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第二章 立志編
第85話 泣いて馬謖を斬る
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「まさか、あの二人に限ってそんな……」
「二人の中で何があったかはわからない。思い当たる事と言えば謹慎させたくらいだが、たったそれだけで裏切るとはどうしても……」
「でもそれはあの二人のために!?」
いくら苦楽を共にした二人であろうが、懺蛇の幹部としては節度ある行動をとって下の者の模範になるよう努めなければならない。規律を幹部が破っては規律の意味がない。本来ならもっと重い処分を検討するべきだったが、情が働いてしまい謹慎で済ませてしまっていた。
しかし、クーデターとなると話は別になる。それが事実ならば死をもって償ってもらう事になってしまい、クロとしては泣いて馬謖を斬る思いだ。
「諸葛孔明の気持ちが今ならわかるな……」
「諸葛?」
「何でもない、気にするな」
ゼクトもリュウシンも優秀な仲間だが、ここで温情をかけてしまうと組織そのものが終わってしまう。
当初の目的は五人で何不自由なく生きていくために起こした闘争だった。その結果、懺蛇はスラムに存在する数多くの勢力を掌握したが、懺蛇そのものの構成員の数は決して多くはない。だが、下部組織としてスラム街に存在する組織を管理しており、守るものが自然と増えていった。
統べる者としての振る舞いは常に監視されている状態にあり、それがゆえにあの二人に対してだけ特別待遇で接する事はできない。
「も、もしあの二人が裏切った事が本当だったらクロ様はいかがなされるつもりなのですか?」
エリーナも付き合い自体は浅いが、いつも自分を気にかけてくれるゼクトとリュウシンに対して悪い印象は一切ない。慕っているクロが最も信頼している二人だからこそ最悪の事態は想定したくない。
しかし、クロの決断は早かった。
「粛清するよ」
「で、でも幼い頃から一緒に居た二人ですよ!?」
「だからこそだよ。身内に甘い組織に未来はない」
非情と思える判断をしたクロの顔はどこか悲しみが滲み出ている。明らかに粛清が本心ではないのが見てわかる。この街に五人でやってきて苦楽を共にした腹心を全て失うのだ。
そんなクロの事を思うとエリーナは胸が痛くなると同時に、人としての心がちゃんと生きているという安堵感がさらに心を複雑にさせる。
「……そう、ですか」
「エリーナ、俺は駄目なボスだな」
「そんな事はありません! クロ様が来る前までのこのスラム街に笑顔なんてありませんでした。希望もなく、意欲もない。人を騙し騙されるような毎日だったのに、今はスラム中が笑顔で溢れかえっているんです! 感謝しかありません」
クロはスラム街を浄化するつもりはなかった。結果として良い方向に向かっただけで、根本には自分達が裕福に暮らすために多少の犠牲には目を瞑る精神でここまでやってきた。
「そうか……」
窓の外に目をやると眼下には娼館が立ち並び、ポツポツと光が点在している。
スラム街で一番大きなビルを建築し、眠らない街をコンセプトに計画した。その最上階からの景色を楽しみにしていたが、理想とは程遠い風景に自分の実力不足を痛感する。その上に腹心の裏切りが重なり心がどんどん黒く染まっていく。
コンコンッ
「入れ」
部屋に入ってきたのはボン爺と工業区画をナワバリにしていた喧嘩屋ガロウだった。
「よう兄弟! 腹心の部下が裏切ったんだってな!」
「なんだガロウ、お前を呼んでないぞ? 喧嘩でも売りにきたのか? あ?」
「そんな怖い顔すんなよ兄弟!」
ガロウは楽しそうに笑う。別に喧嘩を売りにきたわけじゃないようだ。若ではなく兄弟と呼ぶのはガロウなりの気遣いであろうか。
「たまたまこやつと飲んでおってな、報告を聞いたら自分も行くと聞かんかったから連れて来たんじゃ」
「祭りの匂いがするからなあ! なあ兄弟、まさか情けをかけるつもりじゃねえよな? もしそうならそれだけはやっちゃいけねえ! 裏切りは最大のタブーだ! 言い逃れは出来ない大罪だ」
