「お前のような悪女を聖女と認めない」と追放された聖女は隣国の公爵に溺愛されます~本当の悪女は妹だと気づいたところでもう遅い~

平山和人

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ゼノスはクロエの手をしっかりと握り、神殿の大扉を勢いよく押し開けた。


「二度と来ることはない」


ゼノスが冷たく言い放ち、神殿の中にいた聖職者たちを睨みつける。


クロエの試練は強制的に終わり、神殿の者たちも混乱していた。


「待ってください! 聖女クロエ様!」


一人の聖職者が駆け寄ろうとするが、ゼノスは鋭い視線を向けるだけで、その足を止めさせた。


「今度クロエに指一本でも触れてみろ。その時は、この神殿ごと地に沈める」


その静かで冷酷な脅しに、誰もが震え上がる。


クロエはゼノスの腕の中で、少しだけ申し訳なさそうに視線を落とした。


「ゼノス様……」


「いいんだ。俺たちは戻る」


ゼノスはクロエの肩を抱き寄せ、彼女を守るように城へ向かって歩き出した。


神殿に関わったことで、彼らの未来はまた大きく動こうとしていた。





ヴァレンタイン公国・王城

神殿から帰還したクロエとゼノスを、ルシアとエドモンドが迎えた。


「無事だったようね」


ルシアは腕を組みながら、二人をじっと見つめる。


クロエは少し疲れた表情を浮かべながら頷いた。


「はい……神殿の試練を受けましたが、私の力が本当に“神に選ばれたもの”かどうかを試すだけのものでした」


「で、結果は?」


エドモンドが問いかける。


ゼノスは眉をひそめながら答えた。


「くだらん茶番だった。クロエの力を制御しようとするだけの罠だ」


ルシアは苦笑しながら肩をすくめた。


「まあ、そんなところでしょうね。でも、問題はこれで終わりじゃないわ」


「どういうことですか?」


クロエが不安げに尋ねると、ルシアは一枚の手紙を差し出した。


「王都からの勅令よ」


ゼノスが受け取り、内容を読み始める。


『聖女クロエ殿。王都において“聖女認定の儀式”を執り行うことが決定されました。

つきましては、王宮へお越しください。

これは王命であり、拒否は認められません』


クロエの顔が青ざめる。


「王宮……?」


「ええ、これは神殿よりも厄介よ。王都が正式にあなたを迎えようとしている。もしこれを拒否すれば、ヴァレンタイン公国との関係はさらに悪化するでしょうね」


エドモンドが静かに息を吐く。


「つまり、王都は“クロエを公国に留めることを許さない”という意思を示しているわけだ」


クロエは震える声で呟いた。


「……私は、また王都に戻らなければならないのですか?」


ゼノスの手がクロエの肩に置かれた。


「行く必要はない」


彼の声は冷たく、決して譲るつもりのない響きを持っていた。


「しかし……」


「クロエ、お前はもう王都のものじゃない。俺のものだ」


クロエの頬が熱くなる。


ゼノスの言葉は、彼女を守るためのものだと分かっていたが、それでも心が揺れた。


「ゼノス様……私は、どうすればいいのでしょうか?」


「俺が決めることじゃない。お前が決めろ」


クロエは目を閉じ、ゆっくりと考えた。


神殿に行ったことで、彼女の“聖女”としての存在がさらに注目されている。


もしこのまま王都の要請を拒否すれば、ヴァレンタイン公国にも影響が及ぶ可能性が高い。


しかし、行けば確実に何かが仕組まれているはず。


王都の思惑に巻き込まれる危険を冒してまで、戻る価値があるのか――。


「……私は」


クロエが決断を口にしようとしたその時――


バァァン!!


扉が激しく開き、一人の兵士が駆け込んできた。


「ルシア様! 緊急報告です!」


「何?」


兵士は息を切らしながら言った。


「王都軍の一部が、ヴァレンタイン公国の国境付近に集結しつつあります!」


「……っ!?」


「どういうこと……?」


クロエは驚愕し、ゼノスも険しい表情を浮かべる。


エドモンドが低く呟く。


「つまり、王都は“軍事的圧力”をかけ始めたということだ」


ルシアは眉をひそめ、机を叩く。


「ここまで露骨に仕掛けてくるなんて……!」


クロエの心臓が大きく跳ねる。


王都が、彼女を連れ戻すために戦争を起こそうとしている?


ゼノスは静かに剣を抜き、冷たく言った。


「ならば、やることは一つだ」


「ゼノス様……?」


「戦う」


彼の目は決して揺らがない。


「クロエ、お前が王都に戻るつもりなら、俺はそれを止める」


「……でも」


「だが、もしお前がここに残ると決めたなら――俺はこの国を守るために、王都と戦う」


クロエの手が震えた。


自分の決断一つで、この国の未来が大きく変わる。


「私は……」


ゼノスが彼女の手を握りしめる。


「俺は、お前が望む道を選べばいいと思っている」


「ゼノス様……」


「だが、一つだけ覚えておけ」


ゼノスの声は静かに響く。


「俺は、お前を絶対に守る」


クロエの目に涙が滲む。


どんな選択をしても、ゼノスは彼女を守ると言ってくれた。


それだけで、彼女の心は強くなれる。


クロエは深く息を吸い、決意を固めた。


「……私は、ヴァレンタイン公国に残ります」


ゼノスは満足そうに頷く。


「ならば、俺は王都を潰す」


ルシアとエドモンドは驚きながらも、すぐに覚悟を決めた。


「準備を始めましょう」


「王都軍を迎え撃つぞ」


こうして、王都との戦いが始まろうとしていた。王都に捨てられた聖女は、今、冷酷な公爵と共に王国の未来をかけた戦いに挑もうとしていた――。
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