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67話、鳥のスパイシー揚げ
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猫の観光地という妙な魔術遺産となった遺跡でクロエと再開した私たちは、ひとまず遺跡の外へと出た。
入る前もそうだったが、遺跡の外に出てみると外は真っ暗闇。この辺りは日が落ちるのが早いが、暗くなり始めてからもう大分時間が経っている。そろそろ空腹を覚える頃合いだ。
「久しぶりに三人で会えたんだから色々話したいことはあると思うけど、ひとまずごはんから先に食べない?」
モニカの提案に、私たち全員が頷く。
「と言ってもなに食べようか?」
私が言うと、クロエは背負っていたやや大きなバッグをおろし、中から袋詰めの何かを出した。
「乾パンならたくさんある」
クロエが持っている袋の中には、焼き固められた真四角のパンがたくさん詰まっている。
「クロエ乾パン食べるんだ?」
「数日魔術遺産の現地調査をする時はいつもこれ。干し肉や干し魚と一緒によく食べる。たまに野草のサラダも」
その光景を想像したのか、モニカは信じられないとばかりに口を開いた。
「リリアとはまた違ったたくましさね……でも私そんなわびしいごはんは嫌よ。乾パンは別にいいけど、野草のサラダとか考えられないわ」
私もモニカの発言には同意だった。クロエは研究が第一なのか食に頓着ないようで、まるでサバイバルをしているかのような淡泊な食生活だ。
「ならどうする?」
クロエに聞かれると、モニカは得意げに胸を張った。
「やっぱり肉よ、肉! せっかく三人揃ったんだからここはぱーっとジューシーなお肉を食べましょう!」
ああ、やっぱり。クロエと違って肉食なモニカは、私の想像通りのことを言う。
そうだよね、モニカはお肉大好きだもんね。でも……。
「モニカが持ってた肉、道中で全部食べちゃったじゃん」
モニカは日持ちしない新鮮な肉ばかりを買っていたので、一日で全部焼いて次の日までに全部処理してしまっていたのだ。
しかしモニカは、甘いわね、とばかりに人差し指をふる。
「ふふん、途中寄った町で新たに肉を買っておいたのよ。この鶏肉のスパイシー漬けをね」
「げっ、それってあの町で買った奴……?」
私とライラは苦い表情で顔を見合わせた。記憶にも新しい。あの唐辛子を栽培していた、とても辛い料理ばかりの町だ。
あの町で唐辛子煮込み麺を食べた私とライラは、しばらくグロッキー状態となってしまった。あの時の苦い記憶がよみがえる。
私たちとは違いモニカは辛い物が大丈夫なようで、唐辛子煮込み麺をわりと普通に食べていた。私とライラは食後しばらく小休憩を取って道端でうずくまっていたのだが、元気なモニカはその間に町を観光していたはずだ。
きっとその時に買ったお土産が、今口にした鶏肉のスパイシー漬けというやつなのだろう。
「わ、私辛すぎる物はちょっと……」
ライラは冷や汗を流しながら、嫌がるように小さく首を振っていた。好奇心旺盛なライラのこういう態度は珍しい。よほど初めて食べる辛い食べ物が衝撃的だったようだ。
ライラに同調してか、クロエも頷く。
「私も刺激的な食べ物はそこまで得意ではない。舌が痛くなるのが気になる」
「大丈夫よ皆。これは唐辛子の他、色々な香辛料にヨーグルトを混ぜて漬けこんであるから、そこまで辛くないってお店の人が言ってたわ」
「……本当かなぁ」
私は疑う目でモニカが取り出した鶏肉のスパイシー漬けを眺める。
……見た目真っ赤ですっごく辛そうなんだけど。
でもクロエの乾パンと併せて食べれば、辛さもそこそこ中和できるかもしれない。唐辛子煮込み麺はスープ自体が辛くて逃げ場がなかったが、主食があるのなら話は別だ。
「ま、辛すぎたら全部モニカに食べさせればいいか」
「そうね、それがいいわ」
「同意」
頷き合う私とライラにクロエを見て、モニカは大声を出す。
「ちょっと! こんなたくさんの肉食べたら太るでしょうが! 多少辛くても皆ちゃんと食べなさいっ」
気にするところそこなんだ?