ふざけた感じて入ってきたガロウだったが目は真剣だった。長らく四天王として工業区画を牛耳っていた組織のボスなだけにクロの苦悩はよくわかるようで、ガロウ自身もそういった場面に遭遇した経験があった。特に獣人族は繋がりを重んじ鉄の結束力を誇っているがゆえに、裏切り者に対しては徹底的に冷血に対処しなければならない。それが鉄の結束力を生む楔になるが出来ることなら同族を殺したくはないというのが本音だった。
「愚問だ。身内だろうが手を緩める気はない」
「そうか、もし甘い決断をするなら殴ってやろうと思ってたぞ! ガッハッハッハッ!」
「若、如何にして二人を拘束するつもりで? 命令とあらばこの老骨と脳筋が動くが……」
「狙いは俺の身柄だろ? だったら俺が囮になって誘き寄せる。ボン爺に頼みたかったのは逃げ道の封鎖だ。ガロウはそうだな想定外だったからなあ……」
「こんな祭りを仲間はずれにするなんて酷いぜ兄弟!」
「お前は戦いたいだけだろ?」
「当たり前だ! ゼクトってやつはどうでもいいがリュウシンってのはじじいが最近鍛えていた奴だろ? ワクワクするじゃねえか!」
「とは言え、一体どれだけの人数があの二人に付くのかわからないしなぁ……まあ状況をみて参戦って感じでいいか?」
「おうよ! クックックッ!」
ガロウは楽しそうに両拳を合わせ不敵に笑う。
「では、下部組織の者を総動員して周囲に配置するよう指示を出し備えるとするかの」
「いや待て、総動員はしなくていい」
「それは何故に?」
「裏切りが懺蛇のみとは限らないからな? 信頼できる者のみで構成してくれ。こちらが勘付いていると知られないように慎重に行動するんだ」
「なるほど……ではそのように」
「俺達の部下も裏切るってか? おいおい! それは考えすぎだぜ兄弟!」
「何事も最悪を想定して行動するに越した事はないからな」
ガロウは納得はできないがクロが言うならと大人しく命令に従った。
「さあ狩の始まりだ」
明朝になると教会から聞こえる鐘は、悲しい狩の始まりを告げるようにスラム街に響き渡った。
「二人の中で何があったかはわからない。思い当たる事と言えば謹慎させたくらいだが、たったそれだけで裏切るとはどうしても……」
「でもそれはあの二人のために!?」
いくら苦楽を共にした二人であろうが、懺蛇の幹部としては節度ある行動をとって下の者の模範になるよう努めなければならない。規律を幹部が破っては規律の意味がない。本来ならもっと重い処分を検討するべきだったが、情が働いてしまい謹慎で済ませてしまっていた。
しかし、クーデターとなると話は別になる。それが事実ならば死をもって償ってもらう事になってしまい、クロとしては泣いて馬謖を斬る思いだ。
「諸葛孔明の気持ちが今ならわかるな……」
「諸葛?」
「何でもない、気にするな」
ゼクトもリュウシンも優秀な仲間だが、ここで温情をかけてしまうと組織そのものが終わってしまう。
当初の目的は五人で何不自由なく生きていくために起こした闘争だった。その結果、懺蛇はスラムに存在する数多くの勢力を掌握したが、懺蛇そのものの構成員の数は決して多くはない。だが、下部組織としてスラム街に存在する組織を管理しており、守るものが自然と増えていった。
統べる者としての振る舞いは常に監視されている状態にあり、それがゆえにあの二人に対してだけ特別待遇で接する事はできない。
「も、もしあの二人が裏切った事が本当だったらクロ様はいかがなされるつもりなのですか?」
エリーナも付き合い自体は浅いが、いつも自分を気にかけてくれるゼクトとリュウシンに対して悪い印象は一切ない。慕っているクロが最も信頼している二人だからこそ最悪の事態は想定したくない。
しかし、クロの決断は早かった。
「粛清するよ」
「で、でも幼い頃から一緒に居た二人ですよ!?」
「だからこそだよ。身内に甘い組織に未来はない」
非情と思える判断をしたクロの顔はどこか悲しみが滲み出ている。明らかに粛清が本心ではないのが見てわかる。この街に五人でやってきて苦楽を共にした腹心を全て失うのだ。
