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38話、魔女と妖精とココナッツケーキ
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海辺の町エスティライトの昼下がりは、観光客の熱気が凄まじい。
すぐ近くにエメラルド色に輝く綺麗な海があるのだからそれは当然なんだけど、その喧騒はちょっと一歩引いてしまう。
特に浜辺には多くの人が溢れ、泳いだり日光浴をしたり、大人げなく砂で大きい建築物を作っていたりと、この美しい海をそれぞれのやり方で満喫しているようだ。
そんな中で私は、妖精のライラを連れてただただ浜辺を歩いていた。
美しい海を尻目に砂利を踏みしめ歩き続ける。はたからすれば虚しい行為に見えるだろう。
だけど私は全然虚しくなかった。だって魔女からすると、こういう浜辺には色々と使える物が落ちているんだもん。
例えば浜辺に時折ぽつんと生えている青色の草。これはアクアリーフと呼ばれる、海草の一種。魔法薬の材料になる。
他にも何の変哲もない貝殻も、すりつぶして粉状にして魔法薬の材料にしたりする。
たまに浜辺に打ち上げられているヒトデなんかは、干して乾燥させた後にすりつぶした貝殻の粉をまぶして魔力を込めれば、ちょっとした呪術具になる。
私はそんなの作らないけど。ヒトデ干すのちょっと可哀想だし。ヒトデうねうねしてて気持ち悪いから触りたくないし。
とにかく、魔女にとって海辺や浜辺は貴重な調達の場。泳いだり日焼けを楽しんだり、砂のお城を作っている暇なんてないのだ。
だからライラ、なんか哀れそうな目で私を見るのはやめてくれないかな?
「リリアって、やっぱりかなり枯れてるわよね?」
「……枯れてないよ。ぴちぴちだよ」
「そうかしら? さっきからゴミみたいな物ばっかり拾って、なんだか全然海の良さを感じないわ」
ゴミって……草も貝殻も貴重なんだぞぉ……
しかし私だって薄々感じている。
こんな人が多い浜辺で……一人歩き回って草ひっこ抜いたり貝殻拾ったり……
虚しい。
海に来ておいてなんでこんなことしてるんだろ。
でも水着に着替えるのは面倒だしそもそも泳げないし……
日焼けすると肌痛いし、この見た目で一人砂遊びはちょっとヤバイ奴感でちゃうし……
詰んでるじゃん。どうしようもないじゃん。
横目で海を眺めてみると、真昼の太陽を反射しキラキラと輝いている。
そしてその美しい海を楽しそうに泳ぐ人々。
眩しい。目には当然、心にも眩しい。
「ライラ、宿に戻ろう。戻って寝よう」
「ええー……」
私の心は完全に折れていた。
もう海とかどうでもいいもん。海より湖の方が好きかもしれないなー私。いややっぱ湖もそんな好きじゃないか。
「別に戻るのはいいけど、せめて何か食べてからにしましょうよ。私、甘いものが食べたいわ」
ライラの抗議を受けて、そのまま宿に直行するのは止めることにする。
私もライラと同じく、何か甘いものを食べたい気分だった。
心がちょっとしょっぱいからだろうか。いや、やめよう、こういうこと考えるの。
しかし、浜辺には屋台が結構あるが、甘い物とか売ってたりするのだろうか。
……多分無いだろうな。香ばしい匂いしかしないもの。
おそらく、浜辺を上がってすぐのところ、海が見える堤防近くにならそういう店があるだろう。
その辺りは眺めがいいし、女性客が好みそうな立地だ。
特に根拠の無い勘任せの考えだが、ひとまず私とライラは堤防近くまで歩くことにした。
そうしてたどりついたのは、堤防から少し坂道を上ったところにあった小さなケーキ屋さん。
坂の上に立ってるから、店内からの景色も良さそうだ。
早速お店に入ってみた私だが、店内に入って一歩で思わず足を止めてしまう。
お店の中には、すでに先客が一人。
それは水着姿で、魔女帽子を被っているという奇妙な格好をした女性だった。
水着姿は分かる。この町では水着は普段着と同じだ。
でも魔女帽子って。もしかして彼女は魔女なのだろうか。いや、魔女だとしても水着に魔女帽子って。
「……ん?」
私の存在に気づいたのか、その水着に魔女帽子の女性は顔を上げてこっちを見た。
その顔を見て、私は思わず大きな声を出してしまう。
「え、エメラルダ!?」
「あれ、師匠だ。久しぶりー……ってほどでもないか」
