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75話、モニカとスイーツ食べ歩きツアー1
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真夜中の散歩を終えてから二度寝をした私は、無事に朝起きることに成功していた。
同じく起きてきたモニカとクロエ、そしてライラと一緒に適当に朝食を済ませた後。
朝食を済ませて早々、クロエは二度寝をするため宿屋の部屋へと戻ってしまった。どうやらこの町独特の明るい夜のせいで睡眠が浅かったらしい。
しかもライラまで少し眠いからとクロエについていってしまった。あんなにぐっすり寝ていたのに……。
こうして残されたのは私とモニカだけとなり、一端私の部屋へと集まってこれからどうしようか話し合うことにした。
「実は私やりたいことがあるのよね」
さすがに急に二人きりで時間を潰すとなると途方に暮れるかと思っていたが、意外にもモニカには案があるらしい。にんまりとした笑顔でこの町のパンフレットを開いてくる。
「リリア、この町のキャッチコピーを覚えているかしら?」
「……えーっと、芸術とスイーツの町……だっけ?」
「そう、スイーツよ! この町はスイーツの町なの!」
だんっと、机に広げたパンフレットを勢いよく叩くモニカ。
「ほら、見なさい! このフェルレストはスイーツの町とうたうだけあって、色んなスイーツ店があるのよ!」
言われる通り開かれたパンフレットを見てみると、お店の画像付きで色んなスイーツのお店が紹介されている。
「つまり、スイーツ店巡りがしたいってこと?」
私が言うと、モニカはよく分かったわね、とばかりにこくこくと頷いた。どころか私の肩を激しく揺さぶってくる。やめて欲しい。朝から脳が揺れる。
「しかもただのお店巡りじゃないわ! この町では食べ歩きできる小さなスイーツが好まれているらしくて、スイーツ食べ歩きツアーができるのよ!」
スイーツ食べ歩きツアーってなんなの? と思った私は、肩を揺さぶられながらまたパンフレットに目をうつした。肩と同時に頭もぐわんぐわん揺れているからすごく見にくい。
それでもなんとかパンフレットを読んでみる。
……どうやらこの町、スイーツ店を色んなところに散らばらせる方策を取っているらしく、町の至る所にスイーツ店があるらしい。
おそらくそれは、特に人気の場所にばかりスイーツ店が密集して競合するのを避けるためだろう。
しかしそうなってくると、あまり人気の無い場所に設置する事となったスイーツ店が文句を言いそうなものだ。
多分だけど、その辺りは町の税金とかを使って優遇措置でも取っているのだろう。そうでもしなければ、こんな町のあちこちにスイーツ店を散らばらせることはできない。
しかも至る所にあるスイーツ店へ人を誘導するためか、この町を網羅するようなスイーツ食べ歩きロードマップまでパンフレットに書かれている。
これがモニカの行っていたスイーツ食べ歩きツアーの正体ということだろうか。
「スイーツ食べ歩きツアーか……悪くないけどさ、あんまりたくさん食べ過ぎたら太っちゃうよ。それにこれ、町をほぼ一周してない? どれだけ歩くことになるの」
パンフレットに記載されているスイーツ食べ歩きツアーのロードマップを見てみると、このフェルレストの町をグネグネ歩き回って最終的に一周してしまっている。この通りスイーツ食べ歩きをしたら、おそらく四時間ほどはかかるんじゃないだろうか。
せっかく町に着いたのに、旅をしている時と変わらないくらい歩き回るのかと想像すると、ちょっと辟易する。
でもモニカは違うようで、むしろ目を輝かせていた。
「そこがいいんじゃないの! おいしいスイーツを食べつつカロリーも消費できるのよ! スイーツを食べ! 歩いてカロリーを消費し! 後にはおいしいだけが残る! これ以上ない素敵なツアーだわ!」