「モニカが太る太らないはそこら辺に置くとして、その辛い鶏肉どう調理する? シンプルに焼く方がいいの?」
「その辺に置かないでよ、重要な問題よ。ただそうね、この鶏肉、多分揚げた方がおいしいんじゃないかしら? お店の人は、皆揚げて食べるって言ってたわ」
「揚げるって言っても……私オリーブオイルしか持ってないけど」
「いいじゃない、オリーブオイル揚げで。オリーブオイルの香りと味で辛さも程よくなるんじゃない? それに揚げたオリーブオイルにも鶏肉の味がうつるし、クロエの乾パンをそれに漬けて食べればおいしいんじゃないかしら?」
「……なるほど」
モニカに言われて想像してみると、おいしそうだし揚げるのに使ったオリーブオイルも無駄にならないしで、かなり良い案に思える。
「どうしたのモニカ。今日すごく冴えてる」
「その言い方だとあんたは普段私をアホだと思ってたわけ?」
私をじと目で見てくるモニカから、さっと視線を逸らす。するとモニカは呆れたとばかりにため息をついた。
それを見ていたクロエは、その無表情をわずかながらゆるめる。
「二人とも変わってない」
「違うわよクロエ、リリアはこういうところだけ変わってないのよ!」
ここ数日、私と再開してからクロエに会うまでの日々を思い返してか、嘆くような声でモニカは語りだした。語るのはもちろん、モニカに対する私の態度だろう。
それをバカ正直に私まで聞いていると、いったいいつまで話し続けるか分からない。私は聞こえないふりをしながら料理の準備に取りかかった。
手慣れた手順で魔術で火を起こし、鞄から取り出したフライパンにオリーブオイルを多めにそそぐ。そしてテレキネシスで火の真上にフライパンを固定した。
「あ、ほら見なさいよクロエ。あれよ。あれがリリアの原始的魔女料理よ!」
聞こえないふりをしていた間に、私の野外での料理のことを喋っていたのだろう。モニカは、あれが今言っていた変な料理法なのだと指さした。
しかしクロエの反応はそっけない。というか、どこが変なの? とばかりに首を傾げている。
「……私も野外で干し肉や干し魚を焼く時はああする」
「ええっ!? あんたもああいうことやってるの!?」
信じられないと嘆くモニカに、私はここぞとばかりに言い返した。
「ほらぁっ、これ普通! 魔女としては普通の魔術運用なんだよ! クロエもそう言ってる!」
「違うわよっ、あんたたちがおかしいのっ」
「……リリアには悪いけど、確かにこういう魔術の運用はあまり見ない。事実私はリリアが同じやり方をしているのを見て驚いている」
クロエのこの発言を聞いて、モニカは私へ得意気に笑いかけた。
「ほらっ、クロエもこう言ってるじゃない」
「ちょっ、ちょっと! クロエは私とモニカのどっちの味方なの!?」
「……別にどっちの味方でもない」
モニカとはよくする言い合いも、クロエが混じると更にやかましくなる。
そうこうしている内にフライパンの中のオリーブオイルが十分熱くなってきたので、モニカが買ってきた鶏肉のスパイシー漬けを次々放り込んだ。
じゅわじゅわと小気味いい音を立てながら鶏肉が揚げられていく。
唐辛子の他色々な香辛料が使われているスパイシー漬けという名にふさわしく、熱が入っていくとその辛そうな匂いが一気に吹き上がってきた。
しかしあの町で入ったお店ほど強烈な匂いではない。モニカの言う通りヨーグルトなども混ぜてあるから見た目ほどには辛くないのだろうか? 結構食欲がそそられる。
「いい匂いかも」
若干辛い食べ物がトラウマになりかけていたライラだったが、この漂う匂いにはご満悦の様だ。
「……お腹すいた」
「……私もよ」
モニカとクロエも匂いによって食欲を刺激されたのか、話すのをやめて鶏肉を揚げ終わる瞬間を待ちわびている。
「そろそろいいかな」
十分熱が入り、鶏肉の表面がカラッとしだした頃合いを見て、私はテレキネシスで次々鶏肉を浮遊させ油から取り出した。そのままから揚げを自体を小刻みに振動させて油を切る。これもテレキネシスによるものだ。
「……やっぱり変よ、あんな油切りのしかたってある?」
