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ココロ、躍る
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「こんな時に何なのですが」
珍しくミヤの声色が深刻だった。
「なにかしら?」
フェアレディZの後輪を鳴かせながら、往来の少ない峠道のタイトなコーナを攻めるように走り抜けながら、キャサワリーはミヤに訊いた。
「アメリカが動いたようです」
「あら、そうなの」
気のない返事をしたキャサワリーがチラリとルームミラーで後ろを確認すると、黒いスカイラインがピタリと追走してきいる。
「中国が動いた事が原因です」
後ろに張り付くスカイラインのグラマラスなボディラインと、濡れたように艶やかな黒い車体が、陽の光を浴びて鏡のように輝き、周りの樹々の緑色ををその体にまといながら走る姿をミラー越しに見ながら、キャサワリーは小さく舌打ちをした。
ーーそろそろうざったい。
精密機械のような一分の隙もないミヤの運転とはまた違うが、荒々しいとはいえキャサワリーのドライビングテクニックも相当なものである。
豪快に後輪を滑らせて連続する峠の山路を走るキャサワリーに、着いてこれる者などそうはいない。
が、それをあざ笑うかのように後ろを走るスカイラインはピタリと張り付き離れない。
「サムおじさんは何をしようと言うのかしら?」
少しイラついたように、キツい言い方でミヤに答えるキャサワリー。
ミヤもそれが自分たちを追う中国人民軍特殊部隊のお陰であることを理解しているので、気にはならない。
「私とマヤ、ひいては森永研究所の存在自体を無かったことにしようという算段らしいです」
あの国らしい、とキャサワリーは鼻で笑う。
「地下要塞みたいな森永研究所を消し去るなんて、地中貫通爆弾でも撃ち込むくらいしかやることないんじゃないのかしら」
さすがに同盟国の国内でそんなことはしないだろう、とは思うのだが、あの国ならやりかねない、とキャサワリーは笑って言った。
「巨大な岩盤を穿って作り上げた森永研究所です。GBU-57Aでも無理でしょう」
GBU-57Aとはアメリカ空軍が開発した大型地中貫通爆弾である。
一三.六トンの重量を持つ全長六.二メートルの巨大な爆弾で、四〇~六〇メートルの地下まで貫通して、二.七トンの爆薬を炸裂させる、という強烈な威力を誇る。
「しかし、相変わらずアナタの情報収集はすごいわね。中国が欲しがるわけね」
キャサワリーに褒められて、ミヤは珍しく照れ臭そうな顔をした。
「はい。森永の身売り先が日本の製薬会社に決定した事に疑問を感じていたので、森永関連の情報を逐次収集していました」
「身売り?ああ、ルイス・ブラザーズとナガサワ薬品が研究所とその研究成果を買い取るって競い合ってた例のヤツね」
「M計画がアメリカの議会で問題になりましたからね。B-2三機分の予算を注ぎ込んだ上での成果がマヤと私の二例だけですから。今更非人道的で金がかかりすぎると非難されていますので」
「でも、そんな中から癌の治療法の確立や再生医療の飛躍的な進歩が生み出されたわけじゃない」
「私達は医療の躍進のために生み出されたわけではありません。あくまでも兵器として開発されたのです。M計画は生体兵器の開発が目的です」
ミヤがいつものように無機質かつ感情のない声でキャサワリーの問いに答えるや否や、車体に乾いた金属音が響いた。
「無茶するわね、あのコたち」
苦笑混じりにキャサワリーがルームミラーに映る黒いスカイラインを見つめながら、呆れたように言う。
スカイラインの助手席の窓から、女が身を乗り出し、銃でこちらを狙っている。
ーー蔡 爽……。
喜びも嬉しさも思い抱かない、懐かしい顔に、キャサワリーの左の口角な釣り上がる。
カン。
空き缶に小石をぶつけたような、少し間の抜けた金属音が再び二人の乗るZの車内に響く。
「撃ってきましたね」
