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猛禽
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道が広くなった。
冠山の林道は終わりを告げ、福井県の池田町に繋がる国道417号線へと道は切り替わる。
足羽川の渓流に沿うように走る片側一車線のこの国道は先ほどまでの林道とは違い、走りやすい。
小野寺は赤毛の女に従い、車を路肩に停めた。
小野寺の車の後ろに白いフェアレディZが停車する。
Zの運転席のドアが開かれ、一人の女が降りてきた。
黒い髪のショートカット。
黒いミモレ丈のジャンパースカートに、黒いハイネックのニット。
まだ十代の子供のようも見える。
小野寺は運転席の中からサイドミラーでその女の姿を注視しながら、不自由そうにズボンを履こうとしている。
女が近づいてくる。
左手に何やら白い布の束を抱えている。
女が、運転席の横に立つ。
ちょうどよく顔が見えない。
なんとかズボンを履き終えた小野寺はため息をついて、その女を見上げた。
「着替えが終わったら教えてください」
そう言ってから、左手の白い布の束を差し出してきた。
どうやらそれは服である。
「その子の着替えです。私の連れの予備だそうです」
あまり抑揚のない、どちらかと言えば感情のない喋り方である。
その声を聞いて、小野寺は驚いていた。
喋り方、声のトーンは違うが、その女の声はマヤとそっくりだったからである。
いや、そっくりと言うよりも、同じ声と言った方が良いであろう。
マヤの服を小野寺が受け取ると、その女はまた、自分の車に戻って行った。
「マヤ、今の声聞いたか?」
小野寺は受け取った着替えをマヤに渡して、もう一度サイドミラーで先程の女を見た。
車には乗らず、車のボンネットに腰掛けてこちらを見ている。
「声? なんか似てたね、あたしに」
受け取った服を広げながら、マヤは興味なさげに答えた。
「ミニスカじゃん! うわ、ほっそ! あたしのウエストに嫌がらせか?」
マヤには声のことよりも、着替えの方が重要である。
小野寺頭をかきながら、ドアを開け車を降りた。
そして後部座席のドアを開けて、チェック柄のネルのシャツを羽織る。
ボンネットに腰掛けていた女が、腰を上げ小野寺に近づいてくる。
その女、もはや少女と言って良いくらいだが、その顔見て小野寺は息を飲んだ。
マヤと同じ顔。
髪型以外、まるで生き写ししたかのように同じなのである。
いや、双子とかそんなレベルではない。
右目の下にあるホクロの位置まで、寸分違わぬ位置についている。
声を聞いて驚いたが、姿形まで同じとは。
「ミヤ、と言います。私を見ていろいろ思うところもあるでしょうが、それは順を追って、後ほど説明します」
ミヤと名乗った少女はそう言うと、後ろを振り返った。
それが合図かのように、助手席のドアが開き、赤毛の女が降りてきた。
背が高い。
百八十センチある小野寺とそう変わらない。
背中まで伸びた赤毛を揺らしながら、女はこちらに歩み寄ってくる。
顔立ちはヨーロッパ系。
長いまつ毛の奥の青い瞳が、獲物を狙う猛禽類のように鋭く光っている。
只者ではない。と、小野寺は感じた。
「アナタに会うのが楽しみだったわ、オノデラサン。いい男じゃない」
笑みを浮かべながら、女は小野寺の前に立った。
「キャサワリーよ」
「俺はこんないい女にケツを追っかけ回されてたのか。男冥利に尽きるってもんだな」
「まあ、嬉しいわ」
キャサワリーはタバコを取り出し、小野寺にも勧めてきた。
青いパッケージに羽飾りのついた兜のデザイン。
フランスのタバコの銘柄、ゴロワーズである。
「ゴロワーズなんてよく吸えるな、あんた」
小野寺はタバコを一本取り出し、口に加えた。
「黒煙葉の良さがわからないなんて、無粋ね」
キャサワリーはダンヒルと思われる細身のライターを取り出し、小野寺のくわえたタバコに火をつけた。
「良く車を停めてくれたわね。アタシはてっきりフられるもんだと思ってたわ」
「こんないい女だとわかってりゃ、もっと早くにデートしてたさ」
小野寺の答えに、キャサワリーは声を上げて笑う。
「アメリカ人みたいなこと言うのね」
キャサワリーは吸い込んだタバコの紫煙をふかしながら愉快そうに笑った。