「他に類は無くても魔術を使うのは効率的。ただ、私は変だと思わないけど、変だと思う気持ちも理解できる」
外野の二人の言っていることは聞き流しつつ、取り皿にから揚げを持っていく。
「よし、出来たっ」
お皿に山盛りになった鶏肉のスパイシー揚げを皆で取り囲み、さっそく出来立てを食べることにする。
まだ湯気が立っている熱々の出来立てから揚げ。油をちゃんと切ったからか表面はカラッと仕上がっていた。
そしていざ一口食べてみると、サクっとした食感に遅れて柔らかな鶏肉が現れる。じゅわりと肉汁も溢れだしてきて、とてもジューシーだ。
スパイシー揚げというだけあって、鶏肉の旨み溢れる肉汁の味に遅れてピリっとした刺激が駆け抜ける。辛めだけど、騒ぐほどでもない。とてもおいしい、いい塩梅の辛さだ。
辛い物を食べたら自然と辛さを中和させる物を求めてしまう。鶏肉を一つつまんだ私たちは、クロエが用意した乾パンへと手を伸ばした。
クロエがよく食べるという乾パンは、そこまでハードなタイプではなかった。確かに焼き固められてあるけど、ビスケットほど硬くはなく、以前食べたライ麦パンのようなぎゅっと押し固められたかのような食感だ。
しかしライ麦パンに見られる酸味はなく、味自体は淡泊。辛いから揚げとはよく合っている。
「ふーん、乾パンもわりと悪くはないわね」
モニカも意外な乾パンのおいしさに感心しているらしい。
「乾パンは色々買って試しているけど、今のところこれがお気に入り」
鶏肉のピリ辛な味が口の中に残っているうちはいいが、それが無くなるとその辛さのふり幅もあるのか、ぼそっとした食感の乾パンでは味気なさを感じる。
その時私はモニカが言っていたことを想い出し、フライパンに直接パンを入れて、鶏肉を揚げるのに使ったオリーブオイルをつけて食べてみた。
「あっ、これおいしい」
オリーブオイルを塩こしょうで味付けしてソースにし、それをパンにつけて食べるのはわりとありふれている。オリーブオイルの香りと味は小麦の風味とよく合っているのだ。
そこへ更に唐辛子で漬けられた鶏肉の風味まで混じっているのだから、かなりおいしさを増していた。ほんのりとした辛味にそれを包み込むようなオリーブオイルの爽やかな風味、そして肉汁が混じっているためか香ばしさまである。
乾パン自体がぼそっとしているので、ねっとりとした油をまとわせるとこれまたいい具合にしっとりとする。
舌つづみを打つ私のことを見てか、モニカとクロエもパンをオリーブオイルにつけ始めた。
「本当ね、おいしいわ。自分で言いだしたけど鶏肉を揚げたオリーブオイルでパンを食べるってのもいいじゃない」
「……なるほど、確かにおいしい。次は私も干し肉をオリーブオイルで揚げ焼きにして、それとパンを一緒に食べてみる」
モニカとクロエはすっかり食べるのに夢中となり、黙々とから揚げとパンを頬張りだしている。
そういえばライラはどうだろうかと、その小さな体の彼女に視線をうつした。
「ライラはどう? から揚げ辛すぎない?」
「これくらいの辛さなら大丈夫みたい。とてもおいしいわよ」
にこりと笑うライラにほっと一安心する。辛さがトラウマにならなくてよかった。
あれだけ大量にあったから揚げも四人で食べるとあっという間に無くなり、私たちはお腹いっぱいになって満足する。
最後にケトルでお湯を沸かし、紅茶を淹れることにした。今日は辛い味付けだったので、砂糖を多めにして甘目にしてみる。
甘い紅茶を皆ですすりながら、ほっと息をつく。食後のこの落ち着いた瞬間はなぜだか堪らない。
そして今回は久しぶりに揃った幼馴染たちまでいる。こうして落ち着いていると、再開した直後には実感の無かった郷愁がゆっくりと湧き上がってきた。
モニカとクロエもそうなのか、しだいに私たちは会話を重ねていく。しばらく会っていなかったお互いの近況から、こうして顔を合わせるたびに話す思い出話。
明るく会話をするモニカとクロエを眺めながら紅茶をすすっていると、ライラが耳元へやってきた。
「リリア、楽しそうね。皆と会えてよかったわね」
