魔女リリアの旅ごはん

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79話、小さなキャンプ場とアフタヌーンティー

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 ゆで野菜とゆで卵という簡単な昼食を終えた私たちは、引き続き野原を歩いていた。
 街道外れだというのに、わりと歩きやすい原っぱだった。手入れされている気配は無いので、自然と生えた草花が偶然にも背が低い物ばかりなのだろう。

 時折花が生えていたし、青空の下で爽快に広がる景色も良い。街道から大分離れてるとは思えないくらい、のどかな風景だ。
 そんな中ライラやクロエと軽く会話をしながら歩いていると、途中で柵で大きく囲われた妙な場所へと出くわした。

 その柵の中には手入れされた広場があり、そこにはなぜかいくつかのテントが立てられている。まばらだが人も数人いた。

「なんだろう、ここ」

 私が首を傾げると、魔女帽子に座るライラがひょこっと顔を出して覗き込んできた。

「あの変な布の建物はなにかしら?」
「あれはテント。持ち運びできる住宅みたいなものと思えばいい」

 クロエに言われ、テントを見たことが無いライラは興味深げにため息をついた。
 そう、テントは持ち運びできる仮設住宅みたいなもの。野外でもテントを張ることで、中で一晩快適に過ごすことができるのだ。

 とはいえテントは骨組みとそれに被せる布が必要不可欠なので、小型のものでも結構荷物になる。だから長期の旅をする時よりも、数日野外で野宿をする時に使うことが多い。
 ようするに、主にキャンプをするための道具である。

 で、私の疑問は何でそんなテントが張られているのか、そしてこの大きな柵は何なのか、ということだった。
 視線を巡らせて柵を辿っていくと、あるところに小さな小屋があるのを発見できた。
 あそこに行けば、ここがどういう場所なのか知ることができるかもしれない。

「ここが何なのか気になるし、あっちの小屋に行ってみようよ」

 私が提案すると、ライラもクロエも同意を返してくれて、ひとまず柵の入口に陣取る小屋へと向かう。
 その小屋の前へとやってくると、私の疑問はあっさりと氷解した。
 小屋前には立て看板があり、そこにはこう書かれている。

「オストロキャンプ場……か」

 オストロとは、おそらくこの地域の総称なのだろう。確か地図で今後の行程を調べている時、そんな名称を見たことがある。
 つまりここはキャンプ場。この大きな柵に囲われた広場がキャンプ場の敷地内で、そこにテントを張ってキャンプを楽しめるという事らしい。

 しかもここはテントやその他キャンプ用具を貸し出しているようだ。まあ自前のテントを用意するならその辺でキャンプをやってもいいわけだし、当たり前なのかもしれない。
 それにしてもキャンプ場か……まだ昼を二時間ほど過ぎた程度だけど、せっかく出くわしたのだから今日はここでテントを借りてキャンプするというのもいい。

「リリア、せっかくだからキャンプっていうのをしてみましょうよ」

 好奇心旺盛なライラは、すっかりキャンプへ興味を惹かれているらしい。

「クロエが良かったら私は良いけど……どうする?」

 クロエはすぐにこくりと頷いた。

「別に構わない。急いでいる訳でもないし、リリアたちの旅に同行しているつもりだから、普段通り二人で決定して問題ない」
「そっか、じゃあ今日はここでキャンプしていこっか」
「やったわっ」

 ライラが喜びを表すようにふわりと空を羽ばたいた。よほどキャンプというものを体験したかったらしい。もしかしたら、キャンプよりもキャンプというものをしながら食べる料理に興味があるのかもしれないけど。

 ……多分後者だな。さっき広場にいた人たち、料理の準備してたもん。ライラはそれを見て、キャンプには料理がつきものだって勘付いたはず。
 テントの他にキャンプ道具を貸し出しているだけあって、ここはキャンプ料理でよく使うような食材も売っているらしい。ライラの期待には多分応えられるだろう。

