地獄の門番は笑う

Primrose

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手にした希望

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 私の家は、最寄りの駅から数分の場所にあるマンションの一室だ。
 3年前に上京してからこの部屋で暮らしている訳だが、一人暮らしをする上で疑問に思っている事がある。
 この部屋、広すぎる。
 確かに『大きなキッチンがあってユニットバスじゃない広い部屋』と言ったが、ここは流石に広すぎる。リビングは10畳に寝室は8畳あって、キッチンもコンロが三つあって大型冷蔵庫が二つは置けるスペースがある。
 後で調べたら、家族用の大きなマンションであった事は秘密だ。
 それで家賃は9万円。実に安い。
 今までは一人でだだっ広い家にいたが、今は違う。
「起きて~‼ 朝だよ~」
「「ああい」」
 私は今、後輩の二人と同居生活を送っている。
 数日前に決まってから、今日に至るまで平和に暮らしてきている。
「おはよおごあいます」
「まあす」
「はいはい、早く食べて。今日は皆仕事あるでしょ」
 だがしかし、年上だからという事と、この部屋の家主であるというんニ点から、私に家事の全権が任されている。つまり家事は全て私がやっている。
「……ピーマンある」
「好き嫌いはダメだよ? ちゃんと食べないと仕事出来ないよ?」
「でもピーマン嫌い」
 真昼さんはともかく、夜空ちゃんは好き嫌いが少々多い。何と言うか、子供っぽい。
 記憶喪失である夜空ちゃんは、幼げな容姿以上に幼い。
「食べなきゃダメ」
 姉の真昼さんも手伝ってくれるが、それでも彼女は暴れ馬の様に自由奔放に動き回る。
「ごちそうさまでした」
「ぎちそうさま」
「美味しかった……ピーマン以外は」
 三人で食器を片付けて、荷物を片手に外へ出る。
 外は7月中旬らしく、灼熱の太陽が猛威を振るっていた。少し外に出ただけで、額から汗が流れだす。
「熱いねえ」
「ですねえ」
「お姉ちゃんは分からないでしょ」
 夜空ちゃんはジト目で見る先には、日傘を差して優雅な顔をする真昼さんの姿があった。
「仕方ないじゃない。私は日に弱いんだから」
 そう、彼女は全身の色素が無いアルビノ体質な為、紫外線の害を直に受ける。なので日傘を差しているのだが、これは同居を始めてから知った事実の一つだった。
 今までは冥府の中で話していた為、日光に当たる場所に行く機会が無かったが、一緒に時を過ごす様になって初めてその事を知った。
「そう言えば、今日でしたっけ。瑠美子さんが装備を渡すの」
「そうだね」
「楽しみだなあ」
 今日は私が二人に頼んだ、特注の制服と封具が渡される日。
 その話を聞いた時に『私には無いんですか?』と聞いたら、瑠美子さんは『貴女には自作の刀があるじゃないのお』と言われた。散々怒っておいて都合の悪い時はそれを認めるのはどうなのだろうか。
 私達はエレベーターに乗ると、オペレーターに声を掛けて冥府に向かう。
 毎回思うが、隠しボタンの類に変えてくれないだろうか。毎回毎回オペレーターに声を掛けて下るのは面倒だ。
 それも瑠美子さんに話したら『ロマンが無くなるじゃなあい』の一言。
 本当にあの人がクビにならないのが不思議でならない。実力があるのは認めるし、私の命を救ってくれた恩人であるのは事実だ。だがそれを踏まえて吟味しても困る。実力主義の冥府にしてもこれはどうなのかと聞きたい。
「ええと、受け渡しはメンテナンスルームでしたっけ」
「そうだね」
 互いに確認を取りながら、メンテナンスルームまで足を運ぶ。
「やあやあ待ってたよ君達‼」
 研究部の天音さんが異常なテンションで出迎えてくれた。
 彼はいつも落ち着いた雰囲気なのだが、自分の知的好奇心が関わるとこの様な
性格になってしまう。
「それで、例の封具は?」
「それはここ。一つ一つ説明するからね」
 天音さんが指さす先には、封具と思われる物がいくつか並んでいた。
「まずは真昼さん。君には《蒼穹そうきゅう:天照アマテラス》を授ける」
 真昼さんに渡された弓、天照は、丸鏡がいくつか付けられた特徴的な外観をしていた。それに強度問題からか、弓自体が二回り程度太い。
「それは三種の神器の一つ、《天照ノ鏡》を参考に作ってみたんだ。役は反射、上手く使えば防御にも応用出来る」
 天音さんは説明を終えると、今度は刀を持って戻って来た。
「これは《偽剣ルビ:草薙クサナギ》と言って、三種の神器《草薙剣》を模した物だ。本物程では無いが、かなり強力だよ。この太刀の役は浸食かな。簡単に言えば再生が遅れたり、急所を切れなくとも一撃で葬れたりする」