「……それは、確かに」
ちょっとモニカの圧に押される私だが、同意は返しておく。
モニカの言う通り、スイーツを食べ歩くという必然状、摂取したカロリーは歩くことで消費できるわけだ。
スイーツは好きだけと、こんな食べ歩きツアーをするほど食べる自信はさっきまで無かった。でも町を一周するほど歩いていればお腹も空いて結構食べられそうだし、食べた分のカロリーは歩いて消費できるわけだし……悪くないのか? このツアー。
「……よし、行こう! スイーツ食べ歩きツアー!」
現金なもので、太る危険性が少なく思えると、頭の中は煌びやかなスイーツのことでいっぱいになる。
「それでこそリリアよ。クロエとライラちゃんの分も食べまくってやりましょう!」
「おー!」
なんて、アホみたいにテンションが上がった私たちは早速宿屋を後にし、パンフレットに記載されるロードマップ通りにスイーツ食べ歩きツアーを開催するのだった。
そしてまずやってきたのは……宿屋近くの公園。
別にここにスイーツ店があるという訳ではない。ただロードマップによるとここが出発地点になっていたのだ。
当たり前だけど、観光客向けのパンフレットなので、宿屋近くから食べ歩きツアーが開始するように設計されてあるのだ。
今回はスイーツ食べ歩きツアー発案のモニカに先導してもらうことにする。彼女はパンフレット片手に公園からゆっくりと歩みを進めていった。
「えーっと……とりあえず、最初は町の中心部に向かうみたいね。ほら、あの町立美術館があった場所」
「あー、あそこ……」
美術館のことはできるだけ思い出したくない。あの妙な芸術作品は悪夢となって現れそうなのだ。
「そこで何食べるの? パンフレットにはおすすめスイーツとか書いてある?」
「そうねぇ……いくつか書いてはあるけど、基本お任せみたいよ。スイーツ店を散らばしてはいても、どうしても近い場所にいくつかのお店があることになるんだもの」
「それはそうだよね。たくさんスイーツ店あるみたいだし」
「だから自分の目でおいしそうなスイーツを探すのよ。それが醍醐味なのよ、このツアーは!」
モニカはこの町のスイーツ食べ歩き大使か何かだろうか。アピールがしっかりとしすぎている。
「じゃあとりあえず中心部に行ってから探すしかないのかぁ」
「あ、でも最初に食べるのは決めてあるわ。この町で代表的なスイーツがあるのよ」
「へえ、どんなの?」
「それは着いてのお楽しみよ」
……モニカ、実は本当にスイーツ食べ歩き大使だったりしないよね? 期待感をうまく煽ってきてる。
そうして町の中心部、町立美術館がある場所へとやってきた。
「あ、あったあった、あれ。ちょっと待ってて、あんたの分も買ってきてあげる」
するとモニカはすぐ目的の物を発見したらしく、私を置いてスイーツ店へと走っていった。
遠目だが、そのお店はこんな時間から列を作っていた。この町代表的スイーツを売っているらしいので、それだけ人気なのは不思議ではない。
しかし列に並ばないといけないならモニカ一人で行かなくていいのに。並んでる間一人だと暇じゃない? 残された方も暇。
そう思っていた私だが、意外にもモニカは早く戻ってきた。どうやら人気店は人を捌く手腕も上々らしく、あの程度の列ならば捌くのにそう時間はかからないらしい。
そうして戻ってきたモニカに、小さい紙袋を渡される。
紙袋を開け、中にあった二つのスイーツを取り出す。モニカと私のだ。
そうして手にしたスイーツは、小さな包装紙に乗ったこじんまりとした可愛らしいものだった。
「これ……シュークリーム……?」
その見た目は確かにシュークリームに似ていた。きつね色……と言っていいのか、焼かれた薄い生地の塊で、おそらく中にはクリームが詰まっているであろうことがうかがえる。
ただ、私の知っているシュークリームとは違って、生地の上からたっぷりとメープルシロップがかけられているのだ。
