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48話、牛肉とアスパラの炒め物とサフランライス
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ミルライクの町で昼食を取った後、私はライラを連れて市場を見て回っていた。
大きな町だけあって市場には色々と珍しいものが売っていた。中には魔法薬の調合に使う花などもあって、それらを見ているだけであっという間に時間が過ぎていく。
そのまま漫然と時間を過ごしそうになっていた私だが、途中で市場に来た目的を思い出してはっとした。
今回市場に来たのはただ売ってる商品を眺めて楽しむためではなかった。次の旅路に向けて、野外料理に使えそうな食材を下見しにきたのだ。
そう、町から町への道中で食事をする際、今まではパンや調理済みの保存肉やらを食べていたけど、これからは自分なりに料理をしてみようと思い立ったのだ。
そう考えだしたのは正直道中の食事に飽きてしまったからだ。毎回保存食はやっぱり食べ飽きる。
とはいえ私は別に料理好きでもないし、積極的に料理について学んだわけでもない。かつての弟子リネットが作る料理をただ食べていただけだ。
だから野外料理は完全に模索しながらになる。保存が効き料理に使えそうな食材を探すつもりだが、今回はひとまず下見だ。
この町は大きいからしばらく滞在するつもりなので、その間に下見した食材と私の調理の腕、そして想像できる料理の完成形とそこから逆算しての手間暇など考え、この町から出発する時に必要な食材を買うつもりである。
しかし……こうして料理をする前提で市場を見てみると、色んな食材がありすぎる。ぱっと見て保存が効き重さがそれほどでもない食材に限定しても、米やパン、ビスケットやクラッカー、小麦粉に乾燥パスタや乾麺などなど。主食になるものでもこれだけ選択肢がある。
そこから主食ごと調理をしたり、主食への付け合わせを作るとなると、食材の選択肢は更に増えていく。
更に調味料も様々あるし、ここから手間暇かからない野外料理に適した物を探すとなると……私の知識だとかなり時間がかかってしまうぞこれ。
今回の下見は食材を探しつつ野外料理に適したレシピを思いつければいいなぁ、程度の軽い気持ちだったのに、食材が豊富すぎてむしろ何も見えなくなった。これぞ暗中模索。料理の知識も足りてないのでもうどうしようもない。
「ライラ……野外でごはん食べる時、どういうのが食べたい?」
「おいしいもの!」
なにかヒントにならないかとライラに意見を聞いてみたものの、帰ってきた答えは身も蓋も無いものだった。
そうだよね、食べるならおいしいものがいいよね。問題は私においしいものがそうそう作れるだろうか、ということだけど。
こんなことならリネットに料理教わっておけば良かったなぁ。いっそ今からリネットの弟子になってやろうか。
そんな情けないことを考えながらも、私は足りない知識を総動員して市場を見て回った。
ひとまず主食を一つ決め、そこから広がる野外料理の幅を考えてみることにする。
まず米。米は……炊く手間がかかる。ならいっそのこと具材と一緒に炊いてしまおうか。でもそうなるとリゾットと炊き込みごはんばかりになってしまう……。
パンやビスケット、クラッカーは合わせる食材次第。付け合わせる料理の幅は広いけど、下手すると保存肉やチーズと一緒に食べた方が満足できることもありえる。
小麦粉は……生地にしないとダメだよねこれ。旅の途中で生地をこねるのは面倒な気が……いや町に居る間にねっておけばいいのか?
