63 / 185
63話、モニカとの旅路、ベーコンチーズパン
しおりを挟む
クロエとの待ち合わせ場所である魔術遺産を目指して、私とライラ、そしてモニカの三人はテルミネスの町を出立していた。
まだ朝を少し過ぎた程度の時間帯。この地域は寒冷地で肌寒いが、今日は日差しがやや強い。
「日差しが強いのに全く暖かくないわね。これじゃあただ肌に悪いだけだわ」
モニカは嫌そうに空を見上げ、魔女帽子のつばを少し下げた。顔に日の光が当たらないようにしているのだ。
モニカは肌が弱いので、昔から日焼けには気を使っている。
一方私はというと、その辺結構無頓着。そんなに日焼けするたちでもないし。
それにモニカは暖かくないと言ったが、日差しが肌に当たるとほんのり暖かく感じる。日差しがやや強めなのは私としては歓迎だった。
「クロエとすれ違いになるって可能性は無いの? 私たちがたどりつく前にクロエが帰っちゃうとか」
これからクロエに会いに行こうとする私たちだが、今から手紙をやり取りして意志疎通をするのは不可能なので、とにかく件の魔術遺産へ向かうしかない。
しかしこうして徒歩で向かっては時間がかかるし、モニカいわくもうクロエは出発しているらしいから、そういったすれ違いも考慮しなければいけなかった。
だけどモニカはあっけらかんと言った。
「大丈夫じゃない? なんでも現地に一週間は滞在するつもりらしいわよ」
「一週間も? 魔術遺産に?」
どうやらクロエは、かなり本格的に調査をするつもりらしい。私だったら魔術遺産に一週間も滞在するとか絶対にごめんだ。
魔術遺産には、通常の法則とは違った独自のルールが流れている。いわば常識が通じない領域なのだ。そんなところに長く居座っていると、それだけリスクも高まる。
とはいえ、魔術遺産の全てが危険な物かというとそれは違う。以前出くわした卵がわく泉なんて、一見不気味だったけどただ泉から卵がわき上がってくるだけで、食べても大丈夫なやつだった。
ああいった変でありつつも危険性は低い魔術遺産がある一方で、一見普通でありながら危険度は高い魔術遺産ももちろん存在する。
幸い私はまだ出くわしてないけど、もしそんな魔術遺産を発見したらすぐにそこから離れるつもりだ。私は魔術遺産に詳しくないのだから。
これから行く魔術遺産もどういった物かは分からない。もしかしたら危険性のある魔術遺産かもしれない。そう考えると一週間も滞在するなんてありえないと思えた。
でもそう思うのはあくまで魔術遺産に詳しくない私だからで、クロエは違う。
クロエは昔から遺跡とか妖精とか古代文字とかに興味があった。しかも今は魔術遺産についてまとめた本を出したいらしいので、魔術遺産についての知識は私よりはるかに上だろう。
ならば、現地調査する前に調査対象の魔術遺産についてある程度調べているだろうし、そんなクロエが一週間滞在するつもりなら特に危険な魔術遺産ではないのかもしれない。
これから行く魔術遺産への不安は少々あったものの、まだ見ぬクロエがいるなら別に大丈夫か、と私は楽観的に考えることにした。
「ねえ……ねえリリア! ちょっと!」
「ん? どうしたの」
「もう何時間も歩きっぱなしよ、私疲れた」
しばらく街道を歩いていたら、突然モニカが立ち止まった。彼女は息をつきながら屈み、ふくらはぎを撫でている。
「あ……ごめん、いつものペースで歩いてたかも」
最初は肩を並べて歩いていたモニカが徐々に私の後ろへと遅れていたのは分かってたけど、それは周囲の景色を見ているからだと思っていた。でもどうやら普段の私の歩くペースについていけてなかったようだ。
「あんたは大丈夫なの? 私もう足痛いんだけど」
「んー……ちょっと疲れたかな。でもたまに丸一日歩きっぱなしの時もあるし、これくらいは普通かも」
「……あんた本当に箒を使わず旅してるのね。尊敬するわ。出不精の癖になんでそんな気力あるわけ?」
「……絶対尊敬してないでしょ」
言葉とは裏腹に呆れたように私を眺めるモニカ。
「私も最初はちょっと歩いただけですぐ疲れたよ。何時間も歩くことってそうそう無いもんね。でもそのうち慣れた」
「慣れの問題? とにかく一端休憩しましょ。朝少ししか食べてないから、お腹も空いたわ」
もう一歩も動けないとばかりに座り込むモニカへ肩をすくめ、ちょっと早いお昼休憩をいれることにする。