「……うん、そうだね。ありがとうライラ」
以前妖精のダンスパーティーと出くわし、それに混じって楽しそうに踊っていたライラの姿を思い出す。
ライラはきっと、あの時の私のような気持ちを抱いているのだろう。
やや寒い星空の下、今この場に流れる懐かしい空気は、かつてのまま暖かかった。
入る前もそうだったが、遺跡の外に出てみると外は真っ暗闇。この辺りは日が落ちるのが早いが、暗くなり始めてからもう大分時間が経っている。そろそろ空腹を覚える頃合いだ。
「久しぶりに三人で会えたんだから色々話したいことはあると思うけど、ひとまずごはんから先に食べない?」
モニカの提案に、私たち全員が頷く。
「と言ってもなに食べようか?」
私が言うと、クロエは背負っていたやや大きなバッグをおろし、中から袋詰めの何かを出した。
「乾パンならたくさんある」
クロエが持っている袋の中には、焼き固められた真四角のパンがたくさん詰まっている。
「クロエ乾パン食べるんだ?」
「数日魔術遺産の現地調査をする時はいつもこれ。干し肉や干し魚と一緒によく食べる。たまに野草のサラダも」
その光景を想像したのか、モニカは信じられないとばかりに口を開いた。
「リリアとはまた違ったたくましさね……でも私そんなわびしいごはんは嫌よ。乾パンは別にいいけど、野草のサラダとか考えられないわ」
私もモニカの発言には同意だった。クロエは研究が第一なのか食に頓着ないようで、まるでサバイバルをしているかのような淡泊な食生活だ。
「ならどうする?」
クロエに聞かれると、モニカは得意げに胸を張った。
「やっぱり肉よ、肉! せっかく三人揃ったんだからここはぱーっとジューシーなお肉を食べましょう!」
ああ、やっぱり。クロエと違って肉食なモニカは、私の想像通りのことを言う。
そうだよね、モニカはお肉大好きだもんね。でも……。
「モニカが持ってた肉、道中で全部食べちゃったじゃん」
モニカは日持ちしない新鮮な肉ばかりを買っていたので、一日で全部焼いて次の日までに全部処理してしまっていたのだ。
しかしモニカは、甘いわね、とばかりに人差し指をふる。
「ふふん、途中寄った町で新たに肉を買っておいたのよ。この鶏肉のスパイシー漬けをね」
「げっ、それってあの町で買った奴……?」
私とライラは苦い表情で顔を見合わせた。記憶にも新しい。あの唐辛子を栽培していた、とても辛い料理ばかりの町だ。
あの町で唐辛子煮込み麺を食べた私とライラは、しばらくグロッキー状態となってしまった。あの時の苦い記憶がよみがえる。
私たちとは違いモニカは辛い物が大丈夫なようで、唐辛子煮込み麺をわりと普通に食べていた。私とライラは食後しばらく小休憩を取って道端でうずくまっていたのだが、元気なモニカはその間に町を観光していたはずだ。
きっとその時に買ったお土産が、今口にした鶏肉のスパイシー漬けというやつなのだろう。
「わ、私辛すぎる物はちょっと……」
ライラは冷や汗を流しながら、嫌がるように小さく首を振っていた。好奇心旺盛なライラのこういう態度は珍しい。よほど初めて食べる辛い食べ物が衝撃的だったようだ。
ライラに同調してか、クロエも頷く。
「私も刺激的な食べ物はそこまで得意ではない。舌が痛くなるのが気になる」
「大丈夫よ皆。これは唐辛子の他、色々な香辛料にヨーグルトを混ぜて漬けこんであるから、そこまで辛くないってお店の人が言ってたわ」
「……本当かなぁ」
私は疑う目でモニカが取り出した鶏肉のスパイシー漬けを眺める。
……見た目真っ赤ですっごく辛そうなんだけど。
でもクロエの乾パンと併せて食べれば、辛さもそこそこ中和できるかもしれない。唐辛子煮込み麺はスープ自体が辛くて逃げ場がなかったが、主食があるのなら話は別だ。
「ま、辛すぎたら全部モニカに食べさせればいいか」
「そうね、それがいいわ」
「同意」
頷き合う私とライラにクロエを見て、モニカは大声を出す。
「ちょっと! こんなたくさんの肉食べたら太るでしょうが! 多少辛くても皆ちゃんと食べなさいっ」
気にするところそこなんだ?
