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171話、人形廃墟とペペロンチーノ
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朝食もそこそこに、朝から箒で湿地帯の湿った空を翔ける。
湿地帯は広く先は長いが、クロエはともかく私はベアトリスと二人乗りなので、できるだけ安全に飛行していた。
湿った生ぬるい風が肌を撫で、湿気のせいで熱くもないのに薄ら汗が浮かぶ。湿地帯はこれだから嫌だ。
真下を見ると蓮が浮いた綺麗な湖沼。しかしうっかり見惚れて箒から落ちたりすると、底が見えない沼にはまって大変な目に合うだろう。
それが嫌なのでぎゅっと箒の柄を握る私。ベアトリスは掴まる場所が無いせいか私の腰に手を回して強く抱き付いてくる。
いや、これはもう抱き付くと言うより締め上げている。正直痛い。もし落ちるとしたら絶対私も巻き込んでやるという強い意志をひしひしと感じる。そんなに沼に落ちるの嫌か。嫌だよね。私も嫌。
できるだけ安全飛行で空を飛ぶ事数時間。箒で飛ぶのには精密な魔力の運用が必要なのでかなり疲れる。そろそろお昼頃だし一休みしたいな、と思ってた矢先、沼地に露出した陸路に立つ建物が見えた。
「あれが目的の魔術遺産。行こう」
クロエに言われて私は頷く。どうみても廃墟にしか見えないぼろぼろの小さな小屋だが、あれが魔術遺産らしい。
いったい何の魔術遺産なのか。見た目からするとあまり良さそうな雰囲気は感じられない。
湿った土の上へと着陸し、件の魔術遺産へと近づいてみる。
「これってどういう魔術遺産なの?」
「なんでも人形廃墟と呼ばれているらしい。その人形廃墟の中にはたくさんの人形が放置されていて、何年たっても劣化しないとか。不気味に思った現地住人達は絶対近づかないようにしているとのこと」
「……私行きたくない」
なんだよそのやばそうな魔術遺産はさ。ホラー系の魔術遺産だけはやめて欲しい。っていうか、私前にそういう人形がいっぱいの場所に出くわさなかったっけ。
そう思っていると、ベアトリスが私の肩を叩いた。
「あれよあれ。フウゲツの町近くにあった人形寺」
あー……あれだ。なぜか人形がいっぱい置かれていたお寺。しかもなぜか廃寺にしか見えなかったのに人が居た。その人から人形焼を貰ったっけ。人形焼はおいしかったけど、その人はライラいわく人間じゃなかったらしい。
あれに似た魔術遺産が存在するの……?
「クロエ、私達前に似たような場所見た。人形いっぱいの廃寺」
震える声で伝えると、クロエは興味深そうに瞳を大きく開いた。
「そうなんだ。実は人形廃墟の魔術遺産は噂ばかりだけが先行していて、ここという場所が特定されているわけではない。似たような場所が各地に点在しているみたいで、私は目撃情報を辿って調査しているだけだから、ここが本物か分からなかったりする」
「……本物と偽物の見分け方ってあるの?」
尋ねるとクロエは首を傾げた。
「……はっきりとは言えないけど、どうも本物の魔術遺産の人形廃墟の方は、魔力により意思を持った人形が存在しているらしい」
私の顔がさぁっと青ざめた。
え? 嘘でしょ。じゃあ私達が前に見つけた人形寺は……そこにいた人ではないような存在は……そういうこと?
ぞわっと鳥肌が立って腕を抱く。ベアトリスも私と同じく真相を知ったのか、肩が震えていた。
「とりあえず私はこの廃墟を調べる。皆は無理してこなくていいから、休んでいて」
一人人形が待ち受ける廃墟に向かうクロエを見送り、私達三人は一斉に顔を見合わせた。
「どうするのよっ、以前見つけた人形寺が明らかに探しているらしい奴じゃない!」
パニくっているのか早口でまくし立てるベアトリス。彼女を落ち着けるように、震える肩をポンポンと叩いた。
「どうするもこうするも、後で教えるしかないよ。もう私達からすれば終わった話なんだし、怖がることは無いって……」
「とかいいながらあなたの腕も震えているじゃない……」
「恐怖って後になってからの方が体に染みてくるのかもしれないってことを肌で感じているだけだよ……」
噂が真実なら、私達が出会ったあの黒髪の少女は、意思を持った人形なのかもしれない。
……そんな存在から渡された人形焼は……食べてよかったのだろうか?