その女性は、巣立っていった私の弟子の一人、エメラルダだったのだ。
「驚いた……まさかあんたとこんなところで会うなんて」
「それは私のセリフだけどねー。とりあえず師匠、こっちに座ったら?」
エメラルダが立ち上がり、わざわざ椅子を引いてくれる。
私は驚きをそのままに彼女との相席を受け入れることにした。
「そういや師匠って旅をしてるんだっけ? じゃあたまたまここに立ち寄ったんだ?」
「うん、そうだけど……エメラルダは結構この町に来てたの?」
「そうだよ、私エメラルドビーチが好きだから、気分転換にちょくちょく来てる」
「……意外、あんた海好きだったんだ?」
「海っていうか、ここのエメラルドビーチが好きなんだよね。ほら、エメラルドって私と名前似てるじゃん? だから宝石も色もエメラルドが好きなんだよ私」
なんだその理由……と言いかけたけど、私も似たような理由でリリスの花が好きだからぐっと言葉を飲みこんだ。
「ねえ、この魔女はリリアの知り合いなの?」
突然の再開でエメラルダのことしか目に入ってなかった私の視界に、ライラが写りこんだ。
そうか、ライラはエメラルダのことを知らないのか。
「この子はエメラルダ。私の弟子だよ。あ、でももう独り立ちしてるから元弟子になるのかな?」
「へえー、リリアって弟子を持てるくらいすごい魔女だったのね。意外」
ライラって絶対私のこと軽く見てるよね。別にいいけど。
ふとエメラルダの方を見ると、彼女は驚いたような、それでいて好奇心で溢れているような、そんな顔をしていた。
「し、師匠、それっ、その子妖精? 妖精だよね?」
「うん? ああ、そうだよ、妖精のライラ。今一緒に旅してるの」
私がライラのことを紹介すると、彼女はエメラルダの前にパタパタと飛んでいった。
そしてスカートの裾を持ち上げて、ぺこりと頭を下げる。
「妖精のライラよ。リリアにはお世話になったり、こっちがお世話をしたりしているわ」
お世話された覚えはないんですけどー?
ライラの自己紹介を聞いて、エメラルダはしばらく黙っていた。
しかし、何を思っていたのか、突然素早い動きでライラを捕まえる。
「ぐえっ!? ちょっとなに!? なにしてるのこの人っ!」
「師匠、捕まえた! 妖精捕まえたよ私っ! うわー、妖精をこんな近くで見るの初めてかも」
なるほど、こいつライラを発見してからこっちの話何も聞いてなかったな。
「エメラルダ、話聞いてた? ライラは私と一緒に旅しているから、偶然この場に紛れ込んだ妖精って訳じゃないよ? 捕まえる必要全然無いんだけど」
「うわー、羽根、羽根生えてる。それに服可愛い。妖精の服ってどういう構造なんだろう」
聞けよ、こっちの話を。
「り、リリア、ちょっとどうにかしてっ! この人変っ、何か変っ、いやぁっ、なんで服脱がそうとするのー!」
エメラルダが時折奇行に走るのは何度も目撃した。
この子は好奇心が強いから、たまにこういう常人には理解できない動きをするのだ。
「はい、ストップー」
エメラルダの側頭部にごすっと手刀をめり込ませる。
するとエメラルダはライラを離して側頭部を抑えだした。
「いったー……な、なにするの師匠」
「あんたね、人の話聞きなさいよ」
しかたないので、もう一度ライラのことを説明することにする。
「なんだ、師匠の知り合いだったんだ。だったら捕まえようとしなくてよかったなー」
「……いや、普通妖精を素手で捕まえようとする?」
ようやくエメラルダは落ち着きを取り戻したが、反対にライラは私の帽子の後ろに隠れて出てこなくなった。
余程エメラルダのことを警戒しているらしい。
「うーん、私妖精さんに嫌われちゃったみたいだね」
「印象最悪だから当然だと思うけど……ライラ、もう大丈夫だから出てきたら?」
そう問いかけるが、帽子の後ろに隠れたままライラは動かない。
「うーん、せめてさっきのことは謝りたいんだけどなぁ」
「まあそのうちライラも耳を貸してくれるよきっと。それより私もケーキ頼もうかな」
「あ、だったら私の頼んだケーキをいくつか食べてってよ」
そう言われてテーブルを見てみれば、同じ種類のケーキが五つ乗っていた。
「……これ全部あんたが頼んだの?」
「うん、今日調子よくって、ケーキ六つくらいはいけるかなーって思って頼んじゃった。どだい無理だったね。一個でお腹いっぱい」
なに考えてんだこいつ。バカなのかな?
