魔女リリアの旅ごはん

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121話、ウミホタルとうな丼

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 たこ焼きをつまんでベンチで軽く一休みした後、私とライラはまた市場をぶらぶらとした。
 特に買う物は無かったが、様々な物が溢れる市場を見ているのは時間を忘れるくらい楽しい。

 だからだろうか、気がつけば空は茜色に染まっていた。
 夕暮れの空を見て、私はふと思い出す。

「そういえば、夕暮れ頃にまた海を見ようって考えてたな」

 昼前に海を見ていたが食欲に負けて早々に退散したんだった。
 きっと夕暮れの赤色に染まるサンゴ礁はすごく綺麗だろう。そう期待して、私達は海へと向かう。

 そうして夕方の海へとやってくると、やはり海全体が茜色に染まっていた。空で淡く輝く夕暮れの太陽の光が優しく海を染め上げている。
 しかし、海面が茜色に染まっているため、海中のサンゴが隠されてしまっていた。

「うーん、そうか、サンゴ礁って昼くらいの方が綺麗に見えるんだ」

 考えてみれば当たり前か。海中にあるサンゴが一番よく見えるのは、朝から昼ぐらいの海面が透き通っている時間帯だ。
 もちろん茜色に染まる海は美しいけど、以前訪れた海沿いの町ミスティライトでも見た光景。せっかくのサンゴ礁だから、その特徴を活かした美しい光景が見たかった。

「せっかく昼に来てたのに、食欲に負けて退散しちゃうから」

 残念がる私へライラが無慈悲な指摘をする。

「そうだけどさぁ、お腹空いてたし。それにライラも海よりカニだったじゃん」

 カニが使われた料理食べようって提案した途端カニカニ言いだしたからね。

「それはしょうがないわ。妖精にとっては海よりカニよ」
「……それはライラだけでしょ」

 全ての妖精がカニ好きとは決して思えなかった。もしそうだとしたら、海辺に居る妖精の群れはカニカニうるさい事になる。
 期待していた光景では無かったけど、このまま立ち去るのもちょっと残念なので、浜辺を歩いてみる。

 この辺りはサンゴ礁なので海水浴をしている人は居ないが、釣りをしている人はたくさんいる。
 でも、釣り人もどうやら撤退時のようだ。誰も彼もが竿を仕舞い込み、帰り支度をしていた。

 ここらでは夜釣りとかしないのかな? 景観とか海の生物の生態系の為に夜釣りは禁止されているとか?
 浜辺を歩きつつ茜色の海を眺め、帰り支度をする釣り人を見送る。
 そうしていると、今日という一日がもう終わるのだと自覚してしまう。

 夕暮れ空も段々暗くなっていく。そうか……もう夜だ。
 夜と言ったら夜ごはんだな。今日は何食べようかな……。
 もうこのまま町へと帰り、お店を探してみようか。そう考えつつも、周りの不思議な雰囲気を感じ取って足を止めた。

「どうしたのリリア。海を見ていてお腹でも空いた?」
「私を何だと思っているの」

 いくらなんでも海を見ているだけでお腹が空くわけが……いや、空いたな。もう私の食欲を刺激するスイッチは何が切っ掛けで入るか自分でも分からないし。
 そして事実海眺めながら歩いていたらお腹空いたし……。
 確かにお腹は空いている。でも今は、それより気になる事があった。

「なんだかさ、この時間になって人が集まってない?」

 私が言うと、ライラがきょろきょろと周囲を見渡した。

「本当ね。帰るどころか町からどんどん人が来て集まってきてるわ」

 そう、暗くなりつつある浜辺には、昼時より人々が集まってきていた。
 彼ら、あるいは彼女らは、何かを期待するように暗闇に染まる海を見つめている。太陽が沈めばサンゴ礁どころか海そのものが見えなくなるというのに、何を期待しているのだろう。

 それが気になって、私も黙って暗くなっていく海を見つめる。
 ……やがて、太陽は沈み夜が訪れた。海は暗闇に染まり、もう何も見えない。
 だけど浜辺には大勢の人が集まっている。辺りから小さな声で会話する囁き声だけが聞こえてくる。

 周りから感じる何かへの期待感。それのせいで、自然私も何が起こるのだろうと胸をドキドキさせる。
 海が暗闇に包まれて数十分がした頃、ついにそれが目の前に現れた。

 暗闇に染まる海が、じわじわと青く発光していく。海面が、ではない。海中から発光しているのだ。
 その青い光はどうやら海中で動き回っていて、しかもとてつもない数のようだ。

「……ウミホタルだ」

 私は思わず呟いた。ウミホタルという青く発光する生物が海には存在すると、知識だけでは知っていた。
 でも見るのは初めてだし、本当にそんな生物が居るのかどうか半信半疑だった。

 それが今、私の目の前で見事に青く発光している。暗い海を海中から明るく照らし、ここら一帯の海が青く染まっていった。
 昼の青々とした海の色とはまた違った、夜の青い海。そしてその光は、ピンクや赤色のサンゴ礁も照らし出していた。