「この町独特のシュークリーム、シュラットって言うらしいわよ。中はたっぷりの生クリームで、生地の上からメープルシロップをかけるのが特徴的」
「へえ……普通のシュークリームじゃなくて、シュラットかぁ」
たっぷりとメープルシロップがかけられたその見た目と、中には生クリームがたくさん詰まっているという事実が、食べる前から私に甘さを想起させる。
思わずごくりと唾を飲む。噛んだ一秒先には訪れるであろう甘さの暴力、その期待がそうさせたのだ。
モニカも私と同じ気持ちらしく、微かに聞こえる程度に喉を鳴らしていた。
「よし、食べましょうよ」
モニカに言われ、私たちは同時にシュラットにかぶりつく。
大きく一口噛むと、想像していた通りとてつもない甘さが出迎えてくれた。
生地にかけられたメープルシロップの強い甘さはもちろん、生クリームの濃厚な甘さも口の中に溢れていく。
面白いことに、生クリームは凍る寸前まで冷やされているらしく、滑らかな口当たりではなくちょっとシャリっとしていた。
しかし口内の温度で一気に温められ、すぐに滑らかで濃厚な生クリームへと戻っていく。しかも温度変化によって、すっきりした甘さから濃密な甘さへと変化していった。
基本的に甘さというものは、暖かい方が感じられるらしい。冷やされた生クリームは最初の口当たりを面白く表現し、すぐに口内で暖かくなって甘さを際立たせていた。
生クリームが氷寸前まで冷えていてシャリっとした食感をさせるのは、メープルシロップがかけられた生地の食感を補うためだろう。
シュークリームの生地は表面がサクっとしていて、そのすぐ下はふわっとしている。しかしメープルシロップをかけたことによって表面は湿り、サクっとした口当たりは失われているのだ。
それを冷やした生クリームで補っているのだとすると、これは確かに町を代表するほど考えられたスイーツだ。
「うーん、おいしい~」
モニカは頬が蕩けたかのように甘ったるい声色を出していた。
でも私もモニカに同意である。これはほっぺたが落ちそうなくらいおいしい。
「すごくおいしいうえに面白いスイーツだよね、これ。凍りかけてる生クリームの食感が楽しくて、しかもすぐ溶けて甘くなるのが面白い」
私がそう言うと、なぜかモニカは得意気に笑う。
「リリア、この町のキャッチコピーを改めて思い出してみなさい」
「……え? えーと、芸術とスイーツの町……でしょ?」
「そう、つまりこのスイーツはスイーツにして芸術でもあるのよ。シュー生地の上からメープルシロップをかけた不思議なビジュアル、そして食べてみて初めて分かる凍りかけた生クリーム! 芸術って言うのは何も絵画や彫刻だけではないわ。職人が知恵と人生を込めて作ったモノは全て芸術。このシュラットもまた一つの芸術であり、知恵による工夫が込められているのよ!」
……なに言ってるんだこの幼馴染。
モニカの謎な芸術評論スイッチがなぜ今入ったのかすら分からない私は、適当に相槌を返してシュラットを食べ続けた。
芸術に疎いのもあるけど……さすがにスイーツが芸術という論は全く理解できない。やはり私には芸術は縁遠い。
おいしいスイーツを味わいながら食べる。それで十分なのだ。
そうしてシュラットを一口かじると、中の溶けかけているクリームがびゅるっと生地の端から飛び出し、私の頬を汚した。
シュークリームはこういうことがままあるから困る。おいしいのに。
いや、しかしこれもモニカ論によればシュークリームの芸術なのかな? はみ出したクリームは職人の頑固さが表れているとかなんとか。
そんなことを考えていると、モニカは私を見て、あーもう、と言いながらハンカチを出してきた。
「シュー生地からクリームはみ出させた上に頬につくとか、みっともないわね。ほら、拭くからじっとしてなさいよ」
……え、これは芸術じゃないんだ。はみ出るシュークリームは職人の意地や頑固さの表れでは……ない?
