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83話、マレフィシオ・ストーンと自作麺料理
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迷路の村を後にした私たちは、暗がりの中、野宿に適した場所を探してしばらく歩いていた。
幸いここは近くに村があるだけあって、地面は平坦だ。だからどこで野宿しても別に構わないのだが、少々草木が生い茂っている。
日光を浴びてすくすくと育った雑草の背丈は、私の足首をゆうに超えて膝頭近くまであった。
さすがにこんな中で寝るのは嫌だ。虫とかいるだろうし。魔術で体を保護しているので、草木に肌を撫でられて肌がかぶれるという事は無いはずだけど、心理的にやはり嫌。
どうせ野宿をするのなら、もう少し環境が良い所で寝たいというのが当然だ。なので暗くなったのにも構わず、ランプの微かな明かりを頼りに歩き回る。
そうしていると、やがて小さい丘に出くわした。丘というよりも、一帯の地面が盛り上がっているだけという感じの小さな起伏。
夜目が効くのか、クロエが丘の中心地を指さす。
「あのあたり、原っぱになってる」
「あ、本当? ならそこで野宿しようよ。そんな大きい丘でもないし、あそこまで数分程度でしょ?」
「悪くない判断。ただ……」
暗い中。ランプの微かな明かりに照らされたクロエの目が、わずかに細まった。
「何か……変な物もあるみたい」
「変な物? どういう感じ?」
私が聞き返すと、クロエは小首を傾げる。
「石。大きい石がこう……何かを囲んでいるのか、円形に立っている」
「何それ。モニュメント的なやつ?」
「……さすがにここからでは詳しく分からない」
ちょっと妙な事になってきた。できれば丘の上の原っぱで野宿したいのに、そこには変な石の建造物があると言うのだ。
それがただのモニュメントとか、どこかの芸術家が作った変な物だったら別に良い。ただ魔女としては、別の物を想起してしまう。
魔術遺産。その土地、あるいは建造物に魔力が宿り、何らかの魔術が常に発動している厄介な物。
魔術遺産の中には、現実におけるルールを逸脱する危ないものもある。得体の知れない魔術遺産などは、近づかなくていいのなら近づかない方がいい。
こんな変哲もない丘の上に妙な物があるというのなら、魔術遺産の可能性も十分にある。私が警戒するのは当然だった。
ただ今回はちょっと事情が違う。クロエは魔術遺産の研究をしている魔女だ。つまり……。
「何らかの魔術遺産の可能性もある。できれば近づいて見てみたい」
こう言いだすのは、彼女にとっての当然でもあった。
「うーん……私は正直、こんな暗い中で近づきたくはないけど……」
私の言葉の隙間に、魔女帽子のつばに腰かけるライラがひょこっと顔をのぞかせる。
「大丈夫よ、クロエは魔術遺産に慣れているんでしょう? 危険な物だったらすぐに分かるはずよ」
「……確かにそれは一理あるんだよなぁ」
クロエならこれまでに、危険な魔術遺産に触れあってきた経験もあるだろう。
私より魔術遺産の知識と経験が豊富なクロエがいるのなら、近づいてみるのも一興かもしれない。
それに私だって、どうせ野宿するなら立地の良い所がいい。丘の上の妙な石の建造物が危険でないのなら、そこでゆっくり寝ることができる。
「よし、ひとまずあそこまで行ってみようか。はいクロエ、先に行って行って」
私はクロエの背へ向かい、ぐいぐいと押して彼女を歩かせる。
「最悪こうしてクロエを盾にすれば大丈夫でしょ」
「今、幼馴染とは到底思えないひどい発言を聞いた気がする」
「気のせい気のせい」
クロエがゆっくり歩きはじめたので、私は彼女の肩を掴みながら後に続いた。
起伏の小さい丘なので、登っても足にかかる負担は小さい。しかも丘の入口から段々と雑草が小さくなっていた。足を取られる心配もなさそうだ。
丘の上に近づくほど、暗闇でぼんやりとしていた視界がはっきりしていく。雲の無い夜空から月の光が差し込み、それに照らされる石の建造物の輪郭がはっきりとしてきた。
そうして丘の上にたどりついた時、ようやくその全貌を私たちはとらえたのだ。
クロエが言った通り、それは円形に設置された石の群れだった。