そんなクロの事を思うとエリーナは胸が痛くなると同時に、人としての心がちゃんと生きているという安堵感がさらに心を複雑にさせる。
「……そう、ですか」
「エリーナ、俺は駄目なボスだな」
「そんな事はありません! クロ様が来る前までのこのスラム街に笑顔なんてありませんでした。希望もなく、意欲もない。人を騙し騙されるような毎日だったのに、今はスラム中が笑顔で溢れかえっているんです! 感謝しかありません」
クロはスラム街を浄化するつもりはなかった。結果として良い方向に向かっただけで、根本には自分達が裕福に暮らすために多少の犠牲には目を瞑る精神でここまでやってきた。
「そうか……」
窓の外に目をやると眼下には娼館が立ち並び、ポツポツと光が点在している。
スラム街で一番大きなビルを建築し、眠らない街をコンセプトに計画した。その最上階からの景色を楽しみにしていたが、理想とは程遠い風景に自分の実力不足を痛感する。その上に腹心の裏切りが重なり心がどんどん黒く染まっていく。
コンコンッ
「入れ」
部屋に入ってきたのはボン爺と工業区画をナワバリにしていた喧嘩屋ガロウだった。
「よう兄弟! 腹心の部下が裏切ったんだってな!」
「なんだガロウ、お前を呼んでないぞ? 喧嘩でも売りにきたのか? あ?」
「そんな怖い顔すんなよ兄弟!」
ガロウは楽しそうに笑う。別に喧嘩を売りにきたわけじゃないようだ。若ではなく兄弟と呼ぶのはガロウなりの気遣いであろうか。
「たまたまこやつと飲んでおってな、報告を聞いたら自分も行くと聞かんかったから連れて来たんじゃ」
「祭りの匂いがするからなあ! なあ兄弟、まさか情けをかけるつもりじゃねえよな? もしそうならそれだけはやっちゃいけねえ! 裏切りは最大のタブーだ! 言い逃れは出来ない大罪だ」
ふざけた感じて入ってきたガロウだったが目は真剣だった。長らく四天王として工業区画を牛耳っていた組織のボスなだけにクロの苦悩はよくわかるようで、ガロウ自身もそういった場面に遭遇した経験があった。特に獣人族は繋がりを重んじ鉄の結束力を誇っているがゆえに、裏切り者に対しては徹底的に冷血に対処しなければならない。それが鉄の結束力を生む楔になるが出来ることなら同族を殺したくはないというのが本音だった。
「愚問だ。身内だろうが手を緩める気はない」
「そうか、もし甘い決断をするなら殴ってやろうと思ってたぞ! ガッハッハッハッ!」
「若、如何にして二人を拘束するつもりで? 命令とあらばこの老骨と脳筋が動くが……」
「狙いは俺の身柄だろ? だったら俺が囮になって誘き寄せる。ボン爺に頼みたかったのは逃げ道の封鎖だ。ガロウはそうだな想定外だったからなあ……」
「こんな祭りを仲間はずれにするなんて酷いぜ兄弟!」
「お前は戦いたいだけだろ?」
「当たり前だ! ゼクトってやつはどうでもいいがリュウシンってのはじじいが最近鍛えていた奴だろ? ワクワクするじゃねえか!」
「とは言え、一体どれだけの人数があの二人に付くのかわからないしなぁ……まあ状況をみて参戦って感じでいいか?」
「おうよ! クックックッ!」
ガロウは楽しそうに両拳を合わせ不敵に笑う。
「では、下部組織の者を総動員して周囲に配置するよう指示を出し備えるとするかの」
「いや待て、総動員はしなくていい」
「それは何故に?」
「裏切りが懺蛇のみとは限らないからな? 信頼できる者のみで構成してくれ。こちらが勘付いていると知られないように慎重に行動するんだ」
「なるほど……ではそのように」
「俺達の部下も裏切るってか? おいおい! それは考えすぎだぜ兄弟!」
「何事も最悪を想定して行動するに越した事はないからな」
ガロウは納得はできないがクロが言うならと大人しく命令に従った。
「さあ狩の始まりだ」
明朝になると教会から聞こえる鐘は、悲しい狩の始まりを告げるようにスラム街に響き渡った。
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