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王都からの使者が去った後も、クロエの心にはわずかな不安が残っていた。
ゼノスがあれほど強く拒絶してくれたとはいえ、王都は諦めるだろうか?
(今は静かでも、また何か仕掛けてくるかもしれない……)
ゼノスの領地での暮らしは幸せだった。人々に必要とされ、ゼノスに守られ、そして彼の傍にいられる。それだけで十分だった。
だが――彼が戦う姿を見たあの日から、クロエの中にある決意が生まれ始めていた。
(もし、また王都がゼノス様を巻き込もうとするなら……)
今度は、彼女がゼノスを守りたい。
そんなことを考えながら城の廊下を歩いていると、不意に腕を引かれた。
「っ……!」
驚いて振り向くと、そこにはゼノスがいた。
「考え事か?」
鋭い金色の瞳がクロエを見つめる。
「ゼノス様……」
「王都のことを気にしているんだろう」
ゼノスは軽く息をつきながら、彼女の顎を指で持ち上げる。
「俺が何度も言っているはずだ。お前は何も気にするな」
「でも……」
クロエは迷いながら言葉を選ぶ。
「ゼノス様が私のために戦いをするのが……私は、嫌なんです」
彼が傷つく姿を、もう二度と見たくなかった。
すると、ゼノスはわずかに眉をひそめた。
「お前が望むのは、俺が戦わずに済む方法か?」
「……はい」
ゼノスはしばらく考え込み、そして静かに告げた。
「ならば、お前の存在をより強く示すことだ」
「え?」
「王都は未練がましくお前を取り戻そうとしている。それは、お前がまだ『自由な身』だからだ」
ゼノスはクロエの手を引き、彼女の腰を抱き寄せる。
「だが、お前が俺の正式な妻になれば、王都も手を出しづらくなる」
「っ……!」
クロエの心臓が大きく跳ねた。
「正式な、妻……?」
「そうだ」
ゼノスは迷いなく頷く。
「俺はお前を手放すつもりはない。ならば、形にするのが一番確実だ」
「……」
クロエは息をのんだ。
(ゼノス様の、妻に……)
彼の妻になれる。それは――夢のような話だった。
「……ゼノス様は、本当に……」
「当然だ」
彼はクロエの頬を撫でる。
「お前が俺の女であることを、王都にも、世界にも知らしめる。それが気に入らないか?」
「……そんなこと……!」
クロエは勢いよく首を振った。
「気に入らないわけ、ありません……!」
ゼノスは満足そうに微笑んだ。
「なら決まりだ」
「でも……本当にいいんですか? 私は王都から追放された身で……」
「だから、どうした」
ゼノスはクロエの手を強く握る。
「王都がどう思おうと関係ない。お前は俺が選んだ女だ」
クロエの胸が熱くなる。
(この人は、最初からずっと……)
どんな状況でも、どんな噂が流れても、彼はクロエ自身を見てくれた。
その想いが、何よりも嬉しかった。
「……私も、ゼノス様の傍にいたいです。これからもずっと」
「ならば、俺の妻になれ」
ゼノスはクロエの指にそっと口づけを落とした。
その仕草に、クロエの心臓は再び跳ね上がる。
「俺のものになれ、クロエ」
彼の言葉が、まるで誓いのように響いた。
クロエは、静かに微笑む。
「……はい」
その瞬間――
ゼノスの腕が強くクロエを抱きしめた。
そして、彼の唇がそっと彼女の額に触れる。
「……後悔はさせない」
「……はい」
クロエは、もう何の迷いもなかった。
◇
結婚の話が決まると、領民たちは歓喜した。
「公爵様がついにご結婚なさると!」
「お相手が聖女様だなんて、これほどの幸せなことはない!」
「お二人なら、きっと領地もますます繁栄するでしょう!」
ゼノスは冷静に「騒ぎすぎだ」と言いながらも、どこか誇らしげだった。
クロエもまた、人々の祝福に包まれながら、幸せを噛み締める。
そして――
数日後、王都から正式な使者がやってきた。
「クロエ・エヴァンス様がゼノス公爵と結婚なさると聞き、陛下からの贈り物をお持ちしました」
「……贈り物?」
驚きながら受け取ると、それは王家の正式な勅書だった。
『ゼノス・ルヴェイン公爵およびクロエ・エヴァンス殿。貴殿らの婚姻を王家は正式に認め、以後、聖女としてではなく公爵夫人としてその役割を果たすことを命ずる』
それは、王都がクロエを聖女としてではなく、『ゼノスの妻』として認めたことを意味していた。
「……王都も、ついに諦めたか」
ゼノスは満足そうに笑う。
クロエも、安心したように微笑んだ。
◇
結婚式は、ゼノスの領地で盛大に執り行われた。
クロエは純白のドレスに身を包み、ゼノスの手を取る。
「これからも、よろしくお願いします」
「俺の方こそ」
彼の瞳は、これまでで一番優しく、そして強く輝いていた。
――捨てられた聖女は、冷酷な公爵の最愛の妻となる。それは、かつて誰も想像しなかった未来。
だが、彼女にとっては、これ以上ないほど幸せな結末だった。そして、二人の物語はこれからも続いていく――。
ゼノスがあれほど強く拒絶してくれたとはいえ、王都は諦めるだろうか?