「でもあの人形焼、おいしかったわよね」
ライラがのほほんとして言う。
……いや、おいしかったけどさ。
……まあ考えてみれば、何も怖い事はされてないけどさ。
意外と安全な魔術遺産だったのかな? ホラーチックではあったけども。
押し黙る私とベアトリスは、しばらく見つめ合って同時に息を吐いた。
「もうお昼頃だし、お腹空いたよ。クロエが戻ってくる前にお昼ごはん準備しよう」
「そうね……リリア、火を用意してちょうだい」
とりあえず体の奥から湧き上がる恐怖を食欲でごまかすことにした私達だった。
「今日はパスタにしようかしら」
ベアトリスは言いながらクーラーボックスを開いて食材を取りだしていく。ベアトリスのおかげで野外での料理でも様々な主食が楽しめるようになった。私一人の時は大体買い置きの乾パンとか、背伸びしてお米くらいだったけど、今や乾麺までストックされている。
パスタという事はお湯が必要か。私はケトルに水を注いで早速沸かし始めた。
「お湯が沸いたらパスタを茹でてちょうだい」
「はいはい」
ベアトリスに乾燥パスタを渡され、ぐつぐつ沸騰するお湯に投入する。ベアトリスの方はパスタがゆで上がる間に調理をするようだ。
まずニンニクを軽く刻み、次に赤いトウガラシを輪切りにした。
そしてオリーブオイルをフライパンに適量入れ、ニンニクとトウガラシを投入してじっくり炒めていく。
「ちょっとゆで汁をちょうだい」
お玉で茹で汁をすくい、フライパンに入れる。そのまましばらく沸騰させると、仕上げとばかりに醤油を数滴入れていた。
「パスタ良い頃合いかも」
「なら合わせましょ」
茹で上がったパスタをフライパンに入れて絡めると、ペペロンチーノの完成だ。
それぞれの皿に盛りつけると、ちょうどクロエも戻ってきた。
「お帰りクロエ。どうだった?」
「うーん……ここは違うかも。魔力の気配が感じられないし、人形も湿気でボロボロになっていた。おそらくいつかの子供達が作った隠れ場が放置されてるだけなのかもしれない」
「そっか。とりあえずお昼ごはん作ったから食べよう」
「食べる」
いそいそ座り込んだクロエに、ペペロンチーノが入ったお皿を渡す。
クロエは器用にパスタをちゅるっとすすった。
「ちょっと辛いけどおいしい」
私もペペロンチーノを食べてみる。オリーブオイルとニンニクの風味に、ピリっとくるトウガラシがアクセントになっている。ちょっとだけ入れた醤油もたまらない。
そんなに辛くないけど、クロエって甘い物好きだからか辛いのちょっと苦手なのかも。
それにしても、やっぱりベアトリスの方が料理上手だな。あの途中で入れた茹で汁も何かしら意味があったのだろう。私だったら茹で汁入れずにそのままパスタ投入してた。
おいしいパスタを食べつつ、いつ本物の人形廃墟の話をしたものかと伺う私だった。
湿地帯は広く先は長いが、クロエはともかく私はベアトリスと二人乗りなので、できるだけ安全に飛行していた。
湿った生ぬるい風が肌を撫で、湿気のせいで熱くもないのに薄ら汗が浮かぶ。湿地帯はこれだから嫌だ。
真下を見ると蓮が浮いた綺麗な湖沼。しかしうっかり見惚れて箒から落ちたりすると、底が見えない沼にはまって大変な目に合うだろう。
それが嫌なのでぎゅっと箒の柄を握る私。ベアトリスは掴まる場所が無いせいか私の腰に手を回して強く抱き付いてくる。
いや、これはもう抱き付くと言うより締め上げている。正直痛い。もし落ちるとしたら絶対私も巻き込んでやるという強い意志をひしひしと感じる。そんなに沼に落ちるの嫌か。嫌だよね。私も嫌。
できるだけ安全飛行で空を飛ぶ事数時間。箒で飛ぶのには精密な魔力の運用が必要なのでかなり疲れる。そろそろお昼頃だし一休みしたいな、と思ってた矢先、沼地に露出した陸路に立つ建物が見えた。
「あれが目的の魔術遺産。行こう」
クロエに言われて私は頷く。どうみても廃墟にしか見えないぼろぼろの小さな小屋だが、あれが魔術遺産らしい。
いったい何の魔術遺産なのか。見た目からするとあまり良さそうな雰囲気は感じられない。
湿った土の上へと着陸し、件の魔術遺産へと近づいてみる。
「これってどういう魔術遺産なの?」
「なんでも人形廃墟と呼ばれているらしい。その人形廃墟の中にはたくさんの人形が放置されていて、何年たっても劣化しないとか。不気味に思った現地住人達は絶対近づかないようにしているとのこと」
「……私行きたくない」
なんだよそのやばそうな魔術遺産はさ。ホラー系の魔術遺産だけはやめて欲しい。っていうか、私前にそういう人形がいっぱいの場所に出くわさなかったっけ。
そう思っていると、ベアトリスが私の肩を叩いた。
「あれよあれ。フウゲツの町近くにあった人形寺」
あー……あれだ。なぜか人形がいっぱい置かれていたお寺。しかもなぜか廃寺にしか見えなかったのに人が居た。その人から人形焼を貰ったっけ。人形焼はおいしかったけど、その人はライラいわく人間じゃなかったらしい。
あれに似た魔術遺産が存在するの……?