やっぱりモニカの言う芸術ってよく分からない。黙ってモニカに頬を拭かれながら私はそんなことを思っていた。
こうして、モニカとのスイーツ食べ歩きツアーが始まった。次はいったい何を食べることになるのだろう。
同じく起きてきたモニカとクロエ、そしてライラと一緒に適当に朝食を済ませた後。
朝食を済ませて早々、クロエは二度寝をするため宿屋の部屋へと戻ってしまった。どうやらこの町独特の明るい夜のせいで睡眠が浅かったらしい。
しかもライラまで少し眠いからとクロエについていってしまった。あんなにぐっすり寝ていたのに……。
こうして残されたのは私とモニカだけとなり、一端私の部屋へと集まってこれからどうしようか話し合うことにした。
「実は私やりたいことがあるのよね」
さすがに急に二人きりで時間を潰すとなると途方に暮れるかと思っていたが、意外にもモニカには案があるらしい。にんまりとした笑顔でこの町のパンフレットを開いてくる。
「リリア、この町のキャッチコピーを覚えているかしら?」
「……えーっと、芸術とスイーツの町……だっけ?」
「そう、スイーツよ! この町はスイーツの町なの!」
だんっと、机に広げたパンフレットを勢いよく叩くモニカ。
「ほら、見なさい! このフェルレストはスイーツの町とうたうだけあって、色んなスイーツ店があるのよ!」
言われる通り開かれたパンフレットを見てみると、お店の画像付きで色んなスイーツのお店が紹介されている。
「つまり、スイーツ店巡りがしたいってこと?」
私が言うと、モニカはよく分かったわね、とばかりにこくこくと頷いた。どころか私の肩を激しく揺さぶってくる。やめて欲しい。朝から脳が揺れる。
「しかもただのお店巡りじゃないわ! この町では食べ歩きできる小さなスイーツが好まれているらしくて、スイーツ食べ歩きツアーができるのよ!」
スイーツ食べ歩きツアーってなんなの? と思った私は、肩を揺さぶられながらまたパンフレットに目をうつした。肩と同時に頭もぐわんぐわん揺れているからすごく見にくい。
それでもなんとかパンフレットを読んでみる。
……どうやらこの町、スイーツ店を色んなところに散らばらせる方策を取っているらしく、町の至る所にスイーツ店があるらしい。
おそらくそれは、特に人気の場所にばかりスイーツ店が密集して競合するのを避けるためだろう。
しかしそうなってくると、あまり人気の無い場所に設置する事となったスイーツ店が文句を言いそうなものだ。
多分だけど、その辺りは町の税金とかを使って優遇措置でも取っているのだろう。そうでもしなければ、こんな町のあちこちにスイーツ店を散らばらせることはできない。
しかも至る所にあるスイーツ店へ人を誘導するためか、この町を網羅するようなスイーツ食べ歩きロードマップまでパンフレットに書かれている。
これがモニカの行っていたスイーツ食べ歩きツアーの正体ということだろうか。
「スイーツ食べ歩きツアーか……悪くないけどさ、あんまりたくさん食べ過ぎたら太っちゃうよ。それにこれ、町をほぼ一周してない? どれだけ歩くことになるの」
パンフレットに記載されているスイーツ食べ歩きツアーのロードマップを見てみると、このフェルレストの町をグネグネ歩き回って最終的に一周してしまっている。この通りスイーツ食べ歩きをしたら、おそらく四時間ほどはかかるんじゃないだろうか。
せっかく町に着いたのに、旅をしている時と変わらないくらい歩き回るのかと想像すると、ちょっと辟易する。
でもモニカは違うようで、むしろ目を輝かせていた。
「そこがいいんじゃないの! おいしいスイーツを食べつつカロリーも消費できるのよ! スイーツを食べ! 歩いてカロリーを消費し! 後にはおいしいだけが残る! これ以上ない素敵なツアーだわ!」
「……それは、確かに」
ちょっとモニカの圧に押される私だが、同意は返しておく。
モニカの言う通り、スイーツを食べ歩くという必然状、摂取したカロリーは歩くことで消費できるわけだ。
