魔女リリアの旅ごはん

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138話、温泉街と個室酒場

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 お昼ごはんに重箱料理を食べ、再度軽くお城観光を済ませた後、近くにある温泉街へ行こうと話がまとまっていた。
 ルキョウの町の一角では昔温泉が噴き出したらしく、せっかくだからと温泉街を設けたようだ。今そこは多種多様な温泉と宿泊施設、そして飲食店が乱立し、お城と並ぶ町の中心地となっている。

 私達が泊まっている旅館もこの温泉街の近くにある。温泉街の旅館ではないので値段も安く、予約をしてなくてもすんなりと泊まれる事ができる。いわば一見の旅人向けの旅館でもあった。
 とはいえ温泉街に近いのは近いので、立地は悪くない。部屋も広くて居心地が良いのは実証済みだ。

 ひとまずその旅館へと戻って鞄などの邪魔な荷物は置き、温泉街へと向かった。タオルなどは貸し出してくれるので、着の身着のまま、軽い気持ちで入れるのが人気の秘訣らしい。
 温泉街からはそこかしこから煙が立ち昇り、とても町中とは思えない風体だ。湿気も立ちこめ、温泉特有の硫黄にも似た匂いが漂っている。

 温泉施設はいくつもあり、湯によって成分の比率が変わり多少効能が違うという。三人で相談した結果、体が休まる疲労回復効果がある湯を選択した。毎日歩き続けているので、特に足を癒したい。
 温泉はかなり広い。脱衣所の時点で百人くらい入れそうで、いざ温泉へと向かうと石で囲われた複数の湯があった。源泉に近い熱いお湯をそれぞれの湯へと流して適温にしているらしく、触ってみると良い温度だった。

 まだ夕暮れ前だからか他のお客さんはそこまでいない。私達三人で一つの湯を独占するように足を差し入れた。

「あー……すごい落ち着く」

 肩まで浸かると、全身が暖かさで包まれる。温泉の匂いはリラックス効果があるのか肩の力が抜け、まるで全身が溶けてしまうかのようだった。

「気持ちいいけど私にはちょっと熱いわね」

 隣りに座るベアトリスの青白い肌は赤く火照っていた。吸血鬼は体温が低いのか、相対的にこの程度の温度でも熱く感じるのだろう。かんざしで纏めた髪のうなじからかいた汗をぬぐい、ふぅ、とため息一つ顔をあおぐ。
 ライラはというと……溺れかけていた。

「あっ、あぶっ、これ足がつかないし羽根もお湯の中だと全然動かないわっ」

 平常心を失っているのか、ばしゃばしゃもがいて何とか沈まないようにしている。
 どうしよう。手で持ち上げた方がいいのかな……なんて私が戸惑っていると、ベアトリスが口を開いた。

「……別に妖精なんだから、羽根を使わずとも魔力を操作すれば受けるんじゃないの? リリアのテレキネシスみたいに」
「……え? あ、本当だ。できるわ」

 できるんかい。いや、そんな事できたんだ!?
 ライラはさっきまでの慌てぶりが嘘のようにぷかぷかと浮き出した。足は全く下についてないのに、肩付近でお湯に沈み込まない。そのまま水中で座り足まで延ばし始めた。

「私って羽根が無くても浮けたのね。自分の事なのに知らなかったわ」
「浮いてるというより、本当に私のテレキネシスみたいに自分を固定しているって感じだけど……」

 でも沈んでない事は事実。そして驚愕だ。妖精は羽根がなくても別に飛べる。ならなぜ羽根があるんだ……飛ぶ時羽根を動かすんだ……また一つ妖精の謎が深まった。
 考えても謎の深みの泥に沈むだけなので、気持ちを切り替えるように温泉でばしゃばしゃと顔をぬぐった。
 せっかくの温泉だ。何も考えずゆっくりしよう。
 私は目をつぶり、ただただ温泉の気持ちよさを味わう事にする。

 ……。
 ……。
 ……。
 ……。
 やばい、これ以上はのぼせる。

 見るとライラやベアトリスも限界なのかぐでっとし始めたので、三人一緒にお湯から上がる事にした。いくら温泉が気持ち良くても、長湯は危険。
 温泉からあがり着替えて外へ出ると、空は赤く染まっていた。夕暮れの涼しい風がひんやりと首を撫でる。

「この辺りは飲食店もいっぱいあるし、夜ごはん食べていこうか」
「食事もいいけど、なにか冷たい物も飲みたいわね」

 ベアトリスが扇子で顔を仰ぎながら言った。湯上りで喉が渇いているのは私もだ。

「せっかくだしお酒でも飲めるお店へ行きましょう。あれとかいいんじゃないかしら」

 ベアトリスが選んだのは、料理も食べられる個室酒場だった。特に他の案もないので、そのままそこに入ってみる。
 店内は暖色系の明かりが灯る落ち着いた雰囲気。襖で仕切られた部屋がいくつもあり、その一つに案内された。
 部屋の中は畳が敷かれた旅館と同じ形式。テーブルを挟んで向かい合わせで私とライラ、ベアトリスが座る。