生地さえ事前に作っておけば、魔法で火は用意できるし、焼いてパンにしたり細く切ってから茹でれば麺になる。多分雑な出来上がりになるだろうけど。
でもこれは結局主食を作っただけでおかずが無いじゃん。これならパンや乾燥パスタとかを買っておいた方がいい。
なら乾燥パスタや乾麺は……パスタの方は具材次第。乾麺はスープがいるかな。
こうやって考えると、一つの主食にこだわるより複数買っておいた方がいいのかもしれない。そうしたら同じ食材を使い回してもちょっと味が変わるかも。
例えばチーズを使うとして、米と合わせるならチーズリゾット、パンやビスケットならそのままチーズを挟んで。そのほかパスタにも使えるし、チーズだけでなく他の食材も考慮すると色々料理の幅が広がる。
……結局、そもそも迷っていた理由、食材が豊富すぎて作るべき野外料理が見えないという問題に戻ってきてしまった。
しかしさっきよりはまだ光明がある。一つの食材に着目して、それが他の主食に合わせられるか、その際他の食材はどれがあればいいか、とか色々考える方向性はできた。
市場を見て回りながらようやくそんな一つの結論に達した頃には、もう夕暮れ時になっていた。考え事をしながらどれだけうろうろしてるんだ私は。あっという間の時間だった。
ひとまず……今回の下見はこれでおしまいにしよう。だって頭使ってお腹空いちゃったし。
夕飯には少し早い気がするけど、私はライラを連れてお店を探すことにした。
お昼は市街にある観光客向けのお店に行ったけど、夕ごはんは現地の人が通うようなお店がいい。その方がこの町特有の料理というのを感じられる気がするからだ。
あとお昼のように食べたい料理もある程度決めている。牛肉だ。牛肉を使った料理が食べたい。
そう思うのはお昼に外の牧場で牛を見たから……というわけではない。
単純に、門の近くにある町の説明が書いてある看板に、ブランド肉牛を開発していると書いてあったからだ。
開発中ということは、まだブランド肉牛は無いということになる。でもこの町の名産はチーズで、そのためのミルクを取る乳牛がたくさんいたし、牛肉自体は昔からよく食べていたのではないだろうか。
つまり、牛肉料理は現地の人の家庭料理になっているはずなのだ。……だと思う。多分。
だから私が夕飯に狙うのは、現地の人が通っていそうなお店の家庭料理になる。
となると市街から離れて横道を適当に探すしかない。
土地勘がないので本当に気が向くままに歩いて回る。夕日に染まる人通りの少ない横道をあっちに行ったりこっちに行ったりと、絶対後で迷うこと間違いなしな歩き方をしていく。
そうしているうちに、道の一角に小ぢんまりとした素朴なお店を発見した。どことなく私が住んでいた場所の近くにあったケルンの町のお店と雰囲気が似ている。つまり私好みの雰囲気だ。
早速入店してみると、お店の内装は見た目通り素朴なものだった。
四脚のテーブルがいくつか設置してあって、やや手ぜまに感じられる。壁には牛が大きく印刷されたポスターが貼ってあった。なんだこれ。
まだ夕ごはんには少し早い時間帯のせいか、お客は誰もいない。そのため少し寂しげに見える店内だけど、私からすると気楽に食事ができそうで何も問題なかった。
ひとまずテーブル席に座り、メニューを眺めてみる。
私が思った通り、このお店で提供されている料理はこの町の家庭料理と思わしきものばかりだった。チーズフォンデュとか洒落たものは一切ない。何々の炒め物とか、そんな素っ気ない料理名ばかり並んでいる。
でも旅をしている私からすると、こういう料理の方がなんだか期待できる。私にとっては未知の料理なんだもん。
牛肉を食べると事前に決めていたので、私はあっさりと頼む料理を選ぶことができた。店員さんを呼び、注文を告げる。
頼んだのは牛肉とアスパラの炒め物に、サフランライス。今回主食はお米にしてみた。
元々はパン派の私だけど、旅をしているおかげでお米も食べなれてきている。ごはんとおかず、という品目への抵抗はもうそんなに無い。
頼んだ料理が出来上がる間、私はもう一度店内を見回し、さっき目にしたポスターをじっくり見てみることにした。