適当なスペースがある街道の端に陣取り、腰を落ち着ける私たち。こうして足を休めると、モニカ程ではないけど結構足に疲労が溜まっているのが分かる。
片手で軽くふくらはぎを揉みながら、鞄を開放して中身をごそごそ漁っていく。早いけど昼食の準備をするのだ。
「お昼どうするの? 言ってなかったけど、私基本あんたに任せるつもりなんだけど」
「モニカってさぁ、そういう雑なところ結構あるよね」
「しかたないでしょ、旅なんてしたことないんだから。それにあんたがこういう旅路の途中で何食べてるか気になるし」
「そんな大した物じゃないよ?」
やがて私は鞄から一つの袋を取り出した。袋の中には、やや大きめの真っ白な塊が入ってる。
「何それ?」
モニカは興味深げに袋の上から白い塊をつついてきた。
「パン生地。テルミネスの町について初日の夜にこねといたの。あれから二日立ってるからいい感じに発酵してるんじゃないかな」
「あんたパン作れるの? 驚きね」
私の魔女帽子のつばに座っていたライラが、ひょこっと顔をのぞかせる。
「以前ビスケットを作ったことはあったけど、パンは初めてね」
「ふぅん……じゃあ失敗する可能性もあるんだ」
「モニカ、不吉なこと言うの止めて」
実際本当にこれでパンを作れるのか私もよく分かっていない。
このパン生地は小麦粉と水と塩を混ぜて練った物。つまりライラが言っていた、前作ったビスケットと実質同じ成分の生地だ。
しかしあれとは違って、二日以上寝かせて発酵させてある。生地を寝かせるとはつまり常温で放置するという事で、そうするとイーストが生地内の糖分を取り込んで炭酸ガスを発生させ、それで生地が膨らむのだ。
今私が持っている袋詰めの生地も、最初練った時より二倍ほど大きくなっている。これは十分発酵できているという証拠だろう。多分。
十分発酵が進んだ生地は、焼くとふっくらしてモチモチとした食感になる。つまり、パンになるのだ。
逆に発酵が足りないと焼いた時に膨らまず、生地内に気泡も無いので固い焼き上がりになる。ビスケットやクラッカーがそうだ。
しかし、発酵が進んでいても焼く時の生地の形や火加減などで、固い焼き上がりにもできる。ちなみに細くカットして茹でれば麺になる。
小麦粉を水で練っただけなのに、発酵度合から生地の形、火加減、焼いたり茹でたりといった調理法、などで色んな料理に変貌する。
なんだか不思議だ。世の中に色んなパンがあるのは、この生地の不思議な特性のおかげなのだろう。
それで今日作るのは、いわゆる普通のパン。発酵させた生地なのでモチモチとした食感になるのを期待している。
「……で、ここからパンをどうやって作るわけ?」
料理についてさして興味が無いのか、モニカは全く見当がつかないようだ。
私は袋を開いて生地を取り出し、それを軽くこねだした。
「適当に形を整えてゆっくり焼くだけだよ。生地作って発酵させた段階でほぼできてるも同然なの」
「……本当に? にわかには信じられないわ」
「モニカってさ……料理とかしたことないの?」
「料理は食べる物よ、リリア」
「ああ、納得」
料理への興味は、魔術とマジックショーにかける情熱の一かけらも持ち合わせてないらしい。
とはいえ私もモニカへ大きなことは言えない。真面目に料理やるようになったのはつい最近だし。それも魔法薬の調合過程に似た楽しさが少しあるかなって思えるからやってるふしがある。
私もモニカとそんなに変わらないのかもしれない。
そんなことを考えながらパン生地を三つにとりわけ、角を丸くした長方形に形作る。その上にベーコンを一切れずつ置き、更にチーズを乗せていった。
「モニカ、火を起こしてくれる?」
「え? 魔術でいいのよね」
モニカは腰にさしていたステッキを抜き、地面に向けて一振りした。するとそこに程よい加減のたき火が生まれる。
私がそうであるように、モニカも魔術を使う際別にステッキなどを使う必要は無い。しかしモニカはショーでステッキを使うので、普段魔術を使う時もステッキを振るう癖をつけているらしいのだ。
なんでもそういう細かいところがショーでの自然な振る舞いに影響するとのこと。その情熱を料理にも向ければいいのに。
モニカが起こしてくれた火に触れるか触れないか程度離れた真上に、さっき作ったベーコンとチーズをのせたパン生地をテレキネシスで固定する。後はこうしてじっくり焼けば、パンの完成だ。多分完成すると思う。
