地獄の門番は笑う

Primrose

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私に休みは無い

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 この街は、発展しているのかしていないのか分からない。
 繁華街は発展を重ねている様だが、それ以外は至って田舎。マンションが数棟あるだけで、後は住宅街が集合しているだけ。
 けれど繁華街は発展しているから、暇という訳ではない。住宅街の辺りにも公園や広場はあるし、ショッピングセンターや雑貨店も並んでいる。
 その中の一つに、私こと神楽彩芽が求めている店がある。
「いらっしゃい」
 ここは所道具店。筆や墨、そして和紙といった品を売っている。支給された護符が無い時や、新しい護符の研究をしたい時に、ここで必要な品を買っている。
 私は19歳にして、冥府で使う護符を新たに12枚作ったエリートなのですよ。元から探求心が強い性格が幸いし、今の職場でも成功を収める事が出来た。
「いつもの下さい」
「あいよ」
 店員さんは手早く品を纏めると、私に手渡してくれる。
 私も会計を済ませると、ちゃんといつもの品があるか確認する。
 注文したのは和紙を50枚と市販品の墨。いつもはこれを使って護符を作る。
 因みに護符の作り方自体は簡単で、紙に呪文を書けばそれだけで機能する。けれど紙や言葉に意味が無ければ発動しない。紙はコピー紙よりも書道用の和紙の方が良いし、シャープペンシルよりも墨と筆の方が効果は出る。それに呪文だって、意味のある組み合わせでなければならない。
 護符の呪文には木火土金水もっかどごんすいの属性がある。例えば水は火に対して有効、といった風に、RPGの魔法で例えると分かりやすい。
 そして呪文にもそれは適用されている。だから属性を持った言葉を紙に書くのだけれど、ただ書くだけではダメ。水と火の呪文を合わせると、互いに相殺してしまって発動しない。
 けれど水が1、火が3だったりすると、ただ火の呪文を3つ付けた物よりも強い。これは、科学における水蒸気爆発と同じ原理らしい。
 けれどそれは裏を返すと、組み合わせ次第で使用者も殺してしまう様な物が出来るという事だ。実際に護符の研究者が実験中に死んでしまった事例はいくつもある。実際、私もそうなりかけた。尤も、右腕の骨がボロボロになった位で済んだ。その時は、回復の護符をグルグル巻きにして治した。和紙を包帯代わりしていたのだけど、とても感触が悪い。あれは二度としたく無い。
 その和紙を持って、私は冥府に到着する。
 ここは私の職場であり、同時に研究室でもある。
「やあ神楽ちゃん、今日は研究かい?」
 研究部の天音昭介あまねしょうすけさんが、私に気が付いて声を掛けてくれた。
 天音さんは茶髪で気さくな男性で、彼にとっての上司でもある鬼頭瑠美子が直接スカウトした一人。そして私も、彼女のスカウトで冥府に来た。彼女は本当に、人を見る目がある。そこだけは、唯一尊敬できる所だ。
 天音さんは私に研究の場所へ案内してくれて、そこで実験を始める。
「さあて、君は何を見せてくれる?」
 私は逸る心を抑えながら、組み合わせを選んでいく。