スイーツは好きだけと、こんな食べ歩きツアーをするほど食べる自信はさっきまで無かった。でも町を一周するほど歩いていればお腹も空いて結構食べられそうだし、食べた分のカロリーは歩いて消費できるわけだし……悪くないのか? このツアー。
「……よし、行こう! スイーツ食べ歩きツアー!」
現金なもので、太る危険性が少なく思えると、頭の中は煌びやかなスイーツのことでいっぱいになる。
「それでこそリリアよ。クロエとライラちゃんの分も食べまくってやりましょう!」
「おー!」
なんて、アホみたいにテンションが上がった私たちは早速宿屋を後にし、パンフレットに記載されるロードマップ通りにスイーツ食べ歩きツアーを開催するのだった。
そしてまずやってきたのは……宿屋近くの公園。
別にここにスイーツ店があるという訳ではない。ただロードマップによるとここが出発地点になっていたのだ。
当たり前だけど、観光客向けのパンフレットなので、宿屋近くから食べ歩きツアーが開始するように設計されてあるのだ。
今回はスイーツ食べ歩きツアー発案のモニカに先導してもらうことにする。彼女はパンフレット片手に公園からゆっくりと歩みを進めていった。
「えーっと……とりあえず、最初は町の中心部に向かうみたいね。ほら、あの町立美術館があった場所」
「あー、あそこ……」
美術館のことはできるだけ思い出したくない。あの妙な芸術作品は悪夢となって現れそうなのだ。
「そこで何食べるの? パンフレットにはおすすめスイーツとか書いてある?」
「そうねぇ……いくつか書いてはあるけど、基本お任せみたいよ。スイーツ店を散らばしてはいても、どうしても近い場所にいくつかのお店があることになるんだもの」
「それはそうだよね。たくさんスイーツ店あるみたいだし」
「だから自分の目でおいしそうなスイーツを探すのよ。それが醍醐味なのよ、このツアーは!」
モニカはこの町のスイーツ食べ歩き大使か何かだろうか。アピールがしっかりとしすぎている。
「じゃあとりあえず中心部に行ってから探すしかないのかぁ」
「あ、でも最初に食べるのは決めてあるわ。この町で代表的なスイーツがあるのよ」
「へえ、どんなの?」
「それは着いてのお楽しみよ」
……モニカ、実は本当にスイーツ食べ歩き大使だったりしないよね? 期待感をうまく煽ってきてる。
そうして町の中心部、町立美術館がある場所へとやってきた。
「あ、あったあった、あれ。ちょっと待ってて、あんたの分も買ってきてあげる」
するとモニカはすぐ目的の物を発見したらしく、私を置いてスイーツ店へと走っていった。
遠目だが、そのお店はこんな時間から列を作っていた。この町代表的スイーツを売っているらしいので、それだけ人気なのは不思議ではない。
しかし列に並ばないといけないならモニカ一人で行かなくていいのに。並んでる間一人だと暇じゃない? 残された方も暇。
そう思っていた私だが、意外にもモニカは早く戻ってきた。どうやら人気店は人を捌く手腕も上々らしく、あの程度の列ならば捌くのにそう時間はかからないらしい。
そうして戻ってきたモニカに、小さい紙袋を渡される。
紙袋を開け、中にあった二つのスイーツを取り出す。モニカと私のだ。
そうして手にしたスイーツは、小さな包装紙に乗ったこじんまりとした可愛らしいものだった。
「これ……シュークリーム……?」
その見た目は確かにシュークリームに似ていた。きつね色……と言っていいのか、焼かれた薄い生地の塊で、おそらく中にはクリームが詰まっているであろうことがうかがえる。
ただ、私の知っているシュークリームとは違って、生地の上からたっぷりとメープルシロップがかけられているのだ。
「この町独特のシュークリーム、シュラットって言うらしいわよ。中はたっぷりの生クリームで、生地の上からメープルシロップをかけるのが特徴的」
「へえ……普通のシュークリームじゃなくて、シュラットかぁ」