パチパチと音が立つ魔術の火の上で、空中に固定されて浮かぶ三つのパン生地。その光景を眺めながらモニカがぽつりとつぶやいた。
「あんた、いつもこんな摩訶不思議な料理してるの?」
「え? どこが不思議?」
「不思議も不思議でしょ。テレキネシスで火の上に食材置いて焼くとか、なんか一周回って原始的よ。あんたは古代の魔女か」
「え、古代魔女っぽいのこれ……我ながら魔術の良い使い方だと思ってるんだけど」
「いや、私も古代の魔女がこんなことしてたのか知らないけどね。その辺りはクロエに後で聞いてみましょう」
でも確かに、古代のまだ文明が発達してない頃に魔女がいて魔術が使えたとしたら、こうして野外で魔術による火を起こしてテレキネシスで食材焼いてる光景はまざまざと目に浮かぶ。
あれ……? もしかして私って原始的魔女に回帰してるの?
魔女のマジックショーという現代の最先端を行く魔女であるモニカと比べると、確かに今の私は古臭い魔女感あるかも……。
「あ、そういえば、モニカ昨日料理ショーをするのもいいかもって言ってたじゃん? どう、これ。魔女の魔術料理って名目でショーできない?」
「こんなの料理ショーじゃなくてただのドキュメンタリーよ。発見! 古代魔女の料理術、とかそういう題目が必要になるわ。それもギャグでやってるのかどうか分からなくて、観客が困惑するタイプよ」
「私の料理、困惑するんだ……」
火の真上で静止するパン生地が香ばしく焼け、ふっくらとしていく。確かにこの光景は困惑するかもしれない。
「あんたの料理はヘンテコだけど、パンの方は結構よく焼けてるじゃない」
「おいしそうな匂いがするわよリリア。元気出して」
パンには程よく焼き目がつき始め、小麦の良い匂いも漂ってきている。ベーコンからも油が浮き出てきて、その上にまぶしたチーズも蕩けていた。
「もう焼けてるんじゃないかな。はい、どうぞ。まだ熱いからちょっと冷ましてから食べよう」
これまたテレキネシスを使ってそれぞれの前に焼き上がったパンを固定する。ついでに風の魔術を使って微風を吹かせ、寒冷地の涼やかな風によって粗熱をとった。
「本当、胴に入ってるわね。風を吹かせて熱も取るとか、あんた魔術料理の第一人者になれるわ」
「褒めてないよね?」
モニカにからかわれつつも、私たちは早速出来立てパンを食べることにした。
パンを持ってみると、感触は結構ふっくらとしていた。やはり発酵させた意味はちゃんとあったらしい。
そして小麦の香ばしい匂いにベーコンとチーズの香りも混じり、とても食欲がそそる。
大きく口を開けて、パンと具材のベーコンとチーズを一緒に口に含む。
中はまだ熱々だったがヤケドするほどではなく、ベーコンの油と溶けたチーズが絡み合って、それが素朴なパンの味と相まってとてもおいしかった。
「へえ、おいしいじゃない。古代魔女の料理も侮れないものね」
「うん、ベーコンとチーズの相性も良くて、とってもおいしいわよリリア」
ライラとモニカもお気に召したようで、上機嫌でパンをかじっている。ただ勝手に私を古代魔女にしないでほしい。
「もうちょっと発酵させたらもっとモチモチだったのかな。次は三日発酵させてみようかな」
あっという間にパンを食べ終えた私は、自然と次のパン作りを考えていた。
ただあまり発酵させすぎると、過発酵になって逆にパン生地がすかすかになる可能性もある。この辺りは何度か作って慣れていかないといけない。
ぶつぶつと次の料理に向けてつぶやく私を見て、ライラとモニカは顔を見合わせていた。
「どうするライラちゃん、リリア本当に古代魔女の料理術極めちゃうかもよ」
「おいしいならそれでいいんじゃないかしら。それにリリアには原始的魔術料理の方が似合ってるわ」
……なんか、もう私のことを好き勝手言ってる二人だった。
まだ朝を少し過ぎた程度の時間帯。この地域は寒冷地で肌寒いが、今日は日差しがやや強い。
「日差しが強いのに全く暖かくないわね。これじゃあただ肌に悪いだけだわ」
モニカは嫌そうに空を見上げ、魔女帽子のつばを少し下げた。顔に日の光が当たらないようにしているのだ。
モニカは肌が弱いので、昔から日焼けには気を使っている。
一方私はというと、その辺結構無頓着。そんなに日焼けするたちでもないし。
それにモニカは暖かくないと言ったが、日差しが肌に当たるとほんのり暖かく感じる。日差しがやや強めなのは私としては歓迎だった。
