魔女リリアの旅ごはん

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148話、スパイシーマトンスープ

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 先ほど羊飼いの村へとやってきた私達だったが、まだ昼間時だった事もあり、村で軽く買い物をした後は先へと進んでいた。
 広大な平原ははるか先まで見通せて、次に向かう村、あるいは町が遠目で薄らと見える。
 この開放感の中を歩くのは心地よく、開けた平原特有の急な突風すら気持ちよく感じてしまう。

 びゅおっ、と空気を切るような音と共に突風が駆け抜けるたび、私は魔女帽子を抑えつける。当然そこに座るライラも必死で帽子の先の尖った部分にしがみついていた。
 ベアトリスもうっとうしそうに長い金髪を押さえている。

「嫌ね、こんな感じで髪が引っ張られたら傷んでしまうわ」

 ベアトリスは服のポケットから髪留めのシュシュを取り出し、器用に纏めてポニーテールとなった。ちなみにシュシュは黒色で布でしっかり作られたタイプ。レース系のシュシュはおしゃれだけど、こういう旅の中で着けるのには簡素な布製の方が優れているのだろう。
 ……内緒だが、このシュシュを見るたび私はドーナツみたいだと思ってしまう。だって丸いし真ん中に穴空いてるもん。これはおそらく常人であれば人類全てが思う事なので、私の思考が食欲に染まっているというわけではない……はず。

 ポニーテールになった金髪は、突風が吹くと相変わらず流されるが、先ほどよりは多少マシになっているようだ。それにしても風になびくポニーテールは本当に馬の尻尾みたいだ。
 ……今まで考えた事なかったけど、尻尾って食べられるのかな?

「ちょっと、何か変な事考えてない?」
「いや別に。常人の思考をしてただけだよ」
「……魔女が常人の思考をしてどうするのよ」

 痛い所を突かれてしまった。

「それにしても、あなたの帽子ってこういう状況だと邪魔じゃない? 脱げば?」
「ダメだよ。これは私が持つ少ない魔女要素なんだから」
「……魔女感薄いのは自覚してたのね」

 モニカやクロエなどの幼馴染の魔女達や弟子達とは違って、私の旅はそこまで魔女ならではの特技は必要ないからなぁ。
 火起こしにテレキネシスによる遠隔操作、箒を使っての飛行とか役立つのはあるにはあるけど、それも常に使っている訳でもないし。ベアトリスなんか私を便利な火起こし機械と思っている気がする。

「じゃあ飛ばされないようにゴムでもくくりつけたらどう?」
「やだよ。ダサいじゃん。魔女帽子可愛いから着けてるのに、ダサかったら意味ないじゃん」
「え、そういう理由で外したくないの?」

 やっぱり見た目の魔女感は外せないよね。

「……ま、いいわ。それより、ちょっと早いけどこの辺りで野宿の準備でもしない?」
「次の町、結構近い感じあるよ?」

 まだ遠目だが、薄らと街並みが見えているのだ。

「さっきからその方向に歩いているけど、一向に近づかないじゃない。だだっ広い平原だから距離感がかなりやられているのよ。すぐ近くにあるように見えるけど、多分まだ四、五時間はかかると思うわ」

 それだけ時間が経ったら、確かに夜遅くになってそうだなぁ。

「後、さっきの羊飼いの村で買った羊肉で煮込みスープを作りたいのよ。結構時間がかかるから、今から作り始めてちょうど夕食時に出きる頃合いだわ」
「よし、ここを今日の野宿地としよう!」
「……ごはんの話になったら決断が早いのよね、あなた」

 褒められてしまった。
 ライラが帽子の上からひょこっと逆さまの顔を出した。

「多分だけど、褒めてないわよ」
「ライラ、心が読めるの……?」

 これも妖精の神秘なのかな。

「こういう時リリアが考えそうな事は大体わかるだけよ」

 ……私そんな単純なんだ。
 ちょっとショックだ。これでも魔女なのに。魔女といえばミステリアスな感じなのに。
 長々と旅をしているせいで、私は魔女としてのアイデンティティを失っているのかもしれない。