たっぷりとメープルシロップがかけられたその見た目と、中には生クリームがたくさん詰まっているという事実が、食べる前から私に甘さを想起させる。
思わずごくりと唾を飲む。噛んだ一秒先には訪れるであろう甘さの暴力、その期待がそうさせたのだ。
モニカも私と同じ気持ちらしく、微かに聞こえる程度に喉を鳴らしていた。
「よし、食べましょうよ」
モニカに言われ、私たちは同時にシュラットにかぶりつく。
大きく一口噛むと、想像していた通りとてつもない甘さが出迎えてくれた。
生地にかけられたメープルシロップの強い甘さはもちろん、生クリームの濃厚な甘さも口の中に溢れていく。
面白いことに、生クリームは凍る寸前まで冷やされているらしく、滑らかな口当たりではなくちょっとシャリっとしていた。
しかし口内の温度で一気に温められ、すぐに滑らかで濃厚な生クリームへと戻っていく。しかも温度変化によって、すっきりした甘さから濃密な甘さへと変化していった。
基本的に甘さというものは、暖かい方が感じられるらしい。冷やされた生クリームは最初の口当たりを面白く表現し、すぐに口内で暖かくなって甘さを際立たせていた。
生クリームが氷寸前まで冷えていてシャリっとした食感をさせるのは、メープルシロップがかけられた生地の食感を補うためだろう。
シュークリームの生地は表面がサクっとしていて、そのすぐ下はふわっとしている。しかしメープルシロップをかけたことによって表面は湿り、サクっとした口当たりは失われているのだ。
それを冷やした生クリームで補っているのだとすると、これは確かに町を代表するほど考えられたスイーツだ。
「うーん、おいしい~」
モニカは頬が蕩けたかのように甘ったるい声色を出していた。
でも私もモニカに同意である。これはほっぺたが落ちそうなくらいおいしい。
「すごくおいしいうえに面白いスイーツだよね、これ。凍りかけてる生クリームの食感が楽しくて、しかもすぐ溶けて甘くなるのが面白い」
私がそう言うと、なぜかモニカは得意気に笑う。
「リリア、この町のキャッチコピーを改めて思い出してみなさい」
「……え? えーと、芸術とスイーツの町……でしょ?」
「そう、つまりこのスイーツはスイーツにして芸術でもあるのよ。シュー生地の上からメープルシロップをかけた不思議なビジュアル、そして食べてみて初めて分かる凍りかけた生クリーム! 芸術って言うのは何も絵画や彫刻だけではないわ。職人が知恵と人生を込めて作ったモノは全て芸術。このシュラットもまた一つの芸術であり、知恵による工夫が込められているのよ!」
……なに言ってるんだこの幼馴染。
モニカの謎な芸術評論スイッチがなぜ今入ったのかすら分からない私は、適当に相槌を返してシュラットを食べ続けた。
芸術に疎いのもあるけど……さすがにスイーツが芸術という論は全く理解できない。やはり私には芸術は縁遠い。
おいしいスイーツを味わいながら食べる。それで十分なのだ。
そうしてシュラットを一口かじると、中の溶けかけているクリームがびゅるっと生地の端から飛び出し、私の頬を汚した。
シュークリームはこういうことがままあるから困る。おいしいのに。
いや、しかしこれもモニカ論によればシュークリームの芸術なのかな? はみ出したクリームは職人の頑固さが表れているとかなんとか。
そんなことを考えていると、モニカは私を見て、あーもう、と言いながらハンカチを出してきた。
「シュー生地からクリームはみ出させた上に頬につくとか、みっともないわね。ほら、拭くからじっとしてなさいよ」
……え、これは芸術じゃないんだ。はみ出るシュークリームは職人の意地や頑固さの表れでは……ない?
やっぱりモニカの言う芸術ってよく分からない。黙ってモニカに頬を拭かれながら私はそんなことを思っていた。
こうして、モニカとのスイーツ食べ歩きツアーが始まった。次はいったい何を食べることになるのだろう。
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