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第三章 復讐編

第114話 迷探偵困難

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 バニラとミューは念願叶い懺蛇の拠点までやって来ていた。冒険者ギルドへいくら働きかけても「証拠がない」の一点張りで動こうとしてくれず業を煮やしていたが、そんな折にテレサから懺蛇のボスと会談ができるとの知らせがあり、護衛任務という形で同行してきたが今は後悔している。

(考えが甘かったのニャ)

(あぁ、ギルドが躊躇する理由が良く分かった)

 意気揚々と乗り込み、「ケンタを拉致した犯人はお前らだろ!」と刺し違える覚悟で臨んだ。しかし、今目の前にいる仮面の男は一方的に犯人扱いをして追い込めるほど甘い相手ではなく、刺し違える隙すらなかった。

「ケンタ・イイヅカねえ……なぜ俺たちに頼む? あんたは皇族なんだから権力でもなんでも使って大規模に探せばいいじゃないか」

 テレサ自身も懺蛇の関与を疑っていた。手口が巧妙な事に加え、足跡をあらっても懺蛇にはにたどり着かない事が逆に怪しいと踏んでいる。
 ケンタは戦闘経験こそ未熟ではあるが、汎用性の高いスキルと高い身体能力を持つ冒険者でもある。そんな彼を人知れず拘束もしくは殺害出来る人物を考えれば答えはおのずと出てくるはずだ。

「ええ、ケンタは帝国の宝ですから方々手を尽くしました。けれど、いくら探しても見つからないのです」

「帝国も大したことないんだな」

「何だと! 我が国を愚弄するか!? 貴様も帝国臣民であろうが!」

 ムーランは帝国貴族しての誇りがある。いくら相手が強大であろうとも国を馬鹿にされては黙っていられない。

「帝国臣民? 俺はこの国の人間ではない」

「何っ!」

「お前、こういう話し合いの場には邪魔だな……死ぬか?」

「も、申し訳ございません! ムーラン、あなたは口を慎みなさい!」

「ぐっ!」

 テレサは慌てて立ち上がり頭を下げる。正直、ムーランを連れてきた事を後悔していた。激高しやすい彼のようなタイプは腹の探り合いの場に於いて邪魔にしかならない。今も彼の表情は”いつか殺してやる”と言わんばかりの怒りに満ちていた。

「はぁ……話を続けようか」

「……はい、我が国の情報収集能力が劣っているとは思ってません。ただ、この国には一ヵ所だけ国の権力が及ばない場所がございます」

「ケンタ・イイヅカはスラム街に居ると?」

「可能性は否定出来ません」

(いないよ? 風にのって空に飛び立ったよ)

「あんたらに愛想を尽かして逃げたんなら見つからないだろうな」

「そんなはずはないニャ!」

「うちらを置いてケンタがどこかへ行くなんてありえねぇ!」

 ミューとバニラは身を乗り出して叫ぶ。

「じゃあ、攫われたとしてだ? たかがポーションの売人を攫う意味は何だ?」

「そ、それは……」

「さ、攫われたんじゃない! 襲われたんだ! お、お前らスラム街の住人に!」

「だから、その根拠は何だって聞いてるんだよ」

 根拠はわかっている。ポーション精製のスキルによる最高級ポーションを生み出せる存在は権力者にとっては喉から手が出るほど手に入れたい人材である。ただ、そのスキルを使う本人の口が軽いのは召喚者あるあるという側面が強く、はっきり言って目も当てられない。

「これを」

 テレサは黄金色に輝く瓶を取り出し、テーブルの上に置いた。

(わおっ! 最高級ポーション!)