「さて、料理料理っ」

 ……だけど、こんなまだ明るいうちから料理に励もうとするベアトリスを見ると、アイデンティティとか些細な問題なのかもしれない。
 だってベアトリス……吸血鬼なのに昼間っから普通に活動してるし、血への執着も失ってるし……。アイデンティティどこいった。

 でも代わりにラズベリー吸血鬼という強烈なアイデンティティを得ているからいいのか……? 分からない。分からないけど、とにかく今日もおいしいごはんを作ってもらおう。
 野宿ではすっかりベアトリスが料理当番なので、私はと言うとやる事がない。たき火を作った後は、ベアトリスが必要な時だけテレキネシスで補助するくらいだ。

 ……次の町で何か本を買うのもいいかもなぁ。読み終わったらその次の町の古本屋で売ってまた新しいのを購入するのもいいし。
 そんな事を考えながら、ベアトリスの料理を見守る。
 羊肉で作る煮込みスープと言っていただけあり、買ってきた羊肉を全部使うようだ。おそらく一キロくらいあるよ。結構買ったよなぁ。

「肉からだとこれくらい無いとダシが出ないのよ。これでも少ないくらいだわ。スープは全部飲んで、煮込んだ羊肉の残りは朝食とかに応用すれば十分使い切れるはずよ。クーラーボックスもあるしね」

 ベアトリスが持つ小型のクーラーボックスは、魔女が作成した高級品らしい。魔術がかけられていて、氷がなくても中が冷たいのだ。
 ただ問題があって、その魔術も永遠ではなく、ある程度の期間が過ぎると魔力が切れて効果がなくなってしまう。

 だけど、それを解決するために周囲の魔力を少しずつ吸収する魔術もかけられているのだ。このおかげで魔力の使い方を知らない一般人でも、半永久的に使えるらしい。
 吸血鬼のベアトリスは魔術とはまた違った変な術を使えるけど、だからといって魔力が無いわけでもない。むしろ普通の人間と比べるとはるかに多い。だからこのクーラーボックスは常に最効率で稼働していた。しかも今は私も居るし。

 ベアトリスはまず、用意した羊肉を切ってある程度の塊にし、そこに色んなスパイスを揉みこみ始めた。

「羊肉は結構独特のクセと匂いがあるから、スパイスを多めに使うわ」
「スパイシー系のスープになるんだ?」
「そうね。パンとも合うけどお米の方がより合うかもしれないわ」
「よし、お米炊く」
「……本当、ごはんの話になると行動が早いわよね」

 野宿の時にお米を鍋で炊いた事があるので、わりと慣れたものだ。ベアトリスと私で調理器具はそれぞれ持っているので、こういう時器具が足りなくならないのが良い。
 首尾よくごはんを鍋へと入れ、炊く準備を完了する。後は水を適量入れて火にかけるだけだ。

「どのタイミングで炊けばいい?」
「煮込むのに一~二時間はかかるから、かなり後よ」
「……早く準備し過ぎた」
「まだ水を入れてないからいいじゃない。ちなみに炊く前にお米を三十分ほど水に浸しておくとよりおいしくなるらしいわよ」
「……覚えておく」

 やっぱり、おいしくしようとするとなんでも結構手間がかかるらしい。
 ベアトリスはスパイスを揉みこんだ羊肉の塊を鍋へと投入し、水をかぶさるくらい入れていく。

「沸騰したら弱火でじっくり煮て、水分が半分くらいになれば完成よ」
「そんなに蒸発させるんだ?」
「それくらいしないと味が凝縮しないわ。ダシを取る時は水を多めで沸騰させて、それが半分くらいになるまで煮るのはよくあることよ。食材とその量によるけどね」