 そうか、このカカミの町の海はむしろ夜が本番なんだ。他の海辺では見られない、青く輝く夜のサンゴ礁が楽しめる。

「綺麗ね」

 ライラも見惚れるようにうっとりと呟いた。
 そう、とても綺麗だ。青く輝く夜のサンゴ礁は、ここ以外では見られない奇跡の光景。
 でもね……お腹、空いてるんだよね。

「……ライラ、ごはん、食べに行こう」

 ぼそぼそっとライラにだけ聞こえる小さな声を出す。この光景を前にしてごはんを優先するのが恥ずかしく思えたのだ。

「……逆にすごいわリリア。この状況でお腹空くのね」
「違うよ。元々お腹空いてたの。それ我慢してこの時間まで待ったの。とりあえずささっとごはん食べて来て、また戻って見よう」
「その頃にはもう光ってないかもしれないけど……まあいいわ。私もお腹空いているもの」

 確かに綺麗な光景は素晴らしい。でも私もライラも、美味しい物を食べるために旅をしている。だからそれを優先するのは正しいのだ。
 そう自分に言い聞かせて、ライラを連れてそそくさと町へと向かった。

 この時間は町の人々もほとんどが海へ向かっているのか、市場は閑散としていた。これなら簡単にお店に入れそうだ。
 何を食べようかは全く考えてなかったが、とあるお店の前で私の足が止まる。
 そのお店の壁には、看板が着けられていた。うな丼専門店うなぎ、と。

 うなぎは知っている。何かにゅるにゅるした細長い海の生物。でも、あれって食べられるの?
 疑問だったが、そのお店からはとてもいい香りが漂っていたのだ。何て言うか……甘くて香ばしい感じ。

 せっかくの海辺の町。新鮮な海産物を食べたいし、一度も食べた事ないうなぎとやらを食べるのも良いかもしれない。
 そう考えて、私はお店の中へ入った。

「いらっしゃーい」

 店員に出迎えられて、カウンター席へと案内される。店内にはぽつぽつお客が居て、皆丼を持って夢中でごはんを貪っていた。
 店内からは外で嗅いだ時よりも強烈な、食欲を刺激する甘くて香ばしい匂いが漂っている。これがうな丼の匂いなのだろうか。

 うな丼専門店なので、迷わずうな丼を一つ頼んだ。料理が運ばれてくるまでは、お水を飲んで静かに過ごす。
 初うなぎなのでちょっとドキドキ……おいしいといいけどな。
 そうしていると、すぐにうな丼が私の前にやってきた。

「おお……なんだこれ」

 目の前のうな丼を見て、ぼそりと呟く。
 ごはんの上に乗っているのは、魚を三枚におろしたような切り身。これがうなぎなのか。茶色くてちょっとコゲもあって、味が濃そう。

 焼き魚とはまた違ったその見た目にちょっと気圧されはしたが、匂いはとてつもなく良い。匂いだけで美味しいはずだと確信できる。
 ひとまずライラの分を取り分けてから改めて箸を持ち、ドキドキしながらうなぎを一口サイズに割ってみる。身は柔らかく、ほろりと簡単に切る事ができた。
 その身を箸で持ち上げて、ぱくっと一口。

 甘辛い味。そしてほろほろと柔らかい身が非常に香ばしい。
 なんだ……なんだこれ、おいしいぞ。
 そのまま追いかけるようにごはんを口に運ぶ。このうなぎにかけてあるタレがごはんにもちょっとかかっているらしく、甘辛い味だ。
 おいしい……これすごくおいしい。

 魚とは明らかに違う、柔らかい身と香ばしさから感じる旨み。お肉とも全く違うが、それでいてごはんにかなり合う味だ。
 これがうなぎ……不思議だ。不思議だけど美味しい。
 ライラも同じ感想らしく、お箸を懸命に動かして夢中でうな丼をかっ込んでいた。

「これ、うな丼、美味しいわね」

 もぐもぐしつつ、興奮したように声を弾ませるライラ。
 私もパクパク食べつつ頷きを返す。

「魚とも違った感じなんだよね、うなぎって。肉とも違うし……こういう食べ物もあるんだ」

 私もライラも、あっという間に完食してしまった。
 何だろう……空になった丼を見ていると、まるで夢を見ていたような気分になる。さっき夢中で食べていたうな丼は本当に現実だったのだろうか。それくらい美味しかった。

 やがて、夜の海を見ていた人々が町へと帰ってきたのか、次々お店へ人がやってくる。これ以上混む前に、私とライラはさっさとお店を退散した。
 外に出て、町から眺められる少し遠くの海を見つめる。青い発光は弱々しくなっており、今から行ってもサンゴ礁は見えないだろう。

 でも、早々に青く輝く海から離れたのは良い判断だったと思う。先ほどのうな丼専門店は結構な人気店らしく、もう人でいっぱいになり順番待ちを始めていた。最後まで海を眺めていたら、このうな丼には出会えなかっただろう。

「それにしても……」

 宿への帰り道をゆっくり歩いていると、ライラが呟いた。

「うな丼、確かにおいしかったけど……冷静になると、あのタレがすごくおいしかっただけじゃない?」
「……確かに」

 あの甘辛い独特のタレがとてつもなくおいしかったのは確かだ。それに対してうなぎ自体の印象はちょっと薄い。

「あのタレをかければ、何でも美味しくなったりして」
「うーん、どうだろうね」

 確かにあのタレは美味しかったけど、結局うなぎにかけるのが一番適している味だと思える。魚や肉にかけても、あそこまで美味しくなるかどうか。
 うなぎとあのタレは、お互いがお互いを引き立て合う一番の相手なのだ、きっと。

 そう考えれば、うなぎとあのタレが出会ったのは私達にとって幸運とも言えた。だって、すごく美味しかったから。
 出会いって、色々な物があるんだろうな。そう思えた一日だった。
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