「クロエとすれ違いになるって可能性は無いの? 私たちがたどりつく前にクロエが帰っちゃうとか」
これからクロエに会いに行こうとする私たちだが、今から手紙をやり取りして意志疎通をするのは不可能なので、とにかく件の魔術遺産へ向かうしかない。
しかしこうして徒歩で向かっては時間がかかるし、モニカいわくもうクロエは出発しているらしいから、そういったすれ違いも考慮しなければいけなかった。
だけどモニカはあっけらかんと言った。
「大丈夫じゃない? なんでも現地に一週間は滞在するつもりらしいわよ」
「一週間も? 魔術遺産に?」
どうやらクロエは、かなり本格的に調査をするつもりらしい。私だったら魔術遺産に一週間も滞在するとか絶対にごめんだ。
魔術遺産には、通常の法則とは違った独自のルールが流れている。いわば常識が通じない領域なのだ。そんなところに長く居座っていると、それだけリスクも高まる。
とはいえ、魔術遺産の全てが危険な物かというとそれは違う。以前出くわした卵がわく泉なんて、一見不気味だったけどただ泉から卵がわき上がってくるだけで、食べても大丈夫なやつだった。
ああいった変でありつつも危険性は低い魔術遺産がある一方で、一見普通でありながら危険度は高い魔術遺産ももちろん存在する。
幸い私はまだ出くわしてないけど、もしそんな魔術遺産を発見したらすぐにそこから離れるつもりだ。私は魔術遺産に詳しくないのだから。
これから行く魔術遺産もどういった物かは分からない。もしかしたら危険性のある魔術遺産かもしれない。そう考えると一週間も滞在するなんてありえないと思えた。
でもそう思うのはあくまで魔術遺産に詳しくない私だからで、クロエは違う。
クロエは昔から遺跡とか妖精とか古代文字とかに興味があった。しかも今は魔術遺産についてまとめた本を出したいらしいので、魔術遺産についての知識は私よりはるかに上だろう。
ならば、現地調査する前に調査対象の魔術遺産についてある程度調べているだろうし、そんなクロエが一週間滞在するつもりなら特に危険な魔術遺産ではないのかもしれない。
これから行く魔術遺産への不安は少々あったものの、まだ見ぬクロエがいるなら別に大丈夫か、と私は楽観的に考えることにした。
「ねえ……ねえリリア! ちょっと!」
「ん? どうしたの」
「もう何時間も歩きっぱなしよ、私疲れた」
しばらく街道を歩いていたら、突然モニカが立ち止まった。彼女は息をつきながら屈み、ふくらはぎを撫でている。
「あ……ごめん、いつものペースで歩いてたかも」
最初は肩を並べて歩いていたモニカが徐々に私の後ろへと遅れていたのは分かってたけど、それは周囲の景色を見ているからだと思っていた。でもどうやら普段の私の歩くペースについていけてなかったようだ。
「あんたは大丈夫なの? 私もう足痛いんだけど」
「んー……ちょっと疲れたかな。でもたまに丸一日歩きっぱなしの時もあるし、これくらいは普通かも」
「……あんた本当に箒を使わず旅してるのね。尊敬するわ。出不精の癖になんでそんな気力あるわけ?」
「……絶対尊敬してないでしょ」
言葉とは裏腹に呆れたように私を眺めるモニカ。
「私も最初はちょっと歩いただけですぐ疲れたよ。何時間も歩くことってそうそう無いもんね。でもそのうち慣れた」
「慣れの問題? とにかく一端休憩しましょ。朝少ししか食べてないから、お腹も空いたわ」
もう一歩も動けないとばかりに座り込むモニカへ肩をすくめ、ちょっと早いお昼休憩をいれることにする。
適当なスペースがある街道の端に陣取り、腰を落ち着ける私たち。こうして足を休めると、モニカ程ではないけど結構足に疲労が溜まっているのが分かる。
片手で軽くふくらはぎを揉みながら、鞄を開放して中身をごそごそ漁っていく。早いけど昼食の準備をするのだ。
「お昼どうするの? 言ってなかったけど、私基本あんたに任せるつもりなんだけど」
「モニカってさぁ、そういう雑なところ結構あるよね」
「しかたないでしょ、旅なんてしたことないんだから。それにあんたがこういう旅路の途中で何食べてるか気になるし」
「そんな大した物じゃないよ?」
やがて私は鞄から一つの袋を取り出した。袋の中には、やや大きめの真っ白な塊が入ってる。
「何それ?」
モニカは興味深げに袋の上から白い塊をつついてきた。
「パン生地。テルミネスの町について初日の夜にこねといたの。あれから二日立ってるからいい感じに発酵してるんじゃないかな」
