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第三章 復讐編

第118話 剣聖って普通に強いじゃん

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「はニャ? ゲイル帰って来てたのニャ? ……血の匂い?」

 ゲイルはミューの声に振り返る。

「返り血!? はっ! バニニャ!?」

「バーニングスラッシュ!」

「ニャっ!? やばいニャ! グギッ!」

 ドゴォォォォォ!!

 ゲイルから放たれた斬撃は炎を纏いミューを襲った。

(腕は落ちてない、動くっ! やるんだ……俺はやるんだ)

「ぐぅぅ、ゲイル……何があったんニャ」

「ねえ何なの今の音! え!? 何これ!!」

 大きな衝撃と爆音で屋敷の一部が破壊され、異変に気付いたルシルが部屋は駆け込んできた。

「ル、ルシル……逃げるのニャ!」

「ミュー! あなた腕が……」

 ゲイルの飛ぶ斬撃により左腕が破裂したように無くなり、残った右手は焦げて煤けていた。

「ニャハハ……しくったのニャ」

「応急処置にしかならないけど! 精霊よ、癒しの光を!」

 ルシルが精霊魔法を発動するとミューに光の玉が集まる。煤けた右腕は辛うじて動く程度まで回復したが、左腕は流血速度が若干遅くなった程度しか回復しなかった。

「これで十分ニャ、ありがとうニャ!」

「これはどういう事なの!? ねえ? ゲイル!!」

 キッ!

 ルシルはゲイルを鋭く睨むと戦闘態勢を取る。

「はははっ……あははは……アッハハ!! そうだよ、俺は剣聖なんだよ! この程度の事!」

 ゲイルはグッと踏み込むと一足飛びで二人に襲いかかる。

「ハァァァァァ!」

「ルシル!」

 ドンっ!

「ちぃ! 外したか」

 ルシルをミューが蹴飛ばし、間一髪斬撃を躱す。

「大地の精霊、緑の息吹! ローズウィップ!」

 地面から床を突き抜け現れた複数の荊が鞭のようにしなりゲイルを拘束する。

「ミュー! 今よ!」

「了解なのニャ!」

 ミューの右手の指から鋭い爪が飛び出し、ゲイルの首めがけ高速で移動する。

「この程度の! ふんっ!」

 ブチっ! ザン! ザン! ザン!

 拘束していた荊は強引に引きちぎられ斬られる。
 虚をつかれたミューはカウンター気味に蹴飛ばされ吹き飛ぶ。

「ニャ! ウグッ!」

「ミュー!」

「ソニックウェーブ!」

「えっ!? きゃっ!」

 ゲイルから衝撃波が放たれルシルも吹き飛ぶ。

「うぅ……何なのよ一体! どういう事なのよ……え? 血? バニラ!」

 ルシルが吹き飛ばされた場所は、バニラが倒れ血溜まりが出来ていた。

「嘘……でしょ? 何で……イヤァァァ!!」

 ルシルは息をしていないバニラを抱き寄せ叫ぶ。

「サクラコ……サクラコは!?」

「ルシル! 今はよそ見をしている場合じゃないのニャ!」

 ミューは蹴飛ばされながらもすぐに立ち上がり反撃をしていた。ゲイルの剣戟を紙一重で躱しながら体術を繰り出す隙を伺う。

「ミュー!」

(いつもよりミューの動きが悪い! このままじゃ……せめてニーナが居てくれたら)

 ニーナはサクラコの精神状態を心配し、見えないように影から護衛として様子を見る毎日を送っているため屋敷には居なかった。

「私がやるしかない!」

 ルシルは精霊の光で弓を作り出し構えると、それを確認したミューは隙を作るべくゲイルに死角を作るべく誘導する。
 しかし、ミューとの戦闘で四肢を失う前の勘を取り戻しつつあり、動きの鈍いミューは徐々に追い込まれていく。

「隙ができない! なんて強さなの!? ミュー!」

「はぁ、はぁ、はぁ。わかってるニャ……しょうがないニャ……リミット解除ニャ」

「ミュー! それはダメ!」

「ガァァァ!!! フー! フー!」

 獣人族には奥の手として、理性を失うリスクを負う代わりに大幅に能力を増強する事ができる。体力が続く限り戦い続けるため、最悪死に至る場合もある。
 過去に一度使用した事があるが、その時はケンタが作成した麻痺のポーションで動きを止め、無理矢理意識を刈りとる事で一命を取り留めた。一週間後目を覚ましたミューは、最高級ポーションで回復しなければならない程に肉体が破壊されていた。