「そういえばリリアってお酒は飲めるのかしら?」

 ベアトリスに聞かれ、私はうーんと唸った。

「そんなにたくさんは飲めないと思う。前ビール一杯で結構きた。逆にライラは結構いけるよ」
「へえ……妖精ってお酒も問題ないのね。……もう謎存在よね」

 ベアトリスがそれを言うのか……この謎吸血鬼。
 ベアトリスはパラパラとメニューをめくりつつ、店員を呼ぶ。

「とりあえずお酒と料理を適当に頼んでおくわ。一応リリア向けの飲みやすそうなのにしておいたから」
「ありがと」

 もう全部ベアトリス任せでいいや。その方が何が出てくるか分からなくてわくわくする。それにベアトリスが選ぶならおいしいのが出てきそうだ。料理が上手だから、そんな安心感があった。
 他力本願な考えで料理が来るまでひとまず待つこと数分。
 最初にやって来たのは、刺身と香菜のサラダにお酒だった。まだ他にもベアトリスは頼んでいたので、この後も来るのだろう。

「これなんのお酒?」

 グラスにそそがれたのは水のように透明なお酒だった。なぜかしゅわしゅわと気泡が漂っている。

「清酒の炭酸割りよ。すっきりして飲みやすいわよ」
「へえ~」

 見た目は本当に水みたいなので、すごく飲みやすそうだ。
 ひとまずお酒とその当てがきたので、三人で乾杯する事にする。

「かんぱーい」

 ライラの高さに合わせてかちりとグラスを合わせ、清酒の炭酸割りとやらを一口。

「んっ、しゅわしゅわする」

 炭酸なので当然だ。そして意外とアルコール分は低いのか、飲んでもくらっとこない。炭酸で割ってるから薄まってるのかな。
 癖がなくほのかに甘い。苦さがポイントのビールとはまた違った飲み口だ。
 火照った体に冷えた清酒は中々心地よく、すっきりした面持ちで刺身と香菜のサラダを食べてみる。

 どうやらお酢を使っているらしく、ちょっと酸っぱめ。オリーブオイルも入っているらしい。
 香菜の強めの匂いが香り立ち、刺身の柔らかい歯ごたえと味がたまらない。思わず清酒を一口飲んだ。

 そうしていると次の料理がやってくる。チーズのベーコン巻きに串盛り、ポテトサラダ。メインとしてミートパスタと中々にたくさんだ。
 まず串盛りから食べてみる。色々な串料理があるらしく、私はレバーを食べてみた。

 レバーは鉄分豊富でほろ苦い味。甘めのタレがかかっていて、噛むと身が簡単にほろほろと崩れる。好き嫌いが分かれるレバーだけど、私はわりと好き。
 やや苦めだけど、それを流す清酒がまたおいしく感じられるのが良い。

 次にポテトサラダを食べていると、ベアトリスとライラがかたんとグラスを置いた。
 見てみると、二人共グラスが空になっていた。

「ふぅ~……お酒、おいしいわねっ」

 ライラがにこにこ顔でそう言った。

「本当に強いのね。体が小さい分アルコールが回りそうなのに」

 同じく清酒を飲み干したベアトリスも結構強い方らしいが、ライラの飲みっぷりには呆れるしかないようだ。

「私は次ワインを頼もうと思うけど、ライラはどうするの?」
「同じのでいいわっ」
「そう。で、リリアは……」
「私はまだ飲み終わってないから。あ、でも何かジュース頼んどいて」

 清酒は飲みやすくおいしいが、調子に乗って飲むと絶対酔う。だから一杯だけにするつもりだ。
 やがて、やって来たワイン片手に料理を食べ始める二人を前に、私も自分のペースで食事を再開した。

 チーズのベーコン巻きはコショウがたっぷりかけられている。一口食べるとコショウの強い風味がかけぬけ辛味があるが、解けかけたチーズのまろやかな味とベーコンの塩っ気がうまく組み合わさる。これもお酒に合いそうな味だ。
 そしてメインのミートパスタ。これは玉ねぎとひき肉、それにトマトが使われた王道のミートソース。パスタのあっさりした風味がひき肉たっぷりのミートソースで食べごたえ抜群になる。

 ちゅるちゅるパスタを食べていると、またからんとグラスを置く音が聞こえた。
 もう飲み終わったのか……しかも二人同時に。
 二人は立て続けに二杯飲みながらも、まだけろりとした顔をしていた。ベアトリスは意気揚々とメニューを手にして、ライラがそれを覗き込む。

「さて、次は何を飲もうかしら」
「もう一度ワインはどう? これぶどうの味がしっかりしておいしかったわ」
「あら、ワインのおいしさが分かるなんてさすがね。なら次は赤ワインにしましょう。赤ぶどうを使ったこっちは、より芳醇な匂いと味わいで肉料理に合っているわ」

 ……なんか二人ともすごい飲む気だ。赤ワインに合わせて肉料理まで注文し始めたよ。
 私は清酒の残りをぐびっと飲み干す。一杯だけで少しくらっと来たので、ワインを飲むのは諦めて肉料理だけ楽しむ事にした。
 しかし……お酒に強いな二人とも。
 がぱがぱ飲みまくる二人を前に、私は圧倒されるばかりだった。

 ……明日、大丈夫かな?
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