魔女リリアの旅ごはん

アーチ

文字の大きさ
142 / 185

142話、沢ガニのから揚げ

しおりを挟む
 前日から引き続き、今日もツツジ湖を迂回していた。
 大きい湖だけあって、湖の向こう側へとたどり着くのはかなり時間がかかる。それでも、この調子なら日暮れ前には到着できそうだ。
 そんな時、ライラが突然叫んだ。

「カニー!」

 いきなりだったので私の背筋がビクっとなる。急に大声出すから驚いた……。
 でも、こんな所でライラがカニカニ叫び出すのは不思議だ。この状態はカニを見た時だけ限定のはずなのに。

「どうしたのライラ? カニの幻覚でも見えた?」
「幻覚じゃないわ。ほらあそこ、カニ! カニー!」

 そんなバカな。ここは湖であって海ではないのにカニなんて……と思いつつ湖の水際を見てみると、湿った土の上でいそいそと歩く小さなカニが確かにいた。

「本当だ、カニだ」
「カニー!」

 カニって海の生き物かと思ってたら、淡水に生息する種類もいるのか。……いや考えてみたらデスクラブとかいう危険な奴が砂漠にも居たな。
 海水と淡水では色々環境が違うせいか、海水のそれよりも淡水のカニはかなり小さい。手の平に乗せられるくらいだ。

「沢ガニね。川に生息してるって聞くけど、湖に居るのは珍しいかも」

 ベアトリスは淡水に住むカニのことを知っていたらしく、特に驚きはなかったようだ。むしろ突然カニカニ騒ぎ出したライラの方を興味深げに見ている。

「……ねえ、なんでライラはあんなにテンションが高いの?」
「ああ、ライラはカニでテンション上がるタイプの妖精なんだよ」
「……もしかして私をバカにしているのかしら?」

 すごく疑わしそうな目で見てくるベアトリス。その気持ちはすごく分かる。私も今でもどういうタイプの妖精だよって思ってるもん。

「ライラが言ってたから冗談ってわけではないよ。実際ほら……」
「カニー! カニー!」
「テンション上がってるじゃん」
「……テンション上がってるわね」

 ベアトリスは頭痛をこらえるかのように額に指先を当てて苦悶の表情で目を閉じた。多分理解が追いつかなくて必死で事実を受け入れようとしているのだろう。
 ようやく考えがまとまったのか、ベアトリスがすっと目を開ける。

「……カニでテンション上がるタイプの妖精ってなによ」

 ……だからそれは私も分からないんだって。
 しかしライラ本人が言うからそうなのだ。カニでテンション上がるのは事実だから妖精にはそういうタイプがいるって受け入れるしかないのだ。時に現実は私達の理解を超えてくるけど、あるがままを受け入れるしかない。
 なんとも言えない私達の沈黙と視線を露知らず、ライラは沢ガニの周りをふわふわ飛び回る。

「カニー! カニー!」

 ……テンション高いなぁ。

「ちなみにライラのカニ好きって多分食欲的な意味だからね」

 私が言うと、ベアトリスが驚愕の表情を返す。

「え。意外と……あれね。容赦ないのね。そういえば前神社に行った時、カニが絶滅しないように願ってたような……あれってそういうこと……?」

 点と線が繋がってベアトリスが納得を返す。そうか、あの時のベアトリスからしたらライラのお願いまったく意味分からなかったのか。カニの繁栄を願う妖精って訳分からないもんな。

「カニーカニー!」

 ライラはやっぱりまだカニの周りを漂っていた。
 そんな姿を見ながら、ベアトリスがぽつりと言う。

「食欲的な意味でカニが好きなら、あれ、食べてみる?」
「え? あのカニ食べられるの?」
「しっかり火を通せば食べられるはずよ。それも殻も丸ごと。サバイバル料理の本で書いてあったわ」