「これはまた、派手にやったわね……」
 数時間後、様子見に来た瑠美子さんが開口一番に言った言葉だ。
 瑠美子さんの先には、そこら中を刀で切った様な傷がいくつもあった。勿論刀で切った訳では無い。護符の効果だ。
「いやあ、出力調整もっと考えないとですかね」
「出力とかの問題じゃないでしょ、これ」
 実験用の金属机は真っ二つに切れ、棚に関しては細切れになっている。
 ちょっと物を切る程度の効果だと思ったんだけど、これは失敗したかな。
「てか彩芽ちゃん、今日は非番だよね?」
「まあ、実験したかったので」
「はあ、今日は帰りなさい。非番なのに来るのはダメって言ったでしょ?」
「でも……」
「帰って‼」
 瑠美子さんは珍しく怒鳴りながら、私を帰る様に促した。
 しょうがないので、お言葉に甘えて帰ることにした。
 けれど、確かに今日が非番なのは間違っていない。でも、こんな事を家で出来る筈も無いだろうに。
 私は心の中で不満を漏らしながら、寄り道がてらショッピングモールに戻って来た。
 お腹すいたし、クレープでも食べようかな。そう考えて、モールをうろついていた時だった。
 逃亡者の存在を知らせる鈴が、振っても居ないのに鳴った。
「え……」
 周りが私に目を向ける中、私は周囲を警戒していた。
 鈴がひとりでに鳴る時は大抵、近くに逃亡者がいる時。普通に揺れただけでは音もしないから、恐らく近くにいるのだろう。
 私は周囲に眼を凝らし、怪しい人物を捜す。
 そして私の碧眼が、周りとは違う顔で私を見る人物を見つけた。まるで、私を警戒している様な。
 その人物は眼が合うと、怯えた様に逃げ出した。
「待て‼」
 私もその後を追い、モールの外に出る。
 途中で見失う度に、鈴を鳴らして追い続ける。
「もう大人しく戻って下さい」
 やがて廃ビルまで追いかけ、遂に逃亡者を見つけ出す。
「クソが、何で獄卒がこんなとこにいるんだよ……」
 逃亡者は恨めしそうにこちらを睨みながら、意地でも現世に残りたいらしい。戦闘態勢を取ってこちらを威嚇している。
 対してこちらは丸腰。正確に言えば、先程の護符は何枚かある。けれど威力や射程が定かではないし、数もそれ程ある訳でもなく、容易には使えない。
 私も護符を一枚握り、戦闘態勢を取る。
「死ねぇ‼」
 逃亡者は力強く足を踏み込み、拳を握りながら私に近づいてくる。
 私は拳を避けながら、護符を腕に叩き付け、一旦距離を取る。逃亡者は張り付いた護符に気を取られ、私から眼を逸らした。
 その隙に、指を鳴らして護符を発動させる。
 すると護符は、弾けるのと同時に逃亡者の右腕と、左手の一部を切り落とした。効果ありだ。
「もう一度言います。大人しく還って下さい」
「還る訳、無えだろ‼」
 逃亡者は左腕を振り回して足掻く。
 だが怒りに身を任せた単調な一撃は、かえって隙を生み出してしまう。
「じゃあ、実力行使です」
 私は残りの護符を全てバラまいた。一つは逃亡者に、残りの3つは床に落ちた。
 一度護符の攻撃を見た逃亡者は、急いて距離を取ろうとするが、
「遅いですよ」
 私の指鳴りで、護符は周囲の物を切り裂いた。
 床や腕、首を切り崩し、逃亡者は消滅していった。
 この護符、封印した方が良いかもしてない。金属机を切った時から威力はあると思っていたが、鉄筋コンクリートまで切断出来るとは。
 私はむき出しになった鉄筋を眺めながら、護符の改善点を考えていた。
「誰かいるのか?」
 不意に、下の階から声がした。
 穴を開けた床からそっと覗くと、男性がビルの惨状に驚きながら見回っていた。
 マズイ、非常にマズイ。
 手持ちの護符は全て使い切った。空白の和紙も持ってない。おまけに、空飛ぶブーツも履いてない。
 八方塞がりだ。今の状況でここから出るには、男性の立っている出入口からしか出られない。墨があれば、腕にでも呪文を書いて逃げだ……墨、墨?
 墨が一番、呪文を書くのに有効だ。そして次に効果があるのは、血液。人の体内に流れる、赤い液体。
 私は躊躇なく爪で手を切ると、そこから流れる血で呪文をなぞる。
 呪文の形をした血は青白く光ると、私に当たる光を逸らしてくれる。
「おいおい、何だこれは……」
 男性が瓦礫に眼を取られる中、私はそっと外に出る。姿は見えなくとも、足音や匂いまでは消せない。それに血液で書いた為、護符よりも安定しない。外に出て裏路地に隠れると、血の呪文は蒸発して効力を失ってしまう。
「ふう、危なかった……」
 慣れない血で呪文を作ったからか、普段よりも体力を失っている。今度こそ、ちゃんとクレープを食べて休憩しよう。
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