「なんか、危なそうですね……」
 説明を受けた夜空ちゃんは、慎重に太刀を受け取って眺める。以前の物程大きくは無いが、それでも全長180㎝くらいはあるだろうか。
「瑠美子さんは渡さないと言っていたけど、君にも一応プレゼントがあるよ」
 二人の封具を羨まし気に見る私に、天音さんの慈悲が知らされた。
 勢いよく彼の方に駆け寄って、机に置かれた物を見つめる。
「これは勾玉の模造品で作った鍔。君の作ったという封具に着けるといい。役は増幅かな。封具の術式をより強力な物にしてくれる」
 それを受け取った私は、早速護符から刀を取りだして付ける。
 勾玉は少し歪んだ形をしているが、それでも違和感は無くしっくり来る。
「ありがとうございます」
「いいや、自分も面白い物が見られそうだならね」
 天音さんが何を言っているのか、最初は分からなかった。
 だがその疑問は、いつの間にか現れた瑠美子さんが晴らしてくれた。
「これから3人には、実力測定の為に戦ってもらうわあ」
 説明を聞きながら場所を移す。
 訪れたのはトレーニングルームだが、そこには見慣れないマネキンが立っている。
 マネキンは私達を認識すると、ひとりでに動いて構えを取った。
「あの人形を倒してみてえ」
 なんでもあのマネキンは特別仕様で、そこそこ強い逃亡者と同じくらいの実力はあるとの事。
「まずは私が」
 そう言って躍り出たのは真昼さんだった。
 彼女は先程貰った弓を構え、服は特徴的な巫女服に着替えていた。
 上は白色で違和感はないが、スカートの様な物は赤でははなく青で染まっている。まるで彼女の色をそのまま写した様だ。
 そして夜空ちゃんの制服は、スカートは赤いままで反対に上の服が黒く染まっている。こちらの方は獄卒の制服の面影もあるが、十分似合っている。
 真昼さんに視線を戻すと、彼女は深呼吸で自分を落ち着かせながら弦を引いて、慎重に狙いを定めている。
 だが彼女が弓を撃つ前に、マネキンは全速力で走り出した。
「っ‼」
 真昼さんは即座に反応して、手に持った大きな弓で殴り掛かった。
 弓って殴る物じゃないけどな、と思いながらも、威力は十分にあった。マネキンは一瞬よろめいて、そのままバランスを崩して倒れた。殴られた顔面は少しヒビが入っている。
「次は夜空ちゃんかしらあ」
 瑠美子さんは天音さんに目配せすると、彼は新たなマネキンを用意した。
「こ、壊しちゃうかもしれませんけど……」
「ああ、大丈夫大丈夫。すぐに直してくれるから」
 その言葉に、天音さんは頭を抱えてため息を履いていた。
 お疲れ様です。
「ええい‼」
 夜空ちゃんはその場で太刀を鞘から出すと、何故かその場で振るった。
 すると衝撃波が生物の様に襲い掛かり、マネキンに向かって突進していく。
 マネキンは衝撃波にぶつかると、勢いよく壁に吹き飛ばされた。その惨状に、天音さんは崩れ落ちて「もう終わった、ハードワーク過ぎるよホント……」とうわ言の様に呟いている。
 ……ドンマイ、後片付け私も手伝うから。
「じゃあ、最後は彩芽ちゃんねえ」
 瑠美子さんに言われるまま、私はマネキンの前に立つ。
 右手で封具を構え、緊張を深呼吸で黙らせる。
 集中が聴覚を遠ざけ、マネキンだけを視界に映す。
 そして、その場で刃の無い刀を振るう。
「な……」
「嘘でしょ……」
「すごい‼」
 三者三様に感想を述べる中、私はそっと刀を鞘に納め、護符に収納する。
 マネキンはどうなったかというと、私が刀でなぞった場所から真っ二つに切られている。
 これが、私の作った封具《妖刀:クウ》の力。
 空は、術式を使って刃を作る事で対象を切る。その刃は、今まで私が使っていた護符の物を応用して形成された物だ。間合いは込める力によって変わり、今の様に数m先の物体を切る事が出来た。
 しかもその術式は勾玉によって増幅されている。恐らく最大で50mは伸びる事だろう。
「君達には、その内抜かれそうねえ」
 瑠美子さんは私達の実力を見ると、苦笑いを浮かべて感心してくれた。
「いいえ、私達はまだまだですよ」
「そうです。まだまだ成長の余地はあると思ってます」
「私も、まだまだひよっこですから‼」
 私達は瑠美子さんの関心を否定して、まだまだ努力する事を宣言する。
「そう、期待してるわあ」
 瑠美子さんはそう言うと、手を振りながらどこかへ去って行った。
「私達も、なまけちゃいられませんね」
「はい‼」
「もちろん‼」
 私達もトレーニングルームを出て、鍛錬の為に外へ出た。
 天音さん、後で絶対手伝うので、頑張って‼
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