石はかなり大きい。三メートルはあるかもしれない。横幅も大きくて、まるで岩盤から切り取られたばかりのブロックのようだ。
そんな石の群れが囲んでいる中心はどうなっているかというと……これが何も無かったりする。
一見して、中心の何かを敬うかのように設置された石だというのに、そこには何も無い。ただ原っぱが広がっているだけだ。
肩すかしでもあったが、それがまた奇妙な印象を抱かせるのも事実だ。
そしてこうして近づいてみて分かったが、ここからはわずかに魔力の気配が漂っている。やはりこれは何らかの魔術遺産らしい。ただ、危険な感じは全くない。
クロエも同じ感想なのか、ゆっくりと石の一つに近づき、ぺたぺたと触り始める。
「これ、結局何なんだろうね。魔術遺産っぽいけど、特に変な事もないし」
クロエに話しかけて水を向けてみるが、彼女は反応せず、石を触りながら悩むように首を傾げていた。
やがて、ぽつりとつぶやく。
「おかしい。やっぱり変」
「変? 確かに石が円形に設置されてるのは変だけど……」
「そういう事じゃなくて、この石そのものが変」
どういうことかと怪訝な表情を返すと、クロエは私に向き直った。
「この石はおそらく花崗岩。つまり火成岩の一種。でもこの付近に火山は無いはず。実際さっきまでの道で花崗岩は落ちてなかった。ここに花崗岩があるのは偶然とは思えない」
「って事は、誰かがわざわざ運んできたって事?」
「そうなる。でもそこが変。こんな大きい花崗岩をここまで、それもいくつも運ぶのは骨が折れる。そこまでして作ったのが、この意味の分からない建造物というのは不思議。とても常人のする事とは思えない」
でも逆に、常人とは思えない行為だからこそ魔術遺産になったとも言える。
「魔術遺産云々の前に、これを作った意味が分からない。つまり、魔術遺産としての効果も現状分からない」
お手上げとばかりにクロエがため息をついた。どうやらこの魔術遺産、彼女の興味を満たすような物ではなかったらしい。
でも私からすると重要なのはそこではない。
「結局これは、危険ではない?」
「おそらく」
それで十分。つまり今日はここで野宿ができるという事だ。
「よし、じゃあこんな変な物は忘れて、ごはん食べよう。こんな時間だし、本当にお腹空いた」
私が言うと、クロエもライラも賛成とばかりに腰を下ろし始める。
私も適当に地面へ座り、バッグを開いて夕食になりそうなのを物色した。
こんな時間だから、あまり手間がかかるのは作れない。まあ、時間があっても私には作れないけど。
なので小麦粉を使った簡単な料理の作成に入った。小麦粉は持ち運びしやすいし、幅広い料理に使える。私の料理の腕とこんな野外でも、ある程度のレパートリーが出せる。
まずボウルに小麦粉を適量入れ、塩を加えた水をゆっくり入れながら混ぜていく。さらさらだった小麦粉がぼそぼそと纏まっていき、やがて一つの大きな生地となった。
小麦粉を水で練ったこの生地から、結構色々な料理を作ることができる。パンはもちろん、ビスケットにクラッカー、または手の平サイズの大きさに薄く伸ばして具材を詰める焼き物など。
今回はそのどれらでもなく、前から一度やってみたかった料理に挑戦する事にした。
生地を作った後に魔術でたき火を起こし、そこに水が入った二つのケトルをくべる。
ケトルの水が沸くまでの間、ひと纏まりにした生地を手に取り、小型ナイフで雑に薄く削り取っていく。
削り取ったのは生地を練ったボウルにひとまず入れていった。
「何作ってるの?」
私の作業を興味深げに見ていたライラは、いったい何を作ってるのか想像できなかったのだろう、可愛らしくボウルの中を覗き込みながら聞いてくる。
「これねぇ……麺」
「麺?」
「そう。ほら、以前、唐辛子料理ばかりの町で食べたでしょ?」
「ああ、あの辛いの……」
とんでもなく辛かった唐辛子煮込み麺を思い出したのか、ライラは表情をげんなりとさせた。
「パスタとかも麺の一種だよ。だけど今回はあの町で食べたような、スープの中に入った麺料理を作ろうと思ってるの」
「ふーん……でも……」
ライラがもう一度ボウルの中を覗き込み、疑問いっぱいの目で見上げてくる。
「あの町の細長い麺ともパスタとも見た目が全然違うけど? 薄い四角形や、ちょっと厚みのある三角形になってるわ」
「それはねぇ……私にあんな細い麺作る調理技術が無いから」
だから今回、ナイフでできるだけ薄く細く削った不恰好な麺を作っているのだ。
お店で出るような麺、あるいはパスタのように製麺するとなると、もうちょっと調理器具が必要だし、調理スペースも欲しい。とても野外で簡単に作れる物ではない。
だからこうしてナイフで削り取るのだ。不恰好な麺だが、パスタにも色々な形と種類がある。だからこれも一応麺と言い張る事ができるはずだ。
そうして生地を全部削り終えると、今度は水が沸いた一方のケトルに全部入れる。
後はこうして茹でれば食べられるはずだ。形も分厚さもまちまちなので、ゆで時間は分からない。お湯を吸って大きくなる可能性もあるが、熱が通ってないと怖いので十分にゆでよう。
麺を湯がいている間は、もう一方のケトルに顆粒スープを入れる。顆粒のスープは結構町で売られている。家庭料理で重宝する物だが、こうして野外で料理する時もありがたい。
今回使ったスープはコンソメだ。コンソメは味がしっかりしているので、外れは無いだろう。
後は麺がゆであるのを待つ。ゆであがったら、それぞれの食器に麺を盛っていく。
クロエはフェルレストで自分の食器を買っていたらしく、小さく底深な器に麺とスープを入れていく。
私も小さな丼見たいな食器を一応は持っているので、そこに麺とスープを入れてライラに渡した。ライラの体からするとちょっと大きめだが、食べにくいという事はないだろう。
私は雑にケトルから食べる事にする。もともと調理用のケトルだから、食器代わりにしてそのまま食べるのは変でもない。はず。
夕食はこれで完成だ。名付けて……あー、コンソメスープ麺? 何かしっくりこないかも。
名前は良いのが思いつかないが、ひとまず食べることにした。皆で頂きます。
麺ではあるが細長くは無いので、すすることはできない。クロエもライラもフォークで不恰好な麺をすくい、一口食べていく。
私も続いて食べ、もにゅもにゅ咀嚼してみた。
私が口に入れたのはちょっと厚みが出ていた麺だ。しっかりゆでたからか、ぼそぼそとして粉感は無いので一安心。
でも代わりに、水をたくさん吸ってぶにゃっとした食感だった。なるほど、麺を細くするのは、こういう食感になるのを避けるためか。
そして麺の味はというと……。
「味ない」
誰よりも先に私がそう言うと、クロエとライラが頷いた。
塩気は少しだけあるが、麺自体に味は無い。コンソメスープの味百パーセント。
でもこれまで食べてきたパスタや麺って味あったっけ? 少なくともここまで無味感は無かったような……小麦粉の風味とか、食感は感じたはず。
この麺はゆですぎたからか食感はぶにゅっとしていて、小麦粉の風味もない。その辺の違いだろうか。
でも、麺自体の味が無くてもコンソメスープの味が濃くてしっかりしているので、問題は無い。麺がおいしいというよりスープがおいしいのだけど、悪くは無いよこれ。
それに少し肌寒い夜なので、湯気の立つ暖かい麺料理は何だかほっとする。
スープを全部飲み干して完食した後、ゆったりと一息つく。お腹が満たされて何だか安心感と眠気がやってきた。
野宿となると、ごはんを食べた後は特にやることがない。食後の片づけを簡単に終えた私たちは、寝る準備に入った。
するとその時……突然、夜闇に光が灯る。
それもかなり明るい光だ。何事かと驚いた私たちは、光の発生源を目にして唖然とした。
「石が……光ってる」
ライラが呆然とつぶやく。そう、光っているのは、あの円形に置かれた石の群れだった。
「やっぱり魔術遺産だったんだ」
クロエは興味深げに瞳を細めていた。
一体全体どういうことかは分からないが、この謎の円形に設置された石たち、時折光り輝く魔術遺産のようらしい。
なぜ輝くのか。それを疑問に思ったところでしょうがない。魔術遺産とは到底道理の通った存在ではないのだ。
それでも理由をつけるとすれば……これを作った人の想いがそういう物だったからか。
なにを思ってこんな辺ぴなところに花崗岩を設置したのか分からないけど、周囲を明るくするような物にしたかったのだろう。多分。
しかし……困った。
光り輝く石は、確かに美しい。夜の中に輝く宝石のようだ。
でも……明るくて眠れない。目を閉じても明るさを感じるんだもん。
「これ、いつ光るのをやめるの?」
「……さあ? 石の気が済む頃とか?」
クロエに尋ねるものの、やはり期待した答えは帰ってこなかった。
翌日の朝、クロエはこの魔術遺産を暫定的にこう名付けた。
マレフィシオ・ストーン。
「どういう意味?」
「迷惑な石」
クロエもどうやら、明るすぎて夜眠れなかったらしい。
幸いここは近くに村があるだけあって、地面は平坦だ。だからどこで野宿しても別に構わないのだが、少々草木が生い茂っている。
日光を浴びてすくすくと育った雑草の背丈は、私の足首をゆうに超えて膝頭近くまであった。
さすがにこんな中で寝るのは嫌だ。虫とかいるだろうし。魔術で体を保護しているので、草木に肌を撫でられて肌がかぶれるという事は無いはずだけど、心理的にやはり嫌。
どうせ野宿をするのなら、もう少し環境が良い所で寝たいというのが当然だ。なので暗くなったのにも構わず、ランプの微かな明かりを頼りに歩き回る。
そうしていると、やがて小さい丘に出くわした。丘というよりも、一帯の地面が盛り上がっているだけという感じの小さな起伏。
夜目が効くのか、クロエが丘の中心地を指さす。
「あのあたり、原っぱになってる」
「あ、本当? ならそこで野宿しようよ。そんな大きい丘でもないし、あそこまで数分程度でしょ?」
「悪くない判断。ただ……」
暗い中。ランプの微かな明かりに照らされたクロエの目が、わずかに細まった。
「何か……変な物もあるみたい」
「変な物? どういう感じ?」
私が聞き返すと、クロエは小首を傾げる。
「石。大きい石がこう……何かを囲んでいるのか、円形に立っている」
「何それ。モニュメント的なやつ?」
「……さすがにここからでは詳しく分からない」
ちょっと妙な事になってきた。できれば丘の上の原っぱで野宿したいのに、そこには変な石の建造物があると言うのだ。
それがただのモニュメントとか、どこかの芸術家が作った変な物だったら別に良い。ただ魔女としては、別の物を想起してしまう。
魔術遺産。その土地、あるいは建造物に魔力が宿り、何らかの魔術が常に発動している厄介な物。
魔術遺産の中には、現実におけるルールを逸脱する危ないものもある。得体の知れない魔術遺産などは、近づかなくていいのなら近づかない方がいい。
こんな変哲もない丘の上に妙な物があるというのなら、魔術遺産の可能性も十分にある。私が警戒するのは当然だった。
ただ今回はちょっと事情が違う。クロエは魔術遺産の研究をしている魔女だ。つまり……。
「何らかの魔術遺産の可能性もある。できれば近づいて見てみたい」
こう言いだすのは、彼女にとっての当然でもあった。
「うーん……私は正直、こんな暗い中で近づきたくはないけど……」
私の言葉の隙間に、魔女帽子のつばに腰かけるライラがひょこっと顔をのぞかせる。
「大丈夫よ、クロエは魔術遺産に慣れているんでしょう? 危険な物だったらすぐに分かるはずよ」
「……確かにそれは一理あるんだよなぁ」
クロエならこれまでに、危険な魔術遺産に触れあってきた経験もあるだろう。
私より魔術遺産の知識と経験が豊富なクロエがいるのなら、近づいてみるのも一興かもしれない。
それに私だって、どうせ野宿するなら立地の良い所がいい。丘の上の妙な石の建造物が危険でないのなら、そこでゆっくり寝ることができる。
「よし、ひとまずあそこまで行ってみようか。はいクロエ、先に行って行って」
私はクロエの背へ向かい、ぐいぐいと押して彼女を歩かせる。
「最悪こうしてクロエを盾にすれば大丈夫でしょ」
「今、幼馴染とは到底思えないひどい発言を聞いた気がする」
「気のせい気のせい」
クロエがゆっくり歩きはじめたので、私は彼女の肩を掴みながら後に続いた。
起伏の小さい丘なので、登っても足にかかる負担は小さい。しかも丘の入口から段々と雑草が小さくなっていた。足を取られる心配もなさそうだ。
丘の上に近づくほど、暗闇でぼんやりとしていた視界がはっきりしていく。雲の無い夜空から月の光が差し込み、それに照らされる石の建造物の輪郭がはっきりとしてきた。
そうして丘の上にたどりついた時、ようやくその全貌を私たちはとらえたのだ。
クロエが言った通り、それは円形に設置された石の群れだった。
石はかなり大きい。三メートルはあるかもしれない。横幅も大きくて、まるで岩盤から切り取られたばかりのブロックのようだ。
そんな石の群れが囲んでいる中心はどうなっているかというと……これが何も無かったりする。
一見して、中心の何かを敬うかのように設置された石だというのに、そこには何も無い。ただ原っぱが広がっているだけだ。
肩すかしでもあったが、それがまた奇妙な印象を抱かせるのも事実だ。
そしてこうして近づいてみて分かったが、ここからはわずかに魔力の気配が漂っている。やはりこれは何らかの魔術遺産らしい。ただ、危険な感じは全くない。
クロエも同じ感想なのか、ゆっくりと石の一つに近づき、ぺたぺたと触り始める。
「これ、結局何なんだろうね。魔術遺産っぽいけど、特に変な事もないし」
クロエに話しかけて水を向けてみるが、彼女は反応せず、石を触りながら悩むように首を傾げていた。
やがて、ぽつりとつぶやく。
「おかしい。やっぱり変」
「変? 確かに石が円形に設置されてるのは変だけど……」
「そういう事じゃなくて、この石そのものが変」
どういうことかと怪訝な表情を返すと、クロエは私に向き直った。
「この石はおそらく花崗岩。つまり火成岩の一種。でもこの付近に火山は無いはず。実際さっきまでの道で花崗岩は落ちてなかった。ここに花崗岩があるのは偶然とは思えない」
「って事は、誰かがわざわざ運んできたって事?」
「そうなる。でもそこが変。こんな大きい花崗岩をここまで、それもいくつも運ぶのは骨が折れる。そこまでして作ったのが、この意味の分からない建造物というのは不思議。とても常人のする事とは思えない」
でも逆に、常人とは思えない行為だからこそ魔術遺産になったとも言える。
「魔術遺産云々の前に、これを作った意味が分からない。つまり、魔術遺産としての効果も現状分からない」
お手上げとばかりにクロエがため息をついた。どうやらこの魔術遺産、彼女の興味を満たすような物ではなかったらしい。
でも私からすると重要なのはそこではない。
「結局これは、危険ではない?」
「おそらく」
それで十分。つまり今日はここで野宿ができるという事だ。
「よし、じゃあこんな変な物は忘れて、ごはん食べよう。こんな時間だし、本当にお腹空いた」
私が言うと、クロエもライラも賛成とばかりに腰を下ろし始める。
私も適当に地面へ座り、バッグを開いて夕食になりそうなのを物色した。
こんな時間だから、あまり手間がかかるのは作れない。まあ、時間があっても私には作れないけど。
なので小麦粉を使った簡単な料理の作成に入った。小麦粉は持ち運びしやすいし、幅広い料理に使える。私の料理の腕とこんな野外でも、ある程度のレパートリーが出せる。
まずボウルに小麦粉を適量入れ、塩を加えた水をゆっくり入れながら混ぜていく。さらさらだった小麦粉がぼそぼそと纏まっていき、やがて一つの大きな生地となった。
小麦粉を水で練ったこの生地から、結構色々な料理を作ることができる。パンはもちろん、ビスケットにクラッカー、または手の平サイズの大きさに薄く伸ばして具材を詰める焼き物など。
今回はそのどれらでもなく、前から一度やってみたかった料理に挑戦する事にした。
生地を作った後に魔術でたき火を起こし、そこに水が入った二つのケトルをくべる。
ケトルの水が沸くまでの間、ひと纏まりにした生地を手に取り、小型ナイフで雑に薄く削り取っていく。
削り取ったのは生地を練ったボウルにひとまず入れていった。
「何作ってるの?」
私の作業を興味深げに見ていたライラは、いったい何を作ってるのか想像できなかったのだろう、可愛らしくボウルの中を覗き込みながら聞いてくる。
「これねぇ……麺」
「麺?」
「そう。ほら、以前、唐辛子料理ばかりの町で食べたでしょ?」
「ああ、あの辛いの……」
とんでもなく辛かった唐辛子煮込み麺を思い出したのか、ライラは表情をげんなりとさせた。
「パスタとかも麺の一種だよ。だけど今回はあの町で食べたような、スープの中に入った麺料理を作ろうと思ってるの」
「ふーん……でも……」
ライラがもう一度ボウルの中を覗き込み、疑問いっぱいの目で見上げてくる。
「あの町の細長い麺ともパスタとも見た目が全然違うけど? 薄い四角形や、ちょっと厚みのある三角形になってるわ」
「それはねぇ……私にあんな細い麺作る調理技術が無いから」
だから今回、ナイフでできるだけ薄く細く削った不恰好な麺を作っているのだ。
お店で出るような麺、あるいはパスタのように製麺するとなると、もうちょっと調理器具が必要だし、調理スペースも欲しい。とても野外で簡単に作れる物ではない。
だからこうしてナイフで削り取るのだ。不恰好な麺だが、パスタにも色々な形と種類がある。だからこれも一応麺と言い張る事ができるはずだ。
そうして生地を全部削り終えると、今度は水が沸いた一方のケトルに全部入れる。
後はこうして茹でれば食べられるはずだ。形も分厚さもまちまちなので、ゆで時間は分からない。お湯を吸って大きくなる可能性もあるが、熱が通ってないと怖いので十分にゆでよう。
麺を湯がいている間は、もう一方のケトルに顆粒スープを入れる。顆粒のスープは結構町で売られている。家庭料理で重宝する物だが、こうして野外で料理する時もありがたい。
今回使ったスープはコンソメだ。コンソメは味がしっかりしているので、外れは無いだろう。
後は麺がゆであるのを待つ。ゆであがったら、それぞれの食器に麺を盛っていく。
クロエはフェルレストで自分の食器を買っていたらしく、小さく底深な器に麺とスープを入れていく。
私も小さな丼見たいな食器を一応は持っているので、そこに麺とスープを入れてライラに渡した。ライラの体からするとちょっと大きめだが、食べにくいという事はないだろう。
私は雑にケトルから食べる事にする。もともと調理用のケトルだから、食器代わりにしてそのまま食べるのは変でもない。はず。
夕食はこれで完成だ。名付けて……あー、コンソメスープ麺? 何かしっくりこないかも。
名前は良いのが思いつかないが、ひとまず食べることにした。皆で頂きます。
麺ではあるが細長くは無いので、すすることはできない。クロエもライラもフォークで不恰好な麺をすくい、一口食べていく。
私も続いて食べ、もにゅもにゅ咀嚼してみた。
私が口に入れたのはちょっと厚みが出ていた麺だ。しっかりゆでたからか、ぼそぼそとして粉感は無いので一安心。
でも代わりに、水をたくさん吸ってぶにゃっとした食感だった。なるほど、麺を細くするのは、こういう食感になるのを避けるためか。
そして麺の味はというと……。
「味ない」
誰よりも先に私がそう言うと、クロエとライラが頷いた。
塩気は少しだけあるが、麺自体に味は無い。コンソメスープの味百パーセント。
でもこれまで食べてきたパスタや麺って味あったっけ? 少なくともここまで無味感は無かったような……小麦粉の風味とか、食感は感じたはず。
この麺はゆですぎたからか食感はぶにゅっとしていて、小麦粉の風味もない。その辺の違いだろうか。
でも、麺自体の味が無くてもコンソメスープの味が濃くてしっかりしているので、問題は無い。麺がおいしいというよりスープがおいしいのだけど、悪くは無いよこれ。
それに少し肌寒い夜なので、湯気の立つ暖かい麺料理は何だかほっとする。
スープを全部飲み干して完食した後、ゆったりと一息つく。お腹が満たされて何だか安心感と眠気がやってきた。
野宿となると、ごはんを食べた後は特にやることがない。食後の片づけを簡単に終えた私たちは、寝る準備に入った。
するとその時……突然、夜闇に光が灯る。
それもかなり明るい光だ。何事かと驚いた私たちは、光の発生源を目にして唖然とした。
「石が……光ってる」
ライラが呆然とつぶやく。そう、光っているのは、あの円形に置かれた石の群れだった。
「やっぱり魔術遺産だったんだ」
クロエは興味深げに瞳を細めていた。
一体全体どういうことかは分からないが、この謎の円形に設置された石たち、時折光り輝く魔術遺産のようらしい。
なぜ輝くのか。それを疑問に思ったところでしょうがない。魔術遺産とは到底道理の通った存在ではないのだ。
それでも理由をつけるとすれば……これを作った人の想いがそういう物だったからか。
なにを思ってこんな辺ぴなところに花崗岩を設置したのか分からないけど、周囲を明るくするような物にしたかったのだろう。多分。
しかし……困った。
光り輝く石は、確かに美しい。夜の中に輝く宝石のようだ。
でも……明るくて眠れない。目を閉じても明るさを感じるんだもん。
「これ、いつ光るのをやめるの?」
「……さあ? 石の気が済む頃とか?」
クロエに尋ねるものの、やはり期待した答えは帰ってこなかった。
翌日の朝、クロエはこの魔術遺産を暫定的にこう名付けた。
マレフィシオ・ストーン。
「どういう意味?」
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