何度見ても、牛が大きく印刷された変なポスターだ。何かしらの宣伝ポスターならもっと目立つようなデザインがされているはずだけど、これは牛がでかでかと印刷されているだけ。本当なんだよこれ。
「……?」
ライラも不思議そうに小首を傾げ、パタパタと羽ばたきながら色々な角度でポスターを眺めていた。多分角度変えても何も変わらないと思うけど。
よく分からないけど……牛肉に自信あるとかそういうのを表現しているのだろう。そう好意的に解釈しておくことにした。
ポスターを眺めているうちに、頼んだ料理が私の前に運ばれてきた。
やや広めのお皿に盛られた牛肉とアスパラの炒め物。少々小さめのお皿には、楕円形に盛り上がるようサフランライスが盛りつけられている。
牛肉とアスパラの炒め物は全体的に茶色い。牛肉もそうだが、かかっているソースらしきものも黒茶色だった。ただアスパラが鮮やかな緑色なので、色合いはそんなに悪くない。
サフランライスは薄いオレンジ色で、サフランとその他香辛料の匂いがする。
料理に使うサフランとは、サフランの花のめしべの部分だったりする。そのため結構高価なので着色程度に使ったりするらしい。その程度でもサフランのかぐわしい匂いが結構漂ってくるものだ。
なんでそんなことを知っているのかというと、花は魔法薬で結構使うのでそこそこ知識があるからだった。
だからサフランの花を調合で使う時は、一応めしべの部分を摘み取って保管してたりもしてた。魔法薬ではないけど料理用のサフランとして売れないかなーとかそんな現金な考えをしていたのだが、リネットがいつの間にか料理で使ってしまってもうほとんど無いんだけどね。料理もおいしかったし売る算段も立ってなかったので別に良いんだけど。
しかしこのサフランライス、サフラン以外にも香辛料の香りがする。ターメリックとかも入ってるのかな。あと最近おなじみのガーリックの匂いもする。
やはりこの町の家庭料理系らしく、サフランライスは本格派というわけではないらしい。サフランは高価だからそんなに量が使えず、他のスパイスでかさ増しするというのはなんだか家庭的にも感じる。
つまり実際のところはスパイスライスと言うべきかな。これをサフランライスというのはこの町の特色なのかもしれない。
まあそんな細かなことはひとまずおいて、冷めないうちに料理を味わわなければ。
いつものようにライラの分を取り分け、一緒に食べ始める。
まずは当然、おかずとも言える牛肉のアスパラ炒めだ。
牛肉はコマ切りにされていて、茶色いソースと良く絡んでいる。最初の一口はせっかくなので牛肉だけを味わってみることにした。
牛肉を一口、ぱくり。じっくりと味わってみる。
うん、おいしい。けど、味付けがやや濃いめに感じるかも。
炒め物の味付けであるこの茶色いソース。食べてから分かったけど、多分ケチャップと牛の骨とかから作るフォンドボーを混ぜてソースにしたもののようだ。
フォンドボーがベースなのは、牛を飼っているこの町らしいかもしれない。ソースが濃い目なのもごはんと一緒に食べるものとして考えると何も問題なかった。
ただ……この牛肉、濃いソースで分かりにくいけど、ちょっと乳臭い気がする。
おそらくこれは乳牛の肉なのだろう。お昼に食べたチーズフォンデュの牛肉は乳臭くなかったので、あれは観光客用の食用肉牛のお肉といったところだろうか。
つまりこの町の人が普段安価で食べているような牛肉は乳牛のものなのだろう。乳牛だとちょっと独特の匂いがあるので、それを消すためにこうして濃い目のソースがかかっているのかもしれない。
そう考えるとこのサフランライスもといスパイスライスも、そこまで品質が良いお米ではないのかもしれない。
牛肉とソースの味が残っている内に、サフランライスを一口食べる。サフランの匂いが若干するが、それ以上にやはりスパイスの匂いの方が強い。
お米に詳しくない私には、このお米の正確な品質なんて分からない。でも十分おいしいかな。
正直言うと、この家庭料理感はかなり気に入っている。なんだかんだでこれはこれで普通においしいのだ。