「師匠が二つ、妖精さんが二つ、残った一つを私が食べれば、皆計二つずつ食べたことになるからちょうどいいね」
なにがちょうどいいのか全く分からない。
「っていうかさ、何で頼んだケーキの種類が全部一緒なの? なにこのケーキ、見たことないんだけど」
「これはココナッツケーキだよ。ほら、浜辺でヤシの木生えてたでしょ? あれの実を使ったケーキ。おいしいよ」
浜辺にヤシの木……生えてたっけ……?
海と砂ばかり見ていたから記憶にないけど、多分生えていたのだろう。
「木の身を使ったケーキねぇ……エメラルダが気に入る食べ物ってちょっとクセがあるからなぁ」
ちょっと気は進まないが、こんなにたくさんのケーキを残すのは心苦しい。
自分からは注文しないと思うケーキだが、だからこそこの機会に食べるべきだろう、と前向きに考えることにする。
エメラルダに渡されたケーキをしげしげと眺めてみる。
白くて細い枝状の物が、ケーキ全体にトッピングされている。
生クリームとは違うそれが、おそらくココナッツなのだろう。
匂いは……独特で不思議な感じ。ミルクっぽい匂いなんだけど、どこか違う。
ケーキにフォークを差し入れ、一口ぱくり。
妙な甘ったるさと、それでいて少し爽やかな風味、だけどどことなく漂う木の実感が同時に広がっていく。
なんだこれ……ちょっとクセがある。
「ね、おいしいでしょ?」
「うん……よく分からないけど、おいしいとは思う」
好き嫌いは別れそうな味だが、私はそこまで嫌いじゃない。
自分では頼まないけど、機会があればたまに食べるかなー。そんな感じのケーキ。
「ライラ、そろそろ出てきてケーキを食べなよ。エメラルダのおごりだよ」
私が声をかけると、ケーキに釣られたのかライラがひょっこりと出てきた。
でもエメラルダからはかなり距離を取っている。警戒してるの見え見え。
ライラはちょっと複雑そうな顔でエメラルダを見た後、ケーキを口に運んだ。
「ん……悪くないわね。こういうの、私は好きよ」
ライラはどうやらココナッツがいける口のようだ。
「そっかぁ、よかったよかった」
ライラの様子を見て、エメラルダが少しにやける。
エメラルダはたまに訳の分からないことをするけど、根はいい子だ。
普通に可愛い物が好きだし、私の弟子だった頃から編み物で可愛い小物とか作っていたりもした。
そんなエメラルダからすると、妖精のライラは可愛い生物といったところだろう。そこに悪意はないはずだ。
それが伝わったのか、ライラは少しだけエメラルダに近づいた。
「おいしいケーキに免じて、さっきの暴挙は許してあげるわ。ただし、これからは妖精に無茶をしかけてはダメよ?」
「はーい、分かりました」
ライラに向けて、エメラルダはニコニコとほほ笑んだ。
……なんか仲直りしていい感じになっているが、このケーキの山どうするんだ?
