魔女リリアの旅ごはん

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139話、二日酔い吸血鬼

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 温泉に浸かった翌日の早朝。私はまだ起きたくないのに目が覚めていた。
 目覚めた理由はひどく簡単である。ベアトリスが……なんかすごく唸ってる。うぅ……という苦しそうな声が断続的に響き、私ばかりかライラまで目を覚ましてしまっていた。

「ベアトリス、どうしたのかしら?」
「さあ……? とりあえず苦しそうだから起こしてみよっか」

 毛布に頭までをすっぽり隠して眠るベアトリスを起こすべく、私は彼女の体を揺さぶった。

「う、うぅ……ゆ、揺らさないで……ちょうだい……うぇ……」

 するとベアトリスは更に苦しそうな声をあげた。どうやらもうとっくに起きていたらしい。
 とりあえず毛布をめくって彼女の顔を出させる。するとその下に現れた顔は普段よりも青白く血の気が無い。

「苦しそうだけどどうしたの?」

 まさか、吸血鬼の発作かなにかだろうか? もう血を飲もうともしない彼女は、当然長い間血を摂取してないはずだ。もしかしたらそのせいで吸血鬼として体調を悪くしたのかも。
 そんな心配をしていたら、ベアトリスはか細く苦しそうな低い声で言った。

「……二日酔いみたい」
「……」

 なんだ、二日酔いか。私はめくった毛布を戻してベアトリスの顔を元通りすっぽり覆い隠した。
 こんな風に毛布で頭部までを包んでいるのは、二日酔いで頭が痛いから周囲の音を遮断したかったのだろう。
 そもそも二日酔いになったのは自業自得だ。昨夜ライラとばかばかお酒飲んでたもん。十杯以上いってたよあれ。

「昨日バカみたいにワイン飲むからだよ」
「誰がバカよ……」

 ベアトリスが苦しそうに唸った。引っかかる所そこなんだ? ただの物の例えだよ。

「納得いかないわ……どうして私は苦しんでるのに……ライラはけろりとしているのよ……」
「え? まあライラは妖精だし……」

 正直私としても、ベアトリスと同じくらい飲んだライラがけろりとしているのは驚きだ。でも妖精だしな。妙な所は全部妖精だからで解決した方が悩みが無くていい。

「よく分からないけど、私妖精だから二日酔いとかしないんじゃない?」

 ほら、本人もこんなことを言ってるし。

「お、おかしい……こんなの世界が間違っているわ……」

 最後に低く呻いた後、ベアトリスはなにも言わなくなった。多分喋ると自分の声が響いて辛いのだろう。
 私とライラは顔を見合わせて、一端部屋から出る事にした。この状態のベアトリスと一緒にいたら、彼女の頭痛が地獄のようになると判断したのだ。

「人間ってお酒を飲み過ぎるとああなるのね。かわいそう」
「ベアトリスは吸血鬼だけどね。でもそれベアトリスに言っちゃダメだよ」

 お酒飲んでもけろりとしている妖精のライラからそんな事を言われたら、多分また世界がおかしいと喚きだすから。

「とりあえず……朝だしなにか朝ごはん買ってこようか。二日酔いに効きそうな食べ物とかあるかもしれない」
「薬とかはないの? ほら、二日酔いがぱぱっと治る魔法薬とか」
「んー、二日酔いってアルコールが体内に残っているのと脱水症状のせいだったりするからなー。薬飲んでぱぱっと解決は難しいかな。それでもアルコールの分解を効率的にする魔法薬とかあるけど、結局食事で栄養と水分補給するのとやってる事は同じかも」

 お酒飲む前ならそれこそ、二日酔い防止になる薬や魔法薬とかもあるにはあるけど。なった後ではどうしようもないよね。

「……結局、食べて安静にしてれば治るってこと?」
「そういうこと。やっぱり世界の真実はごはんだよごはん」

 ベアトリスは世界が間違っていると言っていたが、世界は正しい。おいしいごはんを食べれば二日酔いもそのうち治る。それが世界の真理。
 ということで、私とライラは旅館の売店へと来ていた。

 旅館入り口には売店スペースがあり、お土産品の他飲み物や食べ物など様々な商品が売られている。旅館でごはんを注文しなくても、こちらで買ったのを食べることもできるのだ。
 朝は特に軽く速く食べたいから、旅館に注文するよりもぱぱっと買った方が早い。
 結構大きな旅館のおかげか、売店の食品売り場には色んな物が売られていた。

「これだけ色々あるなら、二日酔いに効く食べ物から選んで買っていけるかな」
「二日酔いに効く食べ物ってあるのね」
「そう言うと大げさだけど、結局体内に残るアルコールを分解できればいいからね。その為には栄養と水分だよ」