「あんたパン作れるの? 驚きね」
私の魔女帽子のつばに座っていたライラが、ひょこっと顔をのぞかせる。
「以前ビスケットを作ったことはあったけど、パンは初めてね」
「ふぅん……じゃあ失敗する可能性もあるんだ」
「モニカ、不吉なこと言うの止めて」
実際本当にこれでパンを作れるのか私もよく分かっていない。
このパン生地は小麦粉と水と塩を混ぜて練った物。つまりライラが言っていた、前作ったビスケットと実質同じ成分の生地だ。
しかしあれとは違って、二日以上寝かせて発酵させてある。生地を寝かせるとはつまり常温で放置するという事で、そうするとイーストが生地内の糖分を取り込んで炭酸ガスを発生させ、それで生地が膨らむのだ。
今私が持っている袋詰めの生地も、最初練った時より二倍ほど大きくなっている。これは十分発酵できているという証拠だろう。多分。
十分発酵が進んだ生地は、焼くとふっくらしてモチモチとした食感になる。つまり、パンになるのだ。
逆に発酵が足りないと焼いた時に膨らまず、生地内に気泡も無いので固い焼き上がりになる。ビスケットやクラッカーがそうだ。
しかし、発酵が進んでいても焼く時の生地の形や火加減などで、固い焼き上がりにもできる。ちなみに細くカットして茹でれば麺になる。
小麦粉を水で練っただけなのに、発酵度合から生地の形、火加減、焼いたり茹でたりといった調理法、などで色んな料理に変貌する。
なんだか不思議だ。世の中に色んなパンがあるのは、この生地の不思議な特性のおかげなのだろう。
それで今日作るのは、いわゆる普通のパン。発酵させた生地なのでモチモチとした食感になるのを期待している。
「……で、ここからパンをどうやって作るわけ?」
料理についてさして興味が無いのか、モニカは全く見当がつかないようだ。
私は袋を開いて生地を取り出し、それを軽くこねだした。
「適当に形を整えてゆっくり焼くだけだよ。生地作って発酵させた段階でほぼできてるも同然なの」
「……本当に? にわかには信じられないわ」
「モニカってさ……料理とかしたことないの?」
「料理は食べる物よ、リリア」
「ああ、納得」
料理への興味は、魔術とマジックショーにかける情熱の一かけらも持ち合わせてないらしい。
とはいえ私もモニカへ大きなことは言えない。真面目に料理やるようになったのはつい最近だし。それも魔法薬の調合過程に似た楽しさが少しあるかなって思えるからやってるふしがある。
私もモニカとそんなに変わらないのかもしれない。
そんなことを考えながらパン生地を三つにとりわけ、角を丸くした長方形に形作る。その上にベーコンを一切れずつ置き、更にチーズを乗せていった。
「モニカ、火を起こしてくれる?」
「え? 魔術でいいのよね」
モニカは腰にさしていたステッキを抜き、地面に向けて一振りした。するとそこに程よい加減のたき火が生まれる。
私がそうであるように、モニカも魔術を使う際別にステッキなどを使う必要は無い。しかしモニカはショーでステッキを使うので、普段魔術を使う時もステッキを振るう癖をつけているらしいのだ。
なんでもそういう細かいところがショーでの自然な振る舞いに影響するとのこと。その情熱を料理にも向ければいいのに。
モニカが起こしてくれた火に触れるか触れないか程度離れた真上に、さっき作ったベーコンとチーズをのせたパン生地をテレキネシスで固定する。後はこうしてじっくり焼けば、パンの完成だ。多分完成すると思う。
パチパチと音が立つ魔術の火の上で、空中に固定されて浮かぶ三つのパン生地。その光景を眺めながらモニカがぽつりとつぶやいた。
「あんた、いつもこんな摩訶不思議な料理してるの?」
「え? どこが不思議?」
「不思議も不思議でしょ。テレキネシスで火の上に食材置いて焼くとか、なんか一周回って原始的よ。あんたは古代の魔女か」
「え、古代魔女っぽいのこれ……我ながら魔術の良い使い方だと思ってるんだけど」
「いや、私も古代の魔女がこんなことしてたのか知らないけどね。その辺りはクロエに後で聞いてみましょう」
でも確かに、古代のまだ文明が発達してない頃に魔女がいて魔術が使えたとしたら、こうして野外で魔術による火を起こしてテレキネシスで食材焼いてる光景はまざまざと目に浮かぶ。
あれ……? もしかして私って原始的魔女に回帰してるの?