結局、私とライラが一つ食べて、残り三つは全部エメラルダに食べさせた。
食べ終わるまでに三時間もかかり、そのうち二時間半は、エメラルダのもう食べられないという嘆きだった。
……浜辺を歩くよりも無駄な三時間だったような気がする。
すぐ近くにエメラルド色に輝く綺麗な海があるのだからそれは当然なんだけど、その喧騒はちょっと一歩引いてしまう。
特に浜辺には多くの人が溢れ、泳いだり日光浴をしたり、大人げなく砂で大きい建築物を作っていたりと、この美しい海をそれぞれのやり方で満喫しているようだ。
そんな中で私は、妖精のライラを連れてただただ浜辺を歩いていた。
美しい海を尻目に砂利を踏みしめ歩き続ける。はたからすれば虚しい行為に見えるだろう。
だけど私は全然虚しくなかった。だって魔女からすると、こういう浜辺には色々と使える物が落ちているんだもん。
例えば浜辺に時折ぽつんと生えている青色の草。これはアクアリーフと呼ばれる、海草の一種。魔法薬の材料になる。
他にも何の変哲もない貝殻も、すりつぶして粉状にして魔法薬の材料にしたりする。
たまに浜辺に打ち上げられているヒトデなんかは、干して乾燥させた後にすりつぶした貝殻の粉をまぶして魔力を込めれば、ちょっとした呪術具になる。
私はそんなの作らないけど。ヒトデ干すのちょっと可哀想だし。ヒトデうねうねしてて気持ち悪いから触りたくないし。
とにかく、魔女にとって海辺や浜辺は貴重な調達の場。泳いだり日焼けを楽しんだり、砂のお城を作っている暇なんてないのだ。
だからライラ、なんか哀れそうな目で私を見るのはやめてくれないかな?
「リリアって、やっぱりかなり枯れてるわよね?」
「……枯れてないよ。ぴちぴちだよ」
「そうかしら? さっきからゴミみたいな物ばっかり拾って、なんだか全然海の良さを感じないわ」
ゴミって……草も貝殻も貴重なんだぞぉ……
しかし私だって薄々感じている。
こんな人が多い浜辺で……一人歩き回って草ひっこ抜いたり貝殻拾ったり……
虚しい。
海に来ておいてなんでこんなことしてるんだろ。
でも水着に着替えるのは面倒だしそもそも泳げないし……
日焼けすると肌痛いし、この見た目で一人砂遊びはちょっとヤバイ奴感でちゃうし……
詰んでるじゃん。どうしようもないじゃん。
横目で海を眺めてみると、真昼の太陽を反射しキラキラと輝いている。
そしてその美しい海を楽しそうに泳ぐ人々。
眩しい。目には当然、心にも眩しい。
「ライラ、宿に戻ろう。戻って寝よう」
「ええー……」
私の心は完全に折れていた。
もう海とかどうでもいいもん。海より湖の方が好きかもしれないなー私。いややっぱ湖もそんな好きじゃないか。
「別に戻るのはいいけど、せめて何か食べてからにしましょうよ。私、甘いものが食べたいわ」
ライラの抗議を受けて、そのまま宿に直行するのは止めることにする。
私もライラと同じく、何か甘いものを食べたい気分だった。
心がちょっとしょっぱいからだろうか。いや、やめよう、こういうこと考えるの。
しかし、浜辺には屋台が結構あるが、甘い物とか売ってたりするのだろうか。
……多分無いだろうな。香ばしい匂いしかしないもの。
おそらく、浜辺を上がってすぐのところ、海が見える堤防近くにならそういう店があるだろう。
その辺りは眺めがいいし、女性客が好みそうな立地だ。
特に根拠の無い勘任せの考えだが、ひとまず私とライラは堤防近くまで歩くことにした。
そうしてたどりついたのは、堤防から少し坂道を上ったところにあった小さなケーキ屋さん。
坂の上に立ってるから、店内からの景色も良さそうだ。
早速お店に入ってみた私だが、店内に入って一歩で思わず足を止めてしまう。
お店の中には、すでに先客が一人。
それは水着姿で、魔女帽子を被っているという奇妙な格好をした女性だった。
水着姿は分かる。この町では水着は普段着と同じだ。
でも魔女帽子って。もしかして彼女は魔女なのだろうか。いや、魔女だとしても水着に魔女帽子って。
「……ん?」
私の存在に気づいたのか、その水着に魔女帽子の女性は顔を上げてこっちを見た。
その顔を見て、私は思わず大きな声を出してしまう。
「え、エメラルダ!?」
「あれ、師匠だ。久しぶりー……ってほどでもないか」
その女性は、巣立っていった私の弟子の一人、エメラルダだったのだ。