 言いながら、私はおにぎりを見繕っていた。最初朝ごはんはパンにしようかなと思ってたけど、フウゲツやルキョウの町はごはんを握って軽食としたおにぎりが豊富に売ってあるので、そっちが食べたかった。おにぎりは惣菜パンと同じく具材が様々あるので、選ぶのも楽しい。
 とりあえず三人分買うので、色々な種類を適当に買う事に。ただベアトリスの分は梅おにぎりにしておいた。二日酔いだと胃が気持ち悪くて食欲がないかもしれないから、酸っぱい物で食欲を沸かせようと考えたのだ。

 朝なので食べ物はおにぎりだけでいいだろう。とすると次は飲み物。お茶を三本分と、あとカフェオレを一つ買う事に。コーヒーなどに含まれるカフェインは二日酔いの頭痛に多少効果があるけど、ブラックだとお酒で荒れた胃の刺激になる。ミルクたっぷりのカフェオレやカフェラテなら、比較的胃に優しいし、ミルクにも栄養がある。後とにかく水分補給が大事なので、お茶も飲ませよう。
 とりあえずこれでいいだろう。ごはん食べて水分たっぷり取って安静にしてれば、昼くらいには調子が戻ると思う。だてに吸血鬼じゃないし。吸血鬼なら体は丈夫でしょ? 多分。

 後ついでに、ウコンの粉末があったので買っておいた。ウコンは肝機能を強化する働きがあるとかないとか言われている。なので二日酔い防止として摂取する人も結構いるのだ。民間療法なのであやふやな効果なうえ二日酔いになった後で摂取して意味があるのか疑問だけど、まあ粉末を少し舐めさせる程度なら体に悪くないだろう。思い込み効果で治る可能性もある。
 買う物を買ったので部屋に戻ると、ベアトリスはまた唸りだしていた。

「ドアの開け閉めの音が……頭に響くわ……私耳が良いのよ……吸血鬼だから……」
「そうなんだ」

 吸血鬼って耳良いんだ? まあ人間より身体能力優れているイメージある。それも二日酔いでぐったりしている姿を見ると台無しだけど。

「とりあえずごはんと飲み物買ってきたから食べなよ。なにか食べないと二日酔いの治りも遅いよ」
「分かったわ……」

 もそもそ起きてきたベアトリスに、梅おにぎりとカフェオレが入ったカップを手渡した。

「……お米とコーヒーの組み合わせはどうなの?」

 ……二日酔いに効くことだけ考えてたから、食べ物と飲み物の相性は一切考慮してなかった。確かに米とコーヒーってどうなんだ。でも食べろ。
 ベアトリスはもそもそとおにぎりをほおばりだした。

「……あ、梅。酸っぱくておいしいわ……」

 梅の酸味で多少食欲を取り戻したのか、食べるペースが上がった気がする。
 途中でカフェオレを飲んだベアトリスは、なんとも言えない顔をした。

「梅おにぎりとの相性はやっぱり良くないわよ」

 カフェオレはかなり甘いし、酸っぱい梅おにぎりとはやはり合わなかったらしい。二日酔いのせいではない苦々しい顔をした。
 それでも全部食べ終えたベアトリスに、今度はお茶とウコンの粉末を渡した。粉末は透明な小さい袋に入っている。

「なにこの粉……やばいやつ?」

 なわけないでしょ。

「ウコンだよ。多分二日酔いにも効く」
「……多分?」
「多分」

 疑わしそうな目で粉末を見るベアトリスに私はこくこくと頷いた。正直本当に効くのかどうかは私も分からない。でも効く可能性あるなら舐めときなよ、と目で訴える。

「……」

 やがてベアトリスは意を決して指先で粉末を取り、ぺろりと舐めた。

「……にっがっっ! あっ、自分の声で頭が……うぅぅぅ……」

 あまりの苦さに驚いた声で頭痛に響くとは……かわいそうなベアトリス。
 最後にベアトリスはお茶を飲んで、また布団に潜りこんでいった。毛布ですっぽり頭までを覆い、姿が隠れる。
 ……まあ、後は時間が解決してくれるだろう。

「あっ、これしゃけおにぎりだわ」

 一方ライラは適当に買ったおにぎりを適当に頬張り、色んな味をランダムに楽しんでいた。
 平和だ……。確かにこの様子を見ていると、なぜ同じ量のお酒を飲んだライラだけ平気なのかと世界に訴えたくなりそうだ。

 とりあえず私が思う事は一つだけ。
 お酒、弱くて助かった。それなら最初からたくさん飲もうとしないからね。下手に強い方がうっかり飲み過ぎてベアトリスみたいに二日酔いになりそう。
 そんな教訓を抱きつつ、おにぎりを食べる。

 私が食べたのはツナマヨだった。うん、おいしい。おにぎりにツナマヨって意外と王道だよね。マヨネーズとお米って合わなそうなのに。
 ……平和だなぁ。くるまった毛布から時折聞こえる苦しそうな唸り声を聞きながら、私はあらためてそう思った。
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