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第二章 立志編

第67話 間違った正義感

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「剣聖ねぇ……それで、その剣聖さんが何でうちの者を?」

「何をとぼけているのっ! あなたねえ! ホルンさんの弱みにつけ込んで!」

 魔女っ子がわなわなと震えながら叫ぶ。

「お前も仲間か? 魔女っ子」

「まっ! 魔女っ子ですって!! 私はアンリ! 私も勇者パーティーの一人よ!」

「お前には二つ名はないんだな」

 食堂に騒ぎをききつけやってきた野次馬達が見守る中、ふいに発した緊張感のないクロの言葉に笑いを堪える。

「これだから教養のない悪党は……!!」

「バカっ! やめろアンリ!」

 アンリは魔法を放とうと杖を構え力を込めるが発動前にゲイルによってとめられる。

「ゲイル! 邪魔しないで!」

「こんなとこで魔法なんてぶっ放したら店ごと壊しちゃうだろ!」

「あなた! 謝りなさい! 今なら許してあげるわ!」

「何なんだお前ら……面倒くさいな。ホルン、店の修理代は今度請求してくれ」

「い、いえ! とんでもないです!」

「そうですよホルンさん! こいつら悪いんですからふんだくってあげましょう!」

「あ、あのう……あなた達はさっきから何を……」

「じゃあまた来るから。おい、お前ら起きろ! 行くぞ」

「へ、へい……」

「待て!」

 ゲイルは剣先を背を向けたクロの首元に突きつけると、周囲に居た野次馬達の顔に緊張が走り場の空気が一気に凍る。

「てめぇ! 誰に剣を向けてんのか分かってんのか!!」

 懺蛇の面々はボロボロになりながらも自分達のボスに向けられた殺意に対して怒り叫ぶがクロはそれを静止すると首元に突き付けられた剣先を素手で掴む。

「なっ! ぐっ! 動かない!」

「お前……どういう理由で俺に刃を向けてるのかは知らんが、覚悟はあるんだろうな?」

「は?」

「その手に持っているのは玩具じゃないって事だ」

「黙れ悪党! 俺たちは悪には屈しない!」

「はぁ……(こいつらがマクベストを殺した奴らか。あいつも浮かばれないな)」

「いい加減にして下さい!」

 睨み合うゲイルとクロの間にはホルンが割って入りゲイルを睨みつける。

「ホ、ホルンさん! この悪党はあなたを苦しめている元凶ですよ!」

「そうです! 危ないから下がって下さい!」

 ゲイルとアイリの必死な叫びが響く。

「あなた達はちゃんと人の話を聞いてください! さっきから何ですか!? クロさんを侮辱するのは許しません!」

「「「そうだ! そうだ!」」」

 二人は自分達の何が悪いのかを理解できず、飛んでくるヤジに混乱する。

「とりあえず剣を納めろ」

 ドンっ!

「座れ」

 クロは倒れた椅子を差し出し座る事を促すが、混乱した二人は呆然としてしまい動けずにいた。

「いいから座れ!」

「「は、はいぃぃぃぃ!!!」」

 ガラガラガラガラ

 自分用の椅子を座った二人の前に持ってきて苛立ちを隠せないまま座り睨みをきかせホルンの方へ振り向く。

「それでホルンどういう事だ?」

「本当にご迷惑をおかけして申し訳ございません……」

「察しは付いているから謝る必要はない。何があったか説明をしてくれないか?」

「はい……この辺では見ない若い冒険者さんだなあと思っていたら彼らが勇者パーティーだと知り、年甲斐もなく嬉しくなってしまって……つい話し込んでしまったんです」

「それで?」

「そしたら、私の料理は美味しいのになぜここでお店を?と尋ねられたのでここに至るまでの経緯をお話したら突然怒り出してしまって……」

「え? なぜ??」

 ゲイルとアイリの方へ向くと怒りを滲ませこっちを見ている。

「人の弱みにつけ込んで借金をさせて取り立てる! どこをどう見ても悪党だろうが!」

「そうよ! お金を借りさせて利息を取るなんて非道よ!」

 二人は椅子から立ち上がり指を指しながら憤慨する。

「ホルン……ちゃんと説明したのか?」

「しましたよ! でもこの方達は全然理解してくれなくて……」

「ふんっ! 今頃お前が拠点にしているところに勇者イリアが乗り込んでるからあいつが帰ってくれば全て解決だ!」

「は??? 今なんて?」

「勇者イリアがここの借金の契約書を奪ってなかった事にするって言ってるのよ!」

「お前ら……自分達の正義感が全て正しいといつから錯覚していた?」

「クロさん! 私とんでもない事を……」

「気にするな、ホルンが悪いわけじゃない。それに……」

 クロは腰につけた魔法袋から一枚の紙を取り出すとそれはホルンと交わした借用書だった。

「いくら安全な拠点とはいえここはスラム。何が起こるかわからないからな、自分で持つのが一番安全だ」

「なっ!」

「それを渡しなさい!」

「はぁ……今でこそこんなに繁盛して店構えも綺麗で料理も美味しい食堂だが、俺が来た時はボロボロの建物に形だけの椅子とテーブル。料理だけは美味かったけど経営難で傾きかけていたこの店を立て直す提案したんだ。定期的な新鮮な食材ルートの確保、経営指南、新メニューの考案、嫌がらせや恫喝からの保護、改築や経営資金の融資をだ。その報酬として月の売り上げの5%を徴収するが足りない人員なんかは懺蛇の構成員を無償で貸し出すし、融資した資金も利子は取るが無理のない返済金額で、月の売り上げの1%程度だ。これを聞いてまだ俺を悪党と蔑むのか?」

「困っている人がいれば助ける! 当たり前の事だろ! 利子? 返済? 貴様はホルンさんが可哀想じゃないのか!?」

「そうよ! ホルンさんは一人でお店を守る為に頑張ってるんだから!」

 彼らの主張は、人には慈悲の心で接し財のあるものは弱い者に自分の財を分け与えよ。といったトンデモ思考を他人にも強要するといったところだろう。しかし、経済はそんな単純に出来てはいない。それすら理解出来ないのが正義感であり、勇者の特徴だ。

「理想論を他人に強要するな! 生きるのに頑張るのは人として当たりの事だろ」

「うるさい! うるさい! うるさい!!」

 ここにいる誰もが勇者パーティーに共感などしない。このスラム街が綺麗になり始めたのはクロ達がやってきてからだと誰もが理解している。

 ドォォォォォォォンッ!!

 怒りにまかせ立ち上がり攻撃する為に剣を抜こうとした時、遠くの方から何がが崩落する音がした。

「ねえカルト? 私またやっちゃった?」

「いつも言ってるだろ! 力の使い方をちゃんと覚えろって!」

 勇者イリアの目の前には崩壊したクロ達懺蛇の拠点だった。
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