魔女リリアの旅ごはん

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91話、ヒュワルダ遺跡とブドウの葉の詰め物料理

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 湖町クラリッタからそれほど離れていない場所に、ヒュワルダ遺跡という観光地がある。
 そこは大昔に現地民が信仰していた神殿があった場所らしく、今では石柱や石階段に、七割がた崩壊した神殿が残る遺跡だった。

 ほぼ崩壊した神殿の跡地ではあるが、中々見所があるらしく、クラリッタ近辺では観光地として有名らしい。
 一端の帰宅を決めた私は、クラリッタから出発した後、寄り道がてらこのヒュワルダ遺跡へとやってきていた。

「おおー……確かに遺跡だ」

 そうしてヒュワルダ遺跡を目にした私は、そんな当たり前の感想を言うしかなかった。
 事前情報通り、半ばまで残った太い石柱と石階段、そしてほぼ崩れ去って右側の外観がかろうじて残る程度の崩壊神殿があった。

 年月がかなり経っているはずだが、石柱は今も立派に立っている。やや白っぽい石で、種類は何か分からないが、風雨に強いタイプなのだろう。
 こうなってくると、件の神殿がなぜほぼ崩壊しているのか疑問に思うが、それはどうやらかつてあった地震のせいらしい。

 かつてあったと言っても、この神殿と共に人々が暮らしていたはるか昔の話だろうけど。
 つまり大きな地震で神殿の外観は悲劇にも崩れ去ってしまい、後には石柱と崩壊後だけが残ったという訳だ。

 崩壊した神殿をかつて住んでいた現地民がそのまま放っておいたというのは少々疑問に感じるが、一説によると大きな地震で現地民も大打撃を受け、そのせいで信仰が廃れたのではないかと言われている。
 このヒュワルダ遺跡、考古学の研究としてはもう十分使われたらしく、今は一般の人々でもそれなりに近づいて見ることができる。柱に触れるても大丈夫だ。

 でも私としては、わざわざ大昔の柱を触る意味が見いだせない。なのでそこそこ遠くから遺跡の全容を眺めるだけに至っていた。
 ライラもそこまで遺跡に興味ないのか、私の魔女帽子のつばの上、定位置とも言える場所でちょこんと座っている。

「ライラ、遺跡には興味ないんだ?」
「そうね。ようするにこれ、大昔に人が住んでた跡地でしょ? それなら今人が住んでる所の方が私は楽しいわ」

 なるほど、中々含蓄ある意見だ。
 妖精のライラからすれば、人間が昔住んでた場所の痕跡よりも、今人々が生活を営む村や町の方が新鮮なのだろう。

 私としては、こういう大昔の遺跡を見るのは少しだけぐっとくるものがある。何て言うの? ロマンがある的な?
 でも私のロマン気質な所はそれほど強くもないので、こうしてやや遠くから全体像を眺めるだけで満たされてしまうのだ。

 ヒュワルダ遺跡、中々見て楽しかったではあるけど、そこまで長居する必要はないかな。
 最後に遺跡の全容を改めて眺め、私はきびすを返してまた旅を再開した。
 すると、しばらく歩いた所でどこか見たことがある女性の姿を発見する。

 その女性は、何やら小さい木の近くで背伸びし、葉っぱを引っ張っていた。
 私からでは横顔しか見えないが、品の良い眼鏡と白衣という出で立ちが脳裏を刺激する。
 そうだ、あの人は……カナデさん。これまで二度ほどであったちょっと変な女性。

 カナデさんは確か研究者で、これまで砂漠やおでんを売る少女が現れるという噂の街道で出会ったのだ。
 そんなカナデさんは、なぜか背が低い木の葉っぱをいくつか採取している所だった。

 ……さすがに知らない人ではないので、無視は出来ない。私は近づいて、カナデさんに話しかけてみた。

「あの……カナデさんですよね?」
「ん……ああ、これはこれは、リリアさんとライラさん。奇遇ですね」

 私の方に振り向いたカナデさんは、ぺこりとお辞儀をした。彼女は魔女ではないが、昔から妖精が見える体質らしい。

「お二人はヒュワルダ遺跡を見に来たのですか?」
「ええ、そうです。カナデさんも?」
「はい。私は生物を対象にした研究が主ですが、時折こうして遺跡を観光するのです。人も生物の一種であり、環境によって様々な文化を形成して生きています。なのでこうして、かつての人々が暮らしていた文化に触れ、そこに思いを馳せるのはいい刺激になるのですよ」

 ……なるほど。ライラとはまた違った含蓄ある言葉だ。研究者であるカナデさんらしいと言える。
 こうなると私も魔女らしい含蓄ある感想を抱いておけば良かった。こんなこと思っている今も、魔女らしい含蓄って何だろうって疑問に思ってしまうけど。

 しかしカナデさんが遺跡観光に来た理由は分かったけど……なぜ葉っぱを採取していたのかはまだ謎だ。
 ライラも疑問だったのか、私より先に口を開いた。

「ねえ、どうしてそんな葉っぱを集めているの?」
「ああ、これですか。これは料理にでも使おうと」
「葉っぱで……ごはん?」

 ライラが小首を傾げる。私も一緒に首を傾げていた。木の葉っぱを使った料理って、何だ?

