魔女リリアの旅ごはん

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175話、ビュッフェ採点魔女ぐるみ

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 クランの町三日目のお昼頃。今日でこの町を出発しようと計画している私達は、最後にここでお昼ごはんを食べようと決めていた。

 それでお店を探しているのだが、この町の飲食店はビュッフェスタイルばかりなので、どこも同じに見える。
 どこに入ったものかと迷っている時、見覚えある魔女姿を発見した。

「……あれ? トリノさん?」

 魔女服をドレス風にアレンジした特徴的な格好をしているのは、カジノのオーナー魔女トリノさんだった。その手には何やら大きな袋を持っている。
 声をかけたらトリノさんもこちらに気づき、にこやかに手を振りながら近づいてくる。

「あら、リリアさんご一行じゃないですか。奇遇ですわね」
「トリノさんこそですよ。カジノは良いんですか?」
「オーナーだからといっていつもカジノにいる訳ではありませんわ。新しいカジノアトラクションを開発する為にも、こうして様々な土地へ出かけるのは大切です。もっとも、今日はそういう目的でここに来たのではありませんけど。ここには知人の魔女がいまして、彼女に頼んで作らせていた魔術品を受け取りにきたのですわ」

 トリノさんは持っていた袋を開け、中の物を取り出して見せた。
 それは、デフォルメされた可愛らしい魔女のぬいぐるみだった。

 でも、この見た目……ちょっと見覚えがある。
 この眠そうな瞳。脇に抱えてる本。これはもしかして……。

「これ、アレクサンドリアさんがモデル?」
「あら? アレクサンドリアを知っていましたの? 彼女は私の友人で、この魔術品の製作者でもあります」
「……ただのぬいぐるみにしか見えませんが、これ魔術品なんですか?」

 魔術品とは魔術が込められた品物全般を指す。ベアトリスのクーラーボックスもそれだ。
 確かにこのぬいぐるみからは魔力の気配が感じられる。……糸かな? 魔力を込めた糸で編んだぬいぐるみだと思う。

「このぬいぐるみは私発案でアレクサンドリアに作らせた、その名も魔女ぐるみ。カジノの新作アトラクション用にちょっとした機能を組み込んであるのですわ」

 そこまで言ったトリノさんは急に朗らかに笑い、私の手を取った。

「そうだ! ちょうどいい機会ですから、この魔術品のテストを一緒にしませんか?」
「え? いや、私達お昼ごはんを食べたらもうこの町から出発する予定で……」
「ならなおさらグッドタイミングです! 実はこの魔術品はビュッフェで性能を発揮するのですから! さあ、あのお店に行きましょう! お代は私が支払いますからお気になさらず!」
「え、えっ」

 そのまま強引に手を引かれて近くの飲食店に連れ込まれる。ベアトリスとライラはこの状況に顔を見合わせ、諦めたように私達の後を付いてきた。
 ビュッフェスタイルの店内のテーブル席へと連れられ、そこでようやく手を離された。

「あの……どういうことですか? いまいち状況が掴めてないんですけど」

 トリノさん、結構雑な性格してるんだよな。直感派で行動タイプというか。

「では説明しますわ。この魔女ぐるみは魔術によってビュッフェ採点機能が組み込まれていて、好きなように取って完成したビュッフェプレートへ得点をつけることができるんです」
「ええ……なんですかその機能」

 魔術をそんな変な事に使ったのか。斬新というか、なんというか。ショー用魔術を使うモニカもびっくりだろう。

「まずこの魔女ぐるみ、喋ります」
「ぐえええ」

 トリノさんが魔女ぐるみのお腹をぎゅっと押すと、魔女ぐるみが急にえずいた。

「ひえっ」

 私も魔女だけど喋る人形にはちょっとビビる。また人形寺思い出したじゃんか。いや、あの人が本当に人形なのかどうかは今の所不明だけど。

「まあ喋ると言っても決められたワードくらいですが。喋るというより反応すると言った方が正しいですわね。別にこのぬいぐるみに意思があるとかではないのでご安心ください」

 それを聞いてほっと胸をなでおろす。まさか人工的に魔術遺産みたいな物を生み出したのかと不安になった。

「ようするに、リリアさん達にはこれからビュッフェで好きなように料理を取ってもらい、それをこの魔女ぐるみに採点させて欲しいのですわ。実はカジノのレストランでビュッフェ形式を採用しようということになり、ついでにビュッフェを楽しめるアトラクションを開発することにしたのです。それがこのビュッフェ採点魔女ぐるみ。これでおのおののビュッフェプレートを採点し、互いのセンスを競い合うのですわ」
「へえ……なんかちょっと面白そうですね」