「驚いた……まさかあんたとこんなところで会うなんて」
「それは私のセリフだけどねー。とりあえず師匠、こっちに座ったら?」
エメラルダが立ち上がり、わざわざ椅子を引いてくれる。
私は驚きをそのままに彼女との相席を受け入れることにした。
「そういや師匠って旅をしてるんだっけ? じゃあたまたまここに立ち寄ったんだ?」
「うん、そうだけど……エメラルダは結構この町に来てたの?」
「そうだよ、私エメラルドビーチが好きだから、気分転換にちょくちょく来てる」
「……意外、あんた海好きだったんだ?」
「海っていうか、ここのエメラルドビーチが好きなんだよね。ほら、エメラルドって私と名前似てるじゃん? だから宝石も色もエメラルドが好きなんだよ私」
なんだその理由……と言いかけたけど、私も似たような理由でリリスの花が好きだからぐっと言葉を飲みこんだ。
「ねえ、この魔女はリリアの知り合いなの?」
突然の再開でエメラルダのことしか目に入ってなかった私の視界に、ライラが写りこんだ。
そうか、ライラはエメラルダのことを知らないのか。
「この子はエメラルダ。私の弟子だよ。あ、でももう独り立ちしてるから元弟子になるのかな?」
「へえー、リリアって弟子を持てるくらいすごい魔女だったのね。意外」
ライラって絶対私のこと軽く見てるよね。別にいいけど。
ふとエメラルダの方を見ると、彼女は驚いたような、それでいて好奇心で溢れているような、そんな顔をしていた。
「し、師匠、それっ、その子妖精? 妖精だよね?」
「うん? ああ、そうだよ、妖精のライラ。今一緒に旅してるの」
私がライラのことを紹介すると、彼女はエメラルダの前にパタパタと飛んでいった。
そしてスカートの裾を持ち上げて、ぺこりと頭を下げる。
「妖精のライラよ。リリアにはお世話になったり、こっちがお世話をしたりしているわ」
お世話された覚えはないんですけどー?
ライラの自己紹介を聞いて、エメラルダはしばらく黙っていた。
しかし、何を思っていたのか、突然素早い動きでライラを捕まえる。
「ぐえっ!? ちょっとなに!? なにしてるのこの人っ!」
「師匠、捕まえた! 妖精捕まえたよ私っ! うわー、妖精をこんな近くで見るの初めてかも」
なるほど、こいつライラを発見してからこっちの話何も聞いてなかったな。
「エメラルダ、話聞いてた? ライラは私と一緒に旅しているから、偶然この場に紛れ込んだ妖精って訳じゃないよ? 捕まえる必要全然無いんだけど」
「うわー、羽根、羽根生えてる。それに服可愛い。妖精の服ってどういう構造なんだろう」
聞けよ、こっちの話を。
「り、リリア、ちょっとどうにかしてっ! この人変っ、何か変っ、いやぁっ、なんで服脱がそうとするのー!」
エメラルダが時折奇行に走るのは何度も目撃した。
この子は好奇心が強いから、たまにこういう常人には理解できない動きをするのだ。
「はい、ストップー」
エメラルダの側頭部にごすっと手刀をめり込ませる。
するとエメラルダはライラを離して側頭部を抑えだした。
「いったー……な、なにするの師匠」
「あんたね、人の話聞きなさいよ」
しかたないので、もう一度ライラのことを説明することにする。
「なんだ、師匠の知り合いだったんだ。だったら捕まえようとしなくてよかったなー」
「……いや、普通妖精を素手で捕まえようとする?」
ようやくエメラルダは落ち着きを取り戻したが、反対にライラは私の帽子の後ろに隠れて出てこなくなった。
余程エメラルダのことを警戒しているらしい。
「うーん、私妖精さんに嫌われちゃったみたいだね」
「印象最悪だから当然だと思うけど……ライラ、もう大丈夫だから出てきたら?」
そう問いかけるが、帽子の後ろに隠れたままライラは動かない。
「うーん、せめてさっきのことは謝りたいんだけどなぁ」
「まあそのうちライラも耳を貸してくれるよきっと。それより私もケーキ頼もうかな」
「あ、だったら私の頼んだケーキをいくつか食べてってよ」
そう言われてテーブルを見てみれば、同じ種類のケーキが五つ乗っていた。
「……これ全部あんたが頼んだの?」
「うん、今日調子よくって、ケーキ六つくらいはいけるかなーって思って頼んじゃった。どだい無理だったね。一個でお腹いっぱい」
なに考えてんだこいつ。バカなのかな?