(今は静かでも、また何か仕掛けてくるかもしれない……)
ゼノスの領地での暮らしは幸せだった。人々に必要とされ、ゼノスに守られ、そして彼の傍にいられる。それだけで十分だった。
だが――彼が戦う姿を見たあの日から、クロエの中にある決意が生まれ始めていた。
(もし、また王都がゼノス様を巻き込もうとするなら……)
今度は、彼女がゼノスを守りたい。
そんなことを考えながら城の廊下を歩いていると、不意に腕を引かれた。
「っ……!」
驚いて振り向くと、そこにはゼノスがいた。
「考え事か?」
鋭い金色の瞳がクロエを見つめる。
「ゼノス様……」
「王都のことを気にしているんだろう」
ゼノスは軽く息をつきながら、彼女の顎を指で持ち上げる。
「俺が何度も言っているはずだ。お前は何も気にするな」
「でも……」
クロエは迷いながら言葉を選ぶ。
「ゼノス様が私のために戦いをするのが……私は、嫌なんです」
彼が傷つく姿を、もう二度と見たくなかった。
すると、ゼノスはわずかに眉をひそめた。
「お前が望むのは、俺が戦わずに済む方法か?」
「……はい」
ゼノスはしばらく考え込み、そして静かに告げた。
「ならば、お前の存在をより強く示すことだ」
「え?」
「王都は未練がましくお前を取り戻そうとしている。それは、お前がまだ『自由な身』だからだ」
ゼノスはクロエの手を引き、彼女の腰を抱き寄せる。
「だが、お前が俺の正式な妻になれば、王都も手を出しづらくなる」
「っ……!」
クロエの心臓が大きく跳ねた。
「正式な、妻……?」
「そうだ」
ゼノスは迷いなく頷く。
「俺はお前を手放すつもりはない。ならば、形にするのが一番確実だ」
「……」
クロエは息をのんだ。
(ゼノス様の、妻に……)
彼の妻になれる。それは――夢のような話だった。
「……ゼノス様は、本当に……」
「当然だ」
彼はクロエの頬を撫でる。
「お前が俺の女であることを、王都にも、世界にも知らしめる。それが気に入らないか?」
「……そんなこと……!」
クロエは勢いよく首を振った。
「気に入らないわけ、ありません……!」
ゼノスは満足そうに微笑んだ。
「なら決まりだ」
「でも……本当にいいんですか? 私は王都から追放された身で……」
「だから、どうした」
ゼノスはクロエの手を強く握る。
「王都がどう思おうと関係ない。お前は俺が選んだ女だ」
クロエの胸が熱くなる。
(この人は、最初からずっと……)
どんな状況でも、どんな噂が流れても、彼はクロエ自身を見てくれた。
その想いが、何よりも嬉しかった。
「……私も、ゼノス様の傍にいたいです。これからもずっと」
「ならば、俺の妻になれ」
ゼノスはクロエの指にそっと口づけを落とした。
その仕草に、クロエの心臓は再び跳ね上がる。
「俺のものになれ、クロエ」
彼の言葉が、まるで誓いのように響いた。
クロエは、静かに微笑む。
「……はい」
その瞬間――
ゼノスの腕が強くクロエを抱きしめた。
そして、彼の唇がそっと彼女の額に触れる。
「……後悔はさせない」
「……はい」
クロエは、もう何の迷いもなかった。
◇
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「公爵様がついにご結婚なさると!」
「お相手が聖女様だなんて、これほどの幸せなことはない!」
「お二人なら、きっと領地もますます繁栄するでしょう!」
ゼノスは冷静に「騒ぎすぎだ」と言いながらも、どこか誇らしげだった。
クロエもまた、人々の祝福に包まれながら、幸せを噛み締める。
そして――
数日後、王都から正式な使者がやってきた。
「クロエ・エヴァンス様がゼノス公爵と結婚なさると聞き、陛下からの贈り物をお持ちしました」
「……贈り物?」
驚きながら受け取ると、それは王家の正式な勅書だった。
『ゼノス・ルヴェイン公爵およびクロエ・エヴァンス殿。貴殿らの婚姻を王家は正式に認め、以後、聖女としてではなく公爵夫人としてその役割を果たすことを命ずる』
それは、王都がクロエを聖女としてではなく、『ゼノスの妻』として認めたことを意味していた。
「……王都も、ついに諦めたか」
ゼノスは満足そうに笑う。
クロエも、安心したように微笑んだ。
◇
結婚式は、ゼノスの領地で盛大に執り行われた。
クロエは純白のドレスに身を包み、ゼノスの手を取る。
「これからも、よろしくお願いします」
「俺の方こそ」
彼の瞳は、これまでで一番優しく、そして強く輝いていた。
――捨てられた聖女は、冷酷な公爵の最愛の妻となる。それは、かつて誰も想像しなかった未来。
だが、彼女にとっては、これ以上ないほど幸せな結末だった。そして、二人の物語はこれからも続いていく――。
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