ミヤがそう言うと、ナビゲーションの液晶画面が切り替わり、アルファベットと数字の入り混じった文字の羅列がいくつも表示された。
「ダメージはありません。後輪のタイヤを狙っているようです」
モニターの見つめながらミヤが言った。
「うざったいわね。タイヤを撃ち抜かれるか穴だらけにされる前にケリをつけないといけないわね」
そう言っては見たものの、さりとてどうする? と、キャサワリーは目の前に続く上りの山道を見た。
「ミヤ、アメリカはともかく、後ろをなんとかしないといけないわ」
ミヤはそうですね、とうなずいて、車のナビモニターを操作し出した。
「山頂付近に展望スペースがあります。撃ち合いするには良さそうですが、五.七キロほどあります」
「直線は? 長いほどいいわね」
そう言ってキャサワリーはペロリと唇を舐めた。
「直線……、ですか?」
ミヤはそう答えて、ナビのモニターをスワイプしようと、タッチパネルに指を当てた。
「……直線!?」
キャサワリーが何をしようとしているのかを察したのか、ミヤはスワイプする指を止め、目を丸くして信じられないような顔でキャサワリーの顔を見返した。
「本気ですか? この速度域でやるんですか?」
「相変わらず聡いわねぇ、ミヤは」
嬉しそうにキャサワリーはクスクスと笑う。
「体感速度では百十五キロほど出ているかと」
「惜しいわね、百二十一キロよ」
チラリとスピードメーターを見て、キャサワリーが楽しそうに答える。
「八百メートル先の右の急なカーブを抜けると、一キロのストレートに入ります。その先に橋があります。そこからは緩やかに右にカーブします。それが百五十メートル」
ナビモニターをスワイプしながらミヤがそう告げる。
「d'accord! 一キロもあれば十分よ。それもちょうど良くタイトなコーナーを抜けてからなんてね」
「信じますよ、キャサワリー」
「ハッ! こんなのはイチかバチかよ。いいから、早く対物ライフルを用意なさいな」
嬉々として言うキャサワリー。
「あなたは窮地に陥るほど、心が躍る人です。感心します」
呆れたようミヤはため息をついた。
珍しくミヤの声色が深刻だった。
「なにかしら?」
フェアレディZの後輪を鳴かせながら、往来の少ない峠道のタイトなコーナを攻めるように走り抜けながら、キャサワリーはミヤに訊いた。
「アメリカが動いたようです」
「あら、そうなの」
気のない返事をしたキャサワリーがチラリとルームミラーで後ろを確認すると、黒いスカイラインがピタリと追走してきいる。
「中国が動いた事が原因です」
後ろに張り付くスカイラインのグラマラスなボディラインと、濡れたように艶やかな黒い車体が、陽の光を浴びて鏡のように輝き、周りの樹々の緑色ををその体にまといながら走る姿をミラー越しに見ながら、キャサワリーは小さく舌打ちをした。
ーーそろそろうざったい。
精密機械のような一分の隙もないミヤの運転とはまた違うが、荒々しいとはいえキャサワリーのドライビングテクニックも相当なものである。
豪快に後輪を滑らせて連続する峠の山路を走るキャサワリーに、着いてこれる者などそうはいない。
が、それをあざ笑うかのように後ろを走るスカイラインはピタリと張り付き離れない。
「サムおじさんは何をしようと言うのかしら?」
少しイラついたように、キツい言い方でミヤに答えるキャサワリー。
ミヤもそれが自分たちを追う中国人民軍特殊部隊のお陰であることを理解しているので、気にはならない。
「私とマヤ、ひいては森永研究所の存在自体を無かったことにしようという算段らしいです」
あの国らしい、とキャサワリーは鼻で笑う。
「地下要塞みたいな森永研究所を消し去るなんて、地中貫通爆弾でも撃ち込むくらいしかやることないんじゃないのかしら」
さすがに同盟国の国内でそんなことはしないだろう、とは思うのだが、あの国ならやりかねない、とキャサワリーは笑って言った。
「巨大な岩盤を穿って作り上げた森永研究所です。GBU-57Aでも無理でしょう」