「バカっ!! 今、ケンタは居ないのよ……」

「ガァァァァァァァァァァァ」

「くっ! 早い! ぐっ!」

 ゲイルは急激に早くなった動きに目がついていかず防戦一方になり、両腕で顔をガードした際にミューを完全に見失った。

「シャァァァ! ガブっ!」

「くそっ! 離せ! ぐあっ!」

 ゲイルは後ろから羽交締めされ、首にはミューの牙が刺さる。
 完全に動きを制され隙だらけになったが、ルシルは躊躇する。

(このまま撃てばミューも……)

「離せ! くそっ!」

 ゲイルはミューの髪の毛を掴み顔面目掛けて殴り続ける。それでも噛みついた牙は抜けずさらに深く刺さっていく。

「ぐあっ!」

(どうしたらいいの……はっ!?)

 ルシルは理性を失ったはずのミューと目が合う。
 筋肉は膨張し、目からは血の涙が流れている。片目は既に潰され開いていない。残った片目が真っ直ぐルシルを見ており、一瞬笑ったように見えた。

(わかったわ……ゲイルを倒したらすぐにサクラコを連れて帰ってくるわ! あの子の癒しの力ならきっと……)

「バカ猫! 後で説教よ!!」

 バシュュュュ!!

 目一杯引かれた弦から、収束した光の矢が二人めがけて放たれ貫いた。

「がはっ!」 「ガァッ!」

 ミューは瀕死の状態になりながらも噛みついたままだった。ゲイルは前に倒れ込み動きを止めた。

「ミュー!」

 ルシルはミューに駆け寄り、背中から大量の血が流れるのを確認すると、癒しの精霊は魔法をかけようとその場で詠唱を始めた。

「精霊よ、癒しの……げふっ」

 詠唱の途中でルシルの体に刃が突き刺さり、そのまま両膝から倒れる。

「ゲ、ゲイル! あなたまだ生きて……」

「げほっ! くっ! 甘いんだよ!」

 ゲイルはふらふらになりながらも立ち上がり、ルシルに刺さった剣を抜き取ると、噛みついたままのミューの髪の毛を掴み、首を切り取り投げ捨てる。

「はぁ…はぁ…はぁ……やった、やったぞぉぉぉ! あははははっ! これで俺は自由だ!」

「ミュー……」

 ルシルの目には雄叫びをあげ歓喜に震えるゲイルと、無造作に打ち捨てられたミューの頭部が映っていた。

「サクラコ! ルシル! ミュー! バニラ! ニーナ!」

「はっ! 皇女……」

「殿下お下がりください!」

 惨劇を目の当たりにしたムーランは、テレサを庇うように前に出て抜刀すると、続いて近衛騎士団が続々と屋敷内に突入しゲイルを取り囲む。

「まさか、真実だとは……」

 ボン爺から齎された情報を鵜呑みにはしていなかったテレサだったが、最悪のケースを考えすぐさま行動に移した。しかし、目に前の光景はその情報が真実だったと言わざるを得ないモノだった。

「ゲイルさん、あなたを拘束します!」

 近衛騎士団が一斉に襲いかかる。

「くそっ! なんで皇女がここに! 俺はこんなところで捕まるわけにはいかないんだ!」

 ゲイルは力を振り絞りソニックウェーブを放つ。

「「「「ぐわぁぁぁ!」」」」

 近衛騎士団が吹き飛び、道が開けるとその隙をついて走り抜ける。

「何を油断しているんですか! 捕えなさい!」

「「「「はっ!」」」」

「弓を使え!」

「裏に回ったぞ!」

「ライトの魔法で照らせ!」

「追い込め!」

 すぐさま後を追った近衛騎士団ではあったが、手負いとは言え剣聖、敷地内で捕えることが出来ず捜索は難航する事になる。

「ミュー……バニラ……」

 テレサは既に事切れた二人を目にしてへたり込む。

「殿下! ルシル殿にまだ息が!」

「!?」

 ムーランに抱き寄せられ、今にも閉じそうな目をしたルシルの手がテレサに向かうと、その手を強く両手で握りしめた。

「ルシル! 死んではだめ! そうだ、ポーション! あっ……」

「殿下……」

 ムーランがバツの悪そうな顔で顔を横に振る。
 テレサが持つ最高級ポーションは、つい先日ムーランを治癒するために使用していた。

「ルシル……」

 テレサの目から流れる涙を、ルシルは震える手で拭うとそのまま息を引き取った。

「ルシル! ああぁぁぁぁ!!」

 テレサは人目を憚らず大声であげ、決意の秘めた目で顔をあげ命令する。

「生死は問いません! 必ず捕えなさい!」

「「「「はっ!」」」」

 大捜査が開始される。
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