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第三章 復讐編

第119話 既視感

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(そろそろ始まる頃合いだな)

 ゲイルが屋敷を襲撃する少し前、クロはサクラコ・ミドリカワが黄昏ている橋までやって来ていた。

(あれか?)

 人通りの少なくなった住宅街、そこには小さな川が流れており、橋が架かっている。橋の上から聞こえる川のせせらぎは、澱んだ心を洗い流すように優しく奏でている。

 橋の中腹には、今にも川へ飛び込みそうな雰囲気を醸し出している女の子が一人佇んでいる。

 クロはフードを目深く被り、気配を消してサクラコの横に立つ。

「サクラコ・ミドリカワだな?」

 急に声をかけられたはずのサクラコであったが、驚くこともせずゆっくりとクロへと振り返った。

「…………」

(目に精気が感じられないな。既に壊れている?」

 サクラコは無言のまま再び川へと視線を移し、焦点の定まらない目で遠くを眺める。

(このまま斬って捨てる事も出来るが、負けた気がして嫌だな……)

「ケンタ・イイヅカ」

 クロの言葉にバッと振り返る。さっきまでの精気のない目からは想像できない程に目に力が宿り、両手で胸ぐらを掴まれた。

「健ちゃん!? あなたは何か知っているの!?」

 クロはニヤリと笑う。

「ねえ答えて!! お願い!! お願い……健ちゃんに合わせて……うわぁぁぁぁん!!」

(壊れてんなあ~、そんなに会いたいなら会わせてやるよ)

「ケンタ・イイヅカに会いたいか?」

 サクラコはハッとして、クロの顔を覗き込む。

「健ちゃんに会えるの!? 会いたい……今すぐに会いたい!!」

「そうか、じゃあ会わせてやるよ」

 クロは亜空間から剣を取り出し、突き刺そうとすると暗闇から数本のナイフが飛んできた。

 キンッ! キンッ! キンッ! キンッ!

 ナイフを叩き落とすと飛んできた方向へ振り返る。

「サクラコさんから離れなさい!!」

 メイド姿の女が小太刀ほどの長さの剣を両手に握り、鬼の形相で駆け寄って来た。

(一人じゃなかったのかよ! でも、まあいっか)

 掴まれた手を強引に外し、向かってくる女に向かい落としたナイフを足で蹴り飛ばす。

 キンッ!

 女はナイフを叩き落とし、ジャンプすると空中で一回転してサクラコの背後に回り込み、襟を掴んで後ろに引っ張った。

「……ニーナ?」

 パシッ!

「しっかりしなさいサクラコさん!!」

 ニーナはクロを警戒しながらサクラコの頬を引っ叩くと、守るように立ち塞がった。

「何者ですか!?」

「何者か? そうだなあ、死神……かな?」

 クロは剣を肩に担ぎ、やる気のない態度で適当な返事をする。

「このまま引き下がるのならば深追いはしません! 立ち去りなさい!」

「素直に従うとでも?」

「これでも私は元公爵家の戦闘メイド、死にたければかかって来なさい!」

「相手の力量も計れない奴が、簡単に死を口にするな」

 クロは魔闘術を全開にし、一瞬でニーナの懐に飛び込み膝蹴りをお見舞いした。

「ぐっ!」

 ニーナの体はくの字にまがり嘔吐すると、そのまま髪の毛を掴まれ反対側の柵へ投げ捨てられる。

「ほらよ!」

「がはっ!」

 柵で背中を強く打ちつけ、苦しみながらも続けて繰り出されたクロの蹴りを片腕でガードしたが、バキッ!と骨が折れる音がし、腕は変な方向へと曲がっていた。

 ニーナの顔が痛みで歪む。

「この程度か」

「ば、化け物め!」

「化け物か」

 相手より圧倒的な力を示すと決まってそのセリフを吐かれる。僅か五歳の身体で死ぬ思いをし、血反吐を吐く思いをした。その日以降、毎日鍛錬を欠かさず行い、家族を失うとそのまま義賊と称した山賊紛いの組織に拾われ、その組織も壊滅し十五歳で仲間五人と協力しながら生きてきた。
 化け物とは勇者やチート能力者のように、理不尽な力を努力もなしに手に入れた者の事を言う。
 クロは化け物と言われる事に対しては我慢をしてきたが、かなりムカついていた。

 バキっ! ゴリゴリゴリゴリ!