「Miya, amène ta sœur」
そう言って、キャサワリーはミヤの方を見た。
「あんたフランス人かい?」
もちろん、小野田にフランス語はわからない。
だがフランス語独特の発音で、それがフランス語だとわかる。
「フランス語圏の人間よ。アタシはフランス人みたいにイヤミな気取り屋じゃないわ」
フン、と笑ってキャサワリーはタバコを投げ捨てた。
「オノデラサン、これが最後のチャンスよ。身を引きなさいな」
笑顔のまま、そう忠告するキャサワリーだが、目は笑っていない。
青い瞳だけが、小野寺を睨みつけるように、鋭く光っている。
「寂しがりなんでな。ここまできて一人で帰れなんざ、切なすぎるぜ」
小野寺は猛禽のようなキャサワリーの眼を見つめ返す。
気を抜くと射すくめられそうになる。
「忠告はしたわ。まあ、後はお好きにやんなさいな」
キャサワリーの眼から射すくめるような光が消え、呆れたように微笑んだ。
「デラちゃん」
背後からマヤの声がした。
振り返ると、マヤがミヤに連れられて歩いてくる。
「あら、やっぱりそっくりね。さすが姉妹品ね」
「姉妹品?」
姉妹品とはまた、モノような言い方である。
「やめてください」
ミヤが鋭い声でキャサワリーをにらむ。
「デラちゃん、あたしなんか思い出しちゃった……。ちょっとだけだけど」
マヤはうつむいて、泣きそうな声で呟いた。
いつものマヤとは様子が違う。
「あたし、人殺しだったんだよぉ」
わあっ、とその場に泣き崩れるマヤ。
「てめぇ、マヤに何しやがった!?」
怒りをあらわにして、小野寺はミヤの胸ぐらを掴んだ。
「何もしていません。ただ私を見て、何かを思い出したようです」
ミヤは抵抗もせず、胸ぐらを掴まれたままマヤを見つめている。
「その子はね、一般社会への適応実験のために野に放たれていたのよ。記憶を消されてね」
キャサワリーは小野寺とミヤの間に立ち、胸ぐらを掴む手に自分の手を乗せた。
「放しておやんなさいな。ミヤが悪いわけじゃないの」
そう言われて小野寺はミヤを解放し、キャサワリーに詰め寄った。
「じゃあ誰がこの子をこんなふうにしちまった!?」
「今から話すわ。ミヤ、マヤを慰めておやりなさい」
キャサワリーは空を見上げ、少し何事かを考えている風情だ。
見上げた顔を下ろし、小野寺に向き直るキャサワリーは静かに語り出した。
冠山の林道は終わりを告げ、福井県の池田町に繋がる国道417号線へと道は切り替わる。
足羽川の渓流に沿うように走る片側一車線のこの国道は先ほどまでの林道とは違い、走りやすい。
小野寺は赤毛の女に従い、車を路肩に停めた。
小野寺の車の後ろに白いフェアレディZが停車する。
Zの運転席のドアが開かれ、一人の女が降りてきた。
黒い髪のショートカット。
黒いミモレ丈のジャンパースカートに、黒いハイネックのニット。
まだ十代の子供のようも見える。
小野寺は運転席の中からサイドミラーでその女の姿を注視しながら、不自由そうにズボンを履こうとしている。
女が近づいてくる。
左手に何やら白い布の束を抱えている。
女が、運転席の横に立つ。
ちょうどよく顔が見えない。
なんとかズボンを履き終えた小野寺はため息をついて、その女を見上げた。
「着替えが終わったら教えてください」
そう言ってから、左手の白い布の束を差し出してきた。
どうやらそれは服である。
「その子の着替えです。私の連れの予備だそうです」
あまり抑揚のない、どちらかと言えば感情のない喋り方である。
その声を聞いて、小野寺は驚いていた。
喋り方、声のトーンは違うが、その女の声はマヤとそっくりだったからである。
いや、そっくりと言うよりも、同じ声と言った方が良いであろう。
マヤの服を小野寺が受け取ると、その女はまた、自分の車に戻って行った。
「マヤ、今の声聞いたか?」
小野寺は受け取った着替えをマヤに渡して、もう一度サイドミラーで先程の女を見た。
車には乗らず、車のボンネットに腰掛けてこちらを見ている。
「声? なんか似てたね、あたしに」
受け取った服を広げながら、マヤは興味なさげに答えた。
「ミニスカじゃん! うわ、ほっそ! あたしのウエストに嫌がらせか?」
マヤには声のことよりも、着替えの方が重要である。
小野寺頭をかきながら、ドアを開け車を降りた。
そして後部座席のドアを開けて、チェック柄のネルのシャツを羽織る。