「よし、私がテント借りてくるよ」

 私は一人小屋に入り、職員に場所を借りる事を告げて利用料を払い、テントを借りてみた。
 テントは大きい布袋の中に入っているらしく、布袋は私の胴体よりもはるかに大きい。
 布袋を持ってみると見た目相応に重かったが、持てない程ではない。でもこれを持って長期の旅をするのはやっぱり無理だな、と思った。

 クロエとライラには先に敷地内に入ってもらい、どこか景色が良い場所を陣取ってくるよう頼んでおいた。せっかくのキャンプだから、テントを張る場所もできるだけ良いところが望ましい。
 柵の中へと入ってみると、見渡す限り野原が広がっていた。先ほどテントを借りる時に聞いてみたのだが、ここは近くの町が運営しているらしく、だからキャンプ場もかなり広い敷地となっているらしい。

 そんな中で場所取りに行ったクロエとライラを探すのは骨が折れそうだったが、とりあえず中央付近へと向かってみた。
 すると、途中で空高く羽ばたくライラの姿が遠くに見えた。妖精は基本魔女にしか見えないので、ある意味良い目印だ。
 ライラの姿を頼りに歩みを進め、ようやく私は二人と合流した。テント、重かった。

「リリアが見つけられるように、高く羽ばたいてたわよ」

 私がやってきて開口一番、ライラが胸を張る。やっぱり私の為にあんなに高く飛んでたんだ。

「ありがとうライラ。それにしても、結構遠くに陣取ったね」

 もうここは柵のはじっこだ。ちょうど入口から左隅に位置している。

「ここ、近くに川が流れていた。水の確保は大事だからここが一番良い位置だと思う」
「サバイバルじゃないんだから……」

 クロエに呆れを交えつつ返すものの、耳を澄ますと確かに川のせせらぎが聞こえてきた。聞いていると耳が気持ちいい。確かに良い立地なのは間違いないかも。

「よし、それじゃあここを私たちのキャンプ地としよう。えっと……まずはテントを建てないとだよね」

 私は布袋を一気に開放し、中の骨組みや天幕を地面へと広げる。
 それを見て、ライラとクロエは凝然と固まっていた。

「……なにこれ、面倒くさそうよ」
「うん、きっとこれは面倒くさい」

 そう言うライラとクロエに私は肩を落とす。

「……それ言っちゃダメでしょ二人とも。私ずっと言うの我慢してたのに」

 そう……ぶっちゃけテント建てるのって地味に面倒くさい。
 骨組みの組み立てをし、出来た骨組みを天幕で覆う。ざっくり行程を確認すると実に簡単そうなのだが……その骨組みを建てるのが面倒なのだ。

 骨組みと一言で言っても、パーツ一つ一つ用途によって長さが変わる。天井部分や地面に固定する部分を繋げる、いわば関節部分に当たる骨組みもあるし……それぞれのパーツを確認して種類分けする作業は欠かせない。
 そしてそこから骨組みを組み立てる工程を確認しつつ実行し、問題なくでき上がれば天幕で覆って完成。後は快適なキャンプライフが待っている。

 ライラとクロエはしばらく顔を見合わせて、私から視線を外すようにして喋り始めた。

「……私妖精だから、ほら、体小さいから二人の役に立てないわ」
「私もリリアやモニカと違って知性派だから、肉体労働は……ちょっと……」
「うん、二人ともそういうと思ってたよ。後クロエ、私もクロエと同じ知性派だからね? 知性派じゃないのはモニカだけだから」

 そう、最初から私は分かっていた。そもそも一人旅をするに当たって、野宿用にテントを買った方がいいのかな? と考えたことは何度かある。
 そのたびに荷物問題が出てきたのだが、それ以上に問題だったのは組み立て問題。
 テントはどうしても自力で組み立てる必要がある。もし荷物問題が解決したとしても、テントを自力で組み立てられないだろうなぁ、と私は漠然と予想していたのだ。

