「お前のような悪女を聖女と認めない」と追放された聖女は隣国の公爵に溺愛されます~本当の悪女は妹だと気づいたところでもう遅い~

平山和人

文字の大きさ
上 下
25 / 30

25

しおりを挟む
クロエがヴァレンタイン公国の「聖女」として正式に認められた翌日、宮廷内では盛大な式典の準備が進められていた。


ヴァレンタイン公国の聖女としての正式な称号を授ける儀式。それは、この国の歴史の中でも特別な意味を持つものだった。


「クロエ様、こちらの衣装を」


侍女たちが彼女のために用意した純白のドレスを手に持ち、彼女の前に差し出す。


細やかな刺繍が施され、袖口や裾には銀糸で繊細な模様が描かれている。


「本当に……私がこれを着るのですか?」


クロエは戸惑いながら、衣装に触れた。


「もちろんです。あなたは、我が国の“真の聖女”なのですから」


エドモンドが微笑みながら言う。


「あなたがこの衣装を着て儀式に臨めば、民たちもきっと納得するでしょう」


「……」


クロエはゼノスを見た。


ゼノスは腕を組みながら、静かに彼女を見つめている。


「お前が納得しているなら、好きにしろ」


「ゼノス様……」


クロエは彼の言葉を胸に刻み、ゆっくりと頷いた。


「わかりました。私、やります」





そして、迎えた儀式当日。


ヴァレンタイン公国の王宮前広場には、数千人もの民が集まっていた。


中央の壇上には、ルシア、エドモンド、そしてゼノスが並び、クロエが登場するのを待っている。


「クロエ様、ご準備が整いました」


侍女の声に頷き、クロエは静かに歩を進めた。


壇上へと続く長い階段を、一歩ずつ上がる。


そして――


「おお……」


「なんと美しい……」


民衆の間から、感嘆の声が漏れた。


クロエの姿は、まるで本物の天使のようだった。


純白のドレスに身を包み、金色の髪が風に揺れる。


彼女の存在そのものが、まさに「聖女」の名にふさわしかった。


クロエは壇上に上がり、ルシアの前に立つ。


「クロエ・エヴァンス」


ルシアが厳かな声で宣言する。


「汝を、ヴァレンタイン公国の正式な聖女として認める」


クロエは目を閉じ、静かに受け入れた。


その瞬間――


パァァァァッ……


眩い光が、彼女の体から溢れ出した。


「……!?」


クロエ自身も驚くほどの強い光。


彼女の周囲を包み込むように、温かな輝きが広がる。


「こ、これは……!」


「まさか、本当に……!?」


民衆がざわめき始める。


その光は、まるで祝福を与えるかのように、傷ついた者、病に苦しむ者たちを癒し始めた。


クロエは、自分の力が無意識のうちに解放されていることに気付く。


(これは……私の力……?)


ゼノスはそんな彼女をじっと見つめ、ゆっくりと歩み寄った。


「クロエ……」


彼の声が届いた瞬間、クロエはふっと光を収めた。


まるで奇跡を見たかのように、民衆は膝をつき、祈るように頭を下げる。


「……クロエ様!」


「真の聖女よ!」


「我らを導き給え!」


その場にいるすべての者が、クロエを聖女として崇め始める。


しかし――


「クロエ」


ゼノスは、ただ一言、彼女の名を呼んだ。


クロエは、静かに振り向く。


彼の瞳は、ただ一つの問いを投げかけていた。


(お前は、これで満足なのか?)


クロエの胸に、一抹の不安が広がる。


確かに、この瞬間、彼女は「聖女」として認められた。


だが、それは本当に彼女が望んだことなのか?


――その答えが見つかる前に。


ドォォォォン!!!


突如、轟音が響き渡った。


「な、何事だ!?」


兵士たちが一斉に剣を抜き、警戒態勢を取る。


ゼノスはすぐにクロエを庇い、周囲を見渡した。


「……これは」


次の瞬間――


広場の奥から、一人の男が姿を現した。


「お久しぶりですね、クロエ様」


低く冷たい声。


クロエは息を呑む。


「……まさか……」


男の銀髪が風に靡く。


漆黒のマントをまとい、鋭い青い瞳を持つその男。


「……ラグナル……」


クロエの声が震える。


ゼノスの瞳が鋭く光る。


「貴様……!」


ラグナル――かつて王都の騎士団に所属していた男。


しかし、裏切り者として王都を追放された危険な存在。


「君がここにいるとはね。聖女として崇められる姿、実に滑稽だ」


彼は薄く笑う。


「何の用だ、ラグナル」


ゼノスが低く問いかける。


ラグナルは目を細め、クロエをじっと見つめた。


「……決まっているだろう?」


「……!」


「クロエを、連れて行く」


その言葉に、ゼノスの剣が瞬時に抜かれる。


「貴様……」


「ふふ、そう怒るな。これは、ただの“任務”さ」


「任務?」


ラグナルは薄く笑い、手を差し出した。


「クロエ、君には“聖女”としての使命がある」


クロエは震えながら後ずさる。


ゼノスが彼女を庇い、剣を構える。


「クロエは、誰のものでもない」


ラグナルは肩をすくめ、ゆっくりと首を振る。


「いいや。彼女は、あるべき場所に戻るべきなんだよ」


「その“あるべき場所”とは?」


「それは――」


ラグナルはにやりと笑い、囁くように言った。


「……“神殿”さ」


クロエの背筋に、冷たいものが走る。


ゼノスの表情が険しくなる。


「神殿……?」


「そう、神殿だ。クロエは、そこに帰らなければならない」


ラグナルの言葉が、クロエの心を締め付ける。


「私は……私は……」


ゼノスは彼女の肩をしっかりと掴む。


「クロエ、お前が行く必要はない」


クロエはゼノスの顔を見上げる。


「……でも……」


ラグナルは淡々と言った。


「これは、運命だよ、クロエ」


彼の言葉が、クロエの胸に重く響く。


運命――。本当に、それを受け入れなければならないのか?


王都に捨てられた聖女は、今、新たな試練の渦に巻き込まれようとしていた――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

処理中です...