「これは?」

「ケンタ・イイヅカはスキルでポーションを精製する事ができました。これはその能力で作れる最高級のポーションです」

(知ってる! 俺も持ってるし)

「効果は?」

「後ろにいる冒険者のバニラはこのポーションで欠損した部位を復元し、今ここに立っています」

「あたいは元モルモット出身だ! ケンタに出会い、救われた者の一人」

「そういえば、モルモット共を買い占めてる酔狂なやつが居たな」

 もし、自分にその能力があれば安価で奴隷を買い高値で売るだろう。どうも日本人というか異世界召喚者は善人で溢れかえっている。

(反吐が出る)

「この最高級ポーションは奇跡です。そして、このポーションは最後の一つ……彼が狙われる理由、おわかりいただけましたか?」

「報酬は?」

「え? 引き受けてくださるのですか?」

「その交渉に来たんだろ? それで報酬は?」

「この最高級ポーションでいかがでしょうか?」

 これがケンタ・イイヅカの失踪に関与していなければ一考の余地はない。そう、ケンタ・イイヅカはもうこの世にはおらず、ポーションも手に入らないとわかっているからこそこのポーションの価値は高いのだ。
 しかし、本人がこの世に存在しないので報酬を得る事が出来ない。

 犯人はわかっているのに捕まえるのは困難、まさに迷探偵困難状態なのだ。

「却下だな、ポーションは本人が見つかれば量産できる。あんたは自分にとって価値がなくなる物を報酬として差し出すのか? このポーションに白金貨百枚だせと言われても俺は出せるくらいの資産を持っている。この意味は分かるか?」

(最高級ポーションに価値がない、お金も必要ない! そんな人に対してどんな報酬を出したらいいの!?)

 そもそも、この会談ほど無駄なものはない。犯人は目の前に居り、その犯人に殺した人を探して欲しいと願っている。かたき討ちに来たというなら事実をありのまま教え、無慈悲に鏖殺してあげるのにとクロは考えている。

「わ、わたくし……わたくしの身体では報酬になりませんか!?」

「はあっ?」

 皇女らしからぬ発言で変な声が漏れてしまった。

「殿下何を!」

「あっはっはっはっはっ!」

「な、何が可笑しいのです///」

「却下だ、タイプじゃない」

「なっ!? これでもわたくしは!」

「殿下……もう許せません! 貴様あぁぁぁぁぁ! よくも殿下に恥をぉぉぉ!」

 シュッ! ボォォォ!

「え? あぁぁぁぁ! 手が! ぐぅぅ!」

「ムーラン!!」

 ムーランが柄に手をかけようとした瞬間に手首を斬り落とされ燃やされた。

「ボン爺、俺の出番を取るなよ」

「ほっほっほっ! この若造にイライラしていたのは若だけじゃないわ」

 手首を切り落としたのはボン爺だった。ムーランにとっては敬愛する皇女を侮辱されての激高だろうが、ボン爺にとっても組織のボスが侮られる事は看過できない。

 ボスをなめられて黙っていられるほどお人好しはここにはいない。

「どうした? ポーションを使わないのか? お前の駄犬が苦しんでいるぞ?」

 手に入らないのであれば相手から奪えば良い。しかし、奪うより使わせる方がより楽しい。

「ムーラン……」

「で、殿下申し訳ありません!」

 テレサは震える手でムーランに最高級ポーションを使用し、ため息をつきながらソファに座り直す。

「交渉は決裂だな皇女殿下」

「そのようでございますね」

 最高級ポーションもなくなり、依頼先の不評も買った。これ以上の交渉は難しいとテレサも判断した。
 得るものがなにもなかった。もしかしたら懺蛇の関与を掴めるかもしれないと期待もしたが、全てムーランので無に帰した。
 下手をすればこの場から生きて帰る事すらできないかもしれない。