ボンネットに腰掛けていた女が、腰を上げ小野寺に近づいてくる。
その女、もはや少女と言って良いくらいだが、その顔見て小野寺は息を飲んだ。
マヤと同じ顔。
髪型以外、まるで生き写ししたかのように同じなのである。
いや、双子とかそんなレベルではない。
右目の下にあるホクロの位置まで、寸分違わぬ位置についている。
声を聞いて驚いたが、姿形まで同じとは。
「ミヤ、と言います。私を見ていろいろ思うところもあるでしょうが、それは順を追って、後ほど説明します」
ミヤと名乗った少女はそう言うと、後ろを振り返った。
それが合図かのように、助手席のドアが開き、赤毛の女が降りてきた。
背が高い。
百八十センチある小野寺とそう変わらない。
背中まで伸びた赤毛を揺らしながら、女はこちらに歩み寄ってくる。
顔立ちはヨーロッパ系。
長いまつ毛の奥の青い瞳が、獲物を狙う猛禽類のように鋭く光っている。
只者ではない。と、小野寺は感じた。
「アナタに会うのが楽しみだったわ、オノデラサン。いい男じゃない」
笑みを浮かべながら、女は小野寺の前に立った。
「キャサワリーよ」
「俺はこんないい女にケツを追っかけ回されてたのか。男冥利に尽きるってもんだな」
「まあ、嬉しいわ」
キャサワリーはタバコを取り出し、小野寺にも勧めてきた。
青いパッケージに羽飾りのついた兜のデザイン。
フランスのタバコの銘柄、ゴロワーズである。
「ゴロワーズなんてよく吸えるな、あんた」
小野寺はタバコを一本取り出し、口に加えた。
「黒煙葉の良さがわからないなんて、無粋ね」
キャサワリーはダンヒルと思われる細身のライターを取り出し、小野寺のくわえたタバコに火をつけた。
「良く車を停めてくれたわね。アタシはてっきりフられるもんだと思ってたわ」
「こんないい女だとわかってりゃ、もっと早くにデートしてたさ」
小野寺の答えに、キャサワリーは声を上げて笑う。
「アメリカ人みたいなこと言うのね」
キャサワリーは吸い込んだタバコの紫煙をふかしながら愉快そうに笑った。
「Miya, amène ta sœur」
そう言って、キャサワリーはミヤの方を見た。
「あんたフランス人かい?」
もちろん、小野田にフランス語はわからない。
だがフランス語独特の発音で、それがフランス語だとわかる。
「フランス語圏の人間よ。アタシはフランス人みたいにイヤミな気取り屋じゃないわ」
フン、と笑ってキャサワリーはタバコを投げ捨てた。
「オノデラサン、これが最後のチャンスよ。身を引きなさいな」
笑顔のまま、そう忠告するキャサワリーだが、目は笑っていない。
青い瞳だけが、小野寺を睨みつけるように、鋭く光っている。
「寂しがりなんでな。ここまできて一人で帰れなんざ、切なすぎるぜ」
小野寺は猛禽のようなキャサワリーの眼を見つめ返す。
気を抜くと射すくめられそうになる。
「忠告はしたわ。まあ、後はお好きにやんなさいな」
キャサワリーの眼から射すくめるような光が消え、呆れたように微笑んだ。
「デラちゃん」
背後からマヤの声がした。
振り返ると、マヤがミヤに連れられて歩いてくる。
「あら、やっぱりそっくりね。さすが姉妹品ね」
「姉妹品?」
姉妹品とはまた、モノような言い方である。
「やめてください」
ミヤが鋭い声でキャサワリーをにらむ。
「デラちゃん、あたしなんか思い出しちゃった……。ちょっとだけだけど」
マヤはうつむいて、泣きそうな声で呟いた。
いつものマヤとは様子が違う。
「あたし、人殺しだったんだよぉ」
わあっ、とその場に泣き崩れるマヤ。
「てめぇ、マヤに何しやがった!?」
怒りをあらわにして、小野寺はミヤの胸ぐらを掴んだ。
「何もしていません。ただ私を見て、何かを思い出したようです」
ミヤは抵抗もせず、胸ぐらを掴まれたままマヤを見つめている。
「その子はね、一般社会への適応実験のために野に放たれていたのよ。記憶を消されてね」
キャサワリーは小野寺とミヤの間に立ち、胸ぐらを掴む手に自分の手を乗せた。
「放しておやんなさいな。ミヤが悪いわけじゃないの」
そう言われて小野寺はミヤを解放し、キャサワリーに詰め寄った。
「じゃあ誰がこの子をこんなふうにしちまった!?」
「今から話すわ。ミヤ、マヤを慰めておやりなさい」
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