 となると、後は待ってるだけかぁ。やっぱり本とか暇つぶしの物が欲しいな。三人もいるし、何らかのカードやボードゲームとかもありかも。荷物になるけど。

「そういえば……」

 じっくり煮込むのを待っている間、ふとベアトリスが口を開いた。

「リリアって好きな食べ物とかあるの?」
「あるよ。言ってなかったっけ?」
「……聞いた覚えはないわ」
「私が好きなのはかぼちゃだよ。特にかぼちゃスープ! ……にひたしたパン!」
「結局それパンじゃない」
「違う! かぼちゃスープにひたしたパンだよ! かぼちゃスープにひたしているから実質かぼちゃなんだよ!」
「はいはい。ライラは……」
「カニー!」
「聞くまでもなかったわね」

 うん。ライラのは聞くまでもないよ。

「そういうベアトリスは? やっぱりラズベリー?」
「ラズベリーはデザート系としては好きだけど、ちゃんとした料理で好きなのは……そうね、やっぱり仔牛のステーキかしら。特に血が滴るようなレアが好きだわ」

 ……急に吸血鬼感出してきたな。空が暗くなり始めたからだろうか?
 そうこう煮込むこと一時間が経つ。

「うん、後一時間くらいね。リリア、お米炊いてちょうだい」
「は~い」

 言われるまま水を注ぐ。このまま教えられたとおり三十分浸水させてから火にかければ、ちょうどマトンスープができあがる頃に完成だ。
 そうして一時間が経った。ごはんが出きる直前とも言えるこの一時間は、体感あっという間だった気がする。

「はい、スープは完成」
「こっちもお米炊きあがった」
「なら食べましょうか」

 ベアトリスがスープをそれぞれの器に入れていく。大きな羊肉も一緒だ。
 私もお米を鍋から器に盛っていく。なんだか野宿とは思えない。
 そうして三人の前にお米とスープが並び、さっそく皆で頂きます。

 まず飲むのはやっぱりスープ。あの透明な水が茶色っぽく濁っていて、いかにも味が染み出てますよって見た目。
 一口飲むと……うん、これは中々独特な感じ。羊肉の匂いやクセを若干感じるが、スパイスの香りや味がうまく包み込んでいる。

 味は塩気が意外と薄く、肉の旨みが強い。スパイスのぴりっとしたのが塩気の代わりになっていて良い。
 これはお米と合いそうな味だ。さっそく私はお米を一口。
 三十分浸水させた効果なのか、お米は結構つやつやしてて甘みが強くておいしい。ぴりっとしたマトンスープに合わせるには、確かにパンよりお米の方があってそうだ。

 そしてスープの中にどんっと構える大きな羊肉。かぶりつくように食べていく。
 見た目とは裏腹に、しっかり煮込んであるのでほろっと肉の繊維がほどけていく。パサついていることもなく、ジューシーな味わいだ。

「おいしいなぁ、これ」

 マトンスープをぐびぐび飲み、塊肉に夢中でかぶりつく。野宿という夜空の下で食べるのにすごく合っているワイルド感だ。

「あら、お米うまく炊けてるじゃない。おいしいわよ」

 今度こそベアトリスに褒められた。ライラもこれは褒めていると認めるに違いない。

「はぐ……あぐ……むぐ……」

 と思ったら、ライラはがんばって羊肉の塊に噛り付いている最中だった。大きいもんね……そしてライラは小さいもんね……必死になるよね。
 しかし……昼間は羊が放牧されていたこの平原で羊肉を煮込んで食べるって言うのは、考えてみれば変な感じ。

 放牧されている羊達はもう村の方へと帰っているだろうけど、この匂いを嗅いでたら何を思うのだろう……。
 なんて事を考えるけども、哀愁は感じない。マトンスープがおいしすぎるのでしかたないな。

 ありがとう羊……でも放牧されているからといって、野生化はしないでね。
 そんな事を願う私だった。
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