 ついこの前ビュッフェを体験し、自分のセンスの無さを自覚した私だ。ビュッフェのセンスを試すと言われたら、ここでリベンジしたくなる。
 ちら、とベアトリスとライラの反応を伺う。二人は物珍しそうに魔女ぐるみを見ていた。

「ふぅん、喋ることもできるなんて変なぬいぐるみね。魔女ってこんなのも作れるのね」
「私と同じくらいのサイズだわ」

 二人とも魔女ぐるみをツンツン突ついていた。心なしか魔女ぐるみが嫌そうな表情をしているような……。

「お腹押すとさっきみたいに鳴くのかしら」

 ライラがぎゅっとお腹を押しだした。

「ぐええっ。やめて」

 ……今思いっきりやめてって言ったよね?

「うぐぐっ……ほっぺツンツンするのもやめて」

 今度はツンツンほっぺを突ついていたベアトリスに向けてそう言っていた。

「……これ、本当に意思は無いんですよね?」

 不安になってトリノさんに尋ねると、こくんと頷いた。

「おそらくアレクサンドリアが面白がって色んな反応パターンを仕込んだのでしょう。あの子そういう変なところを凝る癖があるのですわ」

 ……。じっと魔女ぐるみのビーズの目を見てみる。

「……」

 ビーズの目がさっと動き、私の目から視線を逸らした。
 こ、これもアレクサンドリアさんが仕込んだ反応なのかな?

 まあ人の視線を感じたら目の部分のビーズを動かす、って動きを魔術で込める事はできる。お腹押されたらうなり声を出すのも魔術で構築できるし……うん、自我はないよね。あるはずない。そう信じよう。

「では早速皆さんにビュッフェをしてもらいます……と言いたいところですが、まずは私からお手本を見せましょう」

 トリノさんはビュッフェプレートを手に取って、店内を一回りしてきた。
 ほんの数分でビュッフェプレートには様々な料理が盛りつけられている。
 主食のパンに、ブイヨンベースのスープ。サラダを盛りつけ牛肉のステーキを添えた華麗な一皿もあった。

 しかし一際目立つのが……大皿。そこにはたくさんのエビ料理が乗っていた。
 エビフライにエビの天ぷら。ガーリックシュリンプなどなどのエビ盛りだくさん。なんだこれ。エビフェアでもやってたのかな?

「私エビが大好きなのですわ」

 ふふん、と自慢するようにエビプレートを見せつけるトリノさん。
 ダメじゃんこれ。この前かぼちゃ尽くししてた私と同じじゃん。

「こうして出来上がったビュッフェプレートをこのように魔女ぐるみの前に置くと、数秒で採点してくれるのですわ」

 ビーズの目がぐるぐる動き、ビュッフェプレート全体を眺めているように見える。
 でもこれリアクションだけで別に見えてるわけないよね。ぬいぐるみだし。
 やがて、魔女ぐるみが喋り出した。

「採点終わり。結果発表。なんだこのエビ尽くし。エビフェアでもやってたの? トリノらしい奇をてらったビュッフェプレートと言わざるを得ない。そういう所直した方がいいよ。アホみたいだからさ。20点」
「ふんっ!」
「ぐええっ」

 採点が終わると同時、トリノさんはずごっ! と魔女ぐるみの頭を叩き潰した。ぬいぐるみだからすぐに元に戻ったけど。
 トリノさんはこほんと咳払いをする。

「ごめんなさい。恥ずかしいところをお見せしましたわ。アレクサンドリアみたいな事を言い出したのでつい……アレクサンドリアが作っただけあって、反応パターンが彼女そっくりですわね。まったく……」

 ……なんか二人の関係が今はっきりと見えたな。私とモニカみたいなものか。
 でもトリノさんが思わず魔女ぐるみの頭を殴った気持ちは分かる。結構ひどいこと言われたもんな。

 ……それを相手に私たちも同じ事やるの?

 気が進まない、とばかりに魔女ぐるみを見ると、やっぱりすぐにビーズの目が逸らされた。この反応パターンはなんなの。怖い。

「次はリリアさん達の番ですわ。お願いします! ぬいぐるみアレクサンドリアが驚愕するような盛り付けで鼻を明かして下さいなっ」

 トリノさんも目的変わってるじゃん。
 しかし乗りかかった舟。どうせここでごはんを食べることになるんだし、覚悟を決めるしかない。

 私達三人は、それぞれ好きなようにビュッフェを巡る事となった。
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