 なんて本読んでるんだ、って思ったけど、旅をするならあって困らない知識でもあった。私も今度町で料理本探してみようかな。

「ライラー! ベアトリスがそのカニ料理してくれるって」
「わぁーい! カニカニー」

 返事はするからこっちの声が聞こえる程度には理性があるらしい。新発見だ。

「なら私料理の準備するから、リリアはカニ捕まえてきて。あと火も起こしてちょうだい」
「はいはい。あ、カニどれくらい必要?」
「沢ガニは小さいし、三人分ともなると結構必要ね。まあどれだけいるか分からないし、任せるわ」

 早速魔術で火を起こし、ライラと共にカニ捕獲へ動き出す。
 本来カニは大きなハサミを持ち、素手で捕獲するとなると結構危険だ。でもこの沢ガニはサイズがかなり小さいので、そこまで注意する必要もない。動きも遅いので、簡単に手で抓んで捕獲できる。

 水を入れたボウルに捕獲した沢ガニを次々投入。ものの十分で八匹も獲れた。小さいので八匹いても物足りなさそうだが、軽いお昼ごはん程度としては十分だろう。

「カニ獲ってきたよ」
「ありがとう。次は水で洗って綺麗にして」

 言われるまま、カニを水洗いしていく。
 その間ベアトリスはフライパンに油を入れ、パンを薄く輪切りにしていった。
 輪切りにしたパンはフライパンで焼いていく。良い感じに狐色になったら、お皿の上に取りだした。

「それ、ラスク?」

 ラスクとは、パンを二度焼きした菓子のことだ。

「そうよ。本来は砂糖を塗ってオーブンで焼くものだけど。まあ二度焼きしたパンという意味では大差ないわ。それで、カニは洗えた?」
「はい、全部洗った」
「じゃあ後はこれを焼くだけね」

 ベアトリスはもう少しだけ油を足し、カニをフライパンの中に放り込んでいく。

「さらばっ!」
「……そのかけ声いる?」
「勢いよ勢い。生きてるカニを油の中に放り込むにはこれくらい勢いがないと」
「カニー」

 生きたまま揚げられるカニに対するライラの声音には、どこか無常感が漂っていた。
 やがてカニが赤くなってしっかり火が通ると、ラスクの上に一つずつ乗せていく。
 そしてクーラーボックスから昨日作ったバジル入りタルタルソースを取り出し、それをラスクの端にたっぷりと塗りつけた。

「このタルタルも日持ちしないから、今回で使い切るわ。もうバカみたいにつけるから」

 言葉通り、どのラスクにもタルタルが大盛りだった。これカニよりタルタルがメインでは?

「はい、できあがり」

 沢ガニとタルタルが乗ったラスクが完成。その異様な見た目に私は押し黙る。だって、その姿のまま揚げられたカニがラスクの上に堂々と立ち、その背後には山盛りのタルタルが乗っているのだ。前衛アートかな?

「すごい……見た目……えぐい」

 やっとのことでそう言うと、ベアトリスは苦々しげな表情を返した。

「カニの姿揚げなんてどう頑張ってもこうなるわよ。カニそのまんまな見た目なんだもの」

 それはそうだ。
 でもこの異様な見た目のタルタルカニラスクに好意的な反応を返す者もいた。当然ライラだ。

「カニー!」

 一切テンションを損なうことなくラスクにかじりつく。そのままもぐもぐしてごくんと喉を鳴らして一言。

「カニー!」

 ……おいしいのかどうなのかまったく伝わらない。
 結局自分で食べて判断するしかないようだ。
 思い切って、タルタルカニラスクを一口食べる。
 ラスクのカリっとした食感。パリパリに揚げられた沢ガニの香ばしさ。バジル入りタルタルの爽やかな匂いと酸味に濃厚な味。

「おいしいな。見た目はあれだけど」
「……本当ね。自分で言うのはなんだけど見た目あれなのに」

 ベアトリスも自分で作っておいて意外とばかりに食べていた。
 見た目はあれだけど、どれも味自体は変じゃないし、当然と言えば当然。

「カニー!」

 でもライラほどテンション上がりはしない。こんな小さなカニでもこれだけテンション高くなるんだな、ライラって。
 その姿のまま揚げられた沢ガニとテンション高いライラを見て、きっと私とベアトリスの思考は一致しただろう。
 妖精ってわけ分かんない。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...