というか、おいしく料理にする為の工夫がこれなのだろう。濃い目のソースで味付けたり、お米にスパイスを足したり。お値段も安くておいしいなら、言うことはなにも無い。
なんというか、このお店全体の印象通り、素朴な料理だ。毎日食べてもおかしくないというような、普通の料理。
旅の途中で料理をしようと目的を持ったからか、この素朴な料理から色々な発見ができる。保存が効く食材はどうしても味が一つ落ちるから、それを補うような料理をすればいいのだ。
……そう発見できたからといって、じゃあどんな風に料理すればいいんだって問題が出てくるんだけど。
牛肉とアスパラを今度は一緒に食べる。アスパラはシャキシャキとした食感が残っていて、ソースの味に負けないくらい味が強い。牛肉とソース、アスパラを一緒に食べると、もう牛肉の匂いなんて気にならないくらい味が調和していた。
家庭料理って、しっかりと完成されているんだなぁ。黙々と食べ続けながら、私はそんなことを思っていた。
大きな町だけあって市場には色々と珍しいものが売っていた。中には魔法薬の調合に使う花などもあって、それらを見ているだけであっという間に時間が過ぎていく。
そのまま漫然と時間を過ごしそうになっていた私だが、途中で市場に来た目的を思い出してはっとした。
今回市場に来たのはただ売ってる商品を眺めて楽しむためではなかった。次の旅路に向けて、野外料理に使えそうな食材を下見しにきたのだ。
そう、町から町への道中で食事をする際、今まではパンや調理済みの保存肉やらを食べていたけど、これからは自分なりに料理をしてみようと思い立ったのだ。
そう考えだしたのは正直道中の食事に飽きてしまったからだ。毎回保存食はやっぱり食べ飽きる。
とはいえ私は別に料理好きでもないし、積極的に料理について学んだわけでもない。かつての弟子リネットが作る料理をただ食べていただけだ。
だから野外料理は完全に模索しながらになる。保存が効き料理に使えそうな食材を探すつもりだが、今回はひとまず下見だ。
この町は大きいからしばらく滞在するつもりなので、その間に下見した食材と私の調理の腕、そして想像できる料理の完成形とそこから逆算しての手間暇など考え、この町から出発する時に必要な食材を買うつもりである。
しかし……こうして料理をする前提で市場を見てみると、色んな食材がありすぎる。ぱっと見て保存が効き重さがそれほどでもない食材に限定しても、米やパン、ビスケットやクラッカー、小麦粉に乾燥パスタや乾麺などなど。主食になるものでもこれだけ選択肢がある。
そこから主食ごと調理をしたり、主食への付け合わせを作るとなると、食材の選択肢は更に増えていく。
更に調味料も様々あるし、ここから手間暇かからない野外料理に適した物を探すとなると……私の知識だとかなり時間がかかってしまうぞこれ。
今回の下見は食材を探しつつ野外料理に適したレシピを思いつければいいなぁ、程度の軽い気持ちだったのに、食材が豊富すぎてむしろ何も見えなくなった。これぞ暗中模索。料理の知識も足りてないのでもうどうしようもない。
「ライラ……野外でごはん食べる時、どういうのが食べたい?」
「おいしいもの!」
なにかヒントにならないかとライラに意見を聞いてみたものの、帰ってきた答えは身も蓋も無いものだった。
そうだよね、食べるならおいしいものがいいよね。問題は私においしいものがそうそう作れるだろうか、ということだけど。
こんなことならリネットに料理教わっておけば良かったなぁ。いっそ今からリネットの弟子になってやろうか。
そんな情けないことを考えながらも、私は足りない知識を総動員して市場を見て回った。
ひとまず主食を一つ決め、そこから広がる野外料理の幅を考えてみることにする。
まず米。米は……炊く手間がかかる。ならいっそのこと具材と一緒に炊いてしまおうか。でもそうなるとリゾットと炊き込みごはんばかりになってしまう……。
パンやビスケット、クラッカーは合わせる食材次第。付け合わせる料理の幅は広いけど、下手すると保存肉やチーズと一緒に食べた方が満足できることもありえる。
小麦粉は……生地にしないとダメだよねこれ。旅の途中で生地をこねるのは面倒な気が……いや町に居る間にねっておけばいいのか?
