「お前のような悪女を聖女と認めない」と追放された聖女は隣国の公爵に溺愛されます~本当の悪女は妹だと気づいたところでもう遅い~

平山和人

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「私は……」


クロエはエドモンドとゼノスの間で揺れる自分の心を感じながら、ぎゅっと拳を握りしめた。


ヴァレンタイン公国――聞いたこともない小国。そこで“真の聖女”として迎え入れられる?


「クロエ様、ご自身の出自を知ってもなお、ここに留まるおつもりですか?」


エドモンドの落ち着いた声が広間に響く。


ゼノスは彼を冷たく睨みつけながら、クロエの肩に手を置いた。


「答える必要はない」


「ですが、ゼノス公爵――彼女には選ぶ権利があります」


「俺はすでにクロエを選ばせた」


ゼノスの声は低く、だが揺るぎないものだった。


「クロエは俺と共に生きると決めた。それを今さら覆させるつもりか?」


クロエはゼノスの手の温もりを感じながら、胸の奥で自問する。


(私は、本当にこのままでいいの……?)


彼のそばにいることが、何よりも幸せなはず。


でも、もし本当に自分が“王族の血を引く聖女”ならば、それを放棄することで何かを失うのではないか――。


「ゼノス様……」


クロエはゆっくりと顔を上げ、彼の金色の瞳を見つめる。


「私は……少しだけ、ヴァレンタイン公国の話を聞いてみたいです」


ゼノスの眉がピクリと動く。


「クロエ……」


「すぐに向かうつもりはありません。ただ……自分の出自について知る機会を、無視することはできません」


ゼノスは短く息を吐き、クロエの手を強く握った。


「……俺は、お前が何を選ぼうと、お前を離すつもりはない」


クロエはゼノスの真剣な眼差しを受け止め、小さく微笑んだ。


「ええ、知っています」


ゼノスは不機嫌そうに目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。


一方で、エドモンドは満足そうに頷く。


「では、数日後に改めてご招待いたしましょう」


彼は優雅に一礼し、その場を後にした。


クロエは不安を胸に抱えながら、ゼノスの手をそっと握り返した。


「ゼノス様、私を信じてください」


ゼノスは短く息を吐き、クロエを引き寄せる。


「俺はお前を信じている。ただし――お前がどこへ行こうと、必ず俺がついていく」


クロエはその言葉に安心し、彼の腕の中で静かに微笑んだ。


彼女の未来は、まだ決して定まってはいない。王都に捨てられた聖女は、今、新たな運命へと歩み出そうとしていた――。



数日後、クロエとゼノスはヴァレンタイン公国へ向かうこととなった。


エドモンドからの正式な招待を受け、クロエは彼の話を聞くことを決めた。ゼノスは反対したが、彼女の意志を尊重し、結局同行することになった。


「……俺はどうなっても、お前を行かせるつもりはなかった」


馬車の中で、ゼノスが低く呟く。


クロエは彼の隣でそっと微笑んだ。


「知っています。でも、ゼノス様も私を止めなかった」


ゼノスは視線をそらし、短く息をついた。


「お前が納得するまで待つしかないからな」


クロエはそんな彼の言葉に温かい気持ちになった。ゼノスは彼なりに、彼女の選択を尊重しようとしている。


「ありがとうございます、ゼノス様」


「……感謝するな」


「ふふっ」


クロエは馬車の窓から外を眺めた。ヴァレンタイン公国へ向かう道は、王都とはまったく違う風景が広がっている。険しい山々に囲まれ、霧がかった谷を越えた先に、その国は存在していた。


そして数日後――


ヴァレンタイン公国の城門が見えてきた。


「ようこそ、我が国へ」


エドモンドが優雅に微笑み、馬車を迎える。


クロエは静かに馬車を降り、その城を見上げた。


石造りの古めかしい城だったが、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。


ゼノスはクロエの肩を引き寄せ、エドモンドを睨みつけた。


「無駄話はいい。要件を聞こう」


エドモンドは余裕のある微笑みを浮かべると、クロエを中へと案内した。


「では、クロエ様の秘密について、すべてお話ししましょう」


クロエはゼノスの手を握りしめながら、大きく息を吸い込んだ。彼女の知らなかった真実が、今明かされようとしている――。
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