魔女のマジックショーという現代の最先端を行く魔女であるモニカと比べると、確かに今の私は古臭い魔女感あるかも……。
「あ、そういえば、モニカ昨日料理ショーをするのもいいかもって言ってたじゃん? どう、これ。魔女の魔術料理って名目でショーできない?」
「こんなの料理ショーじゃなくてただのドキュメンタリーよ。発見! 古代魔女の料理術、とかそういう題目が必要になるわ。それもギャグでやってるのかどうか分からなくて、観客が困惑するタイプよ」
「私の料理、困惑するんだ……」
火の真上で静止するパン生地が香ばしく焼け、ふっくらとしていく。確かにこの光景は困惑するかもしれない。
「あんたの料理はヘンテコだけど、パンの方は結構よく焼けてるじゃない」
「おいしそうな匂いがするわよリリア。元気出して」
パンには程よく焼き目がつき始め、小麦の良い匂いも漂ってきている。ベーコンからも油が浮き出てきて、その上にまぶしたチーズも蕩けていた。
「もう焼けてるんじゃないかな。はい、どうぞ。まだ熱いからちょっと冷ましてから食べよう」
これまたテレキネシスを使ってそれぞれの前に焼き上がったパンを固定する。ついでに風の魔術を使って微風を吹かせ、寒冷地の涼やかな風によって粗熱をとった。
「本当、胴に入ってるわね。風を吹かせて熱も取るとか、あんた魔術料理の第一人者になれるわ」
「褒めてないよね?」
モニカにからかわれつつも、私たちは早速出来立てパンを食べることにした。
パンを持ってみると、感触は結構ふっくらとしていた。やはり発酵させた意味はちゃんとあったらしい。
そして小麦の香ばしい匂いにベーコンとチーズの香りも混じり、とても食欲がそそる。
大きく口を開けて、パンと具材のベーコンとチーズを一緒に口に含む。
中はまだ熱々だったがヤケドするほどではなく、ベーコンの油と溶けたチーズが絡み合って、それが素朴なパンの味と相まってとてもおいしかった。
「へえ、おいしいじゃない。古代魔女の料理も侮れないものね」
「うん、ベーコンとチーズの相性も良くて、とってもおいしいわよリリア」
ライラとモニカもお気に召したようで、上機嫌でパンをかじっている。ただ勝手に私を古代魔女にしないでほしい。
「もうちょっと発酵させたらもっとモチモチだったのかな。次は三日発酵させてみようかな」
あっという間にパンを食べ終えた私は、自然と次のパン作りを考えていた。
ただあまり発酵させすぎると、過発酵になって逆にパン生地がすかすかになる可能性もある。この辺りは何度か作って慣れていかないといけない。
ぶつぶつと次の料理に向けてつぶやく私を見て、ライラとモニカは顔を見合わせていた。
「どうするライラちゃん、リリア本当に古代魔女の料理術極めちゃうかもよ」
「おいしいならそれでいいんじゃないかしら。それにリリアには原始的魔術料理の方が似合ってるわ」
……なんか、もう私のことを好き勝手言ってる二人だった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について
国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”
人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/466596284/episode/5320962
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/387029553/episode/10775138
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/84576624/episode/5093144
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/786307039/episode/2285646
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる