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第三章 復讐編

第116話 剣聖さんいらっしゃ〜い

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 テレサとの会談を終え、クロは窓から飛び降りた事と単独で近衛騎士団と対峙した事を怒られていた。

「若! この組織は若が居ってこその組織、その事を努努ゆめゆめ忘れぬように」

「組織の運営システムはカジノだけに依存はしていないだろ? まあ動く金額は大きいが、それでも俺が居なくとも国が戦争でもおっ始めない限りは破綻しないだと思うんだが」

「そういう事を言ってるのではない!」

 懺蛇を中心としてスラム街に存在する殆どの組織は傘下となっている。癖の強い組織が大人しく従っている理由は、ひとえにクロのカリスマ性と統率力、そして圧倒的な個の力があってこそだった。

「ガハハハっ! 爺ぃも過保護になったもんだなぁ! 生涯現役とか言ってた癖によぉ!」

「黙れガロウ! お前に若が救えるか!? この若さで裏社会を牛耳り、剰《あまつさ》え帝国内部にまで影響力を持つ者であっても諌める者は必要なのだ! その場にお前が居たらどうした!?」

「あん? そりゃあ一緒に暴れるに決まってるだろ!」

「聞いた儂が馬鹿だったわ」

 暴力が支配する世界には当たり前だが脳筋が多い。よってガロウのような思考は普通であって、ボン爺のように組織が何たるかを理解している者は少ない。

「あははっ、今度は誘うよガロウ」

「そう、そこなんだよ! 何で俺を誘わねえ!」

 闘技場の住人となっているガロウではあるが、最近は手応えのない相手に辟易している。

「若っ!」

「冗談だよボン爺、だがな? 俺が安心して他の事に集中出来ているのも全てボン爺がうまく調整してくれているからだと分かってるし、迷惑をかけている自覚もある」

「それが分かっているのなら、もっと組織の長としての自覚を……」

「俺には優秀な家族が居て幸せだ」

 クロは組織を一つの家族として扱う。裏切り者や敵対行動をとる者に対しては一切容赦はしないが、共に歩く家族に関しては、無能な者であっても手厚く庇護する。
 組織が大きくなるにつれ、約束事にも変化が求められてくる。組織の絆を確かなモノにする為に以下に掟が更新された。

 一、裏切る事勿れ
 一、些細な事でもホウレンソウ
 一、家族間の喧嘩は素手
 一、身体に懺蛇の印を入れる
 一、やられたら倍返しだ!

 印に関しては悪用を防ぐため特殊な術式を施しており、とある手順を踏む事で浮かび上がるようになっている。クロ以外の幹部達には常に解除した状態を許可しており、ある種のステータスになっている。

「それはそうと、面白い情報が届いているようですよ?」

「ほう」

「はい、実は……」

 三人のやり取りを冷静に眺めていたドルトランドから齎された情報は、剣聖ゲイルの事だった。
 ゲイルには監視を付けていた。勇者も死に、仲間を全て失い、心が折れた状態とはいえ剣聖、その能力侮れない。
 情報では記憶を失っており静養していたが、どうやら記憶を取り戻したようだ。
 牙を剥くとかと思いきや、人目を避けるように帝都から逃げ出したそうだ。

「まさか剣聖様が逃げるとは、あのパーティーも助け損だな! それで?」

「はい、すぐに追っ手を向かわせ拘束したと報告が」

「あはははっ! 可哀想に」

「武器も持たず、着の身着のままで逃げ出していたようで、大きな損害もなく拘束できたそうです」

「無様だな」

「如何なされますか?」

「連れてこい」

「御意に」

 現在ゲイルは奴隷区画の館で保護されているためドルトランドが席を外す。

「剣聖が来るまでにもう一つの案件を片付けとくか」

 もう一つの案件とは、ケンタ・イイヅカを探し出し皇女テレサに届けるという約束をした件だ。

「若、ケンタ・イイヅカはもう」

「ああ、俺が殺して焼いたからなあ、当然引き渡す事は出来ない」

「じゃあ、どうすんだ? 適当に似てる奴でも連れて行くか?」

「俺は発見したらと言っただけで、発見できないものは返しようがないだろ?」

「ガハハっ! 確かにそうだわな」

「だが、それだと俺に疑いがかけられたままになる。まあ犯人は俺だけどな? だから」

 クロが亜空間から取り出したのは一つの袋だった。

「これは魔法袋か!?」

 ガロウが物欲しそうに魔法袋を手に取り眺める。

「ケンタ・イイヅカが持ってた魔法袋だ。中身は全ていただいたけどな」

「ふむ、これを如何に使うつもりじゃ?」

「俺の考えたシナリオはこうだ」

 襲った犯人を見つけたが、ケンタ・イイヅカは殺され魔獣の餌となってしまい遺骸は見つからなかった。尋問の結果、犯人はメランコリ国の貴族であるミルド伯爵の子飼の商人で、帝国へはスパイとして入国しており工作行為をしていた。
 魔法袋はケンタ・イイヅカの物らしいが、中身は既に本国へ送られた後で空だった。
 懺蛇としては、ミルド伯爵とは色々と遺恨がある故、この男を始末した。