生地さえ事前に作っておけば、魔法で火は用意できるし、焼いてパンにしたり細く切ってから茹でれば麺になる。多分雑な出来上がりになるだろうけど。
でもこれは結局主食を作っただけでおかずが無いじゃん。これならパンや乾燥パスタとかを買っておいた方がいい。
なら乾燥パスタや乾麺は……パスタの方は具材次第。乾麺はスープがいるかな。
こうやって考えると、一つの主食にこだわるより複数買っておいた方がいいのかもしれない。そうしたら同じ食材を使い回してもちょっと味が変わるかも。
例えばチーズを使うとして、米と合わせるならチーズリゾット、パンやビスケットならそのままチーズを挟んで。そのほかパスタにも使えるし、チーズだけでなく他の食材も考慮すると色々料理の幅が広がる。
……結局、そもそも迷っていた理由、食材が豊富すぎて作るべき野外料理が見えないという問題に戻ってきてしまった。
しかしさっきよりはまだ光明がある。一つの食材に着目して、それが他の主食に合わせられるか、その際他の食材はどれがあればいいか、とか色々考える方向性はできた。
市場を見て回りながらようやくそんな一つの結論に達した頃には、もう夕暮れ時になっていた。考え事をしながらどれだけうろうろしてるんだ私は。あっという間の時間だった。
ひとまず……今回の下見はこれでおしまいにしよう。だって頭使ってお腹空いちゃったし。
夕飯には少し早い気がするけど、私はライラを連れてお店を探すことにした。
お昼は市街にある観光客向けのお店に行ったけど、夕ごはんは現地の人が通うようなお店がいい。その方がこの町特有の料理というのを感じられる気がするからだ。
あとお昼のように食べたい料理もある程度決めている。牛肉だ。牛肉を使った料理が食べたい。
そう思うのはお昼に外の牧場で牛を見たから……というわけではない。
単純に、門の近くにある町の説明が書いてある看板に、ブランド肉牛を開発していると書いてあったからだ。
開発中ということは、まだブランド肉牛は無いということになる。でもこの町の名産はチーズで、そのためのミルクを取る乳牛がたくさんいたし、牛肉自体は昔からよく食べていたのではないだろうか。
つまり、牛肉料理は現地の人の家庭料理になっているはずなのだ。……だと思う。多分。
だから私が夕飯に狙うのは、現地の人が通っていそうなお店の家庭料理になる。
となると市街から離れて横道を適当に探すしかない。
土地勘がないので本当に気が向くままに歩いて回る。夕日に染まる人通りの少ない横道をあっちに行ったりこっちに行ったりと、絶対後で迷うこと間違いなしな歩き方をしていく。
そうしているうちに、道の一角に小ぢんまりとした素朴なお店を発見した。どことなく私が住んでいた場所の近くにあったケルンの町のお店と雰囲気が似ている。つまり私好みの雰囲気だ。
早速入店してみると、お店の内装は見た目通り素朴なものだった。
四脚のテーブルがいくつか設置してあって、やや手ぜまに感じられる。壁には牛が大きく印刷されたポスターが貼ってあった。なんだこれ。
まだ夕ごはんには少し早い時間帯のせいか、お客は誰もいない。そのため少し寂しげに見える店内だけど、私からすると気楽に食事ができそうで何も問題なかった。
ひとまずテーブル席に座り、メニューを眺めてみる。
私が思った通り、このお店で提供されている料理はこの町の家庭料理と思わしきものばかりだった。チーズフォンデュとか洒落たものは一切ない。何々の炒め物とか、そんな素っ気ない料理名ばかり並んでいる。
でも旅をしている私からすると、こういう料理の方がなんだか期待できる。私にとっては未知の料理なんだもん。
牛肉を食べると事前に決めていたので、私はあっさりと頼む料理を選ぶことができた。店員さんを呼び、注文を告げる。
頼んだのは牛肉とアスパラの炒め物に、サフランライス。今回主食はお米にしてみた。
元々はパン派の私だけど、旅をしているおかげでお米も食べなれてきている。ごはんとおかず、という品目への抵抗はもうそんなに無い。
頼んだ料理が出来上がる間、私はもう一度店内を見回し、さっき目にしたポスターをじっくり見てみることにした。
何度見ても、牛が大きく印刷された変なポスターだ。何かしらの宣伝ポスターならもっと目立つようなデザインがされているはずだけど、これは牛がでかでかと印刷されているだけ。本当なんだよこれ。
「……?」
ライラも不思議そうに小首を傾げ、パタパタと羽ばたきながら色々な角度でポスターを眺めていた。多分角度変えても何も変わらないと思うけど。
よく分からないけど……牛肉に自信あるとかそういうのを表現しているのだろう。そう好意的に解釈しておくことにした。