「先ほども言ったように、人は環境によって様々な文化を形成しています。文化の一端が強く味わえるのは住居などの生活様式といった、衣食住に関わることです。つまり、遺跡でかつての建物の姿を見た次は、この地で暮らしていた人々の料理でも作ってみようかと思いました」
「へえ……じゃあここに住んでた人って、葉っぱをよく食べてたんですか?」

 私の疑問に、カナデさんは微笑した。

「遠からず近からずと言ったところですね。葉っぱをよく食べていたというより、この葉っぱを使った料理を食べていた、というところです」

 カナデさんがさっきから採取していた葉っぱを見せる。青々としていて私の顔くらい大きい葉っぱだ。

「この木はブドウの木です。このブドウの葉っぱを使った詰め物料理がこの地の伝統料理なのですよ。これからその料理を作るのですが、良ければリリアさんとライラさんも一緒にどうですか?」

 いまだブドウの葉っぱを使った料理というのにピンときてなかった私たちだが、こうなってくるとこの地の伝統料理を食べてみたい。
 答えは決まっているも同然だ。

「なら、お言葉に甘えさせてもらいます」
「葉っぱの料理ってちょっと楽しみね」
「ふふ、きっとおいしいですよ。すでに仕込みは出来ているので、お任せ下さい」

 カナデさんは、近くに置いていた旅行用の大きい鞄を開き、小さな鍋と料理に使う食材を次々取り出した。
 カナデさんが用意したのは、小さな鍋とボウル容器に、少量のひき肉、お米、そしてハーブ類。

 カナデさんはまず、ボウルに水と塩を入れ、取った葉っぱをひたし始めた。

「こうしてしばらく置けば、葉っぱが柔らかくなるのです」

 そういえば、葉っぱで作る詰め物料理だっけ。だから葉っぱ自体を柔らかくする必要があるのか。

「あ、せっかくですからリリアさん、火をお願いできますか?」
「任せてください」

 ちゃちゃっと魔術で火を起こす。火起こしが楽なのって、旅をするに当たって本当に便利。魔女でよかった。
 カナデさんは鍋を持ち、私が起こした火の上でひき肉を炒めはじめる。お肉の良い匂いが一気に立ち昇った。

「味付けは……塩コショウでいいでしょう」

 塩コショウが入った小瓶を振って味付けした後は、ハーブとお米を入れて、ひき肉と共に炒めはじめる。ここだけ見るとリゾットでも作るのかと思える。
 しかしお米が半透明になったところで一端鍋を火から放し、柔らかくなった葉っぱの上にハーブ入りお米とひき肉炒めをスプーンで次々乗せていった。

 そうして三人分、具材が乗った葉っぱ三つが出来上がり、それを丁寧に巻いていく。
 巻き終わったら、先ほどの鍋を水で軽くすすぎ、残った葉っぱを敷き詰め、その上に詰め物をした葉っぱ巻きを置いていく。
 そこに更に水を注ぎ、顆粒タイプのスープの元を入れ、火にかけた。

「後はスープが無くなるくらい煮れば完成です」
「へえ……何か、ロールキャベツみたいですね」
「料理の種類としては同一の物でしょう。この地ではブドウがたくさん自生しているので、キャベツよりブドウの葉っぱを使ったと思われます。ブドウの葉はそこまで渋くなく、煮ればおいしく食べられますからね」

 なるほど、栽培する手間いらずだったわけか。
 そうしてスープでぐつぐつ煮ること二十分ほど。
 すっかりスープが無くなり、十分に煮られたブドウの葉っぱの詰め物が完成した。

「そういえばこれ、何て名前の料理なんですか?」
「あの遺跡があった文明では、デルメス、なんて呼ばれていたようですよ。意味は葉っぱ巻き。ほぼロールキャベツ的な意味合いですね」

 広めの皿に出来上がった葉っぱ巻きを乗せ、通称デルメスが完成した。

「ロールキャベツよろしく、このまま葉っぱごと食べられます」
「それじゃあ……頂きます」

 皆で葉っぱ巻きを手に取り、同時に食べ始める。

「あっ、何かすごく香りが良い……」

 一口食べると、ぶわっとハーブの良い匂いが口に広がる。
 味はと言うと、ハーブの強い匂いと共にひき肉の旨み、そしてスープをふんだんに吸ったモチモチのお米の食感がたまらなかった。

 どんな味か気になっていたブドウの葉も、思っていたほど渋みがなく食べやすい。キャベツより甘みが無いが、代わりに多少ほろ苦い感じだ。
 お米ごとスープで煮てるので、若干リゾットっぽさもあった。しかしひき肉の香ばしい旨みがあってリゾットとはまた別物とも言える。

 ロールキャベツともまた違う、これまで食べたことがないような料理だ。ハーブが強く効いているのもまた面白い。
 あっという間にぺろりと平らげてしまう。うん、これかなりおいしかったかも。

 何より、かつての文化の形跡が残る遺跡でその文化の料理を食べるというのが、結構感慨深い。なんだかこの地で暮らすかつての人々が目に浮かぶようだ。
 食べ終わって一息ついていると、やがてカナデさんが立ち上がり、後片付けをテキパキと済ませていった。

「では、私はもう一度遺跡を見に行きます」
「ごちそうさまでした、カナデさん」
「とってもおいしかったわよ」

 カナデさんを見送ると、彼女はにこやかに手を振って遺跡の方へと向かっていった。

「……私たちもそろそろ行こっか」
「そうね、目指せリリアのお店、よねっ」

 遺跡を後にし、帰宅を目指した旅をまた再開する。
 家に戻るまでの旅路だが、きっといつものように色々な出会いと料理に触れあうのだろうな。
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