「ぎゃあぁぁ!! あががががっ!」

 クロはニーナの折れた腕をさらに踏みつけ、骨を粉砕する。

「俺の努力の結晶を化け物の一言で片づけてんじゃねえよ」

 痛みで苦しむニーナの顔面を何度も踏みつけさらに追い込む。

「ぐっ! がはっ! や、やめ……」

「おいおい! 命乞いかよ。お前さっきという言葉を使ったよな? なんだっけかな、えっと~深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ! だったかな? 死という言葉を使うなら自分の死も覚悟しろよ」

 魔闘術により強化された蹴りは重く、ニーナの身体を壊すのに時間はかからなかった。ピクピクと痙攣を繰り返し、このまま放置すればいずれ命の火は消える。

「う……うう……」

 サクラコはニーナが壊れたぬいぐるみのようになる様を見て、腰を抜かし怯えていた。戦闘が苦手でパーティーで冒険に行く事が殆どなくなっていたサクラコにとって、そして日本生れの高校生にとって耐える事の出来ない光景だった。

「おえぇぇぇ!! はぁ、はぁ、はぁ……おえぇぇぇぇっ!」

 恐怖からくる精神的な苦痛で上からも下からも汚物を垂れ流す。

「まあ、それがの反応だよなあ」

 いくらチート能力を授かったとはいえ、元は平和な国で育った普通の高校生である。この世界で生きるという意味も理解しないまま、授かったチート能力と現代知識で引っ掻き回す害悪とも言える日本人召喚者。

 そんなお花畑能の召喚者を精神的に壊すのは簡単だ。

「よ~く見てろよ? 緑川桜子」

「はぁ、はぁ、えっ?」

 クロはニーナを上空へ蹴り上げると、ニーナに向かい手をかざす。

「グラビティ」

 蹴り上げられたニーナに重力が付加され、何十倍もの重さとなり落下する。

 ドォォォン! グシャっ!

 ニーナは橋を突き抜け川底へ落下した。しばらくすると川は血で染まり始めたが、ニーナの遺体は爆散し原型を留めなかった。

「あーーーーー、あーーーーー」

 目の前でニーナがただの破片になったのを目の当たりにし、気が触れそうになるが、生への執着なのか、四つん這いになりながらもクロへの足へとすがり懇願するように涙を流す。

「汚い手で触るなよ」

 クロはサクラコの肩口を蹴り飛ばし、仰向けに倒れるとサクラコに跨る。

「俺はお前らのようなチート能力者が嫌いだ、貰った能力を正しい事に使う事は否定しないし、勝手にしたらいい」

 サクラコは混乱している。なぜこの男は自分の本名を知っているのか、チートという言葉を知っているのか、そしてなぜ日本語を話しているのかと。

「効果の高い高級なポーションが安価で手に入る事は、冒険者にとってありがたい。病気や呪いを、ボランティアで治療してくれるような存在はまさに聖女だ」

 異世界からの召喚者は、高い能力を自国の為に使ってもらえばその恩恵は計り知れず、他国に流れたら国益を失うどころか国を滅ぼされかねない諸刃の剣のようなものだ。
 ケンタ・イイヅカも多分に洩れず、国からの手厚い保護という名の首輪をつけられた。
 マクロな視点で考えると新しい知識は産業を発展させ、経済が活性化される。
 しかし、ミクロな視点で見ると召喚者達の善意が大きな問題へと発展する。

「それまでポーションを作っていた職人はどうなったと思う? それまで呪いや病気を治療し、それを生業として金を取っていた人達が何と言われると思う?」

 ケンタ・イイヅカが失踪し、ポーションの供給が滞ると、元々ポーションを作っていた職人に作成依頼が再び舞い込む。しかし、帝都ではその殆どが廃業となっており、辛うじて残っていたポーション職人も国を捨て他国へ流れていく者が多発しているため、将来的には損失が大きい。

「わ、私は私が出来ることを……」

 サクラコは震える声で反論するがそれがどんな結果に繋がるか想像していない。

「それが愚かだと言ってるんだよ」

 冷たい目でサクラコを見下す。

「あ、あなたは何者なの? 日本語でしょ? どうしてこんな事をするの!?」

「何者か、俺は転生者だよ日本人のね。どうしてかって? そんなの決まってるだろう……」

 クロは耳元で囁く。

「悪い人だからだよ! はははははっ!」

 顔をグッと近づけ悪人らしく笑う。

「私は、殺される……の?」

「飯塚健太みたいにか?」

「あなたが殺したのね」

「ん? そうだよ?」

「…………」

 人を殺した事を、虫でも殺したかのようにあっけらかんと言い放つクロに絶句すると共に、自分の命はこの男にとって些細な事なのだろうと理解した。

「なんだよ、許さない! とか、絶対に殺してやる! とか無いのかよ」

「……た……い」 

「は? 何?」

「…にた……い」

「はっきり言えよ」

「……死にたくない」

「はぁ?? 恋人が殺され、その仇が目の前にいるんだぞ?」

「……死にたくない、お願い、殺さないで」

 クロは立ち上がり剣を取り出すと、サクラコの目の前に投げ捨てると今一度問う。

「恋人の仇を討つ為に闘うか、潔く自害するか選べ」

 サクラコは剣も握らずに土下座をする。

「何でもします! お願いです、殺さないで下さい!!」

(えぇぇ……まさか、まさかの急展開)

「いや、だからね? 闘うか、自害するか選んで?」

「はい! だから死にたくないです! 殺さないで下さい! 何でもします」

「人の話し聞いてる?」

「あなたの元で働かせてください!」

「黙れ!」

「働かせてください!」

(なんだこの既視感は……)

 ちょっと面白い女だと思い始めたクロであった。
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