「どうだ?」

「嘘と真実を混ぜてはおるが……ちと無理筋では無いか?」

「商人クロウに似た風貌の奴隷を見繕い首を落とし、この魔法袋と一緒にプレゼントしてやれば何とか誤魔化せないか?」

「う~む、これ以上詮索するなというメッセージと捉え引いてくれたら良し! といったところかのう」

 そうそう都合良くいかないのが現実だ。

「あともう一つ、ミルド伯爵は俺が直接始末する予定だとも付け加えよう」

 懺蛇として家族を殺された事、そして帝国へと逃れる原因となったのもミルド伯爵である。その復讐を邪魔されたらたまったもんじゃない。

「約束なんてもんは破るためにあるんじゃねえのか!? なあ? そんなぬるい事してたら舐められるぞ!」

「舐められるか~、一理あるがこっちの方が俺としては都合が良い」

「あ~面倒臭せぇなあ!!」

「若の決めた事に逆らうかガロウよ?」

「逆らうつもりは毛頭ねぇよ! ただの意見だ!? それすら許されねえのか? あん?」

 部屋に一触即発の空気が流れる。

 コンコン

「剣聖ゲイルを連れてきましたよ? おや? 何やら険悪な空気が流れてますが?」

「ふふっ、気にするなただの痴話喧嘩だ」

 意見はぶつかるもの。言いたい事も言えない、そんな組織はポイズンだ。

「入れ」

 後ろ手に拘束されたゲイルが投げ込まれ、床に倒れる。

「は、離してくれ! 俺は……俺はもう戦いたくないんだ! 頼むよ……」

 クロはゆっくりと歩み寄り、髪の毛を力強く掴み覗き込んだ。ゲイルの顔は涙と鼻水でビチャビチャだったので、思わず苦笑いしてしまった。

「よう、久しぶりだな剣聖様」

「ひぃぃぃ!」

 クロの顔を見たゲイルは分かりやすいように怯え、剣聖とは思えない弱々しい悲鳴をあげる。

「どうした剣聖、出会った頃のお前はもっとこうギラギラしていて輝いてたじゃないか!?」

 ゲイルは首を横に振り必死に否定する。

「わ、悪いのはイリアだ……あいつが勝手に暴走して……そうだ俺は巻き込まれただけなんだよ……ふふふ」

「ブツブツと気持ち悪いな」

気が触れたかのように焦点の合わない目をしたゲイルは、ブツブツと独り言を呟く。

「恩を仇で返す奴は殺し甲斐があるが、お前のようにその気概もない奴には死を与えてやる価値もない」

「じゃ、じゃあ!」

 生きて解放される望みがまだあると思ったゲイルは一転して声を張り上げ、すがるようにクロの顔を見る。しかし、簡単に解放されるわけがない。

「う~ん、腐っても剣聖……そうだ! おい! ドラゴニュートの女傭兵と猫の獣人の女、メイド姿の女それにエルフの女だっけか? そいつら殺してこい」

「え?」

「サクラコって女には手を出すなよ」

「わ、わかった。あいつらを殺せば俺は助かるんだよな?」

「必死かよ」

 もはや剣聖と呼ばれた男のプライドは無い。

「約束! 約束してくれ! 殺せば解放すると!」

「ん? ああ、はいはい約束ね」

「……俺はやるぞ……やるぞ……やるぞ……」

「ほらっ」

 クロは亜空間からそれなりの剣を投げ渡し、拘束を解かれたゲイルは目の前に刺さった剣を手に取った。

「決行の時は指示を出す、それまで待機して気でも高めとけ」

「わ、わかった」

 ゲイルは別部屋に連行されて行った。

「なあ良いのか? あいつのせいで死んだ奴らも居るだろうが!?」

「なんだガロウ、約束の事か?」

「そうだ! 仲間を見捨てて逃げるような奴に慈悲は必要ねえぞ!」

 憤慨するガロウであったが、クロはそれを鼻で笑って一蹴する。

「ふっ、さっきお前が言ったじゃないか?」

「あん?」

「約束なんて破るためにあるって」

 クロは生かして返す気などさらさら無い。

 約束が守られず絶望したゲイルが最期を迎える、その瞬間を見るための演出に過ぎないのだ。

「何だよ! 最高じゃねえか!?」

 絶望の茶番劇が始まる。
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