「モニカが太る太らないはそこら辺に置くとして、その辛い鶏肉どう調理する? シンプルに焼く方がいいの?」
「その辺に置かないでよ、重要な問題よ。ただそうね、この鶏肉、多分揚げた方がおいしいんじゃないかしら? お店の人は、皆揚げて食べるって言ってたわ」
「揚げるって言っても……私オリーブオイルしか持ってないけど」
「いいじゃない、オリーブオイル揚げで。オリーブオイルの香りと味で辛さも程よくなるんじゃない? それに揚げたオリーブオイルにも鶏肉の味がうつるし、クロエの乾パンをそれに漬けて食べればおいしいんじゃないかしら?」
「……なるほど」
モニカに言われて想像してみると、おいしそうだし揚げるのに使ったオリーブオイルも無駄にならないしで、かなり良い案に思える。
「どうしたのモニカ。今日すごく冴えてる」
「その言い方だとあんたは普段私をアホだと思ってたわけ?」
私をじと目で見てくるモニカから、さっと視線を逸らす。するとモニカは呆れたとばかりにため息をついた。
それを見ていたクロエは、その無表情をわずかながらゆるめる。
「二人とも変わってない」
「違うわよクロエ、リリアはこういうところだけ変わってないのよ!」
ここ数日、私と再開してからクロエに会うまでの日々を思い返してか、嘆くような声でモニカは語りだした。語るのはもちろん、モニカに対する私の態度だろう。
それをバカ正直に私まで聞いていると、いったいいつまで話し続けるか分からない。私は聞こえないふりをしながら料理の準備に取りかかった。
手慣れた手順で魔術で火を起こし、鞄から取り出したフライパンにオリーブオイルを多めにそそぐ。そしてテレキネシスで火の真上にフライパンを固定した。
「あ、ほら見なさいよクロエ。あれよ。あれがリリアの原始的魔女料理よ!」
聞こえないふりをしていた間に、私の野外での料理のことを喋っていたのだろう。モニカは、あれが今言っていた変な料理法なのだと指さした。
しかしクロエの反応はそっけない。というか、どこが変なの? とばかりに首を傾げている。
「……私も野外で干し肉や干し魚を焼く時はああする」
「ええっ!? あんたもああいうことやってるの!?」
信じられないと嘆くモニカに、私はここぞとばかりに言い返した。
「ほらぁっ、これ普通! 魔女としては普通の魔術運用なんだよ! クロエもそう言ってる!」
「違うわよっ、あんたたちがおかしいのっ」
「……リリアには悪いけど、確かにこういう魔術の運用はあまり見ない。事実私はリリアが同じやり方をしているのを見て驚いている」
クロエのこの発言を聞いて、モニカは私へ得意気に笑いかけた。
「ほらっ、クロエもこう言ってるじゃない」
「ちょっ、ちょっと! クロエは私とモニカのどっちの味方なの!?」
「……別にどっちの味方でもない」
モニカとはよくする言い合いも、クロエが混じると更にやかましくなる。
そうこうしている内にフライパンの中のオリーブオイルが十分熱くなってきたので、モニカが買ってきた鶏肉のスパイシー漬けを次々放り込んだ。
じゅわじゅわと小気味いい音を立てながら鶏肉が揚げられていく。
唐辛子の他色々な香辛料が使われているスパイシー漬けという名にふさわしく、熱が入っていくとその辛そうな匂いが一気に吹き上がってきた。
しかしあの町で入ったお店ほど強烈な匂いではない。モニカの言う通りヨーグルトなども混ぜてあるから見た目ほどには辛くないのだろうか? 結構食欲がそそられる。
「いい匂いかも」
若干辛い食べ物がトラウマになりかけていたライラだったが、この漂う匂いにはご満悦の様だ。
「……お腹すいた」
「……私もよ」
モニカとクロエも匂いによって食欲を刺激されたのか、話すのをやめて鶏肉を揚げ終わる瞬間を待ちわびている。
「そろそろいいかな」
十分熱が入り、鶏肉の表面がカラッとしだした頃合いを見て、私はテレキネシスで次々鶏肉を浮遊させ油から取り出した。そのままから揚げを自体を小刻みに振動させて油を切る。これもテレキネシスによるものだ。
「……やっぱり変よ、あんな油切りのしかたってある?」
「他に類は無くても魔術を使うのは効率的。ただ、私は変だと思わないけど、変だと思う気持ちも理解できる」
外野の二人の言っていることは聞き流しつつ、取り皿にから揚げを持っていく。