「だが、収穫はあった。そんな素晴らしいスキルを持った少年がこのスラム街にいるかもしれないという情報は我われにとっては重畳だ」

「そうですな! ほっほっほっ」

「ケンタをどうするおつもりですか!?」

「そんなの見つけ次第隷属し、無限ポーション製造機にするに決まっているだろう? 馬鹿なのか?」

「……外道がっ!」

 隷属になんてできやしない、ケンタ・イイヅカはすでにこの世に居ない。クロはそう言い含める事で犯人ではないと誤認させたかった。

「外道? 何を言っているんだ、そんなのわかった上で来たんじゃないのか?」

「ムーラン! 帰りますよ」

「は、はっ!」

「無事にここから帰れるとでも思ってるのか?」

「わたくしも馬鹿ではありませんわ。何故ここにお忍びではなく皇女として堂々と赴いた事を、あなたは不思議に思わないのですか?」

 部屋のドアが外側から開き、入ってきたのはデルタだった。

 デルタはそのままクロの傍まで寄り耳打ちをする。

「へー、やるじゃん皇女殿下」

「お邪魔致しましたわ、もう二度と会うことはないでしょうけど」

 テレサは踵を返すと三人を連れ部屋を出て行った。

「意外に強かな女だな」

 ガラス窓から眼下を見下ろすと、カジノの周りを近衛騎士団とおぼしき金色のフルプレートを纏った兵隊およそ二千人が包囲していた。

「スラム街の住人と一戦交える覚悟で来てるとはね」

「もし、皇女に危害を加えていたら?」

「戦争になっていたなあ」

「それは怖い事で」

 近衛騎士団との戦闘になった場合、壊滅する恐れがあったのは懺蛇ではなく近衛騎士団の方だった。クロの持つエクストラスキル懺蛇は乱戦になればなるほど効力を発揮する。

「でも勘違いされたままってのも癪だな」

「どうなされますか?」

 クロは窓を開けボン爺に向かい笑顔で振り返る。

「皇女を二千の死体でお出迎えするか? な~んてな? 冗談だ」

「さすがに儂でも今のは肝を冷やしたわ!」

「威嚇くらいはしておかないとなあ」

 このままでは、拠点でもあるカジノに国家権力で圧をかけてきた事に対し屈したと取られかねない。

「殺さずに制圧してくる」

 クロはそう言うと最上階から飛び降りた。

 全員が唖然とする中、落下中のクロはというと?

(思った以上に落下速度早くね? 耐えれるか? ちょっと格好つけすぎたぁぁぁ!)

 クロは魔闘術を全開で発動し集中する。

 ドォォォォォォォンッ!!

 衝撃で土煙りが上がり、抉れた地中から仮面を付けた男が近衛騎士団の前へと歩いてきた。

(生きてたァァァァァァァァ! 足が少しジンジンするけど)

「空からだと!? な、何者だ貴様!」

「俺の城の前で何の騒ぎだ?」

「城だと? もしかして貴様が! テレサ様は! テレサ様をどうした!」

「テレサ? あー今頃……」

 説明の途中で勘違いしたのか斬りかかってきた。

「チェストォォォォォ!」

「頭が高えよ」

 クロが正面に向かい手をかざすと空間が変質し二千人の近衛騎士団全員が地面に片足をつく。

「グゥゥゥゥ! 何だ身体が重くっ!」

【無属性魔法グラビティ】

 クロが無属性魔法を使えるようになってから、亜空間と共に創造に成功した魔法が重力魔法グラビティ。
 汎用性は高いが細かい調整が難しく、現時点では広範囲に重力をかける事しか出来ない。
 とはいえそれでも充分すぎる魔法だが、魔力の消費量が莫大であるがため多用は出来ていない。

(相変わらずごっそり魔力が持ってかれるな)

「な、何だこれはっ!」

「そのまま待機してろ」

 側から見れば恰も近衛騎士団が裏社会の人間に跪いたように見えてしまう。

「くそぉぉ! 舐めるなぁぁ!」

 おそらく、近衛騎士団の隊長だろう男が気力を振り絞り立ち上がるがクロに足を払われ倒れた所で胸を踏みつけられる。

「だから大人しく待機してろ」

 周囲がざわつく中、テレサ達が正面玄関から出てきた。

「こ、これは一体!?」

 テレサが見たのは、二千の近衛騎士団がさっきまで会談していた男に跪き、狼狽している姿だった。

「これは、これは皇女殿下。お帰りですか?」

「……どうやって」

 動揺するテレサ。

「うちのカジノは楽しめましたかな?」

「え、えぇ素晴らしいところでしたわ……」

「左様で御座いますか! それは重畳! 是非またお越しくださいませ」

 クロは深々とお辞儀をし道を開けた。
 テレサは動揺を隠すように気丈に振る舞い歩き、お辞儀をするクロの横で止まる。

「またお会いするとは思いませんでした」

「お前のその胆力に免じてケンタ・イイヅカを発見したら無傷で届けてやる」

「!!!」

「だが、これだけは忘れるな」

「…………」

「次はないぞ」

 テレサは唾を飲み込み無言のまま通り過ぎて行った。
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