「師匠が二つ、妖精さんが二つ、残った一つを私が食べれば、皆計二つずつ食べたことになるからちょうどいいね」
なにがちょうどいいのか全く分からない。
「っていうかさ、何で頼んだケーキの種類が全部一緒なの? なにこのケーキ、見たことないんだけど」
「これはココナッツケーキだよ。ほら、浜辺でヤシの木生えてたでしょ? あれの実を使ったケーキ。おいしいよ」
浜辺にヤシの木……生えてたっけ……?
海と砂ばかり見ていたから記憶にないけど、多分生えていたのだろう。
「木の身を使ったケーキねぇ……エメラルダが気に入る食べ物ってちょっとクセがあるからなぁ」
ちょっと気は進まないが、こんなにたくさんのケーキを残すのは心苦しい。
自分からは注文しないと思うケーキだが、だからこそこの機会に食べるべきだろう、と前向きに考えることにする。
エメラルダに渡されたケーキをしげしげと眺めてみる。
白くて細い枝状の物が、ケーキ全体にトッピングされている。
生クリームとは違うそれが、おそらくココナッツなのだろう。
匂いは……独特で不思議な感じ。ミルクっぽい匂いなんだけど、どこか違う。
ケーキにフォークを差し入れ、一口ぱくり。
妙な甘ったるさと、それでいて少し爽やかな風味、だけどどことなく漂う木の実感が同時に広がっていく。
なんだこれ……ちょっとクセがある。
「ね、おいしいでしょ?」
「うん……よく分からないけど、おいしいとは思う」
好き嫌いは別れそうな味だが、私はそこまで嫌いじゃない。
自分では頼まないけど、機会があればたまに食べるかなー。そんな感じのケーキ。
「ライラ、そろそろ出てきてケーキを食べなよ。エメラルダのおごりだよ」
私が声をかけると、ケーキに釣られたのかライラがひょっこりと出てきた。
でもエメラルダからはかなり距離を取っている。警戒してるの見え見え。
ライラはちょっと複雑そうな顔でエメラルダを見た後、ケーキを口に運んだ。
「ん……悪くないわね。こういうの、私は好きよ」
ライラはどうやらココナッツがいける口のようだ。
「そっかぁ、よかったよかった」
ライラの様子を見て、エメラルダが少しにやける。
エメラルダはたまに訳の分からないことをするけど、根はいい子だ。
普通に可愛い物が好きだし、私の弟子だった頃から編み物で可愛い小物とか作っていたりもした。
そんなエメラルダからすると、妖精のライラは可愛い生物といったところだろう。そこに悪意はないはずだ。
それが伝わったのか、ライラは少しだけエメラルダに近づいた。
「おいしいケーキに免じて、さっきの暴挙は許してあげるわ。ただし、これからは妖精に無茶をしかけてはダメよ?」
「はーい、分かりました」
ライラに向けて、エメラルダはニコニコとほほ笑んだ。
……なんか仲直りしていい感じになっているが、このケーキの山どうするんだ?
結局、私とライラが一つ食べて、残り三つは全部エメラルダに食べさせた。
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