GBU-57Aとはアメリカ空軍が開発した大型地中貫通爆弾である。
一三.六トンの重量を持つ全長六.二メートルの巨大な爆弾で、四〇~六〇メートルの地下まで貫通して、二.七トンの爆薬を炸裂させる、という強烈な威力を誇る。
「しかし、相変わらずアナタの情報収集はすごいわね。中国が欲しがるわけね」
キャサワリーに褒められて、ミヤは珍しく照れ臭そうな顔をした。
「はい。森永の身売り先が日本の製薬会社に決定した事に疑問を感じていたので、森永関連の情報を逐次収集していました」
「身売り?ああ、ルイス・ブラザーズとナガサワ薬品が研究所とその研究成果を買い取るって競い合ってた例のヤツね」
「M計画がアメリカの議会で問題になりましたからね。B-2三機分の予算を注ぎ込んだ上での成果がマヤと私の二例だけですから。今更非人道的で金がかかりすぎると非難されていますので」
「でも、そんな中から癌の治療法の確立や再生医療の飛躍的な進歩が生み出されたわけじゃない」
「私達は医療の躍進のために生み出されたわけではありません。あくまでも兵器として開発されたのです。M計画は生体兵器の開発が目的です」
ミヤがいつものように無機質かつ感情のない声でキャサワリーの問いに答えるや否や、車体に乾いた金属音が響いた。
「無茶するわね、あのコたち」
苦笑混じりにキャサワリーがルームミラーに映る黒いスカイラインを見つめながら、呆れたように言う。
スカイラインの助手席の窓から、女が身を乗り出し、銃でこちらを狙っている。
ーー蔡 爽……。
喜びも嬉しさも思い抱かない、懐かしい顔に、キャサワリーの左の口角な釣り上がる。
カン。
空き缶に小石をぶつけたような、少し間の抜けた金属音が再び二人の乗るZの車内に響く。
「撃ってきましたね」
ミヤがそう言うと、ナビゲーションの液晶画面が切り替わり、アルファベットと数字の入り混じった文字の羅列がいくつも表示された。
「ダメージはありません。後輪のタイヤを狙っているようです」
モニターの見つめながらミヤが言った。
「うざったいわね。タイヤを撃ち抜かれるか穴だらけにされる前にケリをつけないといけないわね」
そう言っては見たものの、さりとてどうする? と、キャサワリーは目の前に続く上りの山道を見た。
「ミヤ、アメリカはともかく、後ろをなんとかしないといけないわ」
ミヤはそうですね、とうなずいて、車のナビモニターを操作し出した。
「山頂付近に展望スペースがあります。撃ち合いするには良さそうですが、五.七キロほどあります」
「直線は? 長いほどいいわね」
そう言ってキャサワリーはペロリと唇を舐めた。
「直線……、ですか?」
ミヤはそう答えて、ナビのモニターをスワイプしようと、タッチパネルに指を当てた。
「……直線!?」
キャサワリーが何をしようとしているのかを察したのか、ミヤはスワイプする指を止め、目を丸くして信じられないような顔でキャサワリーの顔を見返した。
「本気ですか? この速度域でやるんですか?」
「相変わらず聡いわねぇ、ミヤは」
嬉しそうにキャサワリーはクスクスと笑う。
「体感速度では百十五キロほど出ているかと」
「惜しいわね、百二十一キロよ」
チラリとスピードメーターを見て、キャサワリーが楽しそうに答える。
「八百メートル先の右の急なカーブを抜けると、一キロのストレートに入ります。その先に橋があります。そこからは緩やかに右にカーブします。それが百五十メートル」
ナビモニターをスワイプしながらミヤがそう告げる。
「d'accord! 一キロもあれば十分よ。それもちょうど良くタイトなコーナーを抜けてからなんてね」
「信じますよ、キャサワリー」
「ハッ! こんなのはイチかバチかよ。いいから、早く対物ライフルを用意なさいな」
嬉々として言うキャサワリー。
「あなたは窮地に陥るほど、心が躍る人です。感心します」
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