「クロエ、私達前に似たような場所見た。人形いっぱいの廃寺」
震える声で伝えると、クロエは興味深そうに瞳を大きく開いた。
「そうなんだ。実は人形廃墟の魔術遺産は噂ばかりだけが先行していて、ここという場所が特定されているわけではない。似たような場所が各地に点在しているみたいで、私は目撃情報を辿って調査しているだけだから、ここが本物か分からなかったりする」
「……本物と偽物の見分け方ってあるの?」
尋ねるとクロエは首を傾げた。
「……はっきりとは言えないけど、どうも本物の魔術遺産の人形廃墟の方は、魔力により意思を持った人形が存在しているらしい」
私の顔がさぁっと青ざめた。
え? 嘘でしょ。じゃあ私達が前に見つけた人形寺は……そこにいた人ではないような存在は……そういうこと?
ぞわっと鳥肌が立って腕を抱く。ベアトリスも私と同じく真相を知ったのか、肩が震えていた。
「とりあえず私はこの廃墟を調べる。皆は無理してこなくていいから、休んでいて」
一人人形が待ち受ける廃墟に向かうクロエを見送り、私達三人は一斉に顔を見合わせた。
「どうするのよっ、以前見つけた人形寺が明らかに探しているらしい奴じゃない!」
パニくっているのか早口でまくし立てるベアトリス。彼女を落ち着けるように、震える肩をポンポンと叩いた。
「どうするもこうするも、後で教えるしかないよ。もう私達からすれば終わった話なんだし、怖がることは無いって……」
「とかいいながらあなたの腕も震えているじゃない……」
「恐怖って後になってからの方が体に染みてくるのかもしれないってことを肌で感じているだけだよ……」
噂が真実なら、私達が出会ったあの黒髪の少女は、意思を持った人形なのかもしれない。
……そんな存在から渡された人形焼は……食べてよかったのだろうか?
「でもあの人形焼、おいしかったわよね」
ライラがのほほんとして言う。
……いや、おいしかったけどさ。
……まあ考えてみれば、何も怖い事はされてないけどさ。
意外と安全な魔術遺産だったのかな? ホラーチックではあったけども。
押し黙る私とベアトリスは、しばらく見つめ合って同時に息を吐いた。
「もうお昼頃だし、お腹空いたよ。クロエが戻ってくる前にお昼ごはん準備しよう」
「そうね……リリア、火を用意してちょうだい」
とりあえず体の奥から湧き上がる恐怖を食欲でごまかすことにした私達だった。
「今日はパスタにしようかしら」
ベアトリスは言いながらクーラーボックスを開いて食材を取りだしていく。ベアトリスのおかげで野外での料理でも様々な主食が楽しめるようになった。私一人の時は大体買い置きの乾パンとか、背伸びしてお米くらいだったけど、今や乾麺までストックされている。
パスタという事はお湯が必要か。私はケトルに水を注いで早速沸かし始めた。
「お湯が沸いたらパスタを茹でてちょうだい」
「はいはい」
ベアトリスに乾燥パスタを渡され、ぐつぐつ沸騰するお湯に投入する。ベアトリスの方はパスタがゆで上がる間に調理をするようだ。
まずニンニクを軽く刻み、次に赤いトウガラシを輪切りにした。
そしてオリーブオイルをフライパンに適量入れ、ニンニクとトウガラシを投入してじっくり炒めていく。
「ちょっとゆで汁をちょうだい」
お玉で茹で汁をすくい、フライパンに入れる。そのまましばらく沸騰させると、仕上げとばかりに醤油を数滴入れていた。
「パスタ良い頃合いかも」
「なら合わせましょ」
茹で上がったパスタをフライパンに入れて絡めると、ペペロンチーノの完成だ。
それぞれの皿に盛りつけると、ちょうどクロエも戻ってきた。
「お帰りクロエ。どうだった?」
「うーん……ここは違うかも。魔力の気配が感じられないし、人形も湿気でボロボロになっていた。おそらくいつかの子供達が作った隠れ場が放置されてるだけなのかもしれない」
「そっか。とりあえずお昼ごはん作ったから食べよう」
「食べる」
いそいそ座り込んだクロエに、ペペロンチーノが入ったお皿を渡す。
クロエは器用にパスタをちゅるっとすすった。
「ちょっと辛いけどおいしい」
私もペペロンチーノを食べてみる。オリーブオイルとニンニクの風味に、ピリっとくるトウガラシがアクセントになっている。ちょっとだけ入れた醤油もたまらない。
そんなに辛くないけど、クロエって甘い物好きだからか辛いのちょっと苦手なのかも。
それにしても、やっぱりベアトリスの方が料理上手だな。あの途中で入れた茹で汁も何かしら意味があったのだろう。私だったら茹で汁入れずにそのままパスタ投入してた。
おいしいパスタを食べつつ、いつ本物の人形廃墟の話をしたものかと伺う私だった。
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