何の意味が……」

「フッ! 女には分からん男のロマンだ」

 エリーナは今後は魔法にも気を配ろうと心に決めた。

「まあ、この封印されし黒龍が解き放たれる時は血の雨が降るだろう」

 クロは左腕に黒い包帯を巻き、暗黒龍飛翔天河閃を隠した。

「では、行ってくる」

 左腕に封印されし暗黒龍を携え皇帝との会談に出発した。
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