「よし、出来たっ」
お皿に山盛りになった鶏肉のスパイシー揚げを皆で取り囲み、さっそく出来立てを食べることにする。
まだ湯気が立っている熱々の出来立てから揚げ。油をちゃんと切ったからか表面はカラッと仕上がっていた。
そしていざ一口食べてみると、サクっとした食感に遅れて柔らかな鶏肉が現れる。じゅわりと肉汁も溢れだしてきて、とてもジューシーだ。
スパイシー揚げというだけあって、鶏肉の旨み溢れる肉汁の味に遅れてピリっとした刺激が駆け抜ける。辛めだけど、騒ぐほどでもない。とてもおいしい、いい塩梅の辛さだ。
辛い物を食べたら自然と辛さを中和させる物を求めてしまう。鶏肉を一つつまんだ私たちは、クロエが用意した乾パンへと手を伸ばした。
クロエがよく食べるという乾パンは、そこまでハードなタイプではなかった。確かに焼き固められてあるけど、ビスケットほど硬くはなく、以前食べたライ麦パンのようなぎゅっと押し固められたかのような食感だ。
しかしライ麦パンに見られる酸味はなく、味自体は淡泊。辛いから揚げとはよく合っている。
「ふーん、乾パンもわりと悪くはないわね」
モニカも意外な乾パンのおいしさに感心しているらしい。
「乾パンは色々買って試しているけど、今のところこれがお気に入り」
鶏肉のピリ辛な味が口の中に残っているうちはいいが、それが無くなるとその辛さのふり幅もあるのか、ぼそっとした食感の乾パンでは味気なさを感じる。
その時私はモニカが言っていたことを想い出し、フライパンに直接パンを入れて、鶏肉を揚げるのに使ったオリーブオイルをつけて食べてみた。
「あっ、これおいしい」
オリーブオイルを塩こしょうで味付けしてソースにし、それをパンにつけて食べるのはわりとありふれている。オリーブオイルの香りと味は小麦の風味とよく合っているのだ。
そこへ更に唐辛子で漬けられた鶏肉の風味まで混じっているのだから、かなりおいしさを増していた。ほんのりとした辛味にそれを包み込むようなオリーブオイルの爽やかな風味、そして肉汁が混じっているためか香ばしさまである。
乾パン自体がぼそっとしているので、ねっとりとした油をまとわせるとこれまたいい具合にしっとりとする。
舌つづみを打つ私のことを見てか、モニカとクロエもパンをオリーブオイルにつけ始めた。
「本当ね、おいしいわ。自分で言いだしたけど鶏肉を揚げたオリーブオイルでパンを食べるってのもいいじゃない」
「……なるほど、確かにおいしい。次は私も干し肉をオリーブオイルで揚げ焼きにして、それとパンを一緒に食べてみる」
モニカとクロエはすっかり食べるのに夢中となり、黙々とから揚げとパンを頬張りだしている。
そういえばライラはどうだろうかと、その小さな体の彼女に視線をうつした。
「ライラはどう? から揚げ辛すぎない?」
「これくらいの辛さなら大丈夫みたい。とてもおいしいわよ」
にこりと笑うライラにほっと一安心する。辛さがトラウマにならなくてよかった。
あれだけ大量にあったから揚げも四人で食べるとあっという間に無くなり、私たちはお腹いっぱいになって満足する。
最後にケトルでお湯を沸かし、紅茶を淹れることにした。今日は辛い味付けだったので、砂糖を多めにして甘目にしてみる。
甘い紅茶を皆ですすりながら、ほっと息をつく。食後のこの落ち着いた瞬間はなぜだか堪らない。
そして今回は久しぶりに揃った幼馴染たちまでいる。こうして落ち着いていると、再開した直後には実感の無かった郷愁がゆっくりと湧き上がってきた。
モニカとクロエもそうなのか、しだいに私たちは会話を重ねていく。しばらく会っていなかったお互いの近況から、こうして顔を合わせるたびに話す思い出話。
明るく会話をするモニカとクロエを眺めながら紅茶をすすっていると、ライラが耳元へやってきた。
「リリア、楽しそうね。皆と会えてよかったわね」
「……うん、そうだね。ありがとうライラ」
以前妖精のダンスパーティーと出くわし、それに混じって楽しそうに踊っていたライラの姿を思い出す。
ライラはきっと、あの時の私のような気持ちを抱いているのだろう。
やや寒い星空の下、今この場に流れる懐かしい空気は、かつてのまま暖かかった。
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