ポスターを眺めているうちに、頼んだ料理が私の前に運ばれてきた。
やや広めのお皿に盛られた牛肉とアスパラの炒め物。少々小さめのお皿には、楕円形に盛り上がるようサフランライスが盛りつけられている。
牛肉とアスパラの炒め物は全体的に茶色い。牛肉もそうだが、かかっているソースらしきものも黒茶色だった。ただアスパラが鮮やかな緑色なので、色合いはそんなに悪くない。
サフランライスは薄いオレンジ色で、サフランとその他香辛料の匂いがする。
料理に使うサフランとは、サフランの花のめしべの部分だったりする。そのため結構高価なので着色程度に使ったりするらしい。その程度でもサフランのかぐわしい匂いが結構漂ってくるものだ。
なんでそんなことを知っているのかというと、花は魔法薬で結構使うのでそこそこ知識があるからだった。
だからサフランの花を調合で使う時は、一応めしべの部分を摘み取って保管してたりもしてた。魔法薬ではないけど料理用のサフランとして売れないかなーとかそんな現金な考えをしていたのだが、リネットがいつの間にか料理で使ってしまってもうほとんど無いんだけどね。料理もおいしかったし売る算段も立ってなかったので別に良いんだけど。
しかしこのサフランライス、サフラン以外にも香辛料の香りがする。ターメリックとかも入ってるのかな。あと最近おなじみのガーリックの匂いもする。
やはりこの町の家庭料理系らしく、サフランライスは本格派というわけではないらしい。サフランは高価だからそんなに量が使えず、他のスパイスでかさ増しするというのはなんだか家庭的にも感じる。
つまり実際のところはスパイスライスと言うべきかな。これをサフランライスというのはこの町の特色なのかもしれない。
まあそんな細かなことはひとまずおいて、冷めないうちに料理を味わわなければ。
いつものようにライラの分を取り分け、一緒に食べ始める。
まずは当然、おかずとも言える牛肉のアスパラ炒めだ。
牛肉はコマ切りにされていて、茶色いソースと良く絡んでいる。最初の一口はせっかくなので牛肉だけを味わってみることにした。
牛肉を一口、ぱくり。じっくりと味わってみる。
うん、おいしい。けど、味付けがやや濃いめに感じるかも。
炒め物の味付けであるこの茶色いソース。食べてから分かったけど、多分ケチャップと牛の骨とかから作るフォンドボーを混ぜてソースにしたもののようだ。
フォンドボーがベースなのは、牛を飼っているこの町らしいかもしれない。ソースが濃い目なのもごはんと一緒に食べるものとして考えると何も問題なかった。
ただ……この牛肉、濃いソースで分かりにくいけど、ちょっと乳臭い気がする。
おそらくこれは乳牛の肉なのだろう。お昼に食べたチーズフォンデュの牛肉は乳臭くなかったので、あれは観光客用の食用肉牛のお肉といったところだろうか。
つまりこの町の人が普段安価で食べているような牛肉は乳牛のものなのだろう。乳牛だとちょっと独特の匂いがあるので、それを消すためにこうして濃い目のソースがかかっているのかもしれない。
そう考えるとこのサフランライスもといスパイスライスも、そこまで品質が良いお米ではないのかもしれない。
牛肉とソースの味が残っている内に、サフランライスを一口食べる。サフランの匂いが若干するが、それ以上にやはりスパイスの匂いの方が強い。
お米に詳しくない私には、このお米の正確な品質なんて分からない。でも十分おいしいかな。
正直言うと、この家庭料理感はかなり気に入っている。なんだかんだでこれはこれで普通においしいのだ。
というか、おいしく料理にする為の工夫がこれなのだろう。濃い目のソースで味付けたり、お米にスパイスを足したり。お値段も安くておいしいなら、言うことはなにも無い。
なんというか、このお店全体の印象通り、素朴な料理だ。毎日食べてもおかしくないというような、普通の料理。
旅の途中で料理をしようと目的を持ったからか、この素朴な料理から色々な発見ができる。保存が効く食材はどうしても味が一つ落ちるから、それを補うような料理をすればいいのだ。
……そう発見できたからといって、じゃあどんな風に料理すればいいんだって問題が出てくるんだけど。
牛肉とアスパラを今度は一緒に食べる。アスパラはシャキシャキとした食感が残っていて、ソースの味に負けないくらい味が強い。牛肉とソース、アスパラを一緒に食べると、もう牛肉の匂いなんて気にならないくらい味が調和していた。
家庭料理って、しっかりと完成されているんだなぁ。黙々と食べ続けながら、私はそんなことを思っていた。
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