「実はね、テント建てるの私たちでは無理だと思ってたから、小屋にいた職員の方に頼んでおいた。そういうサービスもあるんだって。だから後で来て建ててくれるよ」

 私がそう言うと、二人はほっと息を吐く。

「なんだ、リリアったら早くそう言ってくれれば良かったのに。もう少しで、私妖精だからテントとか要らないわ、なんて本末転倒な事を言いそうだったわよ」
「私もいきなり野宿大好きキャラになろうとしていたところ。危ない、もう少しで変なキャラになるところだった」

 クロエはともかくライラ、キャンプしたいって言ったのそっちなのに、その発言をしてたら本当に本末転倒だったよ。危なかった。
 でもキャンプに来てテント建てるの他人に任せるって、キャンプの良さの半分くらい捨てちゃってるよね。多分キャンプ好きな人はテント建てる所から楽しむだろうし。
 でも、まあ、私たちらしいではあるか。

「とりあえずテント建てる心配は不要になったし……ひとまず紅茶でも淹れて、何かつまみながらアフタヌーンティーでもしちゃおうか?」
「賛成。なら私、さっきの小屋で何かお菓子買ってくる。リリアは紅茶の準備しておいて」
「おっけー」

 お菓子求めて歩いていくクロエの背を見送りつつ、私は紅茶の準備に取り掛かった。
 キャンプ場は普段の野宿と違い、ある程度のルールがある。その中の一つが、たき火を起こす場所だ。
 さすがにこの広い野原の中、どこでも好き勝手たき火を起こすのは管理する側としては止めて欲しいだろう。うっかり燃え広がらないとも限らないし。

 なので敷地内でたき火を起こせる場所は定められており、火を使えるのはそこでだけだ。そういうところは大体拳大の石で小さく円を描くよう囲われてあるので、分かりやすい。
 今回は幸いにも、私たちがキャンプ地とした場所から近い場所にたき火スペースがあった。

 とはいえ、そんな決められた場所でも火の起こしかたは変わらない。魔術でぱちっと一瞬だ。
 旅をしている時何度も思ってるけど、火を起こす時と箒で空を飛ぶ時だけは魔女で良かったと強く思う。すごく楽だもん。

 そうして火を起こしたらいつもの要領でケトルでお湯を沸かし、沸騰したら火から放してガーゼで包んだ茶葉を投入。十分色と匂いが出てきたらテレキネシスで茶葉を巻いたガーゼを取り除く。
 今回は甘目に淹れることにしたので、砂糖をそれなりに淹れた。後はレモンもあると口当たりが爽やかになるけど……さすがに持ち合わせがないので諦める。

 紅茶を淹れ終えた頃にクロエは戻ってきた。結構いっぱい買ってきたのか、両手に紙袋を抱えている。

「色々お菓子あったから、つい買いすぎた……」

 さすがに自覚はあったようで、肩を落としながらクロエは紙袋を下ろした。クロエはスイーツ好きなので、お菓子に色々目移りしたのだろう。

「いいんじゃない? 夜寝るまで長いし、夕ごはんそこそこにしてお菓子つまんでいくのも悪くないと思うよ。残りは明日歩きながら食べてもいいんだし」

 言いながらクロエが買ってきたものをチェックする。
 さすがに今すぐ食べなければいけない生菓子などはなかった。バタークッキーやグミなど、昔ながらのお菓子が目立っている。

 紅茶にクッキーが高相性なのは間違いないとして、今回レモンを絞ってないので果物系の果汁が含まれているグミも悪くない選択肢だ。なのでクッキーとグミを紅茶のお供にする。
 私のケトルからクロエのケトルに紅茶をそそぎ、ライラの分はケトルの蓋へと淹れる。紅茶を飲むには不恰好だけど、野外なので贅沢は言えないのだ。

「いただきまーす」

 皆で軽く挨拶をして、紅茶を飲みながらお菓子を食べてみる。
 紅茶は甘目に淹れたので、素朴ながらもコクのあるバタークッキーと相性は悪くない。

 グミはレモンの他、りんごやみかんに桃などの果汁が含まれた様々な種類があった。小さな包装紙に入っていて、一口の食べきりサイズなのが嬉しい。
 レモングミを食べて紅茶を飲むと、甘めの紅茶にレモンの匂いが混じってすっきりとする。アップルティーなどもあるのでりんごグミはもちろん相性が良い。

 ただみかんは……微妙かも。みかんの匂いが紅茶の匂いと合ってないのか、それぞれ自己主張が強い。
 桃の方は合ってない訳ではないけど、なんだかすごく甘ったるい印象になる。これは砂糖を淹れてなかったらまた別の印象だったかもしれない。

 旅の合間でする事になったキャンプで、ゆっくりアフタヌーンティーを楽しむ。すごくゆったりとした時間だ。旅をしていると夜まで歩き続けるのはよくある事なので、こうして昼からゆっくりするのはなんだか新鮮。
 そうしてまったり紅茶を飲んでいると、ライラがふと小さく囁いた。

「ねえ、思ったんだけど、キャンプって何をするの?」
「何をって……なんかキャンプっぽいごはん食べたりとか……」
「それは何となく分かってるわ。そのキャンプ料理が目当てでキャンプしたいって言ったんだもの」

 あ、やっぱりそうなんだ。

「ただそれ以外に何をするのかなって気になったのよ。まさか、それだけってことはないでしょ?」
「……ええっとぉ……」

 ライラに言われて、思わず私も考え込む。
 キャンプってテント建てて、ごはん食べて……それだけ?

「クロエ、キャンプって何するの?」

 私は逆に質問する事で考えるのを止めた。
 クロエはしばし黙り込んで、ぽつりと言った。

「虫……捕まえたりとか?」

 あー、確かに小さい頃はこういう原っぱで虫捕まえたりとかしたなぁ。すぐやらなくなったけど。

「虫捕まえてどうするの?」
「……どうも、しない」

 それっきり私たちは沈黙した。
 キャンプ何したらいいのか問題、かなりの難問だ。
 テント張ってキャンプ料理して……それでもう終わりでいいんじゃないかな。

 そもそもキャンプっていうのは、町で暮らす人が自然の中で一日を体験するという機会なのだ。だから普段から旅をして野宿もざらにある私たちでは、キャンプも普段もそう変わらないのかもしれない。
 でも旅をしている時とこうして羽根休めのキャンプでは、自然の中でのアプローチもきっと変わるはず。何か……何かキャンプらしい事はないだろうか。

 そう考え込む私の耳に、近くの川のせせらぎが聞こえてくる。その瞬間、閃いた。

「釣り。釣りでもしてみる?」

 そう、釣りだ。自然の中での暇つぶしにはちょうどいい。私、以前訪れた村で釣りをしたこともあるし。

「釣りって魚釣り? 面白いのそれ?」
「面白いかはともかく、暗くなるまでの暇つぶしにはなると思うよ。それに魚が釣れたら夕ごはんにもできるしね」
「あら、そう言われるとちょっと魅力的ね」

 ライラもちょっと乗ってきたのか、一度羽根をふわっと羽ばたかせる。

「釣り道具ならさっきの小屋で貸し出しているはず。借りてこようか」

 立ち上がりかけるクロエを私は制止する。

「いいよ、私が言ってくる。ついでに夕ごはんの食材も買ってくるよ」

 勢いよく立ち上がった私は、一気に紅茶を飲み干して小屋へと向かって歩き出す。

「なんだかリリア、すごいやる気ね」

 ライラに言われて私は振り向いた。

「実はライラと出会う前に釣りをしたことがあるんだよ。その時の事を思い出したらなんだかさ……今日はすごい大物釣れそうだなって予感がしたの」

 ふふん、と得意気に笑って、私は鼻歌混じりにまた歩き出した。
 その背に、ライラとクロエの小声がかろうじて届いた。

「もう大物を釣った気でいるけど、これで釣れなかったらリリアどうするのかしら?」
「その状況に置かれたリリアの言動が気になるから、今心の底から釣れなければいいなと思ってる」

 ……釣る! 私は釣るぞ! あの二人の小声を無視しながら、強く気持ちを固めるのだった。
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